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Trac07 Hated John/VACON 後編
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「肇ちゃん、ちょっと話があるんだけど」
夜中に俺が帰ってくると、姉ちゃんが硬い表情と口調で言った。
ダイニングテーブルの前に座らせられる。テーブルの上に、俺名義の通帳が広げられた。引き出しの欄に姉ちゃんが指を置く。
「結構使ってるでしょ。何に使ってるの?」
ヤバイと思った。ゲイアプリのマッチング機能の上限を増やす為に課金していたからだ。
「ゲームだよ。てか、自分で払ってんだからいいじゃん」
用意していた言い訳を使った。
「良くない。引き出しの回数多過ぎ。
私達、頼る人がいないから将来の為にちゃんと貯めておこうねって言ったよね」
ホテル代とか交通費に使っているなんて口が裂けても言えない。
寝室から、果穂の泣き声が聞こえてきた。いつもは煩わしいが、この時ばかりは助かったと思った。が、姉ちゃんはこんなことで引き下がる女じゃない。
「逃げんなよ」
と睨みを効かせながら手早くミルクを作ると、果穂に飲ませながら俺の前に座り直した。
「で、何に使ってるの」
「言いたくない」
もう黙秘を通すしかなかった。
沈黙が重い。姉ちゃんの顔付きがキリキリと弓の弦を引き絞るように鋭くなっていく。
「いい加減にしろよ」
帰ってきたばかりの優二が、俺の後ろに立った。
「いいから携帯見せてみろ。どうせどっかのエロサイトでも見てんだろ」
携帯を引ったくられて、空かさず立ち上がった。
「やめろよ!」
優二は摑みかかる俺を無視して携帯の画面をスクロールしていく。クソッなんでパスワードバレてんだ。
「ちょっと!やめなよ2人とも」
姉ちゃんが言う。でも果穂を起こさないように声を抑えてるから意味がない。
勝手に見てんじゃねえよ、お願いだ、やめてくれ。だって優二にバレたら
「・・・なんだよ、コレ」
優二は目を見開いて、それから俺の方に恐る恐る目の玉を動かす。
ああ、クソッ。優二がそんなの見たら、そんな顔するに決まってるじゃねえか。
喉の奥が熱くなって、焦燥感が背中を焼く。でももう取り返しなんてつかない。
「・・・悪いかよ」
グッと拳を結んで手の震えを止めた。もう、どうにでもなればいい。
「セックスの何が悪いんだよ」
「ちょっとどういうこと」
姉ちゃんが優二から携帯を奪って、画面を見る。息を飲むのが分かった。
ああもう最悪だ。最悪だ。最悪だ。
「テメエらもセックスしまくって果穂が出来たんだろうが。何が悪いんだよ」
瞬間、破裂音が響き渡った。頬にピリッとした痛みが走って、それからじんじんと熱を持ち始める。
「もう一回、由香里や果穂の前で言ってみろ。今度はぶん殴るぞ」
殺気立つユウジが俺を見下ろす。
もう殴ってんじゃねえか。カッとなって優二の胸倉を掴んで拳を振りかぶった。
「やめて!!」
果穂が泣き出すのにも構わず、姉ちゃんが叫んだ。俺もユウジもストップモーションみたいに動きを止める。
姉ちゃんは果穂をあやしながら俯いていた。
「女の子に興味ないのかなって、前から思ってたけど・・・」
姉ちゃんは唇を噛む。
それから、
「肇ちゃん、男の人が好きなの?」
とズバリ聞いてきやがった。もうヤケクソでそうだよ、と答えた。
姉ちゃんは俺に近づいてきて、それから手を伸ばした。一瞬体が震えて、姉ちゃんはそれを宥めるように頭を撫でてきた。
「肇ちゃん、ごめん。知られたくないこと、無理矢理聞き出したりして。本当にごめんね」
姉ちゃんは眉を下げて、口の端を上げて、泣いてるような笑ってるような表情を作った。
全身から力が抜けていった。糸が切れたみたいに椅子に腰掛けると、大きなため息が出た。
「優二。優二も謝って」
姉ちゃんの声に棘が混じる。え、と優二の間抜けな声が聞こえた。
「やり過ぎ。謝って」
優二はうっと声を詰まらせて、それからごめん、とバツが悪そうに言った。姉ちゃんはよし、と頷く。
「ちょっと肇ちゃんと2人で話させて」
優二に果穂を抱かせて、リビングから締め出した。優二が寝室の扉を閉めたのを確認した後、姉ちゃんは俺に向き合う。
「肇ちゃん、」
俺はまだ姉ちゃんの顔を見られないでいた。
「どうして、こんな事したの?」
少しだけ、姉ちゃんの口調が和らぐ。
「・・・そんなに、私達といるの、嫌だった?」
弱々しい声にドキリとする。
「ごめん。果穂の事に手一杯でさ、肇ちゃんに気を遣ってあげられなかった。多分優二もそう。許してあげて」
なんで姉ちゃんがそんな事言うんだ。
てか普通に考えりゃ想像つくよ。気を使うとか、ガキじゃねえんだから。
次から次へと言葉は浮かぶのに、どれを言ったらいいか分からずずっと黙ってた。
姉ちゃんもしばらく押し黙った後、ふーっと息を吐く。
あ、ヤバイ、と思った。姉ちゃんを怒らせて説教に入る前の癖が出た。
