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皇女たちは、自分たちの幸せは自分たちで取りに行きます。
相手は、皇女たちより三つ上のアーサー第二皇子と、二つ上のレオナール第三皇子。
さらに、イシャロット皇帝の妹であるバレリア皇女も同行していた。
理由は、あまりにも分かりやすかった。
――皇族の呪いが解けた、という噂。
それを聞きつけての、あからさまな政略結婚である。
名目はシュバリエ皇国の皇女たちとの婚姻。
だが、バレリアが密かに狙っていたのは――言うまでもなく、ヴァーミリオン公爵である。
「叔父様も、難儀なことですこと。」
「あの見た目ですもの。仕方ありませんわね。」
皇女たちは、叔父に対してとても同情的だった。
「だから、あんなに急いでバンーテーン王国領に、行ってしまわれたのかしら?」
「こういう感だけは、鋭いんですのね?」
そう。
ヴァーミリオン公爵は、アンデッドが大量出現したというバンーテーン王国領へ、討伐という名の遠征に行った後であった。
別にかの国から、討伐依頼があったわけでもないのに……である。
「叔父様のことですもの。あの女狐など、はなから相手にしたくないのですわ。」
「それ以前に、公爵家の侍女たちが、黙っておりませんしね。」
皇女たちは知っていた。
二十歳で呪いによって死ぬと噂されていた叔父、コンラッド・ウィン・ヴァーミリオン公爵が、その呪いを知ったうえで、嫁いでくれた女性がいたということを。
そして、その女性こそが、皇族の呪いを解いた存在であるということを。
彼女たちは、その女性――ユリアーナ・アメリシア侯爵令嬢に、心から感謝していた。
自分たちも、好きな人と結婚できる。
そして愛する人との子供を、もうけることが出来る。
側室なんて、必要ない。
そう思えただけで、皇女たちは。
それは、皇女たちにとって、これ以上にないほど素敵なプレゼントだった。
探索を許されなかった五年が過ぎた今、叔父が彼女を見つけ出し、幸せになってくれることを、心から願っている。
叔父の妻――すなわち公爵夫人は、彼女以外にはあり得ない。
皇族と公爵邸双方で、その考えは完全に一致していた。
「ですから、わたくしたちも。」
「真に愛する人と、幸せになるのですわ。」
皇女たちの決意は、揺るがなかった。
だからこそ。
その意図を、皇女たちが見抜かぬはずもなかった。
謁見の間は、必要以上に華やかに整えられていた。
それがかえって、この縁談がどれほど打算的なものかを、雄弁に物語っている。
イシャロット帝国第二皇子は、いかにも自信ありげに口を開いた。
「シュバリエ皇国の双子皇女殿下。本日は、我が帝国より誠意をもって参った次第です。」
その視線は、露骨だった。
なめ回すような視線。
あまりの不快さに、皇女たちは扇で顔を隠し、眉をひそめる。
確かに皇子という肩書きにふさわしく、見た目は整っているのだろう。
だが――それだけだ。
見た目だけなら、自分たちのアレクシスとフェリクスの方が、遥かに素敵で、格好いい。
比べることすら、失礼に思えるほどだ。
皇女たちにとって、アレクシスとフェリクス以外の異性は、もはやどうでもよい存在だった。
無駄に金をかけて着飾った衣装や装飾品にも、嫌悪感しか湧かなかった。
「誠意、ですか……」
エリシアが、扇を口元に当てたまま微笑む。
「では、お聞かせくださいませ。呪いが健在だった頃の私たちに、あなた方は、どのような“誠意”をお持ちでしたの?」
一瞬、空気が凍りついた。
「……それは」
第二皇子が言葉を探すより早く、第三皇子が慌てて割って入る。
「当時は政治情勢が不安定でして……我が帝国としても、慎重にならざるを得なかったのです。」
「慎重、ですか。」
ルシアが、にこりと首を傾げる。
「つまり、“危険だから近寄らなかった”と?」
「い、いえ、そういう意味では――」
「でしたら」
ルシアは、穏やかな声のまま続けた。
「なぜ今になって、これほど積極的にお話を進めていらっしゃるのでしょう?」
沈黙。
第二皇子は、額に汗をにじませながら答えた。
「……皇族の呪いが解けた、と聞き及びまして。」
「まあ。」
エリシアが、わざとらしく目を見開く。
その直後に浮かべた微笑みは、氷のように冷たかった。
「呪いが解けたから、結婚したい。要するに、そういうことですの?」
「お話になりませんわね。そう思いません? お姉様。」
「ええ。」
ルシアも涼やかに続ける。
