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竜騰虎闘

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※クリエイターのつむぎみか様のアサシンちゃん&チャイニーズマフィアさんをお借りしてお話を書かせていただきました。

みかさんありがとうございました。

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薄闇の中でベッドのスプリングが軋む。
はだけたバスローブだけ纏って、ベッドに寝転がる男の陰茎を後孔で飲み込み腰を振る。

「あっ・・・あぁっ、イクッ、イッちゃう・・・っ」

あられもない声を吐き出しながら抽送を繰り返せば、興奮したか男は俺の細い腰を掴みより深くまで穿ってきた。
けれども最奥までにはいたらない。やっぱりアイツの方がーーーー
いや、今は余計なことを考えるのはよそう。だいたいあの男から逃げてこの街に来たんだ。
与えられる快感にだけ意識を向ける。身体の角度を変え、前立腺に男のモノを擦り付ける。甘い痺れが背筋を駆け抜け、法悦の声を上げながら絶頂に身体を震わせた。
男はまだ夢中で突き上げている。けど、コイツはもう用済みだ。
後ろ手でバスローブの袖に隠した小型のナイフを取る。目にも止まらぬ速さで男の喉を真一文字に裂いた。赤色が溢れ出すが男の動きは止まらない。首を切られても駆け回るニワトリの逸話を思い出した。
やがて絶命したのを確認すると、腰を上げ陰茎を引き抜いた。体液やローションの混じった液体が太腿を伝う。依頼主に仕事が終わった事を連絡し、シャワーを浴びて汚れを落としてから部屋を立ち去った。

見ての通り、俺は殺しを生業としている。女のような顔とセックスで相手を陥落させてから、という手口が多い。それにセックスは嫌いじゃない。
ホテルを出ると、スマートフォンが振動した。次はどんなヤツとヤれるのかと、口の端が上がった。

北京市郊外のホテル"桃園"は、いかにもな中華風の装飾や内装が観光客に人気のホテルだ。
このホテルの中にはクラブがある。
フロアに入れば、暖色の照明の中をミラーボールの光が乱舞していた。クラブミュージックに合わせカジュアルな格好をした若者が踊っていたり、SNSに上げるセルフィーを撮ったりしている。
しかしクラブの従業員は実はキャストで、ホテルの部屋を利用して裏で売春を行なっているのは黒社会じゃ有名な話だ。
俺は、そのクラブに潜入しターゲットを仕留めることとなった。
クラブの従業員たちと同じように、露出度の高いチャイナドレスを模したワンピースに着替えた。着たくて着てるわけじゃない。俺の依頼主でこのクラブの責任者の、 镰木里リェン・ムウリーから押し付けられたシロモノだ。
クラブの隅にあるバーカウンターで客の相手をしながらターゲットを探す。
視線だけでフロアを見渡せば
ーーーいた。
全身黒ずくめで、観葉植物の影に紛れるように佇んでいる。毛足の長い黒髪で、眼鏡をかけた優男だ。いかにもひ弱そうな見た目だが、ここの用心棒たちと同じ黒服を身につけている。
アイツはクロと呼ばれているらしい。
日本で用心棒をしていたが、こっちでの仕事をしくじって各方面からこき使われているとか。仕事も団体も選ばないものだから、依頼と同じくらい恨みも集まっている。
アイツとその飼い主を消すのが今回の俺の仕事だ。
さっそくヤツに近づき隣に立つ。

「お兄さん、今日時間ある?」

中国語のイントネーションを混ぜた日本語で話しかけ、可憐な顔立ちを生かしてニコッと屈託ない笑みを作った。クロは仏頂面のまま「すみません、仕事中です」とばっさり切り捨てる。

「何時に終わる?急にごめんね、お兄さんすごくタイプだから」

本当に、中々悪くない。黒縁眼鏡と長髪が顔の大半を隠しているが整った顔立ちだ。身のこなしから黒服の下には鍛えられた体躯があることが窺える。どうせヤるなら見た目がいいに越したことはない。

「失礼」

クロはスマートフォンを取り耳に当てる。一言二言聞いた後、わかりました、と返事をして通話を切った。

「休憩に入ります。よろしければご一緒にどうですか」

もちろん肯定の返事をした。
クラブと同じ階にある個室に入る。カウチソファとローテーブルだけ置いてあった。そういうサービスをする部屋だから余計なものがないのだろう。
クロの首に手を回し背伸びする。が、「すみません、キスはしないので」と口を掌で覆われた。

