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舞踏会の会場である大広間では優雅な旋律が奏でられ、それに誘われるように人々が列を作り混雑状態と化していた。
広間を出て人の少なくなったロビーに引っ込んだマデリーヌは、熱気と喧噪から逃れることは出来たが、別の問題にぶち当たりどんよりした気分のままふさぎ込んでしまっている。
自分の夫となる男性が美しい女性と、とても仲が良さそうにしていたのだ。
しかも相手は国王の寵姫だという。
考えれば考えるほど、マデリーヌの頭はますます混乱していくばかりだ。
(私は伯爵様に招待されて舞踏会にやって来たのに……。ああ、そんなまさか……)
二人の関係性を冷静に分析しようにも結局最後には最悪な予想しか浮かばず、ますます懊悩に苦しむことになってしまう。
(今夜の舞踏会は私と伯爵様の顔合わせの場とドリスさんは言っていた。けど、本当は違う。国王陛下の寵姫という秘密の恋人を私に引き会わせるために呼ばれたとしたら・・・?)
なんと悪趣味極まりない発想だろうか。
それに、伯爵がそんなことをしてマデリーヌをどうするのかという疑問もある。
伯爵の意図することが理解出来ず、マデリーヌはもう何も考えたくないと頭を抱え諦めかけていた時だった。
「全く忌々しい事だ。あの魔女め、国王陛下の恩寵を一心に浴びる身でありながらとんだ放蕩ぶりではないか!」
吐き出すように悪態を吐く声に驚いて顔を上げ、そろそろと窺い見る。
どうやら向かいの席に座る男性の独り言らしい。
(・・・国王陛下の恩寵?まさかあの女性のことを言っているのかしら)
身なりがよく、年の頃は壮年の男性といったところだろうか。
肩を怒らせ、偏屈そうに鼻を鳴らす男性は見るからに話しかけづらいオーラを発散している。
けれど、先ほどの様子から国王の寵姫という女性や、女性と一緒にいた伯爵のことについてなにか知っているに違いない。
声をかけづらい雰囲気の相手ではあるが、事の真相を確かめる為なら、ここでためらっている場合ではないだろう。
「そこの小娘。さっきから私の顔をジロジロ見ているようだが、なに用だ?」
「ひゃっ!?」
先に相手から話しかけられてしまい、予想外のことに上擦った声が出てしまった。
向かいに座っていたはずの男性はいつの間にかマデリーヌの目の前に腕を組んで立っており、こちらをしげしげと見下ろしている。
「ここには私一人だけだと思っていたが、勘違いだったようだな。では小娘、こちらからの返答を聞かせてもらおうか」
高圧的な態度の男性に、マデリーヌはしどろもどろになりながら「あの・・・」とか「その・・・」と返答に窮して目を泳がせる。
(うう・・・間が悪すぎて言い出しにくくなってしまったわ。けど、このままでは埒が明かないわ。伯爵とあの女性について話を聞かないと)
「不躾にジロジロ眺めたりして、失礼いたしました。実は先ほど『国王の寵姫』という言葉を小耳に挟んだので、一体どんな方だろうと興味が湧いてしまい、つい・・・」
「……なんだ、そんなことか。知りたければ聞かせてやろう。こちらへ来るがいい」
男性が納得してくれたことにホットすると、マデリーヌは促されるまま男性の隣に座った。
「国王の寵姫――この国では公妾といって、国王陛下の公式な愛人のことを指す。王妃ですら持たぬ様々な特権を許された存在だが……」
「だが?」
「あの女……ロヴィーサ・ド・プレヴァンは度が過ぎるのだ!国王の寵愛を笠に着て好き放題しおって。高級娼婦上がりの女官をなぜ陛下はあれほど重用するのか理解出来ん」
「こ、高級娼婦!?あの美しい女性が・・・?」
マデリーヌが驚くのも無理はない。
舞踏会で伯爵に手をとられていた彼女は、娼婦というには卑しさなど微塵も感じさせない、高貴な佇まいの女性にしか見えなかったからだ。
「そう驚くな。元は家柄のいい貴族の奥方だったらしいが、夫に先立たれてから高位貴族達を相手にするようになったという話だ。表向きは芸術や文芸サロンと称して顧客を集めていたというから、見上げたものだ」
「そんな・・・じゃあ、伯爵様も顧客の一人だったということ・・・?」
政略結婚とはいえ、結婚を取り決めた男性が他の女性と関係していたとは。
不実を働かれたショックは重く、許しがたい裏切りで怒りと悲しみを堰き止めていた理性が決壊し、止めどなく涙が溢れ零れ落ちていく。
「ううっ・・・ううう・・・」
「おいおい、急に泣き出すな小娘!なにか気に障ったのか?」
突然泣き出したマデリーヌに、男性は困惑した様子で心配そうに顔をのぞき込んでくる。
「そうじゃないんです。もう、どうしようもなく悲しくて……」
カツン。
回廊に靴音が響き、二人は言葉もなく振り返った。
漆黒のジュストコールを翻し、悠然とこちらへ歩いてくる人影。
「あなたは……」
目元を黒い仮面で覆っているが、間違いない。
舞踏会の夜に傷ついたマデリーヌを慰撫し、恋心と懐中時計を残して去って行った男、彼その人だった――。
広間を出て人の少なくなったロビーに引っ込んだマデリーヌは、熱気と喧噪から逃れることは出来たが、別の問題にぶち当たりどんよりした気分のままふさぎ込んでしまっている。
自分の夫となる男性が美しい女性と、とても仲が良さそうにしていたのだ。
しかも相手は国王の寵姫だという。
考えれば考えるほど、マデリーヌの頭はますます混乱していくばかりだ。
(私は伯爵様に招待されて舞踏会にやって来たのに……。ああ、そんなまさか……)
二人の関係性を冷静に分析しようにも結局最後には最悪な予想しか浮かばず、ますます懊悩に苦しむことになってしまう。
(今夜の舞踏会は私と伯爵様の顔合わせの場とドリスさんは言っていた。けど、本当は違う。国王陛下の寵姫という秘密の恋人を私に引き会わせるために呼ばれたとしたら・・・?)
