悪辣王女の宝物

月見月まい

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悪辣王女の宝物

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 解せぬ。実に解せない状況だ。

 さっきまで私はお目付役のフェルナンと共に、お忍びで来ていた酒場で管巻いていたはずだったのだが、気がついたら昨日泊まった宿屋のベッドに寝かされているではないか。

 きっと、ぐでんぐでんに酔っ払った私を舌打ちしながらフェルナンが運んでくれたのだろう。
 さすが伊達に王国始まって以来の愚姫だの馬鹿娘と散々こき下ろされ、一部の人間からは悪辣王女などと揶揄される私に長年仕えていない。
 こんな忠実な侍従、私には勿体ない……と、誉めてやりたい所なのだが。

 目が覚めてベッドから起きようとした私は、なぜか身体が思うように動かないことに気付いた。
 見ると手足が縄で縛られており、とてもじゃないが自由に身動き出来る状態ではない。
 どうしてこうなった。あれか?酔った勢いで嫌がるフェルナンに抱きついたりチューしようとしたからか?
 へべれけな私を、奴が眉を顰めて豚を見るような目で見ていたのは覚えている。
 いや、でもこんなことは今に始まったことじゃないしな。
 これはまさか普段からダメダメな私に喝を入れる為の、フェルナンなりの教育的指導…?

 それにしても縄で縛るのは少しやりすぎではないだろうか。 
 頭の上で両手を縛られているから、だんだん腕が痺れてきて辛いし。
 なにより縄の跡が残ったらどうするのよ。これでも(一応)淑女なんですよ私。
 こんなみっともない姿を見られたら笑われちゃうよ!
 いやまあ、嘲笑されるのは慣れてるけど体面もありますしね。
 おまけにアイツ、私の着ていたドレスを部屋に備え付けられている衣装箪笥にしまわないで、床に投げっぱなしのまま出て行きやがったからね。
 あれお気に入りのドレスなのに、皺できちゃうじゃん馬鹿野郎……。
 私がグスグス涙目で恨み言を呟いていると、キイとドアを開く音が聞こえ見知った男が部屋に入って来るのが見えた。

「ちょっとフェルナンなんなのよコレ!早くほどきなさいよ!!」

 か弱い乙女(笑)の手足縛ってシュミーズ一枚着ただけの格好で放置するなんて、どういう了見だコラ!と叫ぼうとすると、何が面白いのか私をこんな風にしやがった張本人は突然声を上げて笑い出したのだ。

「ククッ…なかなかいい眺めだな。大人しくしていれば一国の王女として申し分ないが、口を開けばその辺にいる淫売よりタチの悪いすれっからしだがらな、お前は」

「なんだと!?私の悪口は許すけど、職業差別は許さないわよ!あとなんで二人きりの時だけタメ口で話すのよアンタは!!」

 主人に向かってなんて口の聞き方だ。
 せっかく頭も良いし、仕事も出来て美男子と言ってもいい位に整った顔立ちなのに、陰気な喋り方と常にすわった目で台無しだよ。
 全く私に負けず劣らず残念な奴だ……ん?いい眺め…?
 なにか引っかかる言い方が気になるのとジメっとした視線を感じ、おそるおそるフェルナンの顔を窺った。

 あっ、なんとなく嫌な予感はしていたけど、見事に的中してしまったみたいだ。
 どうやらジメっとした視線の正体は私の太ももをガン見してるフェルナンの熱視線らしく、奴の表情も男の顔になってるしで、もう完全にアウトだろこれ。

 ここまできたらどうしてフェルナンが私にこんな事をするのか嫌でもわかってしまい、なんかイヤーな汗がダラダラ流れてきた。
 つまりあれだ、合意じゃないやつ。
 陶器の人形みたいにマブイ(死語)女の子からアバズレ呼ばわりされた私でさえ、無理やり手込めにされた経験はないので正直心臓バクバクもんです。

「えーと少し落ち着こう。頭を冷やそう。話せば分かるし…ていうかアンタ、臣下の分際で自分が何をやらかそうとしているか分かってる!?下剋上なんて後世の人間から不義だの成り上がりだのレッテル貼られるだけだからね!」
「お前が落ち着け。手荒な位がお前には丁度いいだろう…こういう趣向はお気に召さないか?俺からしたら堪らなく燃えるがな」

