15 / 44
回天訓練基地跡 1
しおりを挟む
小さな船着き場には【ようこそ回天の島 大津島へ】という看板が掲げられていた。
人通りはなく閑散としている。青い空と透きとおった海、とても綺麗だ。
「ねえ新ちゃん、魚がいっぱいいる。ほらそこ。綺麗な海ね」
床枝さんはスマホを取り出して盛んにシャッターを切っている。爺ちゃんも七十年以上前、この場所でこの景色を見ていたのだろう。
「今日は兵隊さんが沢山来ているよ」
船着き場にある小さな売店のお婆さんがそう言った。
「兵隊さん?」
「若い自衛官が何十人も、ちょっと前に記念館の方に行ったから、見学なら、あんたら先に基地跡に行った方がええよ」
そう言ったのは釣り竿とクーラーボックスを持った中年の男性だった。
自衛官か、そうだよな。彼等が戦争の歴史を知るって事は重要な事だろう。
「そうですか、なら先そっちに行ってみます」
船着き場の向かいにはまだ新しそうな慰霊碑があった。立派な石造りで、回天供養と彫られた観音菩薩像も建てられている。近くにいってよく見ると、回天の母 人間魚雷 という歌が彫られていた。歌の終わりに、平成十九年八月建立とあった。
現在この島は平和そのものである。しかし太平洋戦争末期、自然豊かで美しいこの地から、多くの若者が死を覚悟して出撃していったのである。
訓練基地に通じるトンネルに入ると少しひんやりとした。
夏休み前の平日という事もあるだろうが、新一達以外、人影は無い。トンネル内には小さな蛍光灯が設けられているが、これは後から設置されたもので、当時、明かりは着けられていなかったという。
床には回天を運んだレールの跡が出口に向かって続いている。何となく通り過ぎてしまえばそれまでだが、その昔、多くの若者がこのレールに回天を乗せて運んだのだ。そう思いながらトンネルを進むと、何とも言えない気持ちになった。
しばらく行くと両側に、幾つもの写真が掲げられていた。当時この地で訓練を重ねていた兵士達の姿、潜水艦の甲板で日本刀を高々と振りかざし、出撃していく姿などがパネルにされ、日本語と英語の解説つきで展示されている。
「わたし、この時代の男性って凄く格好いいと思います。戦争がいいとか悪いとかじゃなくて、単純に男らしいっていうか……」
床枝さんの言った通りだと思った。爺ちゃんに見せてもらった写真に写っていた六人の若者も、とても凛々しかった。
「そうだね。これから死ぬ為に出撃するっていうのに、みんな曇りのない表情だね。格好いいと思う」
別に戦争を肯定するつもりはない。というより全否定だ。だがここに写っている人達は皆、本当に格好いいと思った。
「この時代は女性も素敵。ただひたすらに尽くす。ひたすら待ち続ける。そういう女らしい女って今の時代は否定されるけど憧れます。わたしってMなのかな」
「古風なんだね。男からみたら、そんな理想的な女性は今の時代、絶滅種だよ。国の為に命を捨てる事ができる男もそういないけどね」
「今流行りの女っぽい綺麗な男の人とか、わたし苦手なんです」
「床枝さんはどんな人が理想なの?」
気恥ずかしくて秀美ちゃんとは言えなかった。それに、そんな事も聞きたくは無かった。でも、言ってしまったのでしょうがない。
「特に理想っていうのはないですよ」
「僕に気を使った?」
「そんな事ないですよ。あたし、ビジュアル系っていうか、前見えてんの? みたいな髪型でお洒落して、フリーターのくせにバンドやってます。ていうような男性が大の苦手です。やたらエステとかに行く男の人も無理」
「そうだよね……ちゃんと働いてないのは最悪だよね……」
「ごめんなさい。そういう意味じゃなくて……」
ヤバい、空気読めよ。新一は心の中で自分を殴った。
「誰が見てもイケメンでスマートな人より、坊主頭で草むしりしている野球部の万年補欠って感じの人のほうが好きです。わかります?」
「何となくわかるけど、そうなの?」
「あっ、イメージですよ、イメージ。あくまでも」
「うん、わかるけど、変わってるって言われない?」
床枝さんって本当にいい子だな……
「言われます」
そう言って彼女は笑った。
「例えば……誰も見ていないのに、他人が捨てた吸い殻を拾ったり、困っている人にさりげなく手を差し伸べる事ができる人って素敵だと思います」
「実際はそういう事ってなかなか出来ないよね。でも、そういう事を無意識に出来る人っていうのはスマートって言わない?」
「えっ……あ、そうですね……」
「俺はダメダメだな。取りあえずちゃんと働かないと……人助け以前の問題だよ。スタートラインにも立ててない」
「新一さん……」
「何?」
「あっ、新一さんじゃなくて新ちゃんでしたね。ううん何でもないです」
二人はパネルにされた写真を見ながら、一つ一つ解説を読んで行った。
鉢巻きをして潜水艦の甲板に立ち、手を振って出撃していく兵士達の写真を見ると、自然に涙が流れた。
大津島、回天の島。ネットで調べて前知識は入れて来たつもりだった。だが違うのだ。新一は想像していた以上の衝撃を受けた。
太平洋戦争末期、大勢の兵士がこの地で暮らしていた。その誰もが、この戦争に負けるという事など考えてはいなかっただろう。
