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1章
1話
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「何、この子ども」
守羅は呟いた。独特な気配だが、どこからどう見ても人間だ。金色の髪が、子どもの持つ長い刀に絡みついている。まるで、鞘の装飾の一部のようだ。この辺りの人間ではない。この国に住む人間は、黒い髪をしている。
子どもは、守羅のいる場所から一段低い場所に倒れている。高さはそうないが、子どもが落ちれば無傷では済まないだろう。
厄介事の匂いしかしない。無視した方がいい。
そう結論づけて、守羅は立ち上がった。どうせ誰かが弔うか、妖怪に食われるかだ。それよりも、今日の晩飯の方が重大事項だ。
その時、子どもがピクピクと動いた。生きている。
「まあ、いいか……。ばあちゃんには、人には親切にしろって言われてるし……」
仕方なしに、守羅は崖下へ飛び降りた。下草で滑って転倒しそうになった。気恥しい気持ちで、頬をかいた。幸いにも、子どもに見られてはいないようだ。
ある程度回復したら、その辺に放り出せばいい。 守羅が住む地域は、ずっと前から人間の領域と定まっていた。現れる妖怪と言えば、知性がない異形型か、時折ふらりと訪れる九十九の商人くらいだ。場所さえ選べば、放逐しても命は落とさないだろう。
そう思って、守羅が子どもーーーー幼い少女ーーーーに手を伸ばした、その瞬間。全身に電流のような衝撃が走った。
「ぐッ……!」
咄嗟に身を後ろに投げ出した。転がるようにして距離を空け、少女を注視した。体が激しく緊張し、全身の毛が逆立つ。反射的に額に力が集まっている。身体の周りに、即席の防護壁が現れた。
空気が凍りついたようだ。守羅は少女を睨みつけるように凝視している。少女は時折小さく身動きする。眠っているようにしか見えない。
「ううん…………」
少女の瞼が上がった。目を開け、そしてなにか熱いものに触れたかのように悲鳴をあげた。
瞳を閉じているのに、光が差し込んでいる。ここは死後の世界なのだろうか。身体は平で湿気た場所に横たわっている。手には硬い棒のような何かを握りこんでいた。何やらつやつやした感触が肌に触れている。目を開けようとして、リリは悲鳴をあげた。まるで、眼球が焼けつくようだ。ぎゅっと目を瞑り、手のひらで覆ったが、痛みは消えない。
身を縮めて涙を流すリリの身体に、なにか硬いものが触れた。突如現れた何者かに、身体が固まる。痛みは治まってきているものの、目はまだ開けることが出来ない。
硬いものがリリをつついた。硬い感触がふたつ、リリの身体の下に潜り込んだ。棒状のなにかにひっくり返されたようだった。瞼を刺す光が強くなった。リリはなにもできず、ただ手に持った棒を強く握りしめた。
硬いものはリリを摘んで持ち上げた。身体が宙に浮いている。鳥頭の妖怪を思い出して口から悲鳴がこぼれでた。
「起きたのか。……大丈夫か?」
優しそうな声が聞こえて、瞼をうっすら開けた。見たことも無い極彩色を背に、素朴な顔立ちの青年が映った。
なんだ、人だったのか。
全身からほっと力が抜けて、リリの意識は闇に沈みこんだ。
守羅は、火ばさみを持ち上げた。ぶら下げられた少女は、稲のように輝く睫毛に飾られた瞳を閉じている。翡翠のような美しい瞳をしていた。手を翳してみても、もうあの反発は起こらないようだった。
少女を背中に背負った籠に入れ、崖にそって迂回する。下草のつやつやした細い茎を踏み折り踏み折りして行く。食べられそうな茸や栗を見つけては、着物の腹の辺りに入れた。屈むとこぼしてしまいそうだから、持ってきた火ばさみが便利だ。イガグリを拾うために持ってきたのだが。栗拾いのつもりで、厄介なものを拾ってしまった。
家の扉を開けて、カゴを下ろした。その拍子に、今日の稼ぎが転がり落ちる。色とりどりの茸、艶々とした焦げ茶の皮をのぞかせる栗。中でも1番鮮やかなのは、少女の金の髪だ。