「いいよ、そういう人よくいるから」

クロの手を引きソファに座る。拳だこの目立つ手は格闘家のそれだ。大人しそうな顔をしてベアハンドファイターか。

「ずいぶん慣れていらっしゃいますね」
「まあね。お兄さん遊び慣れていなかったりする?」
「あまり経験がないもので」
「そうなんだ。じゃあ、俺がしてあげるね」

ジャケットを脱がせ、肩に吊っていた銃もホルスターごと外させた。シャツの胸元をはだけると、ゴツい首輪と太陽をモチーフにした刺青が現れた。ボタンを外すたび、筋肉の凹凸やボディピアスが露わになっていく。
クロは俺の両肩を掴んで身体に押し付けてきた。そのままクロの手は腕を滑っていき、俺の手を後ろでまとめる。
疑問符が思い浮かんだ時には、ガチャリと金属が噛み合う音がした。手を動かせば鎖が擦れ合い音を立てる。これはーーー手錠?!
クロはため息を吐きながらスマートフォンを手に取る。

「終わりましたよ」

ハメられた!
そう悟った瞬間、俺は親指と手首の関節を外し手を抜き取った。素早く関節をはめ直すと、クロの拳銃を奪い弾丸を放つ。クロはローテーブルを蹴り上げ盾にした。
体制を整えるべく個室から出ようとするも鍵がかけられていた。俺は鍵を撃ち壊し、部屋を飛び出した。

ーーーーーーーーー

テーブルの陰から顔を覗かせれば、小花模様を散らした赤いチャイナドレスの裾がドアの向こうに消えた。

『この駄犬!さっさと追いかけろ!』

ベニヒコの怒鳴り声がスマホから聞こえた。言われなくてもそうするつもりだ。
ベニヒコと俺は、とあるアサシンを捕まえる依頼を受けていた。それも生け捕りときた。
プロの殺し屋をただのチンピラが捕まえるなんて無茶だ。けれども成功させればデカい組織との繋がりができる。
殺し屋は警戒心の塊みたいなヤツらばかりだ。だから、镰木里を介してわざと俺とベニヒコを殺す依頼をさせた。
ベニヒコとの通話を繋げたままにしアサシンの後を追う。
失敗したから一度撤退して姿をくらますだろう。そうなれば厄介だ。目立つ色のチャイナドレスを着せた木里はいい仕事をしている。
曲がった先で、邪魔になったのか通路のど真ん中にピンヒールの靴が落ちていた。毒々しいまでの赤色に一瞬目を奪われれば火薬の匂いが足元から立ち昇る。反射的に蹴り飛ばせば赤い塊が跳ねた。バックステップで下がり立ち上がったアサシンはまた銃をぶっ放してきた。壁に引っ込んで弾幕をしのぐ。
銃声がだんだん離れていく。撃ちながら撤退しているのか。また逃げられる。階段を駆け降り2階の窓から階下をのぞけば、赤いチャイナドレスがホテルの裏路地で翻った。逃がすかよ。
窓を全開にして2階から飛び降りる。ヤツの女みてえな横顔が見えた。長い睫毛に縁取られた目がギョッと見開かれる。アサシンに覆い被さるように着地した。うつ伏せに倒れたヤツの背中に跨るも、身体を捻って回し蹴りを繰り出してきた。
その足を掴んで止めれば、ご丁寧に足の指には極小のナイフを挟んでいる。
アサシンは両手を地面につき、肘を曲げ反動で起き上がろうとする。けど背中には俺が乗っているし足首も掴んだままだ。あえなく失敗しまた地面に伏せる。

「どうなってんだよ?!この馬鹿力!」

可愛らしい顔をして随分と口が悪い。

「テメエ日本から来たイヌだろ」

つややかな唇から真珠のような歯が覗く。獰猛な小動物を思わせた。

「安い報酬でもキッチリ仕事して残飯漁ってんだってな。日本人の勤勉さには頭が下がるぜ」
「勤勉の使い所が違う。黙ってろ、バカがバレるぞ」

挑発を返してやった。何が目的だ?
ふと、足首を掴む手が緩んだ。アサシンはその隙を見逃さず膝を曲げ、蹴りで俺の顎を弾く。
なんだ、何が起きた?
傾いていく視界の端で、手の甲に何か光っていた。

