捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希

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辺境伯領から王都へ。問題が大きくなってきました。

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  ケイオスの報告を聞いた瞬間、ユーリとヴァレン辺境伯、そしてハイランズ伯爵の顔から、血の気が引いた。

 何十年も前に廃止された人身売買という名の奴隷制度。
 その際、奴隷が主人を裏切らないよう制約魔法を施され、契約が解除されない限り外れることのない首輪が存在していた。
 主人に逆らう、あるいは主人が死亡した場合には首輪が締まり、そのまま死に至らしめる――そんな危険な呪具。

 それを、二人は難なく外してみせたという。

 そのうえ、一度壊した首輪を、新たに再利用できるなど……前代未聞だった。

「そのような話、今まで聞いたこともありません。あの首輪を自由に着脱できる人物など……」

 言葉を失ったまま、互いに視線を交わす。

「二人とも、まだ四歳なんだぞ?」

 驚きを隠せない声が漏れた。

「それが……私も、これほど幼い年齢で、しかも我々冒険者や教会の人間と比べてもなお、高い神聖力を持つ者を見たのは、ユーリ以外、初めてで……」

 ケイオスは心配そうに、ちらりとユーリを見た。
 彼女は青ざめた顔のまま、その場で固まっている。

 最近のダンジョンでの蜂蜜採取が原因なのか――彼らの神聖力が、どうやら強化されすぎてしまったようだ。
 二人とも、見た目に反して、とてつもなく負けず嫌いだった。

『どちらが、たくさんの蜂蜜をとれるかな~』

『ただし、危険なことをしたら減点します!』

 など、危険に配慮した、子供にも易しい課題……だったはずなのだが。

「いや、普通の四歳は、ダンジョンになんか行かないか……」

「まあ、二人のおかげで蜂蜜が大量にありますしね……。しばらくは、別の方法で神聖力の操作と制御を学ばせたほうがいいでしょう。」

 ヴァレン辺境伯は、疲れたような笑みを浮かべながら、ケイオスにそう提案した。

 その横では――

「兄上、うちの子、凄くないですか? 四歳で人助けなんて。なんていい子に育ったんだ……」

 ……男泣きをしていた。

「いつも、ヨナの母親愛が凄すぎて、暴走を止めることにばかり気を取られていましたが……まさか、我が息子の活躍する日を、こんなにも早く見ることができるなんて……。ユーリ、本当にありがとう!」

 ハイランズ伯爵はユーリの手を取り、上下にぶんぶんと激しく振った。
 突然両手を取られ、腕が取れそうな勢いで振られ、ユーリは完全に困惑している。

「お前の息子愛も、大概だと思うけれどね……」

 そんなユーリを庇うように、ヴァレン辺境伯は弟の手を、彼女から引き剥がした。

「申し訳ありません、ハイランズ伯爵。ヨナのせいで、いつもウィル様を危険な目に遭わせてしまって……」

 ユーリはその場で立ち上がると、深々と頭を下げた。

「何を言っているのです。今から将来の領主として、こんなにも早くから様々な経験が積めるのです。むしろ、感謝しているくらいですよ!」

「ウィルは、伯爵家の領主ではなく、辺境伯家の領主となる予定だが?」

「兄上は、まだお若いではありませんか。今からでも結婚をして、跡継ぎを……」

「なな……何を言って……」

 いつも穏やかな辺境伯が、急に真っ赤になって慌て始めた。

「まあ、辺境伯様はどなたか心に決めた方がいらっしゃるのですね。」

「え……ええ……まあ……」

「応援いたしますわ。」

 ユーリは辺境伯に微笑んだ。
 この地に住むようになってから、彼にはずいぶんと世話になっている。
 自分に出来ることは、何でも協力しようと決めていた。

 そんなユーリを、辺境伯はとても複雑な表情で見ていた。

◇  ◇  ◇

 奴隷にされそうになったシュバリエ皇国から来た子供たちは、首輪を外されて、ようやく自由を実感しはじめていた。

 あの後すぐ伯爵邸に招かれ、温かい湯で体を洗ってもらい、肌触りのいい綺麗な服を着せてもらった。
 そのうえ、温かい食事をお腹いっぱい食べることができたのだ。

 そこで初めて、胸の奥がほどけた。

『やっと、家に帰れる』

 彼らはその言葉を、声に出さなくても、胸の奥で何度も繰り返していた。

「やさしいごはんだったね!」

「うん。美味しかった!」

 テーブルに並んでいたのは、味が優しく、食べやすく切られた具の入ったスープと、柔らかく煮込まれた野菜。
 それに、ふわふわの白いパン。
 どれも、胃にすっと収まっていくようなものばかりだった。

