恐怖! 土蜘蛛村

ミロrice

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第一話 恐怖! 土蜘蛛村

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「ちょっとトイレに行ってきます」
 海津が酔って赤くなった顔で立ち上がった。
「はい、いってらっしゃい」
「建物の中には入るなよ」
「わかりました」
 建物の裏手に向かう海津の足取りはしっかりしていた。
「あ、わたしも」
 立ち上がった礼奈は全然顔に出ていない。
「建物の──」
「わかってるって」
 礼奈はフラッシュライトを持って、海津とは逆方向に向かった。道路に出て、さらに村の奥に向かう。
 道路はアスファルトがひび割れ、そこからいくつもの雑草が伸びている。左右には壊れかけた建物が並び、フラッシュライトでできる陰が不気味だった。
 礼奈は扉のない建物の中を、フラッシュライトで照らした。畳が抜け、柱が斜めに落ちている。よくわからない物で荒れ放題だ。
 礼奈はぞくりと体を震わせた。
「くっそ、笠原め。こんなとこでキャンプなんか。こ、怖くなんかないけどさ」
 礼奈はぶつぶつとつぶやきながら道を進んだ。近くで用を足したくないが、あまり遠くに行くのも嫌だ。
 左手の建物の裏に草の少ない空き地があった。
「ここでいっか」
 礼奈は空き地に入ると、ベルトを緩めた。


 海津が向かった建物の裏手は雑木林だった。雑木林の手前で勢いよく放尿していた。
「ビールを飲むと近くなるんだよね」
 独り言をつぶやきながら目を瞑った。
 かさっ
 小さな音に目を開けた。
「虫? カブトムシだったりして」
 モノをしまうと、フラッシュライトで地面を照らした。それはすぐに見つかった。
「なんだ、これ?」
 奇妙なものだった。
 黒い針金か、細い葉のようだった。細い胴体に、細い足が四つある。
「ナナフシ……?」
 真っ黒いナナフシだろうか。足は四つしかないが、海津は気づかなかった。
「ナナフシなんて珍しいな」
 海津は本物のナナフシを見たことがなかった。捕まえて持って帰ったら、みんな驚くぞ。
「逃げるなよ」
 海津はささやくように言うと、腰を落とした。左手にフラッシュライトを持ち替え、そっと右手を伸ばす。
 黒いナナフシは逃げるどころか、ぴょんと海津に向かって跳ねた。
「うわっ」
 奇妙な虫は、海津のTシャツの胸にしがみついた。
「ひいっ」
 慌てて黒いナナフシに似たものをはたき落とそうと手を上げたが、刺されでもしたら──そんなためらいが海津の手を止めた。その隙をナナフシは見逃さなかった。
 ぷつっ
 Tシャツ越しに、脚が海津の胸に刺さった。激しい痛みが胸に広がる。
ってえ!」
 海津は慌てて虫を払った。しかし、黒い虫の体は柔らかく、くにゃりと形を変え、はたき落とせない。
 ぷつっ ぷつっ
 残りの脚も突き立てる。
「ぐああっ!」
 体から力が抜け、海津は膝をついた。フラッシュライトが地面に落ちて、半ば草に埋もれた。
「なっ、ぐうっ」
 声も思うように出せない。
 体に深く黒いナナフシの脚が入ってくる。ナナフシの脚の長さ以上に体にめり込む感覚。激しい痛み。
 ナナフシの脚は木の根のように分かれ、ずるずると体にめり込んでくる。
「ひ……」
 ──なんだこれは、なんだこれは、なんだこれはっ!?
 体の中で黒いなにかの脚が広がっていくが、海津はなにもできなかった。仰向けに倒れる。
「や……め……」
 手足の先端に向かって根が伸び、首から頭に上がってくるのを海津は感じた。
 皮膚が波打ち、色を黒く変える。
 ごきっ
 どこかの関節が音を立てた。
 腕が伸び、指が伸び、指先が細く、鋭く尖った。靴を突き破ってやはり鋭く尖った爪先が現れる。
 海津はほとんど意識を失っていた。
 脇腹から昆虫の脚のような細いものが生えた。左右に二本ずつだ。
 眼球が膨れ上がり、半分ほど飛び出た。
 顎がみちみちと左右に割れ、昆虫の牙のように動いた。
 体のあちこちが裂け、鮮血が流れ落ちた。しかし、傷はすぐに塞がる。
「あー、あー」
 海津の意識はそこで途切れた。


「ちょっと探検でもするか」
 笠原がにやにやと笑いながら立ち上がった。隣の椅子の奈由子が缶ビールを片手に笠原を見上げる。
「なに言ってんだ、こんな夜中に」
 真は眉をひそめた。
「夜中だからいいんじゃないか」
 輪之内が立ち上がる。
「でも、ふたりともまだ帰ってこないですし」
 早月が、礼奈が向かった方向に顔を向けた。ちょうど礼奈が戻ってくるのが見えた。
「なに?」
 礼奈は立っている笠原と輪之内を見て眉を顰めた。
「探検に行くんだよ」
 輪之内が言った。
「またそんなこと言って」
「廃村に来て見学しない手はありませんね」
 莉子がにやりと笑う。
「あの、わたしもちょっとトイレに」
 早月が立ち上がる。
「あ、じゃああたしも」
 莉子が言って、ふたりは道路に向かった。
 ──やれやれ。
 真はこっそりため息をついた。


 早月と莉子が戻ってきても、海津は戻らなかった。
「長いな、海津のやつ。さてはウンコか?」
 輪之内が笑った。
「邪魔するのもなんだ、置いていくか」
 笠原が言うと、
「戻ってきたら誰もいなくて、きっとびっくりしますね」
 と莉子が笑った。
「しようがないな。絶対建物には入るなよ」
 真も立ち上がる。
「じゃあペアを組もっか。笠原くんと奈由子は当然として、早月ちゃんは真くんとペアね、残りは三人組で」
 莉子が言って、そういうことになった。
「よ、よろしくお願いします」
 早月が真に向かって、ぺこりと頭を下げる。
「ああ、こちらこそ」
 七人はそれぞれフラッシュライトを持って、一旦道路に出た。


 組み分けはしたものの、七人はまとまって道路を進んだ。
「いつ頃から無人なんだろうな」
 真は荒れ果てた道路を見て言った。アスファルトはひび割れだらけだ。
「さあ」
 輪之内は忙しく辺りにフラッシュライトの光を投げかける。
「どうやってここを知ったのよ?」
 礼奈が言った。
「ネットで見たんだけど、あまり詳しいことは書いてなかったな」
「ふーん」
 しばらく行くと、四ツ辻に出た。壊れそうな民家がそれぞれの道路に建ち並んでいる。いくつかは半壊していた。
「じゃあ俺たち、こっち行くわ」
 笠原が右の道路をフラッシュライトで示した。
「ここで分かれるのか」
「じゃああたしたちは真っ直ぐ行こっか」
 莉子が言って、行く手を照らす。
「じゃあ俺たちは左だな。あまり長く見物するのも海津に悪いから三十分でここへ集合しよう」
「わかった」
 真と早月は左の道へと進んだ。
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