爺ちゃんの時計

北川 悠

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プロローグ

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「回天戦用意!」
 号令と共に艦内が慌ただしくなった。
 相良はゆっくりと立ち上がり、鉢巻きを締めた。
「搭乗員乗艇!」
 潜水艦の乗組員に感謝と激励の言葉を述べ、同じ釜の飯を食った回天隊員と抱擁をかわす。
「柳原一飛層!」
 相良は同じ回天隊員の柳原一飛層に声をかけた。
「はい!」
「貴様は…………」
 相良が何か言いかけたが、その言葉は艦内の雑音にかき消された。
「相良少尉。なんでしょう」
「貴様が持っていろ!」
 相良は自分の懐中時計を柳原一飛層の手に握らせてから敬礼した。そして一瞬、彼に微笑みかけ、自艇に乗り込んでいった。

昭和二十年八月四日、相良少尉はバシー海峡にて戦死。
柳原一飛層の艇は、油圧の故障により発進する事ができなかった。
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