「みんなが、お腹いっぱい食べられる量があるなんて……」

「……へんな匂いが、しないし。」

 誰かがそう言うと、周りの子たちも、ほっとしたように笑った。

「こんな味、久しぶり……」

「おかわり、したかったな。」

 彼らの顔に笑みが増えていく。

「さっき、あの小さい男の子のお父さんだって言う伯爵様が言ってたよ。この国の王様がいいって言ったら帰れるって!」

「やっと帰れるんだね。おうちに……」

「もう、あんなに苦しくて嫌な思いをすることはないんだね。」

「でも、せっかく国に帰っても、また教会が……」

 女の子は不安そうに、その幼い顔に暗い影を落とす。

「大丈夫だよ。今、王様たちが、その辺りをちゃんと話してくれるからって、辺境伯様が言っていたし。」

 年長の男の子が、皆を元気づけるように、一人ひとりの顔を見ながら、笑顔を作ってそう言った。

「うん。きっと大丈夫だよ。」

 自分に言い聞かせるように、年長の女の子がそう言った。

「それにしても……」

 一番年少の女の子――ヨナリウスたちと歳の変わらない少女が、思い出したようにつぶやく。

「あの、男の子たち、凄かったね。」

「うん。すっごい綺麗な男の子と、かわいい男の子。なのにあんなに強いんだもん。凄いよね~」

 一人は、お人形のように整った顔立ちの、日の光でキラキラと光る銀髪と、綺麗な紫色の瞳をした少年。
 もう一人は、優しいキャラメル色の髪と綺麗な緑の目をした、ふわふわした感じのかわいい少年。

「本当だよね~。」

「二人とも貴族なのかなぁ?」

「二人とも、とっても紳士的だったよね。王子様みたい~!」

 不安が薄らいだのか、女の子たちが目を輝かせ、頬を赤らめながら話をしている頃。

 その穏やかな時間が、どれほど多くの大人たちの判断の上に成り立っているのかを、彼女たちはまだ知らない。

 バンーテーン王国の城内では、王都の重鎮たちが難しい顔を突き合わせていた。

 今や王都に次ぐ勢いで栄えつつある、ヴァレン辺境伯領。
 今回の謎の疫病でも、彼の地で採れた薬草を元に作られた薬やポーションが、多くの国民の命を救った。

 国の保有するダンジョンを、隣の伯爵領を含めて三つも抱えながら、なお管理運営が行き届いている稀有な領地。
 荒くれ者の冒険者を数多く抱えているはずなのに、他領に比べて暴動や大きな事件が少ない――不思議なほど平和で穏やかな土地でもある。

 その地を治める辺境伯からの報告に、誰かの口から、驚きを隠せない声が漏れた。

「まさか、あの国が奴隷制度を?」

「現皇帝陛下は国民思いの賢帝と聞いているが……」

「しかし、この内容だと、どうやら教会がらみのようですな。」

「ああ……あの教会、ね……」

 全員が妙に納得したように頷き、深いため息を漏らす。

 教会は、神を盾にして自分たちの都合で物事を進めることがある。
 王命に背いてまで、あの手この手で押し通そうとする――この国にも、そういう手合いはいる。

 神の奇跡だと称して高額の治療費を取り、民を縛る教会も少なくない。

 その代表格とも言えるのが、あのアリア教会なのである。

 今回の疫病で、もし辺境伯領から薬草が届かなかったら……どれほどの金が、アリア教会へ流れていたことだろう。

「何十年も前に、この世界から無くしたはずの奴隷制度が、まだ使われているとは……」

「奴隷の首輪も使っていたそうですよ。」

「何? それは大変だ! 早く魔法庁の者を派遣して、子供たちを解放してやらねば!」

 国王が声を上げる。

「どうやら旧式で、劣化したものだったようです。辺境伯領にいた冒険者が外せた、と記されています。」

 その言葉に、王は安堵の息を漏らした。

 ――もちろん、嘘である。

 自国の王に報告するにあたっても、辺境伯たちは徹底して、ユーリとヨナリウス、そしてウィリアムの神聖力について伏せた。
 知られた瞬間、守る手が増えるとは限らない。
 危険が増える可能性すらあるからだ。

 ゆえに報告書には、冒険者――ケイオスが外した、と記された。

「さすが辺境伯領。優秀な人材が揃っているのだな。」

「ええ。主要ダンジョンを複数管理しているだけはあります。」

「ひとまず、この件はシュバリエ皇国へ伝えねばなるまい。子供たちの件もある。」

 全員一致で、シュバリエ皇国へ書簡を送ることが決まった。

 この世界には、軽く小さな書物や書簡に限り、遠方へ転送できる装置が存在する。
 ただし一度に大量の魔力を消費するため、緊急時以外にはまず使われない。
 よって、ごく一部の者しか知らない、ある意味幻ともいえるアイテム。

 今回は、各国の王城に設置されているその装置を用いて、書簡を送ることとなったのだ。

 装置の光が収まったとき、机の上には何も残らなかった。

 ――返事が届くまで、彼らにできることは祈ることだけだった。
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