爺ちゃんの時計

北川 悠

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新一と相良の意識 1

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(この章は物語の性質上多元視点で書かれています。新一と相良の心の声は『』で表されています)

 そう言えばさっき、ハッチを開けた兵士はこの人物を相良少尉と呼んでいた。
この人物はまさか……相良少尉? だとしたらなぜ? なぜ相良少尉なんだ。それより、今は何年何月だ?
『相良少尉。貴方は相良少尉ですね? 僕の声が聞こえていますよね?』

 また声がする。俺は一体どうしちまったのだ。あの不安感が増大して、とうとう頭がおかしくなってしまったのか?

『僕にも訳はわからないんです。転んで頭を打って気が付いたら、ここにいた。多分……あなたの意識の中です』

 誰だ? また誰かが俺に話しかけている。近くには、自分に話しかけている者など誰もいない。声を掛けられているという感じではない。脳に、いや意識に直接話しかけられているという感じだ。

『答えて下さい。お願いします。僕には貴方の見えているものが見えます。貴方の聞いているものが聞こえます。貴方の声も聞こえます。感覚はありません。でも、何となく暑いのか寒いのかわかります。匂いも、わかるような気がします』

「貴様は何者だ!」
遂に耐え切れなくなって相良は声に出して叫んだ。
周りにいた数人が訝しげに相良の方を見ている。やはり、この声は俺だけにしか聞こえないのか……
「すまん。独り言だ」
「少尉、お疲れでしょう。少しお休みになられた方がよろしいかと」

 声を掛けて来たのは、川西という男だった。服に名前が縫い付けられているのが新一にも見えた。階級はわからない。だが、言葉づかいから下士官だろう。
『相良少尉、声に出さなくてもいいから、頭で思ってみて下さい。僕もそうしています。混乱しているのはわかりますが、それは僕も一緒です。この現状を把握したいのです。お願いします』
 新一だってパニくっている。やっと、何となく現状が見えて来たところだ。だが、この相良という男には全く現状が理解出来ていないようだ。まあ当然だろう。急に知らない奴から声を掛けられているのだ。それも意識に直接。自分がおかしくなったのだと思っても不思議ではない。
 新一は順を追って説明した。自分の事、爺ちゃんの事、回天記念館に来た事、そしてそこで起こった事を。

「貴様!」
『だから、声に出さなくてもいいって。思ってみてよ』
『そんな事を信じろと言うのか?』
『そうそう、ほら、声に出さなくても会話は成り立つんだ。やっぱりそうだ』
『令和五年だと?』
『そうだよ。2023年。それより今は何年? 昭和十九年? それとも二十年?』
『二十年七月十日だ』
『マジか……』
 分かったところでどうする。帰れるのか? どうやって帰る? 自分の肉体はどうなっている? まさか死んでいる?
『僕はもう自分のいた世界には戻れないのかな……』

『そんな事は知らん。だが、来たのなら戻る方法もあるはずだ』
 相良は、この新一という人物が嘘を言っている様にはおもえなかった。しかし、素直に信じるにはあまりに荒唐無稽すぎる。もし、彼の言っている事が本当ならば、自分が特攻で命を落としたらどうなる? 意識だけ残される? それとも自分と共に消えるのか?
『貴様がほんとうに未来から来たのだとしたら……いや……止めておこう』
 多分、日本は負ける。だが、その言葉を聞きたくは無かった。そもそも、この新一という輩の言葉を信じて良いものかもわからない。