「呪いのある時代の私たちに、あなた方は興味を示さなかった。でしたら、今さらお引き取りくださいませ。」
エリシアは、微笑みを崩さず告げた。
「都合のいい時だけ“宝石”扱いされましても、迷惑ですわ。心のこもっていない言葉ほど、無価値なものはございませんもの。」
皇子たちは、完全に言葉を失った。
そこへ、バレリア王女が口を挟む。
「皇女殿下、それは誤解ですわ。皇国と帝国の未来を考えれば――」
「未来、ですか……」
ルシアは、まっすぐにバレリアを見据えた。
「あなた方の言う“未来”には、私たち自身の意思は含まれておりますの?」
答えられない。
第二皇子は、苦し紛れに笑顔を作った。
「殿下方は、まだお若い。結婚とは、やがて理解されるものです。」
その瞬間――
「それでは、なおさらお断りですわ。」
エリシアが、はっきりと言い切った。
「理解も覚悟もないまま、皇国の未来を“後で考える”方に、私たちの人生を預ける理由がございません。」
「皇帝の娘として。」
ルシアが続ける。
「皇女とは、“利用される存在”ではなく、“選び取る存在”ですの。」
皇子たちの顔色が、みるみるうちに青ざめていく。
「そもそも」
エリシアは、静かにとどめを刺した。
「呪いがあった私たちを避け、解けた途端に求婚なさるその姿勢。それを“愛”と呼ぶおつもりで?」
「それ以前に……」
皇女たちは、値踏みするような視線で皇子たちを見つめた。
「そちらのお国の事情を、我が皇国が知らないとでも?」
ルシアの一言に、皇子たちはびくりと肩を跳ねさせる。
「傾いた国に、なぜ私たちが嫁がなくてはならないのかしら?」
イシャロット帝国の噂は、すでに耳に入っていた。
現皇帝は愚王で、側近の貴族の言いなり。
国民は重税に苦しみ、貴族は贅沢三昧。
教会すら、好き勝手に振る舞っているという。
今や皇族は、名ばかりの飾り物に過ぎない。
だからこそ、この場を設ける前日、シュバリエ皇国の皇帝と皇妃は皇女たちにこう告げていた。
「本当に愛する人と結婚したいのなら、それを証明してみせなさい。」
そして叔父――コンラッド・ウィン・ヴァーミリオン公爵も、遠征の前日にこう言っていた。
「徹底的に叩き潰して構わない。後始末は、我々大人が引き受ける。」
そして皇女たちは、最後のカードを切る覚悟を決めていた。
さらに、イシャロット皇帝の妹であるバレリア皇女も同行していた。
理由は、あまりにも分かりやすかった。
――皇族の呪いが解けた、という噂。
それを聞きつけての、あからさまな政略結婚である。
名目はシュバリエ皇国の皇女たちとの婚姻。
だが、バレリアが密かに狙っていたのは――言うまでもなく、ヴァーミリオン公爵である。
「叔父様も、難儀なことですこと。」
「あの見た目ですもの。仕方ありませんわね。」
皇女たちは、叔父に対してとても同情的だった。
「だから、あんなに急いでバンーテーン王国領に、行ってしまわれたのかしら?」
「こういう感だけは、鋭いんですのね?」
そう。
ヴァーミリオン公爵は、アンデッドが大量出現したというバンーテーン王国領へ、討伐という名の遠征に行った後であった。
別にかの国から、討伐依頼があったわけでもないのに……である。
「叔父様のことですもの。あの女狐など、はなから相手にしたくないのですわ。」
「それ以前に、公爵家の侍女たちが、黙っておりませんしね。」
皇女たちは知っていた。
二十歳で呪いによって死ぬと噂されていた叔父、コンラッド・ウィン・ヴァーミリオン公爵が、その呪いを知ったうえで、嫁いでくれた女性がいたということを。
そして、その女性こそが、皇族の呪いを解いた存在であるということを。
彼女たちは、その女性――ユリアーナ・アメリシア侯爵令嬢に、心から感謝していた。
自分たちも、好きな人と結婚できる。
そして愛する人との子供を、もうけることが出来る。
側室なんて、必要ない。
そう思えただけで、皇女たちは。
それは、皇女たちにとって、これ以上にないほど素敵なプレゼントだった。
探索を許されなかった五年が過ぎた今、叔父が彼女を見つけ出し、幸せになってくれることを、心から願っている。
叔父の妻――すなわち公爵夫人は、彼女以外にはあり得ない。
皇族と公爵邸双方で、その考えは完全に一致していた。
「ですから、わたくしたちも。」
「真に愛する人と、幸せになるのですわ。」
皇女たちの決意は、揺るがなかった。
だからこそ。
その意図を、皇女たちが見抜かぬはずもなかった。
