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リビングでの一幕 上
しおりを挟む「おはようございます。宏明さん」
「うん。おはよう」
月曜日の朝だ。出勤前の宏明はリビングに一人でコーヒーを飲みながら瓦版に目を通している。
ややあって妻の靖子が降りてきた。
「おはようございます。宏明さん」
「うん。おはよう……お?」
「なんです?」
「あれ、デジャヴだ……」
「何部?」
ふざけているのではない。これは「あなたのVの発音はなってない」もしくは「正しくはデジャ・ビューである」と言う靖子からの訴えでもあることを宏明は知っていた。
「ついさっき 降りてこなかった?で、『おはよう』って……」
「あら、何をおっしゃってるのかしら。麻由を起こしてきます」
靖子はリビングから去っていった。
「宏明さん。宏明さん」
「ん?」
と、視線をテーブルの向かいに向けても、誰もいない。
「『ここです』宏明さんあなたの目の前です」
しかし、探せども宏明の眼前には物を語りそうな者はいないのだ。
すると……
ガタガタガタ!!と、テーブルが振動した。
「わあ!」
「私です。宏明さん。リビングのテーブルが、あなたに話しかけてます」
皆まで言ってくれた。
宏明は、長年夫婦で愛用していたリビングのテーブルが喋っているという事実を一人で背負いきれないでいた。
「靖子さん! 靖子さん!」
すると面倒臭そうに靖子が降りてくる。
「なんですか?騒がしいんだから」
「ち……ちが……」
宏明はテーブルを指差した。が、振動していたはずのテーブルは動きを止めて、その場に収まっている。
「あなたまさか、そのテーブルに傷でもつけました……?」
靖子の顔が阿修羅に変わっていく……
「違うんだ!今!あれー?」
宏明はテーブルを突いてみた。何も起きない。
試しにテーブルをくすぐってみた。何も起きない。
思い切ってテーブルを叩こうとした、が、如何せん阿修羅様に睨まれているのでそれはできなかった。
「あなた、疲れてらっしゃるの? しっかりしてくださいな」
呆れ果てた靖子は再びリビングを出ていく。
また一人になった宏明が呆然と椅子に座っていると、カタカタカタ……とリビングのテーブルが動いた。
「宏明さん。 お願いがあります」
このテーブルは、靖子が長野から持ってきた物だ。
それも靖子が子供の頃から使っていた義母さんからの嫁入り道具で、何年に作られたものかは宏明にもわからない。
意志があるとしたら、当時から意志を持っていたことになる。……怪異に入れ替わったとかでなければ。
「お前……口が聞けたのか……?」
宏明がおそるおそる喋りかけると、
『ぬ』と、テーブルの上板が30センチほど下がった。
脚が30センチ縮んだのではない。上板のみ、アメのように窪んだのだ。
「……『強い言葉』を言われたので、凹みました……」
「え?」
「『お前』って……」
「あ、あーすま……ごめんなさい! テーブルさん!」
窪んだ部分が、『ぬ』と元に戻った。昔のハリウッド映画の技術みたいだ。
「それで……『お願い』と言うのは?」
「はい。私のテーブルとしての生い立ちはとても平々凡々なものです。
例えば、週末によく、庭で雲を掴んでリビングに飾ると部屋が明るくなりますね。そのくらい平凡なものです。」
「……は?」
再びテーブルの「かさ」が30センチほど低くなった。
「今……『は?』って……」
「ああ、ああごめんなさい! ごめんなさい!」
「凹みました。しばらくこのままでいいですか?」
「いいですよ」
すると、テーブルはさらに10センチ低くなった。
「なぜ!?」
「『いいですよ。』って、『。』で終わってますよね。それは怒ってるからですか?」
「違います!」
よほど靖子に大事に扱ってこられたのだろう。嫌に繊細なテーブルだ。
「怒ってないので、とりあえず元の高さに戻ってくれる……?」
テーブルはようやく機嫌を取り戻し、原型に戻った。
「それで、……どこまで話しが進んだんだっけ……?ああ。テーブルさんの生い立ちですか?」
「パパさっきから誰と喋ってるの?」
ハッ……っと宏明が振り返ると、いつの間にか靖子と麻友が心配そうにこちらをみている。
宏明は慌ててテーブルを指差す。
テーブルは『うん』とも『すん』とも言わなくなってしまった。
「おーい……もしもーし……」
宏明は必死にテーブルに語りかけるがテーブルは反応しない。
宏明のその姿が妻と嫁には異質に見えた。
「……麻友、朝ごはん車の中で食べよう」
「うん……」
「ちょっと待って!! あ……」
二人は出ていってしまった。
「そうです。私は平凡な生い立ちのテーブルです」
「ちょっと今のはずるくないですか!?」
テーブルは60センチほど上板が低くなった。
めんどくせ!!!……という言葉を宏明は飲み込んだ。
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