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二重生活がはじまりました②
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旦那様の領地訪問は一切ない。
手紙やプレゼントが届くこともなく、たまに侯爵夫人の公務として領地内の孤児院への慰問や視察に赴く以外は、庭師のマックと一緒に庭の手入れをすることと図書室で読書にふけることが日課となった。
初夜を拒まれて婚姻翌日には王都の屋敷を追い出された「お飾り妻」という事情をこちらの使用人たちもしっかり把握しているらしく、マック以外は皆どことなくわたしに冷たい態度を取って距離も置いている。
食事の用意ができたと呼びに来る以外は、ほぼほったらかしだ。
いや、もうね、まさに願ったりかなったりの環境で、思わず小躍りしたくなるほどなのよっ!
午前中に土いじりをして、そのカーゴパンツ姿のままで一日中過ごしても誰にも咎められないし(少し嫌そうな顔はされるけど)、昼食の後はずっと図書室に籠る(ふりをしてダンジョンへゴー!)というお気楽な生活だ。
幼少期からの泥んこ遊びの賜物か、わたしは思春期に土属性の魔法が使えるようになった。
この国の貴族は、魔法を使える人が多い。
高位貴族であればあるほど魔力が強く、高度な魔法が使えるため重宝される。
王族となるとさらに凄いらしい。
だからこそ、生まれてくる子供の魔力を考慮して家格の釣り合わない伴侶を持たないのが通例だ。
結婚前、わたしはそれを心配していた。
旦那様がどんな魔法を使えてどれほどの魔力量なのかは知らないが、おそらくそれなりだろう。
かたやわたしは思春期にようやく魔法が少し使えるようになった程度だ。
そんなわたしとの間に生まれてくる子供の先天的な魔力は、期待できそうにない。
しかしそれは杞憂だった。
なにせ旦那様は、わたしとの間に子供を設ける気がないのだから。
愛人が高位貴族の女性なら、そちらと子供を作って養子にでもするつもりだろうか。
それでも構わない。今のわたしは、そんなことよりもダンジョン完全制覇のほうが大事だ!
ああ、わたしもいつの間にかダンジョン沼にどっぷりはまってしまったのね……と心の中で嘆きながら、今日も魔法で土人形を作って図書室のロッキングチェアに座らせておき、さらに観葉植物の鉢植えからパーティーの拠点である酒場の2階へ転移する。
「ひっ!」
小さな悲鳴が転移した途端に聞こえて来た。
わたしの転移は、魔法陣でかっこよく登場! ではなく、土から土へという土魔法使い独特の方法であるため、鉢植えの土からボコボコッと飛び出してくるわけで、知らない人にこの場面を目撃されるとたいてい驚かれる。
がしかし、ここは我がパーティーの拠点のはずだ。
わたしが鉢植えから登場するのはもう慣れっこで、驚くメンバーなどいない。
それなのに目の前には見知らぬ若い男がいた。
藍色の布のほっかむりをして、ロイさんの大剣を抱えている。
これは見るからに泥棒だ。
「どっ……」
泥棒だあぁぁぁっ! と叫ぶ前に、男が脱兎のごとく開けたままになっているドアから逃げ出した。
それを追いかけて階段を駆け下り1階の酒場のカウンターを横切ろうとしたら、開店準備の仕込みをしているビアンカさんが「あら?」と呑気な声をあげる。
「ビアンカさん、泥棒よっ!」
駆け抜けざま、振り返らずにそう叫んで酒場の外に出ると、男はかなり遠くまで逃げていた。
しかし、逃げた方向を確認して「もらった」とほくそ笑む。
男が走っていた方角は、道がレンガ敷ではなく土だ。
ということはつまり——。
手を掲げて男の足元に泥の沼を発生させる。
それに足を取られて立往生し始めた男のすぐそばへ転移した。
土からボコボコと現れるわたしを見て、男がまた「ひっ」と小さな悲鳴をあげる。
「怖いっつーの! なんだよおまえ!」
