WALKMAN 2nd

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Trac05 Unravel/TK from 凛として時雨 前編

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『ーーー歪んだ世界にだんだん僕は
        透き通って見えなくなって』
TK from 凛として時雨/Unravel



雨の降る日だった。

まさかクラブのカードが役に立つ日が来るとは思わなかった。
透明なビニール傘をたたみ、スーツを着た受付の男にカードを見せてビルの2階に上がる。ワンドリンク制なので、バーカウンターでジンジャエールを注文した。
前来た時と同じように、照明とレーザービームで作られた青い水槽のようなダンスフロアで、南国の魚のような連中達が踊っている。
俺はジンジャエールを持ってフロアにいる事をメッセージで送った。

流れ続けるのはヒップホップやアップテンポなダンスナンバーばかりだ。フロアの隅に移動し、ひっそりとウォークマンで別の曲を聞く。
囁きに似た歌声に神経を集中させれば、フロアに響く音楽も踊る群衆の姿も遠くなる。聞こえるか聞こえないかというくらい微かな音のAメロに焦らされ、テンポが速くなるBメロに引き込まれて、やがて感情の奔流とも言えるような激しいサビのカタルシスに身を委ねる。
飲み物が半分くらいになった頃、俺に近づいてくるヤツがいた。
なるほど、ここ以外の場所じゃさぞ目立つだろうな。
プラチナブロンドの長い髪をポニーテールにしていて毛先はピンク色、目の周りは濃いまつ毛で強調され口元と耳にはピアス。
タンクトップにダボついたパーカーを纏っているが、だらしなく見えずサマになっている。
そして顔は、ゲームのグラフィックから抜け出してきたような美形だった。
ヤツが歩く先はモーゼが海を割ったみてえに人が避けていく。オーラがすげえ。

「鈴木さん?」

俺より5センチくらい高いところにある目は、カラコンを入れているのか青い。
そんで、フロアの照明より青色が深い。

「そうだよ」

周りの熱帯魚どもの口がパクパク動いて、話の種に俺たちを啄む。

「夕《ゆう》」

ヤツはシルバーの指輪だらけの指で顔を差す。
聞いていた通りの名前だ。

「じゃ行こうか」

俺はジンジャエールを飲み干す。

「遊んでいかないの?」
「アンタ目立つから」

さっきから周りの視線が絡みついてきてウザい。特に女共が群れを作り始めている。

「俺は透明人間みたいなもんだよ」

夕は口の両端を上げた。冷たい笑い方だ。
深海に潜ったみたいに冷やっとする。
群れになって近づいてきた女達は一瞬たじろいた。
夕もそいつらに気づいたみたいで

「わかった。行こ」

俺の腕を取って、水槽から抜け出した。
夕はホテルの部屋に着くや否や、俺に抱きついてキスしてきた。口元にピアスが当たってヒヤリとする。舌にまでピアスが付いているようで、丸くてつるりとしたものから鉄の味がした。
甘えるように首に手を回してきてホールドするもんだからしばらく付き合ってやる。
でも唇が離れても、夕は俺にくっついたままだ。

「ベッド行こ」

夕は首を振る。何がしたいんだコイツ。

「くっつくのが好き」
「ふぅん」
「生きてるって感じがする」

ふぅん、とまた適当に答えた。性癖は人それぞれだ。

「どっちが上になる?」
「ネコがいい」
「じゃ風呂場行ってきて」

夕はちょっと間を置いてから頷いて、何か言いたそうな目を残して風呂場に向かった。
ヤツはタンクトップと下着を着たまま戻ってきた。
ベッドに来ると俺の正面に座る。
両手を伸ばして、ギュッと抱きしめてくる。
なんか一々やることがガキ臭い。カホの顔がちらついて、やりにくいったらありゃしない。
タンクトップの下から手を入れても何も言わなかったが、脱がそうとすると手を持って

「そのまま」

と拒んだ。

「なんで」

黙るなよ。まあいいや。
服の下に入れた手を気ままに探索させた。
臍のくぼみや乳首の周りにもヒヤリとした感触があった。ピアスだらけだな。
下の方で熱い塊が大きくなってきたから、今度はそっちに手を伸ばす。
下着は自分で脱ぎ始めた。こっちはいいんだ。袋にまでリング状のピアスがぶら下がっているのは正直引いた。

「痛そ」
「大丈夫」

触って、と夕は少しだけ口角を上げた。
ピアスには触る気になれなくて竿をしごいた。夕は目を瞑って、短い息を繰り返している。イッた後、ベッドに倒して孔に指を入れている間もやっぱり俺にしがみついていた。やっぱ反応がガキみてえなヤツだ。
でも指はナカでよく動くし、童貞って訳でもないらしい。
ペニスを挿れるとB《シ》の音が一際大きく上がった。動くと細切れになった呼吸に小さく嬌声が混じった。
身体を揺するたびに長い銀色の髪が乱れる。
そこから時々覗く青い眼がビックリする程綺麗でドキリとする。本当に作り物みてえな顔をしてやがんな。
もうイキそうなのか、スラリとした脚が俺の腰を捕らえて奥に入れようとしてきた。動けなくなるからやめろ。抜け出して身体をひっくり返し、バックの体勢にする。
夕はパッと振り返った。不安そうに瞳が揺らぎ、銀の髪が肩甲骨を滑り落ちる。
タンクトップのズレたとこから入れ墨が見えてギョッとした。タトゥーを入れたヤツらは何人か相手した事あるけど、これは明らかに違う。
モチーフは洋風っぽいけど、タッチは和彫りってやつだったと思う。
ヤバイかも。でもこんな状況で我慢できるか。抜け出たペニスを戻して、イクまで腰を振り続けた。



「夕ってヤクザなの?」

そう聞けたのはセックスが終わった後だった。夕は呼吸を整えながら首を振る。

「カレシがそう」
「俺、セックスしたらマズイんじゃねえの」
「もういないから大丈夫」

熱っぽさの残っていた青い目がすうっと冷えていった。

「皆も、俺が遊び人だって知ってるから」

皆ってのは何組さんのオトモダチなんだか。
夕は猫のように俺ににじり寄る。

「シャワー浴びよ」

冷たい目のまま口の端をあげる。
そんな気分じゃなかったけど、キスされて一通りアソコを触られればその気になってしまうのが男の性だ。

シャワーを浴びながら、また夕のナカに入っていく。夕の背中にはキリストを抱き抱える聖母が彫られていた。ピエタ像だ。
どこか俗っぽい聖母の顔はDaniを思い起こさせる。Rad Hot Chili pepperのシングル、Dani・CaliforniaのCDジャケット。悪女のDaniの死を悼む歌は、サイコな愛と嘆きに満ちている。
背中に口付けると、夕から鋭い視線が矢のように飛んできてギョッとした。

「ダメ。この人は俺のだから」

そう言うやけに人間臭い神サマの顔は、一体だれだったんだろう。

本番を二回連続でやるもんじゃない。流石に身体が重い。ベッドに転がる俺の隣で夕は寝てた。やっぱひっつきながら。そろそろ時間だし、服くらい着るか。
残り15分になった時、夕を起こした。
ぼーっとした顔で起き上がって、目を擦る仕草は寝起きのカホを見ているみたいだ。

ホテルを出る時、もう雨は止んでいた。

「またしようよ」

夕は微笑んだ。

「気が向いたらな」
「覚えててね」

ヤツは蝶がとまるような軽い感触のキスをして、手をヒラヒラさせながら帰っていった。
雨は止んだのに、ここから嵐のような展開が待っていた。
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