 舌舐めずりしてんじゃね―――!!いつも馬鹿が移るとか言って、ニコリともしないくせに今スッゴい良い顔してるよこの人!
 ハッ!もしやコイツ、縛ったりして女を痛めつけないと勃たないタイプ?人の性癖にとやかく言うつもりはないけど、頼むからそういうハードなのは専門店に行ってプロ相手にお願いします!
 予想だにしないフェルナンの暴挙にガクブルが止まらない私は、命乞い…ではなく説得を試みるが、奴は着ていた上着を無造作に床に脱ぎ捨てどんどんこっちに向かってくる。
 うわこっちくんなよ!と悪態をついたり威嚇のつもりで唸ってみるが、かえって逆効果だったらしく、ベッドの端に身をよじって逃げようとする私の上にフェルナンがのしかかってくる。

 ヤバい。この状況はとてつもなくヤバいぞ。
 フェルナンてばやる気満々な顔してるし、本格的に私の貞操終了のお知らせ……うわ―!コイツ太もも撫でてきたよ、私が動けないからって調子に乗ってからに…もう我慢ならん!!

「いい加減にしなさいよ!立場を弁えずに私の身体を求めるというのなら、相応の覚悟があってのことなんでしょうね?馬鹿な真似してごらんなさい、国王陛下――お父様がこの事を知った瞬間、アンタの首が飛ぶわよ」

 父親の威光をこんな時に利用してごめんなさい…と心の中で謝りながら、私は最後の切り札を奴に突き付けてやった。
 フフン、さすがにぐうの音も出ないで固まっているな。
 まあ無理もないだろう、王国の最高権力者に逆らおうなんて馬鹿か狂人のすることだ。
 全く私を慰み物にしようなんて100年早いんだよ、早くそこからどいて散らかった服を片付けろとドヤ顔でまくし立てていると、微動だにしないで固まっていたフェルナンが無表情でじっと私を見下ろしてきた。
 うわあザマア無いな、いいところまできて寸止め食らうなんて、くやしいのうくやしいのう。
 ニヤニヤしながら黙ったままのフェルナンを見上げていると、不意に大きな両手が伸びてきて顔を挟まれた。

「アルベルティーヌ姫……どうか俺の愛を受け入れて欲しい。長く貴女に恋い焦がれてきたが、忍耐にも限度があるというものです。貴女の姿を、この胸に思い描かない日は無かった。如何なる障害や困難も越え、死がふたりを分かつまで、とこしえの愛を捧げましょう……愛しい我が君よ」



 ………唐突にフェルナンの口から出たプロポーズの言葉に、自分の耳に難聴の疑いがあるんじゃないかと考えたが、そんな筈もあるわけがなく。
 誰だよコイツ、本当にフェルナン本人なの?普段なら私のことを「アル」って気安く呼ぶのに、改まって姫なんて言われると気持ち悪いし。
 だいたい、今のセリフだっておとぎ話に出てくる王子様が物語のクライマックスで悪者を退治して、救い出したお姫様に言うような台詞じゃんか!
 フェルナンはサテンのパラソルを差して意気揚々と男漁りに出かける私に、もう帰ってくんなよって感じの侮蔑の眼差しで見送る奴なんだよ、こんなのフェルナンじゃないやい!!

「呆けた顔をして、そんなに俺が言ったことが信じられないのか?まあ信じようが信じまいが、お前に拒否権はないがな。素行が悪く、他国にも悪評が知れ渡るお前を陛下は酷く気にしておいででな。嫁ぎ先を探すのに苦労する陛下に。俺が生涯お前の面倒を見るといったら泣いて感謝された程だ」

 なん…だと…?
 もう既にお父様と話がついているなんて、私は聞いてないぞ。
 そりゃあ若気の至りで火遊びが過ぎたこともあったけど、無断で結婚相手を決めるのはちょっとないんじゃないか。
 それに、王族が臣下と結婚するのは貴賤結婚とかいって、結構大変なことじゃなかったかな…?
 私とフェルナンが結婚する……。
 どう考えても茨の道を行くような話だけど、お父様も太鼓判押してるみたいだし、案外大丈夫な気がしてきた…ってオイ!人が真剣に将来の事を考えている時に、おっぱいを揉むんじゃない!!このむっつりスケベが、身体が自由だったら張っ倒してる所だぞ。