なんと悪趣味極まりない発想だろうか。
それに、伯爵がそんなことをしてマデリーヌをどうするのかという疑問もある。
伯爵の意図することが理解出来ず、マデリーヌはもう何も考えたくないと頭を抱え諦めかけていた時だった。
「全く忌々しい事だ。あの魔女め、国王陛下の恩寵を一心に浴びる身でありながらとんだ放蕩ぶりではないか!」
吐き出すように悪態を吐く声に驚いて顔を上げ、そろそろと窺い見る。
どうやら向かいの席に座る男性の独り言らしい。
(・・・国王陛下の恩寵?まさかあの女性のことを言っているのかしら)
身なりがよく、年の頃は壮年の男性といったところだろうか。
肩を怒らせ、偏屈そうに鼻を鳴らす男性は見るからに話しかけづらいオーラを発散している。
けれど、先ほどの様子から国王の寵姫という女性や、女性と一緒にいた伯爵のことについてなにか知っているに違いない。
声をかけづらい雰囲気の相手ではあるが、事の真相を確かめる為なら、ここでためらっている場合ではないだろう。
「そこの小娘。さっきから私の顔をジロジロ見ているようだが、なに用だ?」
「ひゃっ!?」
先に相手から話しかけられてしまい、予想外のことに上擦った声が出てしまった。
向かいに座っていたはずの男性はいつの間にかマデリーヌの目の前に腕を組んで立っており、こちらをしげしげと見下ろしている。
「ここには私一人だけだと思っていたが、勘違いだったようだな。では小娘、こちらからの返答を聞かせてもらおうか」
高圧的な態度の男性に、マデリーヌはしどろもどろになりながら「あの・・・」とか「その・・・」と返答に窮して目を泳がせる。
(うう・・・間が悪すぎて言い出しにくくなってしまったわ。けど、このままでは埒が明かないわ。伯爵とあの女性について話を聞かないと)
「不躾にジロジロ眺めたりして、失礼いたしました。実は先ほど『国王の寵姫』という言葉を小耳に挟んだので、一体どんな方だろうと興味が湧いてしまい、つい・・・」
「……なんだ、そんなことか。知りたければ聞かせてやろう。こちらへ来るがいい」
男性が納得してくれたことにホットすると、マデリーヌは促されるまま男性の隣に座った。
「国王の寵姫――この国では公妾といって、国王陛下の公式な愛人のことを指す。王妃ですら持たぬ様々な特権を許された存在だが……」
「だが?」
「あの女……ロヴィーサ・ド・プレヴァンは度が過ぎるのだ!国王の寵愛を笠に着て好き放題しおって。高級娼婦上がりの女官をなぜ陛下はあれほど重用するのか理解出来ん」
「こ、高級娼婦!?あの美しい女性が・・・?」
マデリーヌが驚くのも無理はない。
舞踏会で伯爵に手をとられていた彼女は、娼婦というには卑しさなど微塵も感じさせない、高貴な佇まいの女性にしか見えなかったからだ。
「そう驚くな。元は家柄のいい貴族の奥方だったらしいが、夫に先立たれてから高位貴族達を相手にするようになったという話だ。表向きは芸術や文芸サロンと称して顧客を集めていたというから、見上げたものだ」
「そんな・・・じゃあ、伯爵様も顧客の一人だったということ・・・?」
政略結婚とはいえ、結婚を取り決めた男性が他の女性と関係していたとは。
不実を働かれたショックは重く、許しがたい裏切りで怒りと悲しみを堰き止めていた理性が決壊し、止めどなく涙が溢れ零れ落ちていく。
「ううっ・・・ううう・・・」
「おいおい、急に泣き出すな小娘!なにか気に障ったのか?」
突然泣き出したマデリーヌに、男性は困惑した様子で心配そうに顔をのぞき込んでくる。
「そうじゃないんです。もう、どうしようもなく悲しくて……」
カツン。
回廊に靴音が響き、二人は言葉もなく振り返った。
漆黒のジュストコールを翻し、悠然とこちらへ歩いてくる人影。
「あなたは……」
目元を黒い仮面で覆っているが、間違いない。
舞踏会の夜に傷ついたマデリーヌを慰撫し、恋心と懐中時計を残して去って行った男、彼その人だった――。
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