くだらない挑発で時間を稼ぎ、手の甲に毒を塗った鍼(はり)を刺してやった。痺れて動けなくなる程度で大した効き目はないが、ナイフを投げる時間さえワンアクションあれば充分だ。暗器を取り出し蹲ったヤツの頭に投擲する。けれどもナイフは固い地面に跳ねた。
かわされた?
足にクロの脚が絡まった。すぐ立て直そうとするもチャイナドレスの裾を引っ張られて尻餅をつく。
再びクロは俺に馬乗りになる。鍼を刺した方とは反対の手で、両手を頭の上で括られた。くそっ、びくともしねえ。
鍼を刺した方の手は血塗れだ。その手でクロが口元に付いた赤色を拭い、血の塊を地面に吐き出す。
鍼を皮膚や肉ごと食いちぎって、毒が回るのを防いだのか!イカれてやがる。ケダモノかよ。
黒縁眼鏡の奥で、切れ長の目が黒塗りのナイフのように殺気をたたえている。
血を撒き散らしながらヤツの拳が振り上げられた。
久しぶりに背筋がゾクリとした瞬間、クロの身体が横に吹っ飛んだ。

「殺すなっつっただろ、バカ犬」

長身痩躯の男が、クロの後ろに立っていた。ツーブロックの片側にトライバルの剃り込みを入れた特徴的な髪型だ。コイツがベニヒコか。
ベニヒコはスラックスのポケットに手を突っ込んだまま片方の足を下ろした。ベニヒコに蹴っ飛ばされたクロは眼鏡のブリッジを上げる。
狭い路地とはいえ2人を一度に相手するのは危険だ。弾は残っているものの、肝心の銃身はベニヒコの向こう側にある。
撤退しようと後ろに飛び退けば

「見ぃつけた」

とどこかで聞いた覚えのある声。背後から抱きすくめられ動きを止められる。スリットからナイフを抜き振り向きざまに薙ぐ。が、何か細長いシルエットのものがナイフをはたき落とした。
これは鞭だ。やはりアイツか。

「黒龍・・・!」
「やだなあ、ちゃんと本名教えてあげたでしょ?」

鞭の先を弄びながら、スキンヘッドで糸目の男がニヤニヤと笑みを浮かべている。
香港マフィア"黒天会"の幹部で、"黒龍"と呼ばれている男だ。その名の通り黒いマオカラースーツには龍の刺繍が、頭部には刺青が施されている。黒龍は丸いサングラスの向こうで糸目をますます細める。

「君達ご苦労さま。もう引き上げていいよ」

黒龍がイヌどもに告げた。

「グルだったのかよ・・・!」
「そ。噂通りいい仕事してくれたねえ。君に傷一つない」
「どうも。今後ともご贔屓に」

ベニヒコはニヤリと悪人ヅラを作る。

「考えておくね。ああ、それからもう一つ頼んでいいかなあ。ホテルの部屋、空けてくれる?」

ベニヒコはすぐスマホで電話をかけた。クロは何ごともなかったかのように黒服の襟を正している。さっきまでの凶暴さはすっかりなりを潜めていた。
緊張の糸が緩んだ今逃げようとするも、黒龍には背中で両腕を掴まれている。身動ぎすれば「ダァメ」と首筋を舐め上げられた。

「もう逃がさないからね?」

耳元に吹き込まれてゾクゾクした。悦い意味で、だ。逃げるたびにコイツに捕まって、これでもかと快楽を教え込まれた身体は憎らしいほど過敏になっていた。スリットの隙間から手が忍び込んできて、内腿を撫でられ皮膚が震える。

「忘れものだ」

クロがヤラシい雰囲気を丸きり無視してナイフを差し出す。「わざわざどうも」と黒龍がそれを受け止った。クロが踵を返すと、なぜか足の甲がチクリとして脚が痺れてくる。そこに目をやればキラリと鍼が光っていた。
やりやがったなあの野郎・・・!
反対の足で取り払うも痺れが残った。逃げるのがいよいよ難しくなる。
黒龍は大人しくなった俺に気を良くしてホテルに連れ込んだ。上等な客室だったがそういう目的の為の部屋らしく、道具が揃っていたのも憎たらしい。
あの野良犬ども、次はねえからな。依頼を受けたら破格の値段でも殺ってやるよ。

「こらこら、他のこと考えてたでしょ」
「ひゃうっ・・・あっ、あっ、ゆるしてっ・・・やああぁぁぁっ!」

黒龍に奥まで満たされてみっともなく啼いた。
そのまま夜更けまでベッドの上で貪られ、死ぬ思いをすることになるのだった。

end


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