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三上隆文と河野健二
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南沢修の遺体発見から一か月が経過した。
遺体の発見が十二月も半ばであったため、この件についての報道や興味は、年末から年始にかけての特番にかき消されるだろうと思われた。だが、現役国会議員の息子の殺人事件、さらには影のドンと呼ばれる仙谷直哉と、日本最大の暴力団、佐川組との癒着が明らかになった事により、永田町界隈までその火の粉が降り注いだ。結果、数人の現役国会議員が辞職に追い込まれる大事件となり、未だにこの話題がワイドショーを飾っている。
だが、民衆の関心は、そんな政治的な事よりも、例のカップル殺人に携わった南沢達三人の殺害、更には、それを隠ぺいした仙谷直哉及び南沢潤一郎への制裁を成功させた犯人を英雄視する声で溢れている。
いつもなら、ここで警察の隠蔽体質や、初動捜査の不手際など、警察に対するバッシングの嵐となるはずであるが、今回はこの件に対して独自の取材を行い早い段階で、それを放映した麗奈のおかげで、むしろ千葉県警警察本部は、世間から賞賛される結果となっていた。
「麗奈さんには感謝しかないですね」
小出がエビの形をしたルアーを磨きながら言った。
「ああ、彼女のおかげで俺たちまで英雄視されてるしな」
鳴沢が自分の頭をなでる。
「納得いかないわ! 犯人は捕まってないのよ!」
麗子が鳴沢を睨めつけてから、武男に向きなおる。「ボス! これで終わりでいいんですか?」
「いや、その前に今、津島に調べてもらっていた事がある」
武男が眼鏡を押し上げ、津島に目線を送った。
「はい。やっぱり山城さんの言ったとおりでした」
パソコンの画面を見たまま津島が答える。
「え? 何?」と麗子。
「はい。昨年の館山での溺死事件、小出さんが事故死に待ったをかけたやつです。あの三上隆文さんは、警察に偽証した高校教諭でした」
「あ、あの沢口と入谷の喫煙を注意したという、あれか」
鳴沢が津島を指さす。
「はい。あれは間違いなく偽証でした。メディアには流れていませんが、仙谷の秘書が自供したようです」
「秘書が?」と小出。
「はい。仙谷本人は現在、持病である心臓病を理由に都内の警察病院に入院しています」
「で、秘書はなんて?」
「はい。三上さんは、とても教頭になれる器じゃ無かったようですが、最終的に教頭の地位、それと別に現金一千万で偽証を引き受けていました」
「それをどうやって?」と麗子。
津島がパソコンを指さし「千葉県警本部……ここのセキュリティーはガバガバすぎです。隠そうとしているのも見え見えでした」
「ここ、県警本部としては、三上さんの事故死について俺たちが待ったをかけていたにも関わらず、事故で送検した失態を公にしたくなかった。だから、この件は隠蔽していたということか」武男が眼鏡を押し上げる。
「はい。三上さんはホワイト興産に殺された可能性が高いです」
「だろ! だから不自然すぎるって言ったんだ」
小出が持っていたエビをテーブルの上に放った。
「てことは……」
麗子が津島のフィギュアを一体手に取ってその顔を覗き込む。
「はい。南沢修のアリバイを証言した校長ですよね?」
「まさか、死んでるの?」
「はい。死んでます。事故死ですが……」
「説明しろ」
武男が津島のデスクの上で倒れている一体のフィギュアを手に取り、それを丁寧に、元あった場所に立たせた。
「南沢修のアリバイを証言した当時の校長、河野健二さんは糖尿病でした。死因は低血糖発作による心不全。酔ってインスリンを多く打ちすぎた事による事故として報告が上がっていました」
「インスリンだと?」と武男。
「はい。インスリンです。河野さんの解剖所見にもそう記載されています」
「それって……」
麗子が首を傾げる。
「はい。インスリンで人を殺すのはかなりハードルが高い。医療関係者でなければ、いえ、医療関係者であっても、その入手は困難かと思われます」
津島は麗子から受け取ったフィギュアをパソコンの隣に立たせた。「河野さんに限っては、ホワイト興産の仕業ではなく、ほんとに事故だったのかも知れません」
「いや……それにしても都合の良すぎる事故死だな……」と鳴沢。
「ネットでは、この二人の死についても議論がはじまっています……」と津島。
「いずれにしろ我々は、英雄であり、正義の味方である、元ホワイト興産の連中を逮捕しなければならない。てことか……」
鳴沢が自分の両頬を叩く。
「ボス! ボスはどうお考えですか?」
麗子が武男に詰め寄る。
「……正義の味方であるホワイト興産は見逃したい。そういう言葉をご所望か?」
「いえ……」
「俺が多良間絵里の父親だったら……もし娘がそんな目にあって殺されたら……」その先の言葉を武男は飲み込んだ。――そして言った「俺は警察官だ」
その言葉に全員が頷いた。