『この戦争の勝ち負けでしょ?』そうだ。そうに決まっているだろう。
『知っているよな?』
『もちろん』
『貴様、柳原一飛層の孫だと言ったな』
『うん』
『柳原一飛層は特攻から生きて戻ったのか?』
『うん』
『では……』
『気になるよね、日本は勝つのか負けるのか。いつ戦争は終わるのか。その後の日本は、自分はどうなったのか』
『貴様、ほんとうに……』
『証明する事は出来ないよ。この奇妙な現象も含めて、信じて貰うしかない』
『貴様と俺がこうして会話している以上、信じざるを得ないか』
『僕だって来たくて来たわけじゃない。こんなの、信じられない。帰りたい。ひょっとしたら僕はもう死んでいるのかも知れない。でも帰りたい。秀美ちゃん……』
『貴様がどうやったら帰れるのかは知らんが、ずっとそこにいられても困る。そもそも、偶然か? それとも必然か? 過去にこういった事例はあるのか?』
 そんな事わからない。こんな事例がもしあるなら大騒ぎになっているはずだ。いや、そうでないかも……あったとしても大々的に取り上げられるとは限らない。あまりに常識から、かけ離れているので信じて貰う事などできないだろう『事例は、わからない。少なくとも僕は知らない。偶然か必然か、という事ならたぶん偶然だと思う』
『根拠は?』
『少なくとも、僕に目的は無い』
『貴様も被害者というわけか』
『被害者か。現実の世界に戻る事が出来ないのなら、確かに被害者だね』
 戻れない。戻れない……そうかもしれない。漫画や映画の世界のように、再び現実の世界に戻れるという事は無いと考えた方がいいのかもしれない。
『少尉、タイムパラドックスって知ってる?』
 頭に浮かんだ。ここが実在する過去ならば、必ず起きるであろう矛盾……
「なんだそれは?」
『漫画とかラノベの世界なんだけどね』
「ラノベ?」
「相良、どうした? ブツブツ独り言なんか言って。貴様やはり頭でも打ったか?」
 後ろから急に声を掛けられて相良は驚いた。
「上田か、脅かすな。少し疲れているだけだ。大丈夫だ」
 この新一とかいう人物との会話に気をとられ、声が出ていたのか……
「何か用か?」
「いや、一服しようと思って出てきたら、貴様がいただけだ」
「煙草なんて兵舎で吸えばよかろう」
「機嫌がわるいな、大丈夫か? 知っての通り、最近は煙草の配給も少なくて、下士官連中にはろくに回ってこないらしい。一本吸うたびに三本も四本もとられたのではかなわんからな」
 そう言って上田は美味そうに煙を吸い込んだ。
『上田? その人は同期の上田少尉?』
 相良は頭の中で響く新一の声に少し驚いたが、だいぶ慣れて来た。
『そうだが、知っているのか?』
『ほとんど知らないけど、爺ちゃんの話にも出て来た人だよ。相良少尉とは一番仲が良かった人だって』
『そうか、柳原一飛層が……』
『ねえ少尉。ちょっと試してみたい事があるんだけど、今から僕が言う事を上田少尉に言ってみてくれる?』
『何?』
『昭和二十年八月十四日、日本はポツダム宣言を受諾。翌十五日、玉音放送にて戦争の終結が国民に知らされた。つまり日本は負けたって事だよ。上田少尉に伝えられる?』
『そんな……信じられん』
『別に信じて貰わなくてもいい。今正に、未来の事象を君に伝える事が出来た。まず一段階。次に、この事を上田少尉に話してくれる?』
『そんな事言える訳なかろう!』
『この通りに言わなくてもいいよ。終戦の日は来月、八月十五日だと伝えてみてもらえるかな』

「相良どうした。考え事か?」
「なあ上田、先日も聞いたと思うが。この戦争、勝てると思うか?」
「思うとか思わないではなく勝つのだよ!」
「……八月……ジュ……」言えない。どういう事だ? 口がきけない。
「八月……」ダメだ。やはり話す事ができない。
「どうした相良。八月? 八月がどうした」
「上田少尉、板倉少佐が探しておられます。至急兵舎にお戻り願います」
 若い兵士の声だ。
「何? 分かった。すぐ行く」
 上田は吸いかけの煙草を相良に渡すと、走っていった。
「どういう事だ!」
『声、声、声が出てるよ』
 これも感覚だが、相良少尉の心の声と、実際に発した物理的な声の違いは容易に判断する事が出来る。
『日本は負けるのか?』
『残念ながらね。その事を君に伝える事は出来た。でも、上田少尉には伝える事が出来なかった』
『それがどうだと言うのだ』

 明らかに相良少尉は動揺している。そりゃそうだろう。やっと、新一の存在を認め始めたところに、今度は敗戦を伝えられたのだから。気持ちは理解できる。
『タイムパラドックスだよ。過去の歴史を変えてしまう事によって起きる矛盾、という解釈でよかったと思うけど』
 タイムパラドックスなんて、漫画や映画の世界の出来事であって、現実には起きえない。だから当然、解明なんて出来やしない。まさか自分の身に起きるなんて……自分がそれを証明する事になるなんて、夢にも思わなかった。

『矛盾か……そんな事……日本は、やはり日本は負けるのか……』

『うん……八月十五日が終戦の日だよ』
 早く現実の世界、令和の世に帰りたい。それが一番の願いだが、多分それは叶わないだろう。仮に帰れる手段があったとして、この状態から、それを見つけ出すなんてできっこない。
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