ざっと見たところ、崖から落ちたにしては傷が少ない。妖怪なら無傷でもおかしくは無いが、少女は見たところ人間だ。少女が首から提げた小袋は、文様や紐の結びからして御守りの1種だとわかった。そして、胸の辺りには呪力の残滓が遺っていた。呪力は2種類。ひとつは少女の心臓あたりから、もうひとつは少女が持つ刀から。細身の刀は、鞘に細かくびっしりと退魔の呪式が刻まれていて、強い力を秘めていることは間違いなかった。
「最初に俺を弾いたのは、これの力か」
兎にも角にも、怪我がないなら大丈夫だろう。目を押さえていたから、なにか傷があるのかもしれないが、守羅には手が出せない。この村には呪術師がいないから、眼球が傷んでいたとしても、なにもしてやれない。申し訳程度の布団の上に転がして、ただ少女の目覚めを待った。
村人から貰った藁を編んで草履を作り、晩飯の鍋を煮込んでいる所で、少女が起き上がった。ぼんやりとした様子で、目だけを動かして部屋を見渡し、囲炉裏から目を背けるように壁側に頭を向けた。
「もしかして、眩しいのが苦手なのか?」
少女は小さく
「まぶしい……」
と呟いた。瞳をほとんど閉じるようにしてこちらに向き直る。
「わかったよ……。少し待ってろ、これが出来たら消すから」
鍋はほとんどできあがっている。囲炉裏から火を移し、行灯に火をいれる。頃合いを見て囲炉裏を消せば、部屋は行灯のぼんやりとした灯りだけになり、守羅自身の手すら見えにくい闇が現れた。
「これでどう? 楽になった? というか、お前誰? どっから来たの?」
「えと、あ、ありがと……。私、ユズリハ・クロウ・リリ。えっと、いつも暗い所から来た……」
「へえ、だから目が弱くなってるのか……。なら、慣らせば大丈夫そうだな。暗いとこって、月陰国か?」
「わからない……」
「へぇ……。あ、飯は食う?」
リリは、おずおずと器を受け取った。口をつけて、微かに微笑む。
「あの、あなたは、だれ……?」
「俺? 俺の名前は守羅。この辺で用心棒をして生計を立てている」
「用心棒ってなあに?あなたは妖怪なの?」
「用心棒は、雇われて村の警備や商人の往来を護衛する仕事だ。ちょっとでも人里を外れると、知能の低い妖ばっかだから。あと、俺は半妖。人間と妖怪の間に生まれた、どっちにも馴染めない半端者だ」
守羅の耳は普通の人間とは違う。耳があるはずの場所には、ふさふさとした、猫や狐に近い耳が生えている。それも、少し奇妙な生え方をしていて、思い切り耳を絞ったような角度で生えているのだ。毛の色も柔らかな白で、守羅が人外の血を引くことを示している。
「半妖……。悪い妖怪じゃ、ない?」
「半妖は妖怪じゃない。悪いかどうかは……まぁ、人によるけど。俺はこのとおり、目の前に子どもが倒れててそれを見捨てるような悪いやつじゃない」
「そう……よかった」
リリは安心したように笑った。抱き込んでいた刀をそっと撫でる。
「悪い妖怪をこの刀でセンメツするのが、私たちユズリハの役目だから」
守羅はギョッとした。リリを頭のてっぺんから爪先までじろじろ見て、そしてリリの刀を凝視した。
「まさか、その刀……封魔刀か?」
「うん。ユズリハに、先祖代々伝わる刀。どんな妖怪でも、この刀には勝てない。知ってたの?」
「そうか、譲葉……。ずっと昔に妖との戦に負けて散り散りになったと聞いたけど。生き残りがいたのか……。まあいい、その刀、絶対に近づけるなよ。妖怪の類には天敵だから」
「わかった。シュラ、お願いがあるの」
「何?」
「お姉ちゃんがいるの。1人で妖怪と戦ってるの。早く帰って、お姉ちゃんを探して、助けたげたい。手伝って」
守羅は手に持っていた器を置いた。汁の温さが、手のひらにはじんわりと残っている。
「断る。俺はただの用心棒だ」
「どうして?私、こんな明るいとこ来たことない。きっと、すごく遠いところに来たんだ。だから、道を教えてくれる人が欲しい」
「用心棒は仕事だ。どっからどう見ても無一文のお前にこれ以上親切にする義理はない。オマケに、おれに、どこにいるかも生きてるかもわからないあんたの姉を探せって?」
「お姉ちゃんは生きてるもん……」
「そんなの知るか」