その数日後、南沢潤一郎と仙谷直哉、更に佐川組の組長と幹部五人が逮捕された。
遺体の発見が十二月も半ばであったため、この件についての報道や興味は、年末から年始にかけての特番にかき消されるだろうと思われた。だが、現役国会議員の息子の殺人事件、さらには影のドンと呼ばれる仙谷直哉と、日本最大の暴力団、佐川組との癒着が明らかになった事により、永田町界隈までその火の粉が降り注いだ。結果、数人の現役国会議員が辞職に追い込まれる大事件となり、未だにこの話題がワイドショーを飾っている。
だが、民衆の関心は、そんな政治的な事よりも、例のカップル殺人に携わった南沢達三人の殺害、更には、それを隠ぺいした仙谷直哉及び南沢潤一郎への制裁を成功させた犯人を英雄視する声で溢れている。
いつもなら、ここで警察の隠蔽体質や、初動捜査の不手際など、警察に対するバッシングの嵐となるはずであるが、今回はこの件に対して独自の取材を行い早い段階で、それを放映した麗奈のおかげで、むしろ千葉県警警察本部は、世間から賞賛される結果となっていた。
「麗奈さんには感謝しかないですね」
小出がエビの形をしたルアーを磨きながら言った。
「ああ、彼女のおかげで俺たちまで英雄視されてるしな」
鳴沢が自分の頭をなでる。
「納得いかないわ! 犯人は捕まってないのよ!」
麗子が鳴沢を睨めつけてから、武男に向きなおる。「ボス! これで終わりでいいんですか?」
「いや、その前に今、津島に調べてもらっていた事がある」
武男が眼鏡を押し上げ、津島に目線を送った。
「はい。やっぱり山城さんの言ったとおりでした」
パソコンの画面を見たまま津島が答える。
「え? 何?」と麗子。
「はい。昨年の館山での溺死事件、小出さんが事故死に待ったをかけたやつです。あの三上隆文さんは、警察に偽証した高校教諭でした」
「あ、あの沢口と入谷の喫煙を注意したという、あれか」
鳴沢が津島を指さす。
「はい。あれは間違いなく偽証でした。メディアには流れていませんが、仙谷の秘書が自供したようです」
「秘書が?」と小出。
「はい。仙谷本人は現在、持病である心臓病を理由に都内の警察病院に入院しています」
「で、秘書はなんて?」
「はい。三上さんは、とても教頭になれる器じゃ無かったようですが、最終的に教頭の地位、それと別に現金一千万で偽証を引き受けていました」
「それをどうやって?」と麗子。
津島がパソコンを指さし「千葉県警本部……ここのセキュリティーはガバガバすぎです。隠そうとしているのも見え見えでした」
「ここ、県警本部としては、三上さんの事故死について俺たちが待ったをかけていたにも関わらず、事故で送検した失態を公にしたくなかった。だから、この件は隠蔽していたということか」武男が眼鏡を押し上げる。
「はい。三上さんはホワイト興産に殺された可能性が高いです」
「だろ! だから不自然すぎるって言ったんだ」
小出が持っていたエビをテーブルの上に放った。
「てことは……」
麗子が津島のフィギュアを一体手に取ってその顔を覗き込む。
「はい。南沢修のアリバイを証言した校長ですよね?」
「まさか、死んでるの?」
「はい。死んでます。事故死ですが……」
「説明しろ」
武男が津島のデスクの上で倒れている一体のフィギュアを手に取り、それを丁寧に、元あった場所に立たせた。
「南沢修のアリバイを証言した当時の校長、河野健二さんは糖尿病でした。死因は低血糖発作による心不全。酔ってインスリンを多く打ちすぎた事による事故として報告が上がっていました」
「インスリンだと?」と武男。
「はい。インスリンです。河野さんの解剖所見にもそう記載されています」
「それって……」
麗子が首を傾げる。
「はい。インスリンで人を殺すのはかなりハードルが高い。医療関係者でなければ、いえ、医療関係者であっても、その入手は困難かと思われます」
津島は麗子から受け取ったフィギュアをパソコンの隣に立たせた。「河野さんに限っては、ホワイト興産の仕業ではなく、ほんとに事故だったのかも知れません」
「いや……それにしても都合の良すぎる事故死だな……」と鳴沢。
「ネットでは、この二人の死についても議論がはじまっています……」と津島。
「いずれにしろ我々は、英雄であり、正義の味方である、元ホワイト興産の連中を逮捕しなければならない。てことか……」
鳴沢が自分の両頬を叩く。
「ボス! ボスはどうお考えですか?」
麗子が武男に詰め寄る。
「……正義の味方であるホワイト興産は見逃したい。そういう言葉をご所望か?」
「いえ……」
「俺が多良間絵里の父親だったら……もし娘がそんな目にあって殺されたら……」その先の言葉を武男は飲み込んだ。――そして言った「俺は警察官だ」
その言葉に全員が頷いた。
その数日後、南沢潤一郎と仙谷直哉、更に佐川組の組長と幹部五人が逮捕された。
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