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マユちゃんを動かそう。
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今日は薄曇りの松原。
土曜日でも鈴木家は朝から大騒ぎだ。
「マユちゃんが猫にいじめられてる!!」
麻由が顔も洗わず寝巻きのままで庭の方に駆け込む。
宏明は猫の方を心配した。カエルの怪異が肉食で子猫を丸呑みするとかだったらどうしよう。
それがご近所さんの飼い猫で、ウチが責任取らないといけないとなったらどうしよう……
不安な気持ちで、窓の外を見る。
……
猫の全長は2mはあった。が、いわゆる虎やピューマとの違いは、手足はむしろ猫より短いが、顔が人のそれよりやや大きい。
白と灰色の胴体のみ、成人男性ほどの「長さ」がある。
おおよそ猫と判別できるのは柄のみで、フォルムだけ見れば生物と言うよりホテルに置いてありそうな、細長で大きめのソファクッションだ。
長い胴体を持ち上げ、カエルをぺしぺし、叩いていた。
「……あれが猫だって」
宏明は、次々と現れる怪異と、この生活に順応していく娘に頭を抱えた。
「そんなこと言ったって、あれが猫じゃないなら一体何です?あなたもいい加減現実を受け入れてみたら?」
靖子は冷たかった。
猫には、爪と言うものがないらしく、正面から肉球でもってカエルの頭を連打していた。
カエルの方はそれに対して無反応ではあるが、心なしか鬱陶しいといった表情を浮かべていた。
「やめなさい!!」
麻由が友人の元に駆け寄ると、猫は麻由に反応し、
「しゃあ!!!」と鳴いた。
猫が威嚇するときの鳴き声を「シーッ!!!!」と表現するなら、
怪異のそれは、甲高い声で平仮名の三文字がはっきり浮かんできそうな声だった。
猫は手を休めず、カエルの頭をペシペシ叩いていた。
猫は困っている顔をしていた。
「やめて!!」
麻由が猫の近くで懇願すると、初めて猫は手を休めて、
ゼー、ゼーと息を切らした。猫にとってこのスパーリングは、麻由の想像以上のカロリーを消費するようだ。
猫は麻由に何かを訴える顔で、
「しゃッツが!!」とカエルを指(?)刺した。
明らかに興奮している。
「しゃんちしゃってしゃん……ジャン!!」
「何て言ってるかわからないよ!」
猫は前傾に屈んで、フーと一息。そして呼吸を整えて再び麻由に訴えた。
「あしゃもと!!!」
猫は「どうにかしてほしい」と言う表情を浮かべて麻由に訴えてきた。
「あしゃもと?」
「どかすジャン!!」
「え?」
麻由はカエルの足元をみた。
後ろ足と、腹の皮下脂肪に、小さい猫のぬいぐるみが下敷きになっている。
「……君のお友達?」
「しゃあ……」
猫は涙声になった。
「プリンちゃんジャン……」
猫の涙腺が崩壊し、両目から滝のような‥…いやスプリンクラーのような泪が飛び出し、顔の周りに虹ができていた。
「わあ……綺麗……」
麻由が猫の作った虹に見とれていると、
「どかしてほしいジャン!!」
と怒られた。
カエルは、一度居着いたらテコでも動かないと言うスタンスを貫いている。
麻由は怪異を相手に説得することを強いられた。
「マユちゃん、ちょっとどいてあげて!」
カエルは動かない。麻由の声は届いていて、明らかに無視を決め込んでいる。
「うーん……」
麻由は熟考の末、プリンちゃんを引っ張り出すことに決めた。
しかし、プリンちゃんは、カエルの「軸」にピッタリ圧をかけられており、なかなか取り出せない。
「うーん!」
麻由は引っ張る力を強めると、後から猫の肉球で頭を叩かれた。
「いて」
「しゃんしゃいヤイヤイシャーンしゃっ……ジャン!!」
どうやらこの猫は興奮すると日本語の発声に支障が出るようだ。
……もっとも日本語を喋れる猫がいればの話だが……。
「そんなこと言ったって、マユちゃん動かないよ」
「しゃあ!!」
猫は麻由の頭をポコポコ連打した。この猫の構造上、腕に体重が乗りにくいらしく、猫パンチも悲しいほど威力はなかった。
「いてて……やめてよ! しょうがないなー」
麻由は作戦を変えて、全体重でカエルをどかそうと試みた。
両腕でカエルを抱えて、無理やり動かそうとするが、麻由の腕も頭もカエルの皮下脂肪に吸い込まれるばかりで、カエルは一ミリも動かない。
「あ……ひんやりしてて気持ちいい……」
スライム状の氷枕を抱えているとまたもや猫のお仕置きの一撃を食らった。
「いて」
「しゃまえ!! しゃくしゃんしゃってヤンヤンしゃい……ジャン!!」
「待って待って、落ち着いて!! ……マユちゃんどうしてもどいてくれないの?」
「グア」
「パパー!」
家の中で宏明はヒッ!! ……と背筋を立てた。恐れていたことが起きた……自分は関わるまいとしていたのに……
「宏明さん、呼ばれてますよ」
「……はあ」
「パパー! マユちゃん動かして!!」
「無理ですー!!」
はっきり、告げた。
「無理ってあなた」
「僕はね……そもそもカエルが苦手なんですよ……」
「でも麻由が困ってますよ」
「パパー!!」
「シャー!!」
「ほら。宏明さん」
