捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希

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みなさんのおうちは、シュバリエ皇国なんですね?

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 馬車の中では、いつの間にかケイオスによる“お説教”が始まっていた。

「普通の子供はですね……今のような状況では、泣いてしまうものなのですよ?」

 できる限り穏やかな声を選んでいるつもりなのだが、その口調はどこか切羽詰まっている。

「え? ウィルが弱虫ってこと?」

「……なわけないでしょう!」

 思わず声を荒げてから、ケイオスは慌てて咳払いをした。

「そうではなくて……どうしてヨナは、あんなことをウィル坊ちゃんにもさせようとしたのですか?」

 問い詰めながらも、頭の中では別の疑問がぐるぐると回っている。

(あの、常識人の塊のユーリから、どうして、こんな破天荒な子が生まれたのか……)

「……一体、どこで教育を間違えたのでしょうか……」

 とうとうケイオスは、両手で頭を抱えた。

 一方、当のヨナリウスはというと。
 なぜケイオスがそこまで困惑しているのか、まったく理解できていない様子で、小さく首をかしげている。

「いっしょに、わるいひとのおしおきをしようっておもったの。」

 悪気のない、あまりにも素直な声だった。

 馬車の端では、いつの間にかウィリアムと助け出された子供たちが、泣き疲れたのか、互いに身を寄せ合うように眠りについていた。
 小さな体が重なり合い、規則正しい寝息が、かすかに聞こえてくる。