守羅はまくし立てた。守羅は親切だが、寛容ではない。自分よりずっと年上の少年に責め立てらたからか、リリの目の縁に水滴が盛り上がった。しかし、守羅は手を緩める気は無い。一日一善をモットーとするほど親切な守羅だが、だからといって際限なく親切にする訳では無い。そんなことをしたら、守羅が死んでしまう。
「出ていけ」
「えっ?」
「出ていけ、これ以上居座られても迷惑だ。お前なら、夜の方がむしろ動きやすいだろ。さっさと出ていけ」
「どうして……?何でもするよ、お願い……」
「断る。子どもに何ができるんだ。俺だって、いつまでもお前みたい役立たず置いておけないし」
「ごめんなさい……」
リリは目に見えて落ち込んで、瞳から涙がこぼれた。流石に胸がチクリと傷んだ。リリは悲しそうに、刀の柄に手をかけた。
「うわぁっ!」
守羅は紙一重で躱した。重みに負けて、フラフラと揺れる刀は、本来なら殺傷力がない。が、あの封魔刀だ。横目に見ると、刀身にもびっしりと退魔術が仕掛けられている。触れただけでも大怪我を負いかねない。
「シュラ、さっき、私を見捨てないから悪くないって言った。だから、シュラが私を見捨てるなら、シュラは悪い妖怪。だから、センメツする」
「うわぁぁぁぁあ!口の回るクソガキが、やめろ!封魔刀を振り回すな!それ置けっ。わかったから、家に置いてやるからっ!」
「わかった。なら、シュラはいい妖怪。センメツしない」
流石に重かったらしい。ふう、と息を整えて、リリは刀を置いた。守羅は冷や汗を拭う。咄嗟に口をついて出た言葉だが、違える訳には行かない。こんなくだらないことで死にたくはないのだ。
守羅はごほんと咳払いをした。年上の威厳を失う訳にはいかない。
「言っとくけど、俺を雇うならそれなりの報酬を支払ってもらわないと。まして遠出となれば、家を預けたり色々あるんだから。それだけの金を持ってきてから言えよな、そういうことは。ここに住むなら置いてやらなくもないけど、家賃としてそれなりに働いては貰うから」
「うん!わかった!」
少女は、暗闇の中でもわかるほど眩い笑顔をうかべた。守羅はため息をつく。とんだ拾い物をしてしまった。
「……あと、お前の名前、多分リリじゃなくて莉凛香だから」
守羅は呟いた。独特な気配だが、どこからどう見ても人間だ。金色の髪が、子どもの持つ長い刀に絡みついている。まるで、鞘の装飾の一部のようだ。この辺りの人間ではない。この国に住む人間は、黒い髪をしている。
子どもは、守羅のいる場所から一段低い場所に倒れている。高さはそうないが、子どもが落ちれば無傷では済まないだろう。
厄介事の匂いしかしない。無視した方がいい。
そう結論づけて、守羅は立ち上がった。どうせ誰かが弔うか、妖怪に食われるかだ。それよりも、今日の晩飯の方が重大事項だ。
その時、子どもがピクピクと動いた。生きている。
「まあ、いいか……。ばあちゃんには、人には親切にしろって言われてるし……」
仕方なしに、守羅は崖下へ飛び降りた。下草で滑って転倒しそうになった。気恥しい気持ちで、頬をかいた。幸いにも、子どもに見られてはいないようだ。
ある程度回復したら、その辺に放り出せばいい。 守羅が住む地域は、ずっと前から人間の領域と定まっていた。現れる妖怪と言えば、知性がない異形型か、時折ふらりと訪れる九十九の商人くらいだ。場所さえ選べば、放逐しても命は落とさないだろう。
そう思って、守羅が子どもーーーー幼い少女ーーーーに手を伸ばした、その瞬間。全身に電流のような衝撃が走った。
「ぐッ……!」
咄嗟に身を後ろに投げ出した。転がるようにして距離を空け、少女を注視した。体が激しく緊張し、全身の毛が逆立つ。反射的に額に力が集まっている。身体の周りに、即席の防護壁が現れた。
空気が凍りついたようだ。守羅は少女を睨みつけるように凝視している。少女は時折小さく身動きする。眠っているようにしか見えない。
「ううん…………」
少女の瞼が上がった。目を開け、そしてなにか熱いものに触れたかのように悲鳴をあげた。
瞳を閉じているのに、光が差し込んでいる。ここは死後の世界なのだろうか。身体は平で湿気た場所に横たわっている。手には硬い棒のような何かを握りこんでいた。何やらつやつやした感触が肌に触れている。目を開けようとして、リリは悲鳴をあげた。まるで、眼球が焼けつくようだ。ぎゅっと目を瞑り、手のひらで覆ったが、痛みは消えない。