「それはこっちのセリフだっつーの! 誰よ、あなた。ロイさんの剣、返しなさいよっ! それ重いでしょう? そのまま抱えてたら一緒に沈むわよ?」
男が焦った様子で足元を見下ろす。
すでに膝下までぬかるんだ泥に埋まっている足は、こうしている間にも少しずつズブズブと沈んでいるところだ。
「ちょっ! 待ってくれ!」
男は踏ん張りのきかない足でどうにか大剣をこちらに向かって投げ、その反動で尻もちをついた。
今度はお尻と手まで沈みつつあるその姿に一瞥をくれて、くるりと背中を向ける。
ロイさんの大剣が戻ってくればそれでいい。もうこの男のことなど知ったこっちゃない。
「おいコラ! 剣を放しても沈んでいくじゃねーか! これ完全に沈んだら、俺どこに行くんだ?」
「さあ、知らないわ。生きて戻ってくることができたら教えてちょうだい」
沈んでしまえと本気で思っていたところに、ビアンカさんがのんびりとした足取りでやって来た。
「あらあら。ヴィーちゃん、この人お客様なのよ。助けてやってくれない?」
「客? 嘘でしょう!? だってこの人、ロイさんの剣を盗んで逃走したじゃないですか。ビアンカさんも見ていたでしょう?」
すでに胸のあたりまで沈んだ男が、大きな声で申し開きをした。
「あの部屋で待っているように言われて、その立派な大剣が目についたから手に取って眺めていたら、植木鉢からあんたが出て来たからびっくり仰天して、思わずその剣を抱えたまま逃げ出しただけだ! 決して盗もうとしたとか、そういうんじゃないです! 助けてくれえぇぇぇっ!」
わたしは無言のまま大剣を鞘から引き抜いて構える。
「せいっ!」
掛け声とともに横なぎに払うと、ほっかむりからはみ出していた男の黒い前髪がハラハラと落ちた。
「もしそれが嘘だったら、次は首を切り落とすわよ」
男は青ざめて、はくはくと口を動かすのが精いっぱいの様子だ。
「もうっ、ヴィーちゃんはその剣を持つとロイさんみたいにすぐ乱暴になるんだからぁ」
ビアンカさんにクスクス笑われてちょっと恥ずかしくなりながら、泥の沼を解除する。
「助かったぁ……ってか、どんだけ怪力!?」
男のつぶやきを無視して酒場に戻ったのだった。
手紙やプレゼントが届くこともなく、たまに侯爵夫人の公務として領地内の孤児院への慰問や視察に赴く以外は、庭師のマックと一緒に庭の手入れをすることと図書室で読書にふけることが日課となった。
初夜を拒まれて婚姻翌日には王都の屋敷を追い出された「お飾り妻」という事情をこちらの使用人たちもしっかり把握しているらしく、マック以外は皆どことなくわたしに冷たい態度を取って距離も置いている。
食事の用意ができたと呼びに来る以外は、ほぼほったらかしだ。
いや、もうね、まさに願ったりかなったりの環境で、思わず小躍りしたくなるほどなのよっ!
午前中に土いじりをして、そのカーゴパンツ姿のままで一日中過ごしても誰にも咎められないし(少し嫌そうな顔はされるけど)、昼食の後はずっと図書室に籠る(ふりをしてダンジョンへゴー!)というお気楽な生活だ。
幼少期からの泥んこ遊びの賜物か、わたしは思春期に土属性の魔法が使えるようになった。
この国の貴族は、魔法を使える人が多い。
高位貴族であればあるほど魔力が強く、高度な魔法が使えるため重宝される。
王族となるとさらに凄いらしい。
だからこそ、生まれてくる子供の魔力を考慮して家格の釣り合わない伴侶を持たないのが通例だ。
結婚前、わたしはそれを心配していた。
旦那様がどんな魔法を使えてどれほどの魔力量なのかは知らないが、おそらくそれなりだろう。
かたやわたしは思春期にようやく魔法が少し使えるようになった程度だ。
そんなわたしとの間に生まれてくる子供の先天的な魔力は、期待できそうにない。
しかしそれは杞憂だった。
なにせ旦那様は、わたしとの間に子供を設ける気がないのだから。
愛人が高位貴族の女性なら、そちらと子供を作って養子にでもするつもりだろうか。
それでも構わない。今のわたしは、そんなことよりもダンジョン完全制覇のほうが大事だ!
ああ、わたしもいつの間にかダンジョン沼にどっぷりはまってしまったのね……と心の中で嘆きながら、今日も魔法で土人形を作って図書室のロッキングチェアに座らせておき、さらに観葉植物の鉢植えからパーティーの拠点である酒場の2階へ転移する。
「ひっ!」
小さな悲鳴が転移した途端に聞こえて来た。
わたしの転移は、魔法陣でかっこよく登場! ではなく、土から土へという土魔法使い独特の方法であるため、鉢植えの土からボコボコッと飛び出してくるわけで、知らない人にこの場面を目撃されるとたいてい驚かれる。
がしかし、ここは我がパーティーの拠点のはずだ。
わたしが鉢植えから登場するのはもう慣れっこで、驚くメンバーなどいない。
それなのに目の前には見知らぬ若い男がいた。
藍色の布のほっかむりをして、ロイさんの大剣を抱えている。
これは見るからに泥棒だ。
「どっ……」
泥棒だあぁぁぁっ! と叫ぶ前に、男が脱兎のごとく開けたままになっているドアから逃げ出した。
それを追いかけて階段を駆け下り1階の酒場のカウンターを横切ろうとしたら、開店準備の仕込みをしているビアンカさんが「あら?」と呑気な声をあげる。
「ビアンカさん、泥棒よっ!」
駆け抜けざま、振り返らずにそう叫んで酒場の外に出ると、男はかなり遠くまで逃げていた。
しかし、逃げた方向を確認して「もらった」とほくそ笑む。
男が走っていた方角は、道がレンガ敷ではなく土だ。
ということはつまり——。
手を掲げて男の足元に泥の沼を発生させる。
それに足を取られて立往生し始めた男のすぐそばへ転移した。
土からボコボコと現れるわたしを見て、男がまた「ひっ」と小さな悲鳴をあげる。
「怖いっつーの! なんだよおまえ!」
「それはこっちのセリフだっつーの! 誰よ、あなた。ロイさんの剣、返しなさいよっ! それ重いでしょう? そのまま抱えてたら一緒に沈むわよ?」
男が焦った様子で足元を見下ろす。
すでに膝下までぬかるんだ泥に埋まっている足は、こうしている間にも少しずつズブズブと沈んでいるところだ。
「ちょっ! 待ってくれ!」
男は踏ん張りのきかない足でどうにか大剣をこちらに向かって投げ、その反動で尻もちをついた。
今度はお尻と手まで沈みつつあるその姿に一瞥をくれて、くるりと背中を向ける。
ロイさんの大剣が戻ってくればそれでいい。もうこの男のことなど知ったこっちゃない。
「おいコラ! 剣を放しても沈んでいくじゃねーか! これ完全に沈んだら、俺どこに行くんだ?」
「さあ、知らないわ。生きて戻ってくることができたら教えてちょうだい」
沈んでしまえと本気で思っていたところに、ビアンカさんがのんびりとした足取りでやって来た。
「あらあら。ヴィーちゃん、この人お客様なのよ。助けてやってくれない?」
「客? 嘘でしょう!? だってこの人、ロイさんの剣を盗んで逃走したじゃないですか。ビアンカさんも見ていたでしょう?」
すでに胸のあたりまで沈んだ男が、大きな声で申し開きをした。
「あの部屋で待っているように言われて、その立派な大剣が目についたから手に取って眺めていたら、植木鉢からあんたが出て来たからびっくり仰天して、思わずその剣を抱えたまま逃げ出しただけだ! 決して盗もうとしたとか、そういうんじゃないです! 助けてくれえぇぇぇっ!」
わたしは無言のまま大剣を鞘から引き抜いて構える。
「せいっ!」
掛け声とともに横なぎに払うと、ほっかむりからはみ出していた男の黒い前髪がハラハラと落ちた。
「もしそれが嘘だったら、次は首を切り落とすわよ」
男は青ざめて、はくはくと口を動かすのが精いっぱいの様子だ。
「もうっ、ヴィーちゃんはその剣を持つとロイさんみたいにすぐ乱暴になるんだからぁ」
ビアンカさんにクスクス笑われてちょっと恥ずかしくなりながら、泥の沼を解除する。
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男のつぶやきを無視して酒場に戻ったのだった。
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