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仮面の男が黒絹の仮面を脱ぎ捨て、同時に束ねていた髪を解いた時。
マデリーヌの眼前に広がった光景は信じがたいものだった。
薄暗い室内に浮かび上がるのは、月光の煌めきで輝く銀髪に縁どられた美しい男の貌。
彫像のように整った容貌、微かに酷薄さを湛える濡れた唇――そして、深海の色を宝石にして象ったような謎めいた瞳。
それはまぎれもなくマデリーヌの夫となる男、ベルゼーガ・ド・デュノア伯爵その人だった。
「まさか、そんな…そんな、嘘…!」
あまりの衝撃に膝を着くと、マデリーヌは両手で顔を覆い隠してしまう。
あの方の正体が伯爵……?信じられない――信じたくない…!
目の前に突き付けられる現実に嗚咽が込み上げてくる。
うめくマデリーヌに、仮面の男――ベルゼーガが彼女の前で屈み込み、耳元で囁いた。
「嘘ではありません。その証拠にこれを――舞踏会の夜に貴女から頂いたものです」
ベルゼーガがマデリーヌに見せたもの――
それは二人が出会った舞踏会の夜、金鎖の懐中時計と引き換えにマデリーヌが彼に渡したピンクのリボンだった。
「それは…私があの方に差し上げた…」
「あの晩に貴女から頂いてから、いつも肌身離さず持ち歩いていました。こうして触れているだけで、貴女の熱を感じていられるような気がするのです……」
押し殺した声でベルゼーガが呟く。
そして、いつか見た時と全く同じようにリボンを手に取り、そっと口づける。
優雅で妖しい所作、上目づかいでマデリーヌを見上げる妖艶な眼差し――
舞踏会の夜にマデリーヌが触れ合い、愛される喜びを教えてくれた男の全てが、今そこにあった。
マデリーヌを愛していると言ってくれた男の瞳は吸い込まれそうなほど青く、じっとこちらから視線を離さずにいる。
彼が言うように、仮面の男と伯爵が同一人物であることは間違いないのだろう。
でも、それならなぜ彼は身分を偽りマデリーヌに接触したのか。
恐ろしい醜聞にまみれた美貌の伯爵がどうして、貧乏貴族の娘に求婚したのか――考えれば考える程謎が湧いてくる。
よもや彼が先ほど茶番と言ったように、今までのことは全て手の込んだ芝居で、マデリーヌが浮かれているところを見て楽しんでいたのではないか――
絶望的な予感が胸をかすめ、マデリーヌの眦に涙が浮かんだ。
「どうして泣くのですか?私は貴女に正体をようやく明かすことが出来て安堵しているのですよ。やっと、貴女と素顔のまま会えると」
「貴方のことがわからないからです……私のことを好きと言ってくれたのが、本当かどうか信じられない」
マデリーヌの言葉に、ベルゼーガは面食らった様子だった。
しくしく泣き出したマデリーヌを眺めながら、小さく溜息を漏らす。
「確かに、身分を偽り道化に扮して貴女に近づいたことは悪手だったのかもしれません。ですが、貴女を愛するこの気持ちは決して嘘などではありません」
震えるマデリーヌの背中に腕を回し引き寄せながら、子守唄を歌うように言葉を紡ぐ。
「お伽話の最後、零落の姫君や落魄した貴族の娘は王子様と結ばれて幸せに暮らすのです。そう、姫君を深く愛する王子様と永遠に――」
ベルゼーガの腕に力が籠り、マデリーヌが息を飲む。
互いの身体が密着し、彼の厚い胸板から伝わる体温と甘い麝香の匂いでマデリーヌの頭はクラクラしてきた。
「王子達は愛する姫君を手に入れ伴侶とするためなら、どんな手だろうと尽くしたはずです。渇望し飢えと苦痛に耐えながら狂おしいまでに祈り、追い求めた。彼らがどうしてそこまで執着するのか、今なら理解出来ます」
「ベルゼーガ、様……」
マデリーヌの頬に両手を添え、じっと瞳の奥を覗き込んでくる彼は、どこか空恐ろしいとさえ思わせる迫力があった。
「私を蝕む飢えも、渇望も、どれほど焦がれ続けたかなど貴女は信じようとはしないのですね。――ならば、この想いと猛りを刻み込んでさしあげましょう」
ベルゼーガの口元に笑みが浮かび、大きな犬歯が剥き出しになる。
それはまるで理性を失った獣のような獣性を秘めており、マデリーヌは本能的に肌が粟立つのを感じた。
それは一体どういう意味なのか――
彼の真意が見えず、マデリーヌは疑問を口にしようとした。
だが、言葉が喉元まで出かかった時にはすでにベルゼーガの腕に力が入り、気付いた時には彼に抱き起されている状態になっていたのだった。
「伯爵様!?一体なにをっ……?」
マデリーヌが抗議するも、聞く耳を持たない様子のベルゼーガはマデリーヌをベッドに横たえると、間髪入れずその上にのしかかった。
驚きで目を見開くマデリーヌに濡れた視線を注ぎ、その両腕を紐で括り付ける。
組み敷いたマデリーヌを興奮気味に眺めるベルゼーガは、もはや劣情を隠そうともしなかった。
「初めて愛を交わす場所が夫婦の寝所でないことは残念です。ですが、どこで貴女を抱こうが関係ない……ようやく愛しい貴女と契を交わすことが出来るのだから」
マデリーヌの眼前に広がった光景は信じがたいものだった。
薄暗い室内に浮かび上がるのは、月光の煌めきで輝く銀髪に縁どられた美しい男の貌。
彫像のように整った容貌、微かに酷薄さを湛える濡れた唇――そして、深海の色を宝石にして象ったような謎めいた瞳。
それはまぎれもなくマデリーヌの夫となる男、ベルゼーガ・ド・デュノア伯爵その人だった。
「まさか、そんな…そんな、嘘…!」
あまりの衝撃に膝を着くと、マデリーヌは両手で顔を覆い隠してしまう。
あの方の正体が伯爵……?信じられない――信じたくない…!