 ――それとは対照的に。

 拘束された男たちは、ヨナリウスを視界に入れまいと、肩をすくめ、歯を鳴らし、ぶるぶると震えていた。

「……銀色の悪魔だ……」

 誰に聞かせるでもなく、男の一人が掠れた声でそう呟いた。

 ヨナリウスは、その言葉を聞いても。
 ただ、不思議そうに瞬きをしただけだった。

 気づけば、詰め所前だった。

 突然、馬車が動きを止めた。
 直後、後ろの扉が開かれる。

「ついたぞー。お前ら、起きろー!」

 馬車を動かしていたため中の様子を何も聞いておらず、状況が分かっていないドモンは、いつものように元気な声をかけてきた。

 それから馬車に乗っている全員が下ろされ、詰め所へと連行される。
 男たちの首にはまっていたはずの首輪は、ケイオスの頼みによって、ヨナリウスが渋々取り外す。

 すると……。

 みるみるうちに、元の“小さくて真っ二つになった首輪”へと戻った。

 首輪が外れたというのに、男たちの顔色は青ざめ、とてもおとなしい。
 ヨナリウスとウィリアムたちを背にして、ぶるぶると震えている。

「? 何かあったのか?」

 男たちの態度を不思議そうに見つめるドモン。

 子供たちは、眠い目をこすって、とぼとぼと後をついてきた。
 その身なりに、詰め所の騎士たちは困惑の色を浮かべる。

 まずは子供たちに、どこに住んでいたのかを聞いてみた。

「ケンニ村~」

「ミニン村~」

「僕も~」

「シュバリエ王都~」

「私も~」

 子供たちはおそるおそる、それぞれ住んでいたところを教えてくれた。

「? ケンニ村とミニン村ってどこの国か分かるか?」

「シュバリエ~」

「ってことは、全員シュバリエ皇国か……」

 大人たちは困ったように、頭をかいた。

「シュバリエ皇国って、ここから相当遠い国のはずなんだが……」

「たしか、現皇帝は国民思いの賢君だと聞いています。」

「そうですね。今回のアンデッド討伐も、進んで――しかも単独で撃破していましたし。そんな悪い人がいるような国には、とても……」

「なんせ、依頼報酬も俺らにくれたくらいだし……」

 詰め所の騎士団員を交え、ドモンもケイオスも混乱している。

「皇族の呪いも解けて、より一層、国民のために尽力してると聞いていますよ?」

「そんな国が、こんなモノ……作りますかねぇ……」

 その場にいた大人たちは全員、子供たちの首に取り付けられていたという、真っ二つに割れた奴隷の首輪を見ている。

 その時、子供たちのお腹の鳴る音が、順番に聞こえてきた。

「まずは、この子たちを休ませないとな。」

「では、教会の孤児院に……」

 その時である。

「教会は嫌だー!」

 一人の少年がそう叫ぶなり、その場に座り込んで体を震わせ、泣き出した。
 すると続いて、

「私も教会だけは嫌ー!」

「あんなところ嫌ー!」

「おうちに帰りたいよー!」

「おかあさーん!」

 それぞれが大声でわめき、同じように体を震わせ、泣き出し始めた。

「え? それは一体……」

 困惑する大人たち。

「教会、いやなの?」

 そんな中で一人、ヨナリウスが冷静に子供たちに問いかけた。

「うん!」

「嫌なの!」

「あそこは地獄!」

「帰りたくない!」

「おうちに帰りたい!」

 子供たちは口々にそう言った。

「じゃあ、うちに来る?」

 突然、ウィリアムが提案してきた。

「ぼくのおうち、おおきいからみんな入れるよ? お父様にお願いするからね。一緒にご飯食べてお風呂に入って、まずはいっぱい寝ようよ。」

 彼らに手を差し出し、かわいらしい微笑みを向けるウィリアム。

「そうだな。ウィルのおうち、大きいもんな? いっしょにいこう!」

 その隣でヨナも同じように、美しく微笑みながら、かわいらしい手を差し出した。

「ヨナのおうちも、でしょ?」

「あれは、辺境伯様のおうち。ぼくのおうちじゃないよ?」

「叔父上とヨナの母様が結婚すれば、ヨナのおうちになるみたいだよ?」

「……それは、ちょっと困る!」

 ヨナリウスは即座に返答した。
 さっきの笑顔はどこへやら、瞬時にとても不機嫌な表情に変わってしまう。

 そんなやりとりをしている二人に、子供たちは抱きついてきた。
 途端にもみくちゃにされる、ヨナリウスとウィリアム。

 詰め所からの急報を受け、ウィリアムの父――ハイランズ伯爵が駆けつけた。

 状況を把握すると同時に、彼は即断した。

「子供たちはひとまず、今夜は伯爵邸で預かります。今後どうするかは、兄上と相談しましょう。」

 返事を待つまでもなかった。
 子供たちはすでに怯え切っており、反論できる状態ではない。

 こうして、子供たちは一時的に伯爵邸へと移されることになった。
 疲れている子供たちとウィリアムは、そのまま伯爵の屋敷へと護衛騎士付きで送り出されていった。

 残されたのは――子供たちを連れていた大人たちだった。

 尋問の場に連れてこられた彼らは、最初こそ口を噤んでいた。
 だが。

 その視線が、ふと横へ逸れた瞬間。

 そこにいたのは、ヨナリウスだった。
 彼はドモンとケイオスと共に辺境伯の屋敷に戻るため、残っていたのだ。

 ヨナリウスは何も言わない。
 ただ、小さな手に“壊れた首輪”を持って立っていた。

(これを使って、孤児院の子供たちが喜ぶようなお遊び、考えられないかな?)

 拘束具という怖い道具も、ヨナリウスにしてみれば、ただのおもちゃの素材でしかない。

 しかし。
 一部の大人には全く別のものに見えていた。

 それだけだった。

 ――それだけで、十分だった。

「ち、違うんだ……!」

 最初に声を上げたのは、リーダーであろう男だった。
 しかも偶然にも、ヨナリウスが締め上げて見せた、あの男である。

「俺たちは、命令されただけだ!」

「シュバリエ皇国の教会から頼まれたんだ!」

 それを皮切りに、堰を切ったように言葉が溢れ出す。

「これが初めてじゃない!」

「もう何度もやってる!」

「教会の依頼で、子供を……密かに売った!」

「利用価値のない子供は、別で再利用されるべきだと……」

「もう使えそうな港は、ここしかなくて……!」

「こ、ここは初めてなんだ……」

 誰も、尋ねていない。
 それでも、彼らは喋り続けた。

 責任を押しつけるように。
 自分だけは助かろうとするように。

「首輪だって、その教会の奴らが、こっちに渡す前につけていたものなんだ!」

「売り先は、すでに決まってた。値も……」

「帰りに、この国のガキを数名……」

 言葉は、止まらなかった。

 伯爵は、その光景を呆然と見つめていた。

(……こちらは、まだ何も聞いていないのだが)

 尋問を始める前に、すでに“自白”が終わっている。

 その異様さに、周囲の大人たちも言葉を失った。

 原因は、ただ一つ。

 ヨナリウスだった。

 壊れた首輪を手に、考え込むように見つめている幼い少年。

 責める言葉もない。
 怒鳴りもしない。
 裁こうともしない。

 それなのに。

 彼の存在そのものが、彼らにとって“裁き”だった。

 伯爵は、ゆっくりと息を吐いた。

「……なるほど」

 ようやく、口を開く。

「では、こちらも“正当に”対処しましょう。」

 その声は低く、静かだった。

 だが、それを聞いた瞬間。
 大人たちの顔から、完全に血の気が引いた。

 その夜。
 ヴァレン辺境伯の屋敷から、早馬が自国の国王に向けて放たれたのである。
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