宏明は頭を抱えた。
「ああ……もう!!」
かくして、宏明の男の試練が始まった。
土曜日でも鈴木家は朝から大騒ぎだ。
「マユちゃんが猫にいじめられてる!!」
麻由が顔も洗わず寝巻きのままで庭の方に駆け込む。
宏明は猫の方を心配した。カエルの怪異が肉食で子猫を丸呑みするとかだったらどうしよう。
それがご近所さんの飼い猫で、ウチが責任取らないといけないとなったらどうしよう……
不安な気持ちで、窓の外を見る。
……
猫の全長は2mはあった。が、いわゆる虎やピューマとの違いは、手足はむしろ猫より短いが、顔が人のそれよりやや大きい。
白と灰色の胴体のみ、成人男性ほどの「長さ」がある。
おおよそ猫と判別できるのは柄のみで、フォルムだけ見れば生物と言うよりホテルに置いてありそうな、細長で大きめのソファクッションだ。
長い胴体を持ち上げ、カエルをぺしぺし、叩いていた。
「……あれが猫だって」
宏明は、次々と現れる怪異と、この生活に順応していく娘に頭を抱えた。
「そんなこと言ったって、あれが猫じゃないなら一体何です?あなたもいい加減現実を受け入れてみたら?」
靖子は冷たかった。
猫には、爪と言うものがないらしく、正面から肉球でもってカエルの頭を連打していた。
カエルの方はそれに対して無反応ではあるが、心なしか鬱陶しいといった表情を浮かべていた。
「やめなさい!!」
麻由が友人の元に駆け寄ると、猫は麻由に反応し、
「しゃあ!!!」と鳴いた。
猫が威嚇するときの鳴き声を「シーッ!!!!」と表現するなら、
怪異のそれは、甲高い声で平仮名の三文字がはっきり浮かんできそうな声だった。
猫は手を休めず、カエルの頭をペシペシ叩いていた。
猫は困っている顔をしていた。
「やめて!!」
麻由が猫の近くで懇願すると、初めて猫は手を休めて、
ゼー、ゼーと息を切らした。猫にとってこのスパーリングは、麻由の想像以上のカロリーを消費するようだ。
猫は麻由に何かを訴える顔で、
「しゃッツが!!」とカエルを指(?)刺した。
明らかに興奮している。
「しゃんちしゃってしゃん……ジャン!!」
「何て言ってるかわからないよ!」
猫は前傾に屈んで、フーと一息。そして呼吸を整えて再び麻由に訴えた。
「あしゃもと!!!」
猫は「どうにかしてほしい」と言う表情を浮かべて麻由に訴えてきた。
「あしゃもと?」
「どかすジャン!!」
「え?」
麻由はカエルの足元をみた。
後ろ足と、腹の皮下脂肪に、小さい猫のぬいぐるみが下敷きになっている。
「……君のお友達?」
「しゃあ……」
猫は涙声になった。
「プリンちゃんジャン……」
猫の涙腺が崩壊し、両目から滝のような‥…いやスプリンクラーのような泪が飛び出し、顔の周りに虹ができていた。
「わあ……綺麗……」
麻由が猫の作った虹に見とれていると、
「どかしてほしいジャン!!」
と怒られた。
カエルは、一度居着いたらテコでも動かないと言うスタンスを貫いている。
麻由は怪異を相手に説得することを強いられた。
「マユちゃん、ちょっとどいてあげて!」
カエルは動かない。麻由の声は届いていて、明らかに無視を決め込んでいる。
「うーん……」
麻由は熟考の末、プリンちゃんを引っ張り出すことに決めた。
しかし、プリンちゃんは、カエルの「軸」にピッタリ圧をかけられており、なかなか取り出せない。
「うーん!」
麻由は引っ張る力を強めると、後から猫の肉球で頭を叩かれた。
「いて」
「しゃんしゃいヤイヤイシャーンしゃっ……ジャン!!」
どうやらこの猫は興奮すると日本語の発声に支障が出るようだ。
……もっとも日本語を喋れる猫がいればの話だが……。
「そんなこと言ったって、マユちゃん動かないよ」
「しゃあ!!」
猫は麻由の頭をポコポコ連打した。この猫の構造上、腕に体重が乗りにくいらしく、猫パンチも悲しいほど威力はなかった。
「いてて……やめてよ! しょうがないなー」
麻由は作戦を変えて、全体重でカエルをどかそうと試みた。
両腕でカエルを抱えて、無理やり動かそうとするが、麻由の腕も頭もカエルの皮下脂肪に吸い込まれるばかりで、カエルは一ミリも動かない。
「あ……ひんやりしてて気持ちいい……」
スライム状の氷枕を抱えているとまたもや猫のお仕置きの一撃を食らった。
「いて」
「しゃまえ!! しゃくしゃんしゃってヤンヤンしゃい……ジャン!!」
「待って待って、落ち着いて!! ……マユちゃんどうしてもどいてくれないの?」
「グア」
「パパー!」
家の中で宏明はヒッ!! ……と背筋を立てた。恐れていたことが起きた……自分は関わるまいとしていたのに……
「宏明さん、呼ばれてますよ」
「……はあ」
「パパー! マユちゃん動かして!!」
「無理ですー!!」
はっきり、告げた。
「無理ってあなた」
「僕はね……そもそもカエルが苦手なんですよ……」
「でも麻由が困ってますよ」
「パパー!!」
「シャー!!」
「ほら。宏明さん」
宏明は頭を抱えた。
「ああ……もう!!」
かくして、宏明の男の試練が始まった。
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