その時代、この場所に爺ちゃんもいたのだ。まだ一九歳の爺ちゃんもここで猛訓練を受け、そして皆に見送られて出撃して行った。それは紛れもない事実なのだ。額に日の丸の鉢巻きをし、袱紗入りの短刀を抱き、死を覚悟して潜水艦に搭乗したのだ。
爺ちゃん。ごめん……ごめんな。もっと早くに、ちゃんと爺ちゃんの話を聞いてあげなきゃいけなかった。先日、爺ちゃんに戦争の話を聞かなければ、この場所に来ることさえ無かっただろう。
今の若者が、いや若者以外でも、この地を訪れる人は決して多くは無さそうだ。仮に訪れたとしても、ふーん、と流し見て、おしまいにしてしまう人は多いだろう。自分には、たまたま身内に戦争体験者がいたから、そしてその話を聞いたから、この地を訪れたのである。
「ごめんな……爺ちゃん。俺、何も知らないくせに、ただ戦争なんか良くないって、馬鹿な事だって……俺、何にも知らなかったくせに……」
当時の若者や爺ちゃんの気持ちを想うと泣けてきた。
「新ちゃん……」
秀美はそっと新一の肩を抱いた。
人通りはなく閑散としている。青い空と透きとおった海、とても綺麗だ。
「ねえ新ちゃん、魚がいっぱいいる。ほらそこ。綺麗な海ね」
床枝さんはスマホを取り出して盛んにシャッターを切っている。爺ちゃんも七十年以上前、この場所でこの景色を見ていたのだろう。
「今日は兵隊さんが沢山来ているよ」
船着き場にある小さな売店のお婆さんがそう言った。
「兵隊さん?」
「若い自衛官が何十人も、ちょっと前に記念館の方に行ったから、見学なら、あんたら先に基地跡に行った方がええよ」
そう言ったのは釣り竿とクーラーボックスを持った中年の男性だった。
自衛官か、そうだよな。彼等が戦争の歴史を知るって事は重要な事だろう。
「そうですか、なら先そっちに行ってみます」
船着き場の向かいにはまだ新しそうな慰霊碑があった。立派な石造りで、回天供養と彫られた観音菩薩像も建てられている。近くにいってよく見ると、回天の母 人間魚雷 という歌が彫られていた。歌の終わりに、平成十九年八月建立とあった。
現在この島は平和そのものである。しかし太平洋戦争末期、自然豊かで美しいこの地から、多くの若者が死を覚悟して出撃していったのである。
訓練基地に通じるトンネルに入ると少しひんやりとした。
夏休み前の平日という事もあるだろうが、新一達以外、人影は無い。トンネル内には小さな蛍光灯が設けられているが、これは後から設置されたもので、当時、明かりは着けられていなかったという。
床には回天を運んだレールの跡が出口に向かって続いている。何となく通り過ぎてしまえばそれまでだが、その昔、多くの若者がこのレールに回天を乗せて運んだのだ。そう思いながらトンネルを進むと、何とも言えない気持ちになった。
しばらく行くと両側に、幾つもの写真が掲げられていた。当時この地で訓練を重ねていた兵士達の姿、潜水艦の甲板で日本刀を高々と振りかざし、出撃していく姿などがパネルにされ、日本語と英語の解説つきで展示されている。
「わたし、この時代の男性って凄く格好いいと思います。戦争がいいとか悪いとかじゃなくて、単純に男らしいっていうか……」
床枝さんの言った通りだと思った。爺ちゃんに見せてもらった写真に写っていた六人の若者も、とても凛々しかった。
「そうだね。これから死ぬ為に出撃するっていうのに、みんな曇りのない表情だね。格好いいと思う」
別に戦争を肯定するつもりはない。というより全否定だ。だがここに写っている人達は皆、本当に格好いいと思った。
「この時代は女性も素敵。ただひたすらに尽くす。ひたすら待ち続ける。そういう女らしい女って今の時代は否定されるけど憧れます。わたしってMなのかな」
「古風なんだね。男からみたら、そんな理想的な女性は今の時代、絶滅種だよ。国の為に命を捨てる事ができる男もそういないけどね」
「今流行りの女っぽい綺麗な男の人とか、わたし苦手なんです」
「床枝さんはどんな人が理想なの?」
気恥ずかしくて秀美ちゃんとは言えなかった。それに、そんな事も聞きたくは無かった。でも、言ってしまったのでしょうがない。
「特に理想っていうのはないですよ」
「僕に気を使った?」
「そんな事ないですよ。あたし、ビジュアル系っていうか、前見えてんの? みたいな髪型でお洒落して、フリーターのくせにバンドやってます。ていうような男性が大の苦手です。やたらエステとかに行く男の人も無理」
「そうだよね……ちゃんと働いてないのは最悪だよね……」
「ごめんなさい。そういう意味じゃなくて……」
ヤバい、空気読めよ。新一は心の中で自分を殴った。
「誰が見てもイケメンでスマートな人より、坊主頭で草むしりしている野球部の万年補欠って感じの人のほうが好きです。わかります?」
「何となくわかるけど、そうなの?」
「あっ、イメージですよ、イメージ。あくまでも」
「うん、わかるけど、変わってるって言われない?」
床枝さんって本当にいい子だな……
「言われます」
そう言って彼女は笑った。