身を縮めて涙を流すリリの身体に、なにか硬いものが触れた。突如現れた何者かに、身体が固まる。痛みは治まってきているものの、目はまだ開けることが出来ない。
硬いものがリリをつついた。硬い感触がふたつ、リリの身体の下に潜り込んだ。棒状のなにかにひっくり返されたようだった。瞼を刺す光が強くなった。リリはなにもできず、ただ手に持った棒を強く握りしめた。
硬いものはリリを摘んで持ち上げた。身体が宙に浮いている。鳥頭の妖怪を思い出して口から悲鳴がこぼれでた。
「起きたのか。……大丈夫か?」
優しそうな声が聞こえて、瞼をうっすら開けた。見たことも無い極彩色を背に、素朴な顔立ちの青年が映った。
なんだ、人だったのか。
全身からほっと力が抜けて、リリの意識は闇に沈みこんだ。
守羅は、火ばさみを持ち上げた。ぶら下げられた少女は、稲のように輝く睫毛に飾られた瞳を閉じている。翡翠のような美しい瞳をしていた。手を翳してみても、もうあの反発は起こらないようだった。
少女を背中に背負った籠に入れ、崖にそって迂回する。下草のつやつやした細い茎を踏み折り踏み折りして行く。食べられそうな茸や栗を見つけては、着物の腹の辺りに入れた。屈むとこぼしてしまいそうだから、持ってきた火ばさみが便利だ。イガグリを拾うために持ってきたのだが。栗拾いのつもりで、厄介なものを拾ってしまった。
家の扉を開けて、カゴを下ろした。その拍子に、今日の稼ぎが転がり落ちる。色とりどりの茸、艶々とした焦げ茶の皮をのぞかせる栗。中でも1番鮮やかなのは、少女の金の髪だ。
ざっと見たところ、崖から落ちたにしては傷が少ない。妖怪なら無傷でもおかしくは無いが、少女は見たところ人間だ。少女が首から提げた小袋は、文様や紐の結びからして御守りの1種だとわかった。そして、胸の辺りには呪力の残滓が遺っていた。呪力は2種類。ひとつは少女の心臓あたりから、もうひとつは少女が持つ刀から。細身の刀は、鞘に細かくびっしりと退魔の呪式が刻まれていて、強い力を秘めていることは間違いなかった。
「最初に俺を弾いたのは、これの力か」
兎にも角にも、怪我がないなら大丈夫だろう。目を押さえていたから、なにか傷があるのかもしれないが、守羅には手が出せない。この村には呪術師がいないから、眼球が傷んでいたとしても、なにもしてやれない。申し訳程度の布団の上に転がして、ただ少女の目覚めを待った。
村人から貰った藁を編んで草履を作り、晩飯の鍋を煮込んでいる所で、少女が起き上がった。ぼんやりとした様子で、目だけを動かして部屋を見渡し、囲炉裏から目を背けるように壁側に頭を向けた。
「もしかして、眩しいのが苦手なのか?」
少女は小さく
「まぶしい……」
と呟いた。瞳をほとんど閉じるようにしてこちらに向き直る。
「わかったよ……。少し待ってろ、これが出来たら消すから」
鍋はほとんどできあがっている。囲炉裏から火を移し、行灯に火をいれる。頃合いを見て囲炉裏を消せば、部屋は行灯のぼんやりとした灯りだけになり、守羅自身の手すら見えにくい闇が現れた。
「これでどう? 楽になった? というか、お前誰? どっから来たの?」
「えと、あ、ありがと……。私、ユズリハ・クロウ・リリ。えっと、いつも暗い所から来た……」
「へえ、だから目が弱くなってるのか……。なら、慣らせば大丈夫そうだな。暗いとこって、月陰国か?」
「わからない……」
「へぇ……。あ、飯は食う?」
リリは、おずおずと器を受け取った。口をつけて、微かに微笑む。
「あの、あなたは、だれ……?」
「俺? 俺の名前は守羅。この辺で用心棒をして生計を立てている」
「用心棒ってなあに?あなたは妖怪なの?」
「用心棒は、雇われて村の警備や商人の往来を護衛する仕事だ。ちょっとでも人里を外れると、知能の低い妖ばっかだから。あと、俺は半妖。人間と妖怪の間に生まれた、どっちにも馴染めない半端者だ」