目の前に突き付けられる現実に嗚咽が込み上げてくる。
うめくマデリーヌに、仮面の男――ベルゼーガが彼女の前で屈み込み、耳元で囁いた。
「嘘ではありません。その証拠にこれを――舞踏会の夜に貴女から頂いたものです」
ベルゼーガがマデリーヌに見せたもの――
それは二人が出会った舞踏会の夜、金鎖の懐中時計と引き換えにマデリーヌが彼に渡したピンクのリボンだった。
「それは…私があの方に差し上げた…」
「あの晩に貴女から頂いてから、いつも肌身離さず持ち歩いていました。こうして触れているだけで、貴女の熱を感じていられるような気がするのです……」
押し殺した声でベルゼーガが呟く。
そして、いつか見た時と全く同じようにリボンを手に取り、そっと口づける。
優雅で妖しい所作、上目づかいでマデリーヌを見上げる妖艶な眼差し――
舞踏会の夜にマデリーヌが触れ合い、愛される喜びを教えてくれた男の全てが、今そこにあった。
マデリーヌを愛していると言ってくれた男の瞳は吸い込まれそうなほど青く、じっとこちらから視線を離さずにいる。
彼が言うように、仮面の男と伯爵が同一人物であることは間違いないのだろう。
でも、それならなぜ彼は身分を偽りマデリーヌに接触したのか。
恐ろしい醜聞にまみれた美貌の伯爵がどうして、貧乏貴族の娘に求婚したのか――考えれば考える程謎が湧いてくる。
よもや彼が先ほど茶番と言ったように、今までのことは全て手の込んだ芝居で、マデリーヌが浮かれているところを見て楽しんでいたのではないか――
絶望的な予感が胸をかすめ、マデリーヌの眦に涙が浮かんだ。
「どうして泣くのですか?私は貴女に正体をようやく明かすことが出来て安堵しているのですよ。やっと、貴女と素顔のまま会えると」
「貴方のことがわからないからです……私のことを好きと言ってくれたのが、本当かどうか信じられない」
マデリーヌの言葉に、ベルゼーガは面食らった様子だった。
しくしく泣き出したマデリーヌを眺めながら、小さく溜息を漏らす。
「確かに、身分を偽り道化に扮して貴女に近づいたことは悪手だったのかもしれません。ですが、貴女を愛するこの気持ちは決して嘘などではありません」
震えるマデリーヌの背中に腕を回し引き寄せながら、子守唄を歌うように言葉を紡ぐ。
「お伽話の最後、零落の姫君や落魄した貴族の娘は王子様と結ばれて幸せに暮らすのです。そう、姫君を深く愛する王子様と永遠に――」
ベルゼーガの腕に力が籠り、マデリーヌが息を飲む。
互いの身体が密着し、彼の厚い胸板から伝わる体温と甘い麝香の匂いでマデリーヌの頭はクラクラしてきた。
「王子達は愛する姫君を手に入れ伴侶とするためなら、どんな手だろうと尽くしたはずです。渇望し飢えと苦痛に耐えながら狂おしいまでに祈り、追い求めた。彼らがどうしてそこまで執着するのか、今なら理解出来ます」
「ベルゼーガ、様……」
マデリーヌの頬に両手を添え、じっと瞳の奥を覗き込んでくる彼は、どこか空恐ろしいとさえ思わせる迫力があった。
「私を蝕む飢えも、渇望も、どれほど焦がれ続けたかなど貴女は信じようとはしないのですね。――ならば、この想いと猛りを刻み込んでさしあげましょう」
ベルゼーガの口元に笑みが浮かび、大きな犬歯が剥き出しになる。
それはまるで理性を失った獣のような獣性を秘めており、マデリーヌは本能的に肌が粟立つのを感じた。
それは一体どういう意味なのか――
彼の真意が見えず、マデリーヌは疑問を口にしようとした。
だが、言葉が喉元まで出かかった時にはすでにベルゼーガの腕に力が入り、気付いた時には彼に抱き起されている状態になっていたのだった。
「伯爵様!?一体なにをっ……?」
マデリーヌが抗議するも、聞く耳を持たない様子のベルゼーガはマデリーヌをベッドに横たえると、間髪入れずその上にのしかかった。
驚きで目を見開くマデリーヌに濡れた視線を注ぎ、その両腕を紐で括り付ける。
組み敷いたマデリーヌを興奮気味に眺めるベルゼーガは、もはや劣情を隠そうともしなかった。
「初めて愛を交わす場所が夫婦の寝所でないことは残念です。ですが、どこで貴女を抱こうが関係ない……ようやく愛しい貴女と契を交わすことが出来るのだから」
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