「そうさえずるな。いままでおあずけを食ってきたのだ、あまり焦らすと俺も何をするか分からんぞ?ここは大人しく俺に身を委ねた方が賢明だと思うがな」
 
 むっつりスケベは否定しないのかい。
 ん?てことは手足を縛られた今の状態で続行するのかよ!そして脚に固いものが当たっているんですが…。
 いや多分これは当ててるんだろうな。
 こういう状況で相手の方から性急に求められるのは嫌じゃないけどさ……ぶっちゃけ、フェルナンは私のどこか好きで結婚したいと思ったんだろうか。
 真面目で勤勉、職務に忠実な基本堅物だから逆玉狙いとか野心のためって訳じゃなさそうだし。
 うーん、あと思いつくのは身体目当てとか?
 今の状況から見ても、これが一番濃厚だけど一度本人に聞いた方がいいだろう。

「あのさ、フェルナンは私のどこが好きで結婚したいって思ったの?やっぱりおっぱい大きいところ?大穴で安産型の骨盤とか?」

 数少ない長所を思いつくままに挙げてみたけど、ゴミを見るような目で睨まれちゃったよ…。
 いやいや今の冗談だから、そんな目で見ないでくれ地味にへこむから。
 …んん?好き勝手におっぱいを揉んでいた手の動きがピタリと止まったぞ。
 まあ流石にさっきの質問内容じゃ萎えちゃうのも仕方ないし、言葉も出ないほど呆れているんだろうな…。

「お前にはわからんさ。分かるはずがない…俺がどれだけ焦がれてきたか。この腕に抱ける日をどれほど夢見たことか」
「ぬわー!強く抱き締めんな、締まる締まる!!嬉しいのは十分わかったから、ギブギブ!!」

 てっきりもうこの阿呆には付き合いきれんとか言われるかと思ったら、身体を締め上げられる勢いで抱き締められました。
 痛い、半端じゃなく痛い。
 背骨が折れるー!死ぬー!なんて男に抱き締められながら色気もへったくれもない悲鳴を上げてしまったけど、今のはやりすぎたと反省したらしいフェルナンが手足の縄をほどいてくれたので、まあ許そう。

「あーやっと自由になれた。じゃ、私帰るから」

 縄の痕がくっきり残っているのが辛い所だが、真珠の腕輪で隠せばなんとか誤魔化せるだろう。
 一刻も早く逃げだそうと床に散らばった服をかき集めていたら、いきなり首根っこを掴まれてベッドに放り投げられた。
 うん、こうなるとは分かっていたけど扱い雑すぎじゃね?
 文句の一つでも言おうとするが、うつ伏せの私の上にフェルナンが素早く乗っかってきたせいで、言葉にならない悲鳴をあげることしか出来ない。

「そんなに俺に抱かれるのが嫌か?縄で満足しないなら鎖で縛りつけてやろうか」

 背中から恐ろしく低い声が聞こえて私は「あ、終わったな…」と悟った。
 いやこのままでは終われん!しばかれるのは嫌だ!!本能的に身の危険を感じて恐怖におののきながらなんとか助かる方法を考えていると、ある妙案が浮かんだ。
 その名もずばり、色仕掛け!私の色香で油断したフェルナンの隙を付いて逃げる…いやー自分でも惚れ惚れするな。
 うーん、なんたる名案、自惚れつつ善は急げなのですぐに実行に移します。
 うつ伏せの状態から身体をひねり、私は悪鬼の形相で睨みつけてくるフェルナンと向かい合った。
 ……怖い。正直裸足で逃げ出したくなるほどビビってますが、逃げ道封鎖されてるから仕方ないね、なんとか奮戦してきます。

「ねえ、そんなに今じゃなきゃダメなの……?私明るい所じゃ恥ずかしくて楽しめそうにないんだ。…だからまた今度ってことにしない?フェルナンの好きにさせてあげるから」

 甘ったるい猫なで声で耳をくすぐりながら、シャツ越しに胸板を爪で引っ掻いてやる。
 すると、鬼のような形相だったフェルナンの顔がみるみるうちに軟化していき、誘惑した本人が唖然とするくらい甘い微笑を浮かべたではないか!なにそれこわい。
 自分から誘っといてなんですけど、コイツチョロい!チョロすぎる!!予想以上に上手く行き過ぎて逆に怖いくらいだよ。

「どうした、やっとその気になったか。随分と待たされはしたが、お前の方から誘ってくるとは嬉しい誤算だな。…ククッ、いいだろう。俺の愛はぬるくはないぞ……夜通し抱かれる覚悟は出来ているな?」

 ちょっと待て―――!また今度にしようって言ってるそばから、尻を揉み揉みするんじゃなーい!!
 今は足を閉じてなんとか防いでいるけど、十分もしたらドロドロに犯される未来しか待ってないよ、四面楚歌とはまさにこのことか。
 くそう、油断させて逃げようと思ったのに、さらに煽って退路を断つことになろうとは。
 もういっそ開き直って当たって砕けるか……。
 なんかもう半端諦めの境地でため息をつきながら、私は最後の悪あがきをするため、フェルナンをキッと睨みつけた。

「ねえ、アレ持ってない?」
「…アレとは一体何のことだ」
 
 アレはアレだよ。今みたいな状況に必要不可欠なモノですよ。
 紳士のたしなみともいう……おいおい、なに本気で分からないって顔してんの?!首傾げてないで察しろよ!言わせんな恥ずかしい!!