「例えば……誰も見ていないのに、他人が捨てた吸い殻を拾ったり、困っている人にさりげなく手を差し伸べる事ができる人って素敵だと思います」
「実際はそういう事ってなかなか出来ないよね。でも、そういう事を無意識に出来る人っていうのはスマートって言わない?」
「えっ……あ、そうですね……」
「俺はダメダメだな。取りあえずちゃんと働かないと……人助け以前の問題だよ。スタートラインにも立ててない」
「新一さん……」
「何?」
「あっ、新一さんじゃなくて新ちゃんでしたね。ううん何でもないです」
二人はパネルにされた写真を見ながら、一つ一つ解説を読んで行った。
鉢巻きをして潜水艦の甲板に立ち、手を振って出撃していく兵士達の写真を見ると、自然に涙が流れた。
大津島、回天の島。ネットで調べて前知識は入れて来たつもりだった。だが違うのだ。新一は想像していた以上の衝撃を受けた。
太平洋戦争末期、大勢の兵士がこの地で暮らしていた。その誰もが、この戦争に負けるという事など考えてはいなかっただろう。
その時代、この場所に爺ちゃんもいたのだ。まだ一九歳の爺ちゃんもここで猛訓練を受け、そして皆に見送られて出撃して行った。それは紛れもない事実なのだ。額に日の丸の鉢巻きをし、袱紗入りの短刀を抱き、死を覚悟して潜水艦に搭乗したのだ。
爺ちゃん。ごめん……ごめんな。もっと早くに、ちゃんと爺ちゃんの話を聞いてあげなきゃいけなかった。先日、爺ちゃんに戦争の話を聞かなければ、この場所に来ることさえ無かっただろう。
今の若者が、いや若者以外でも、この地を訪れる人は決して多くは無さそうだ。仮に訪れたとしても、ふーん、と流し見て、おしまいにしてしまう人は多いだろう。自分には、たまたま身内に戦争体験者がいたから、そしてその話を聞いたから、この地を訪れたのである。
「ごめんな……爺ちゃん。俺、何も知らないくせに、ただ戦争なんか良くないって、馬鹿な事だって……俺、何にも知らなかったくせに……」
当時の若者や爺ちゃんの気持ちを想うと泣けてきた。
「新ちゃん……」
秀美はそっと新一の肩を抱いた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
義姉妹百合恋愛
沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。
「再婚するから」
そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。
次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。
それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。
※他サイトにも掲載しております
『お兄ちゃんのオタクを卒業させてみせるんだからね❤ ~ブラコン妹と幼馴染オタク姫の果てしなき戦い~』
本能寺から始める常陸之介寛浩
青春
「大好きなはずなのに……! 兄の『推し活』が止まらない!?」
かつて、私は信じていた。
優しくて、頼もしくて、ちょっと恥ずかしがり屋な──
そんな普通のお兄ちゃんを。
でも──
中学卒業の春、
帰ってきた幼馴染みの“オタク姫”に染められて、
私のお兄ちゃんは**「推し活命」**な存在になってしまった!
家では「戦利品だー!」と絶叫し、
年末には「聖戦(コミケ)」に旅立ち、
さらには幼馴染みと「同人誌合宿」まで!?
……ちがう。
こんなの、私の知ってるお兄ちゃんじゃない!
たとえ、世界中がオタクを称えたって、
私は、絶対に──
お兄ちゃんを“元に戻して”みせる!
これは、
ブラコン妹と
中二病オタク姫が、
一人の「兄」をめぐって
全力でぶつかり合う、果てしなき戦いの物語──!
そしていつしか、
誰も予想できなかった
本当の「大好き」のカタチを探す、
壮大な青春ストーリーへと変わっていく──。
【アラウコの叫び 】第3巻/16世紀の南米史
ヘロヘロデス
歴史・時代
【毎週月曜07:20投稿】
3巻からは戦争編になります。
戦物語に関心のある方は、ここから読み始めるのも良いかもしれません。
※1、2巻は序章的な物語、伝承、風土や生活等事を扱っています。
1500年以降から300年に渡り繰り広げられた「アラウコ戦争」を題材にした物語です。
マプチェ族とスペイン勢力との激突だけでなく、
スペイン勢力内部での覇権争い、
そしてインカ帝国と複雑に様々な勢力が絡み合っていきます。
※ 現地の友人からの情報や様々な文献を元に史実に基づいて描かれている部分もあれば、
フィクションも混在しています。
動画制作などを視野に入れてる為、脚本として使いやすい様に、基本は会話形式で書いています。
HPでは人物紹介や年表等、最新話を先行公開しています。
公式HP:アラウコの叫び
youtubeチャンネル名:ヘロヘロデス
insta:herohero_agency
tiktok:herohero_agency
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる