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旅路
2
昼食は山道の脇がちょっと開けているところで取ることになった。山道は意図的にこういう休めそうな場所をいくつか作ってあるそうだ。少し森を進むと川もあるので、そこから水を汲んで何人かが洗い物をしていた。水を扱う魔導師もいるはずだけれど、その場で調達できるなら、特に移動中は魔力の節約の為にもこの方がいい。
村長宅で持たされたという卵とベーコンのサンドイッチを皆で食べる。と言っても僕とラロは離れたところにいたけれど。それでも僕は日中の木陰で食べる昼食は久しぶりで、終始テンションが上がりっぱなしだった。
お昼過ぎの強い日差しも、ベールがあれば怖くない。僕はそよ風による木々のざわめきと鳥の鳴き声を聞きながら、野外でご飯を食べる日が来たことを喜んだ。
ベールの下からそっとサンドイッチを摘んで食べていると、色んな人が遠巻きにちらちらと僕を見ていた……らしい。僕にはよく見えなかったけれど、後からそう聞いた。
僕は大勢……と言っても十五、六人程だが、その魔力を視て倒れないよう、離れたところにシートを広げていた。エディはルシモスと話しに行ってしまっている。
僕は改めて馬車を眺めた。僕とエディが乗っていた装飾が違う上等な馬車の他に、ラロや魔導師と荷物を乗せる馬車が二台。ほかの騎士たちは自分で馬に乗っている。僕は遠目からでもぼんやりとアルアらしき色の馬を見つけ、少しだけそれを眺めていた。やはり赤い鬣と魔力の馬は目立つ。
「フィシェルさま、お茶のおかわりはいかがですか?」
言われて自分の手に持ったカップを見ると、いつの間にか中身が空になっていた。一度ベールの下に入れてしまうと戻すのが億劫になってしまい、ぼーっと景色を見ながら全て飲んでしまったらしい。久しぶりの外は気になることがいっぱいだった。
「もらおうかな。……外は気持ちがいいね。こんなの本当に久しぶりだ」
「フィシェルさまは、こうして外で食事を取られたことがおありなのですね」
「うん。母さんが生きていた頃は、日焼け止めのクリームを塗ってコートをきて、よく外へ連れ出されたよ。眩しいしすぐ火傷するし、つらいことも多かったけど……太陽の光自体は嫌いじゃないんだ。暖かいの、好きだし。……今思えば母さんはそうやって、日中出掛けることを諦めるなって僕に教えたかったのかもしれない」
「大変素敵なお母様でいらっしゃいますね」
僕は頷いて、おかわりしたお茶を一口飲んだ。ラロの淹れるお茶はとにかく美味しい。これも勉強して上手くなったのだろうか?そういえば、今朝の散髪の手際も良く気になっていたので、僕はラロにどんな技能を習得しているのか聞いてみた。
なんでもラロの家は代々従者を輩出する家柄らしく、主人と定めた人に尽くすため、ありとあらゆる技能を叩き込まれるらしい。例えばたった一人でも僕を陛下の前に出られる格好にすることができるし、一緒にどこかに遭難してもなんとかできるように仕込まれているそうだ。
「本当は何かしらの魔力を使えれば、文句は無かったそうなんですがね。それでも魔力がないならないで、そういう人材が必要な場所はあります。ぼくはまだ十三ですが、幸運にも技能を修めて実家を出られるタイミングで、フィシェルさまの存在を知りました」
「あ、え、十三?僕?」
自分の名前が出たことに混乱して、思わず気になった単語だけを繰り返すと、ラロは微笑して一つ一つ答えてくれた。
「今年の夏で十三になりました。本当なら十二歳で我が家の技能課程は終わるのですが、魔力が無い為に別の技術も習得する必要があって、一年多く掛かりました。それが終わってちょうど、背格好が近く、同性で、魔力のない使用人が必要だというフィシェルさまの募集に滑り込めたんです」
「そう……なんだ。そういう募集って、細かく決められてるんだね。別の技術っていうも気になるけど……そういえばラロの家名はなんていうの?」
他の人のように家名を名乗らなかったので聞いてみたけれど、僕は予想外の答えに慄いた。
「別の技術に関しては、使わないことの方が多いので、いざというときになったらお教え致します。護身の類ですよ。家名についてですが……ぼくは家を出て、ただのラロになったので、今は家名はありません。家を出てから家名を名乗ることは、一族の掟で禁じられています。ですから、どうぞただラロとお呼びください」
「家を、出て……」
そういえば僕も今日家を出たなと思い浮かべていると、ラロがハッとして否定してきた。
「あ、いえ、フィシェルさまはそのままですよ!?もう一度言いますが、偶々ぼくの一族にそういう決まりがあるだけです」
「あ……そうなんだ」
僕がのんびり返事をすると、ラロは一瞬脱力してから小さく咳払いをしてこちらに笑顔向ける。人懐っこいラロの笑顔は見ていて可愛らしい。
確かに、例え男でも可愛いと言いたくなる人物もいるようだ。こんな可愛らしい少年がもう一人前になって家を出て、その時に家名まで捨てている……そんな家が存在するらしい。
……まだまだ知らないことがたくさんあるなぁ。
「よろしければ、今度はフィシェルさまのことを教えていただけますか?」
「え……僕?」
たった今自分の知識の無さを痛感していたところだったので、僕は呆然と返事をした。ラロに対して差し出せる知識が今の自分にあるとは思えなかった。
「ラウェさまより、フィシェルさまのお誕生日は冬、幼い頃にやってきたノルニ村でお母様と二人暮らしをされていた、と基本的なお話は聞いておりますが、例えばこんなお料理がお好きだとか、こんなお色が好みだとか、そういうお話です」
どうやら僕に関する事柄のようだ。僕は内心少し安堵してラロの問を考えた。
「好きな食べ物かぁ……このサンドイッチもすごく美味しかったんだけど……」
僕はちょっと困って、遠くで一団をまとめて何かを話しているエディの横顔を盗み見た。
「……一度だけ、エディが茶色いシチューを作ってくれたんだけど、あれがすごく美味しかったな。煮込んである料理が、結構好きなのかも」
「……まさか、ブラウンシチューのことですか?で、殿下、本当になんでもお出来になりますね……」
僕は笑って頷きながら、家事を一通りこなしてみせたエディを思い浮かべていた。もし仮にエディが今すぐ王子様じゃなくなっても、一人でどうにでも生きていけそうだ。
「騎士たちだけでご飯を食べるときも……エディ自身が美味しいもの食べたいっていうのもあるけど、舌が一番肥えてるからって周りに言われて……エディが作ることが多いんだって」
「はぁ……でも今の騎士団って、殆どが裕福な家系の方々ばかりで、周りも舌が肥えていると思うのですが……」
「それがね……やっぱり習ったと言っても普段は自分で作らない人たちだから、慣れているエディが作る方が美味しいんだって」
「慣れているとは……それもまたおかしな話ですね。殿下はこの国の王子であらせられるのに……しかし、なるほど……わかりました。ブラウンシチューですね」
僕は迷った末、自分が一人でずっと食べていたものについて告白した。なぜならブラウンシチューが美味しかったと思ったものの、そこまで好き嫌いを語れるほど色んな種類の料理を食べてきた訳ではないからだ。するとラロは驚愕に目を見開いて跪き、僕の手をとった。
「やっ、野菜と干し肉を千切った塩味のスープなんて……いえ、フィシェルさまのお料理を否定したい訳ではなく……ぼくが……ぼくがもっと早くお助けしたかったです……」
本当に残念そうに言うので、僕は苦笑してラロの体勢を戻した。
「まあそんなわけだから、大抵なんでもご馳走に見えちゃう……と思う。あとはなんだっけ、好きな色……色か」
またしても脳裏に浮かんだのが、エディのことで……鮮やかな暖色のマーブル模様を思い浮かべながら、僕は困惑した。理由を深く考えてはいけない気がして、逃げるように口を開く。
「え、エディの魔力の色、知ってる?」
「いいえ……存じ上げません。家族の魔力の色なら、測定器で見た事がありますよ。ぼくは測定器が反応しないほど魔力がないので、羨ましかったのをよく覚えていますが……流石に殿下は王族ですから、ぼくなんかでは見ることは叶いません。殿下は多重霊格者でいらっしゃいますから……どんなお色なのでしょう。フィシェルさまには、視えているんですよね?」
「うん……赤とオレンジと黄色が少し。それがグラデーションの層になってて……すごく綺麗なんだ。その色合いが……すきかも」
僕が言うと、ラロは困ったように笑っていた。
「フィシェルさま、殿下のことばかり仰っていますよ」
「うん……どうしてだろう。おかしいよね……」
今までの人生の中であんまり人と関わってこなかったのに、いきなりエディみたいな人に出会ったから、印象に残ってるんだと思う。あれ程素敵な王子様が目の前にいたら、誰だってそうなるんじゃないだろうか。
そう言うと、ラロは少し悩んだ。
「……確かに、殿下は素晴らしいお方ですから……一緒に過ごされて、殿下のことがいろんな場面で……印象に残ってしまったのかもしれませんね。でもフィシェルさま、殿下のことをお話されているととても半身らしく見えるので、良いことですよ」
「そうかな?」
「ええ。それに、殿下の魔力のお色がお好きと言うことで、ぼくは安心いたしました。半身として見えるように、相手の色を纏う事も多くなるでしょうから」
半身になると、瞳や髪など魔力の色が出やすい部分が、相手と同じになっていくのだという。色素が元々ない僕がどうなるかは分からないけれど、少なからずどこかには現れるはずだ。
でも僕はフリをするだけだし、実際には染まらない。エディは僕に一目惚れしたことにして、僕のことは……
「何とか王都までは来てもらったが、過去の記録にあるように無理矢理染めても至純の魔力は混ざらない。今必死に口説いている。いい雰囲気になってきたと思う。相手は体も弱く王都の生活にもなれていない為、しばらく見守ってほしい」
……とかなんとか言い訳し、できるだけ先延ばしにすると言っていた。
その間も、僕は半身候補としてエディの魔力の色を身に着けることもあるらしいのと、言い訳できなくなってきたときには染まっているように偽造する必要もあるかもしれないとのことだった。
「でもフィシェルさまは、至純さまの中でも体の色素がない特別な体質のようですから……偽造まではしなくても、案外バレないと思います。殿下もそうお考えでしょう」
「僕みたいな体質の人の記録って、ないのかな。昔の至純の記録にも、いない?」
「ぼくはフィシェルさまの従者として、過去の至純さまの記録は一通り見させていただきましたが、フィシェルさまの体質は初めて聞きました。精一杯お助けさせていただきますが、なにぶんぼくも初めてお聞きした体質ですから……とにかく、お辛いことがあったらどんな些細なことでもお教えくださいね」
「……うん、わかった。このベールがあれば、今のところは外でも平気みたいだ」
内側からベールを突いて言うと、ラロはまた可愛い笑顔を見せてくれた。
「それは良かったです。ぼくもフィシェルさまのお美しいお顔を見ることができて、とても嬉しいです」
「ぅあ……ありがとう。そう言ってもらえて、僕も嬉しい」
僕が自分の容姿について素直に受け止めたので、ラロは驚いたようだった。ちょっと恥ずかしかったけど、僕は先ほど馬車の中で、エディに自分の容姿についての自覚を促されたことを説明した。
「……そうだったのですね。殿下の言う通りになさるのが良いことだと、ぼくも思います。ノルニ村では隠されることも自衛手段の一つだったのかと推察いたしますが、今後はお顔を出して過ごされることも増えるでしょうから……ご自身の容姿にご自覚があった方が、安全かもしれませんね」
僕は色んな可能性を聞いた。城の中でまで顔を隠していると、エディの隣にいるのは何者なんだと心無い噂をされることになる。僕は顔を見せたほうが、特殊な色味もあって"それらしく"見えるそうだ。
どうせ見せるのならば、ちゃんと自分の容姿に合うように飾り立て、美しく見せたほうが良い。そしてそれを過度に謙ることなく、角が立たないように立ち回るのが理想らしい。
「そういうものなんだね……」
「今は旅路の途中ですから、ある程度動きやすい服装を選んでいますが……今後何かの行事の際には、ぼくも精一杯自分の仕事をさせていただきますね」
「う、うん。わかった……よろしく」
ズボンはともかく、この袖や襟がふわりとしたシャツはそんなに動きやすくはないと思ったけれど、僕は何も言えなかった。まさか僕、将来ドレスでも着せられたりするんだろうか……
お姫様のドレスなんてちゃんと見たことはない。でも母さんが話してくれたお姫様は一人では逃げられないし、絶対にドレスの裾を踏んづけて転ぶ。ドレスは余程動きづらい服なのだろう。
僕たちがそれからも他愛のない話をしていると、エディとルシモス、それからルドラが歩いてきた。
「一応ルドラも秘密の共有者なのでな」
エディがそう言うのでルドラを見ると、視線を合わせたルドラはまた顔を赤くしてそっぽを向いた。
僕は自分のことを醜いものとして扱っていたから、容姿に関するルドラの言葉を否定して受け入れることをしなかったので、バツが悪い思いがした。……とはいえ、ルドラには他に散々なことを言われているので、おあいこな気もする。機会があれば僕もルドラに謝ろう。
僕は今後の振る舞い方についての確認をされた。
呼び方はエディに合わせ、基本的にいろんな事柄について不慣れを装う。これはもう装うというか実際そうなので問題ない気がした。
「俺はあくまでフィルを口説いている風を装うが、フィルはそれに戸惑っていればいいし、いっそ嫌そうにしても構わない。これも問題はないだろう」
「……はい。大丈夫だと思います」
僕が頷くと、続いてルシモスが口を開いた。
「お身体のことに関してですが、生憎とフィシェル様の目と同じ感覚を持つ者は他にいません。ベールで光を遮ることが出来ても、この先都会に出ればそれだけ人も多くなります。リグトラント人はそもそもの魔力量が多いので、どのタイミングでご気分が悪くなられるのかは行ってみないと分かりません」
「確かに、そうですね」
「それなりに目立つ一団になりますから、周りに多くの人が集まるでしょう。幸い、フィシェル様は静かなノルニ村でお過ごしでしたから、都会の喧騒が合わないと言えば人払いと休息の言い訳には困りません。具合が悪くなりましたら、事情を知る私共ができるだけサポート致しますので……遠慮や我慢をせず、仰ってくださいね」
「分かりました。迷惑をかけてしまいますが、よろしくお願いします」
僕は皆に深く頭を下げた。
それから少しルシモスに体調について報告をし、昼休憩は終わりとなった。
「ここからかなり先になりますが、行きで見かけた川沿いの開けた場所が本日の野営場所です。この後そこまで移動します。道中は何かありましたら、殿下に仰っていただければと思います」
僕は頷きながら馬車に乗り込んだ。エディは僕の後から乗り込むと扉を閉め、カーテンが引かれていることを確かめると…………また僕の隣に座った。
馬車が動き出したのを確認してから、エディは僕のベールを上げて囁く。
「さて、フィル。ここ数日は色々あって、結局髪や頬程度までしか触れることができていない。ルシモスには、この馬車の音が周りに聞こえなくなるよう魔法をかけてもらったから……」
「う、じゃ……じゃあ、こんな耳元で言わなくても」
「フィルには俺に慣れてもらわなくてはいけないんだ。覚えているだろう」
「っで、でも……っ僕は戸惑っていればいいって、さっき……」
「フィル……こういうのはいつ必要になるか分からない。とある滞在先では戸惑っていれば良いかも知れないが、とある別の滞在先では親しげに見せる必要もあるかもしれない。先ほどはルドラの目もあったし、そこまでは言わなかったがな。もちろん今の戸惑いは忘れなくていいが、どちらもできるようにしておかなければ」
僕は耳元で囁かれる声にだんだん頭が混乱してきて、エディの言葉に何度も頷いた。顔が熱い。
「そういえば……先ほどは、俺の頬に触れてくれたな」
そう言ってエディは僕の手を取り、自分の頬に当てた。赤とオレンジの綺麗なオッドアイの中に、顔を真っ赤にした僕が映っている。それが薄暗い中で僕の目にも分かるくらい、近い。
「さ、さ、さっきは、だって……エディが」
「俺が?」
僕が言い淀んでいる間にエディの手が伸びてきて、ベールの下で跳ねずに大人しくしている僕の髪に触れた。真っ直ぐ整えられた髪を撫でられると、いつもよりエディの手の感触がリアルに伝わってくる……気がする。
「んッ……く、擽ったいです」
耳に触れて堪らず身じろぎをすると、エディが態とらしくそこへ囁く。
「フィル。教えてくれ」
「ぅ、え……エディが……泣きそうな顔、してたから……」
「心配して、撫でてくれたんだろう?」
僕の手がびくりと震えた。心臓がどきどきと煩くなっていく。
やっぱり、ちゃんと伝わっていた。
「エディが、僕の手を……撫でてくれたから。それがすごく安心できて……僕も、してあげたいなって……」
僕の白い手は、健康的なエディの肌色の上で目立って見えた。そこに、エディの指が絡んでくる。
「ありがとう、フィル。嬉しかった」
その言葉こそ嬉しくて、何だかまた僕が泣きたい気持ちになった。
「触りたかったら、どこでも触ってくれて構わない」
「ど、どこでも……?」
「ああ」
そう言われて、僕はエディの髪を見た。金茶の髪に濃紅の差し色。長い襟足。ずっと触れてみたいと思っていた。
「エディの、髪に……僕も……触れてみたい……です」
エディは微笑んで、僕の手を自由にした。背の高いエディの髪にちゃんと触れるには、もう少し体を起こして近付かなければならなかった。
僕はエディに身を寄せつつ、髪に触れた。少しキシキシとしていて、僕は自分の家の環境を後悔した。僕一人ならば関係なかったのに、エディの……王子様の髪を洗うのに石鹸一つしかないなんて、絶対良くなかったに決まっている。
申し訳無い気持ちになりつつも、気になっていた差し色の生え際を掻き分けて覗く。すると、本当にちゃんと別の色が根本から生えていて驚いた。
「わ……すごい。こうなっていたんですね」
「変な色だろう?」
僕はふるふると首を横に振った。
「綺麗です。とても綺麗。鮮やかで、魔力と同じ、素敵な色……」
「フィル……」
僕は何度もエディの髪を撫でた。もっと近くでちゃんと撫でたい。なんて美しい色なんだろうと思った。
その色彩の中に自分の白い指が埋もれるのは、僕の中に得体のしれないざわめきを呼ぶ。怖いけど、でも、僕は……
「フィル」
ハッとして目を瞬かせると、僕はいつの間にか座席に膝立ちをして、エディに殆ど体重を預けてしまっていた。
「あっ……ごめ、ごめんなさい」
「いいや?謝る必要はない。ただ、そうだな……」
エディは僕の首元に顔を埋めるように動いた。僕はあまりにもびっくりして、思わず息を止める。
「……このまま抱き締めてくれないか?」
「だ、だき……っ!?」
「昨日も抱き上げて歩いただろう?今更恥ずかしがらなくても」
「確かに、そうなんですけど……でも、これだと」
僕からすることになってしまう。エディから抱き上げてもらうのとはわけが違うと思った。今はちょうど、膝立ちをしている僕がエディの頭を抱き締める事が出来てしまう位置なのだ。
「フィルからも出来るように、練習」
「れ、れん、しゅう……」
僕がエディの頭をそっと抱え込むと、エディも僕の背に手を回してきた。
「んっあの、エディ!」
「ああ、すまない。背中、痛かったか?」
「いえ、それは大丈夫、なんですが……っ」
どこかが痛いと言うなら、心臓が痛い。バクバクと音を立てて肋骨を叩いているはずだし、その音はきっとエディにも聞こえている。恥ずかしくてどうにかなりそうだ。それを我慢して頑張ってみせると思っていたのに、早くも挫けそうだった。でもエディは、そんな僕に更に追い打ちをする。
「では、そのまま撫でてみてくれ」
「こ、このまま……ですか?」
僕はほとんど呻くように言った。
「そうだ。髪もよく見えるだろう?」
言われて視線を落としてみると、普段見ることができない景色がそこにあった。エディの頭頂部なんて、低身長の僕は初めて見た。
「ん、確かに……」
そろりと手を動かして掻き分けると、エディの髪の不思議な色合いがまた視界に飛び込んでくる。するとまたそちらに意識が向いていく。
どうして同じくらいの大きさのひと塊で、ベースの金茶とは違う色が何箇所も生えてくるんだろう?
真剣になってきたところで、不意に馬車がガタンと揺れた。
「うわぁっ!」
「おっと」
突然のことで踏ん張れなかった僕は……えっと……どうしてこうなったんだろうか?
身体がぐらりと後ろに揺れて、エディに手を引かれたのまでは分かる。手触りのいい座席の毛皮に膝がずるりと滑ったのも、分かった。
……何故か今度は僕がエディに抱き込まれるような形になってしまう。……いや、僕がエディの胸に飛び込んだのかもしれない。
「ずいぶん揺れない方だと思っていたが、やはり山道だな」
さらりとそんなことを呟きながら、エディは僕の身体を引き寄せ、横向きに膝の上に乗せる。綺麗な顔が近くにあって物凄く心臓に悪い。
「ゆ、揺れないのって、エディが何かしてるからだと思っていました」
僕がそう言うと、エディはニヤリと笑って僕を見た。
「可愛いな、フィル。しばらくこうしていてもいいか?」
エディは今日、やたらと僕のことを可愛いという。僕の自覚を促す為なのだろうと、ぼんやり思った。確かに普段から言われ慣れておけば、咄嗟に上手く返せるのかもしれない。でも……
「し、しばらく、このまま、ですか……?」
「ああ。慣れるのには、それが自然になるくらい時間をかけてしまえばいい」
「……そう、なんでしょうか……」
僕が俯くと、エディの手が頬に触れ、そのままするりと顎を持ち上げられた。
「う」
「大丈夫。話していれば、じきに気にならなくなるさ」
上向くとどうしてもエディの顔が近くて、頬に熱が集まっていく。もはや何が恥ずかしいのかすらよく分からない。
「は、話すって……じゃ、じゃあエディが話をして下さい」
「俺か?」
「ぼ、僕はこうやって聞いていますから」
そう言ってエディの手から逃れ、ぽすりとエディの肩に頭を預けてしまう。横抱きにされているような体勢だ。
「……わかった。そうだな……どんな話がいい?」
「……どんなことでも。エディのこと、僕に教えてください」
僕がそう言うと、腰に回ったエディの腕にきゅっと力が入った。
「またそんな可愛いことを言って……何でも答えてしまいたくなる」
容姿についての可愛いにしては言い方が可笑しかったので確認したかったが……僕は動くことができなかった。話すにしても、魔力を視ないようにしている今は、表情を見て会話をしたかった。けれど、今顔を上げるにはエディがあまりにも近すぎる。
僕は大人しく黙って聞こうと決め、エディの話に耳を傾けながら目を閉じた。
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