蓮に守護を、茉莉花に香りを 番外編

柊冬音

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海底の貝は未だ黒真珠を手放さず

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 男が居た。
 男は山賊であった。バケモノを相手に、徒党を組んで山を越え、村から村へと渡り歩き、住処を奪い、酒と女を喰って過ごしていた。
 男は今やひとりである。

 盗賊の類は夜闇に乗じ人を襲う。男は例によって、空が薄紫に染まってから目覚めた。
「もし……もし……」
 男は、か細い女の声が己に呼びかけるのに気づいた。
 青白い顔の女が、体の上に馬乗りになっている。真冬の川のように冷たい体をしている。身体が動かない。
「私は、あなた方に辱められた女です。恨みを晴らしに来ました……」
 男は叫び、女を突き飛ばして走り出した。布団を跳ね飛ばし、踏み荒らし、草履も履かずにまろびでる。
 仲間はいない。仮の住まいを見て回るが、誰ひとり見つからなかった。
 これは尋常の妖物ではない。
 そう思った男の背に、生温かいものが垂れた。よく知った、人間の血の温みである。
「もし……どこへ行くのですか……? 貴方が最後なのに……」
 恐る恐る振り返ると、天井から女のれいがぶら下がっている。その指先から滴った血が、振り向いた男の顔にぽたぽた落ちる。
 こうなれば、荒くれ者で有名な山賊も肝を潰した。金切り声を上げ、一目散に山に飛び込んだ。
 暗い山をただ必死になり駆ける。夜の山は妖の巣だが、まだ見ぬ妖など今明らかに男を追っている鬼と比ぶべくもない。
 二つ目の山を超えた辺りで、奇妙な童と出くわした。
 歳の頃は十五、六。獣の耳と尾を持ち、体毛が白い。そして黒い眼は螺鈿を思わせる光を宿している。神仙の類か。自分のような男にも神仏は救いの手を伸ばすのかと男は呼吸を整えもせず半人半獣の童に縋りついた。
 童は小さく頷いて、艶めいた視線を男が来た方に向けた。青白い顔の女は、童の視線を受けてはたと動きを止めた。
「もし、そこを退いて頂けませんか……」
 女の問に、童は薄い笑みを浮かべた。
「何を勘違いしてるか知らないけど、俺はただの半妖。でもさ、人に親切にしなさいっていうのが死んだばあちゃんの遺言なんだ」
「それであれば、そこを退け……」
 鬼の冷気にも童は動こうとせず、ただ目を艶めかせながら首を傾げた。
「貴女、見た感じ生鬼だよな。今ならまだ人に戻れるから、引き返すのを勧める」
「それはできません」
 男は童を縋るように見る。童は静かで、冷ややかな眼差しを男に向けた。
 瞳孔の曖昧な瞳が、ぐるりと回って女を捉えた。
「この人は何をしたんだ」
 女は足を動かさずに近寄ってきて、童の毛に覆われた耳に囁く。童は顔をしかめた。
「……殺していいよ」
 頼りの童にあっさりと掌を返され、男は泣きわめいて命乞いした。そんな男を童は見下すと、つまらなそうに嘯いた。
「別に、この男を殺すことで貴女の執着が晴れるなら、それもまた親切だよな」
 そう言って頷いて、男を蹴って引き剥がすと、振り返ることなく去っていった。

 人間なんて、呆れたものだ。
 細い月を見上げ、独り思う。
 守羅としては、あれで少しでも女の執着を晴らす手助けができるのなら、文句はない。山賊がどうなろうと、知ったことではなかった。
 白い月光が降り、淡い蓮色の髪に弾ける。ふわぁ、と欠伸をして、口元に翳した手も、薄い産毛が光を纏って白い。七色に艷めく瞳は、どこか冷たい。
 どんな危険な バケモノも半妖怪は狙わない。
 ゆうらりゆうらり、白い尾で月光の欠片を撒き散らしながら、半人半獣の半妖怪は危険な山道に消えて行った。
 
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