蓮に守護を、茉莉花に香りを

柊冬音

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3章

12話

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 一月の時をかけ、一行は日華国まで辿りついた。兎人の訓練団は、守羅の結界のおかげで随分安全に訓練を終わらせられたと感謝していた。眠ったままの堕川と一撃必殺の刀を持つ莉凛香は、訓練では仕事がなかった。
 過酷な旅は、期待と不安を膨らませた。莉凛香と同じ、金の髪に翡翠の瞳を持つ人間は見つかるのだろうか。
 兎人と別れ、目指すは人の最も集まる帝都だ。大陸に着くと、比較的温暖な気候と時期にさしかかり、堕川も目を覚ました。
 異国の道で、かじっただけの文字の知識のせいで道を間違えたようだ。気づけば、踏みならされた平らな道から、細い獣道へと変わっていた。
 なかば意地になって進み続けていると、声をかけてくるモノがあった。
「君達も、桃源郷に行くのか?」
 玲瓏とした声だった。莉凛香が鈴ならさしずめ風鈴というところか。振り向くと、獣道の片側の崖の上に、暗赤色の動きやすそうな着物を着た少女が立っていた。
 少女は軽快な身のこなしで傾斜を滑り降り、一行の前方に立ち塞がった。深緑色の混じった黒髪がうねり、大きな瞳は鬼燈色だ。縦に切れた瞳孔はギラギラとしている。ゆらゆらと揺れた髪の合間から覗くのは、顔の半分を覆い尽くす細かな鱗。
 妖怪だ。
「そう身構えるな。目的地が同じなら、同行したいと思って声をかけたんだ。頭数は多い方が安全だしな。」
「桃源郷って何?俺たちは道に迷っただけなんだけど」
 少女は意外そうにした。
「そうだったのか……まあいい、奇妙だが悪意はなさそうだしな。朱雀に守られた平穏で良い集落だ。結界に守られているが、迷い人を拒むことはない」
「ならばよかろう。貴女はさぞかし格の高い蛇妖であると見受けられる。加わってくださるなら百人力だ」
「異国の水霊か。私は厳密には蛇じゃないんだが……まあいい、かしこまらず気楽にいこう」
 少女は片手を差し出した。
「私はヤマタだ。君達は?」
「儂は堕川。半妖の守羅と人間の莉凛香だ。我々は彼女の故郷を探している」
「ほう、ここで出会ったのもまた一興。封魔刀を持った少女の故郷となれば……力になれるかもしれないな」
 ヤマタは先頭に立ち、案内するように進む。この道に慣れているようだった。
 ヤマタはとある出来事で力を失った妖怪で、今はその力の欠片を集める為に旅をしているという。詳しい事情は話さなかったが、そう強大な妖怪という訳でもないようだ。途中妖(バケモノ)に出くわした時など、守羅の背後に隠れて出てこなかった。
 莉凛香達も旅の目的を話した。
「そうだな……私が知る所では、封魔刀の起源はさる退魔師一族だ。巨大な魔を封ずるため、地の底に下ったという。莉凛香がその一族の末裔だとすれば、それは日華国ではない。人知の及ばぬ別世界だ」
 いきなりとんでもない情報をもたらされ、莉凛香はびっくりした。鋭い声で守羅が追及する。
「なら、どうやって行けばいい」
 ヤマタは足に絡みついた蔓を振り払いながら言った。
「日華国の、黄帝なら、知ってるだろう、サッ!あの方の、知らない事など、ないッ!ああ、誰もこの道を通ってないのか?」
「黄帝に謁見する方法は?」
「枝から身を守るのにも使えるとは、便利だな、守羅の結界は。私にもかけてくれないか。……ありがとう。そうだな、謁見が受け入れられるくらい大物になるしかないんじゃないか」
「……それなら簡単!この国一の退魔師になるわ」
 莉凛香の言葉に、三妖怪は笑った。
「またとんでもないことを……この国は月陰国とは違うんだ」
「子どもはこれだから面白い」
「あら、私は本気よ。手がかりがあるなら、全力で掴まなきゃ」
「なるほどな」
 それからしばらく、蔦で酷く覆われた道を行くことになり、一行は足元の蔦を払うのに集中していた。
「不思議だとは思わないか?」
不意にヤマタが呟いた。莉凛香は戸惑いながら言った。
「何が?」
「変化だよ。人から妖になることはできるのに、逆はできない。不可逆的な変化だ。死んだ魂が妖しいモノに変化するのはわかる。だが、私のように『生きたまま』妖怪になったモノがいるのは何故だ? 何故私は人に戻れないのだろう? 」
「それが……貴女が探すもの?」
 ヤマタは振り返った。笑っている。
「いいや。ただの興味さ」
 前を向き、再び歩き始める。小さな後ろ姿に、長い髪が垂れている。
「永く同じことをやり続けるには、適度に脇道に逸れることも必要だからな」
「永く……ってヤマタ……さん?は何歳なの?」
「女性に歳を尋ねるのは感心しないな。だが……もう、800辺りにはなる」
「えっ!?」
 ヤマタは心底面白そうにケタケタと笑った。
「妖怪を見た目で判断してはならないということだ、若人!」
 そうして、木の葉に覆われた祠に手をかけた。
「これから会う桃源郷の主もそうだぞ」
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