謁見の間は、必要以上に華やかに整えられていた。
それがかえって、この縁談がどれほど打算的なものかを、雄弁に物語っている。
イシャロット帝国第二皇子は、いかにも自信ありげに口を開いた。
「シュバリエ皇国の双子皇女殿下。本日は、我が帝国より誠意をもって参った次第です。」
その視線は、露骨だった。
なめ回すような視線。
あまりの不快さに、皇女たちは扇で顔を隠し、眉をひそめる。
確かに皇子という肩書きにふさわしく、見た目は整っているのだろう。
だが――それだけだ。
見た目だけなら、自分たちのアレクシスとフェリクスの方が、遥かに素敵で、格好いい。
比べることすら、失礼に思えるほどだ。
皇女たちにとって、アレクシスとフェリクス以外の異性は、もはやどうでもよい存在だった。
無駄に金をかけて着飾った衣装や装飾品にも、嫌悪感しか湧かなかった。
「誠意、ですか……」
エリシアが、扇を口元に当てたまま微笑む。
「では、お聞かせくださいませ。呪いが健在だった頃の私たちに、あなた方は、どのような“誠意”をお持ちでしたの?」
一瞬、空気が凍りついた。
「……それは」
第二皇子が言葉を探すより早く、第三皇子が慌てて割って入る。
「当時は政治情勢が不安定でして……我が帝国としても、慎重にならざるを得なかったのです。」
「慎重、ですか。」
ルシアが、にこりと首を傾げる。
「つまり、“危険だから近寄らなかった”と?」
「い、いえ、そういう意味では――」
「でしたら」
ルシアは、穏やかな声のまま続けた。
「なぜ今になって、これほど積極的にお話を進めていらっしゃるのでしょう?」
沈黙。
第二皇子は、額に汗をにじませながら答えた。
「……皇族の呪いが解けた、と聞き及びまして。」
「まあ。」
エリシアが、わざとらしく目を見開く。
その直後に浮かべた微笑みは、氷のように冷たかった。
「呪いが解けたから、結婚したい。要するに、そういうことですの?」
「お話になりませんわね。そう思いません? お姉様。」
「ええ。」
ルシアも涼やかに続ける。
「呪いのある時代の私たちに、あなた方は興味を示さなかった。でしたら、今さらお引き取りくださいませ。」
エリシアは、微笑みを崩さず告げた。
「都合のいい時だけ“宝石”扱いされましても、迷惑ですわ。心のこもっていない言葉ほど、無価値なものはございませんもの。」
皇子たちは、完全に言葉を失った。
そこへ、バレリア王女が口を挟む。
「皇女殿下、それは誤解ですわ。皇国と帝国の未来を考えれば――」
「未来、ですか……」
ルシアは、まっすぐにバレリアを見据えた。
「あなた方の言う“未来”には、私たち自身の意思は含まれておりますの?」
答えられない。
第二皇子は、苦し紛れに笑顔を作った。
「殿下方は、まだお若い。結婚とは、やがて理解されるものです。」
その瞬間――
「それでは、なおさらお断りですわ。」
エリシアが、はっきりと言い切った。
「理解も覚悟もないまま、皇国の未来を“後で考える”方に、私たちの人生を預ける理由がございません。」
「皇帝の娘として。」
ルシアが続ける。
「皇女とは、“利用される存在”ではなく、“選び取る存在”ですの。」
皇子たちの顔色が、みるみるうちに青ざめていく。
「そもそも」
エリシアは、静かにとどめを刺した。
「呪いがあった私たちを避け、解けた途端に求婚なさるその姿勢。それを“愛”と呼ぶおつもりで?」
「それ以前に……」
皇女たちは、値踏みするような視線で皇子たちを見つめた。
「そちらのお国の事情を、我が皇国が知らないとでも?」
ルシアの一言に、皇子たちはびくりと肩を跳ねさせる。
「傾いた国に、なぜ私たちが嫁がなくてはならないのかしら?」
イシャロット帝国の噂は、すでに耳に入っていた。
現皇帝は愚王で、側近の貴族の言いなり。
国民は重税に苦しみ、貴族は贅沢三昧。
教会すら、好き勝手に振る舞っているという。
今や皇族は、名ばかりの飾り物に過ぎない。
だからこそ、この場を設ける前日、シュバリエ皇国の皇帝と皇妃は皇女たちにこう告げていた。
「本当に愛する人と結婚したいのなら、それを証明してみせなさい。」
そして叔父――コンラッド・ウィン・ヴァーミリオン公爵も、遠征の前日にこう言っていた。
「徹底的に叩き潰して構わない。後始末は、我々大人が引き受ける。」
そして皇女たちは、最後のカードを切る覚悟を決めていた。
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