守羅の耳は普通の人間とは違う。耳があるはずの場所には、ふさふさとした、猫や狐に近い耳が生えている。それも、少し奇妙な生え方をしていて、思い切り耳を絞ったような角度で生えているのだ。毛の色も柔らかな白で、守羅が人外の血を引くことを示している。
「半妖……。悪い妖怪じゃ、ない?」
「半妖は妖怪じゃない。悪いかどうかは……まぁ、人によるけど。俺はこのとおり、目の前に子どもが倒れててそれを見捨てるような悪いやつじゃない」
「そう……よかった」
リリは安心したように笑った。抱き込んでいた刀をそっと撫でる。
「悪い妖怪をこの刀でセンメツするのが、私たちユズリハの役目だから」
守羅はギョッとした。リリを頭のてっぺんから爪先までじろじろ見て、そしてリリの刀を凝視した。
「まさか、その刀……封魔刀か?」
「うん。ユズリハに、先祖代々伝わる刀。どんな妖怪でも、この刀には勝てない。知ってたの?」
「そうか、譲葉……。ずっと昔に妖との戦に負けて散り散りになったと聞いたけど。生き残りがいたのか……。まあいい、その刀、絶対に近づけるなよ。妖怪の類には天敵だから」
「わかった。シュラ、お願いがあるの」
「何?」
「お姉ちゃんがいるの。1人で妖怪と戦ってるの。早く帰って、お姉ちゃんを探して、助けたげたい。手伝って」
守羅は手に持っていた器を置いた。汁の温さが、手のひらにはじんわりと残っている。
「断る。俺はただの用心棒だ」
「どうして?私、こんな明るいとこ来たことない。きっと、すごく遠いところに来たんだ。だから、道を教えてくれる人が欲しい」
「用心棒は仕事だ。どっからどう見ても無一文のお前にこれ以上親切にする義理はない。オマケに、おれに、どこにいるかも生きてるかもわからないあんたの姉を探せって?」
「お姉ちゃんは生きてるもん……」
「そんなの知るか」
守羅はまくし立てた。守羅は親切だが、寛容ではない。自分よりずっと年上の少年に責め立てらたからか、リリの目の縁に水滴が盛り上がった。しかし、守羅は手を緩める気は無い。一日一善をモットーとするほど親切な守羅だが、だからといって際限なく親切にする訳では無い。そんなことをしたら、守羅が死んでしまう。
「出ていけ」
「えっ?」
「出ていけ、これ以上居座られても迷惑だ。お前なら、夜の方がむしろ動きやすいだろ。さっさと出ていけ」
「どうして……?何でもするよ、お願い……」
「断る。子どもに何ができるんだ。俺だって、いつまでもお前みたい役立たず置いておけないし」
「ごめんなさい……」
リリは目に見えて落ち込んで、瞳から涙がこぼれた。流石に胸がチクリと傷んだ。リリは悲しそうに、刀の柄に手をかけた。
「うわぁっ!」
守羅は紙一重で躱した。重みに負けて、フラフラと揺れる刀は、本来なら殺傷力がない。が、あの封魔刀だ。横目に見ると、刀身にもびっしりと退魔術が仕掛けられている。触れただけでも大怪我を負いかねない。
「シュラ、さっき、私を見捨てないから悪くないって言った。だから、シュラが私を見捨てるなら、シュラは悪い妖怪。だから、センメツする」
「うわぁぁぁぁあ!口の回るクソガキが、やめろ!封魔刀を振り回すな!それ置けっ。わかったから、家に置いてやるからっ!」
「わかった。なら、シュラはいい妖怪。センメツしない」
流石に重かったらしい。ふう、と息を整えて、リリは刀を置いた。守羅は冷や汗を拭う。咄嗟に口をついて出た言葉だが、違える訳には行かない。こんなくだらないことで死にたくはないのだ。
守羅はごほんと咳払いをした。年上の威厳を失う訳にはいかない。
「言っとくけど、俺を雇うならそれなりの報酬を支払ってもらわないと。まして遠出となれば、家を預けたり色々あるんだから。それだけの金を持ってきてから言えよな、そういうことは。ここに住むなら置いてやらなくもないけど、家賃としてそれなりに働いては貰うから」
「うん!わかった!」
少女は、暗闇の中でもわかるほど眩い笑顔をうかべた。守羅はため息をつく。とんだ拾い物をしてしまった。
「……あと、お前の名前、多分リリじゃなくて莉凛香だから」
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