「そう喚くな。俺が避妊具など普段持ち歩くように見えるか?それに、俺達は正式に夫婦となるのだからそんなものを使う必要などなかろう」

 で、ですよねー…。こんな堅物の持ち物の中にアレが入ってたら二度見した後に鼻水噴射するってもんですよね、失礼しました。
 ………往生際が悪いのも格好悪いし、それじゃあ当たって砕けてきますかな。
 覚悟を決めた私は、無理やり笑顔を作るとフェルナンの肩に腕を回して小さく囁いた。

「いいよ、アンタの好きなようにすればいい。……そのかわり、私に一生添い遂げるつもりでいなさいよ。それと、その無礼な口の聞き方も改めること。生まれてくる子供の前でしっかり立派なパパでいなきゃぶっ飛ばすわよ」
「クッ…お前こそ少しは淑女らしい言葉遣いと立ち振る舞いを身につけたらどうだ。誰かさんに似て、子供が目も当てられん阿呆に成長されては困るからな。…そうなる前に、今から俺が少しはましになるよう躾てやろうか?」
「げえっ!お、お気持ちはありがたいですが、遠慮しま…んぅっ」

 自堕落な私を叩き上げる為の鬼軍曹による地獄のブートキャンプなんて、マジ勘弁!と早々に辞退しようとしたが、言い終わる前に口を塞がれてしまった。

 うん…思っていたよりも百倍くらい優しいキスだな。
 肩を撫でる愛撫も、壊れモノを扱うように慎重で、ただ単に快楽を追求するような一人よがりなものじゃない。
 てっきり乱暴にがっつかれるものだと思っていたから、フェルナンの紳士的な一面に心が揺れる……いや、これはかなりほだされちゃうな。
 遊びと割り切った相手とでは得られないような充足感というか…なんか、いいなこういうの。

 心地良いぬくもりを感じながら、ああ……コイツといつまでもくだらないことで言い合いしたり、ケンカして泣いたり笑っていたいなー…そう願った。
 いままで当たり前にしてきたことだけど、本当に大切なものが何なのかわかってしまった今なら、フェルナンと過ごす時間がどんなにかけがえのないものだと気付いてしまった今ならば、素直になれるような気がする。

「フェルナン」
「…なんだ?」
「今まで何気なさすぎて全然気がつかなかったけど、アンタって私に心底惚れてるわけなんだよね。ねえ、私も同じ気持ちだって言ったら…嬉しい?」

 あ、そっぽ向いた。フェルナンが照れてるとこなんて初めてみたよ…可愛いなぁ。
 私がくすくす笑っていると、照れ隠しなのか無言のまま引き寄せられ、腕の中に抱きすくめられる。

「やっと理解したのなら、もう二度と逃げようとするな。俺はお前が思う以上に嫉妬深い…もしお前が心変わりするようなことがあったら、俺は……」
「はいはい、そういうのは今はナシにしよう。将来が不安なら今やれることを頑張ればいい。…私が心変わりなんか出来なくなるくらい、夢中にさせればいいんだから……簡単でしょう?」


 今日私は、そばに落ちているのになかなか見つけることが出来なかった宝物をようやく手にすることができた。
 一生物のこの宝物は扱いが難しいから、私自身も宝物に相応しい立派な人間にならなければならない。
 なかなか難儀なものだけど、手放したくなんかないから頑張って愛想を尽かされないようにしていこうと思う。
 さて、手始めに何をしようか…うん?宝物が何か伝えたがっているな。 
 なになに、まず悪辣王女なんて不名誉な呼び名を返上してこいだって?
 うわ、いきなりハードル高いのきたなー。
 そんなハイレベルなミッション、私にクリア出来るかな?……もうそんな睨まないでよ、分かったからさ。
 どんな難関だって、大切なひとのためならドンと乗り越えられる。
 ――さあ、私の宝物にいいとこ見せてやらなきゃね! 










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