「あのね、私個人の意見としては、肇ちゃんの好きにすれば良いと思ってる」
思わず目だけで姉ちゃんを見る。でも、姉ちゃんの顔は怒ったままだ。
「あくまで私の意見。そういうことに興味あるだろうし、男の子だし」
そういう事でしかどうにもできない気持ちもあるし、と目を伏せる。姉ちゃんにもなんかあったんだろうか。
「でも、大人の意見としては、」
姉ちゃんの顔と声が前に向き直る。俺がそっぽを向いたまま黙っていると
「セックスはまだ早い!」
なんて言ってテーブルをぶっ叩くもんだから、ギョッとして姉ちゃんの方を見ざるを得なかった。
「そういうことは、自分で責任とれるようになってからにしなさい」
真っ直ぐな姉ちゃんの目が俺を捕らえる。目を逸せない。
「ちゃんとしてないと、アイツはゲイだから、なんて言われるよ。私も会社でアイツは女だから、なんて未だに言われることあるんだから。
学校の事も、仕事も、家の事もちゃんとやって。
そうすれば、肇ちゃんに口出しする資格なんてもう誰にもない。
ゲイだからって、誰にも文句言わせんな」
言ってることはめちゃくちゃだったけど、姉ちゃんは最後まで俺を真っ直ぐに見ていた。
「まずは、もっと早く家に帰ってきて。わかった?」
黙っていると、返事!とまた机を叩くもんだからわかった、と応えた。姉ちゃんはよし、とニッコリした。
「私、果穂と横になってくる。優二と代わってあげなきゃ」
姉ちゃんは寝室に向かった。
「姉ちゃん」
気がついたら、声をかけていた。
「俺ここに居ていいの?」
「当たり前でしょ。手伝って欲しいこといっぱいあるんだから」
頭ん中がふっと軽くなった。あ、なんだ。こんな簡単な事だったのか。
それから姉ちゃんはニヤッとして、
「変なビョーキ貰ってこないでよね。後避妊しなよ」
呆れて笑えてきた。男同士でガキができるわけねえだろ馬鹿か。
しばらくして、姉ちゃんと入れ違いに優二が寝室から出てきた。
「悪い、俺にはやっぱ理解できない」
気分が沈んでいくのが分かった。優二は寝室の方を見る。姉ちゃんになんか言われたんだろうか。
「・・・由香里や果穂を巻き込むような事だけはするなよ」
優二はもう何も言わずに、背広を脱ぎながら風呂場に向かっていった。
もっとなんか言われると思ってたけど、拍子抜けしてしまった。
わかって貰おうなんてハナから思っちゃいない。
でも、2人とも頭ごなしにヤメロなんて言って来なかった。絶対気色悪いとか言われると思った。
安心して、にやけてきて、それから少し泣きそうになった。
それから姉ちゃんは、どうせほっつき歩くなら夜泣きする果穂をおんぶしていけ、だのオムツやミルクを買ってこい、だの俺をコキ使うようになった。
それこそセックスする暇が無くなるくらい。
優二に礼を言われたり褒められたりするのも気分が良かった。
単純なもんで、俺は少しずつ家にいる時間が長くなっていった。
だからアイツの事なんか俺も忘れてた。
まさか今になって、ジョンとセックスすることになるなんて思わなかった。
end
夜中に俺が帰ってくると、姉ちゃんが硬い表情と口調で言った。
ダイニングテーブルの前に座らせられる。テーブルの上に、俺名義の通帳が広げられた。引き出しの欄に姉ちゃんが指を置く。
「結構使ってるでしょ。何に使ってるの?」
ヤバイと思った。ゲイアプリのマッチング機能の上限を増やす為に課金していたからだ。
「ゲームだよ。てか、自分で払ってんだからいいじゃん」
用意していた言い訳を使った。
「良くない。引き出しの回数多過ぎ。
私達、頼る人がいないから将来の為にちゃんと貯めておこうねって言ったよね」
ホテル代とか交通費に使っているなんて口が裂けても言えない。
寝室から、果穂の泣き声が聞こえてきた。いつもは煩わしいが、この時ばかりは助かったと思った。が、姉ちゃんはこんなことで引き下がる女じゃない。
「逃げんなよ」
と睨みを効かせながら手早くミルクを作ると、果穂に飲ませながら俺の前に座り直した。
「で、何に使ってるの」
「言いたくない」
もう黙秘を通すしかなかった。
沈黙が重い。姉ちゃんの顔付きがキリキリと弓の弦を引き絞るように鋭くなっていく。
「いい加減にしろよ」
帰ってきたばかりの優二が、俺の後ろに立った。
「いいから携帯見せてみろ。どうせどっかのエロサイトでも見てんだろ」
携帯を引ったくられて、空かさず立ち上がった。
「やめろよ!」
優二は摑みかかる俺を無視して携帯の画面をスクロールしていく。クソッなんでパスワードバレてんだ。
「ちょっと!やめなよ2人とも」
姉ちゃんが言う。でも果穂を起こさないように声を抑えてるから意味がない。
勝手に見てんじゃねえよ、お願いだ、やめてくれ。だって優二にバレたら
「・・・なんだよ、コレ」
優二は目を見開いて、それから俺の方に恐る恐る目の玉を動かす。
ああ、クソッ。優二がそんなの見たら、そんな顔するに決まってるじゃねえか。
喉の奥が熱くなって、焦燥感が背中を焼く。でももう取り返しなんてつかない。
「・・・悪いかよ」
グッと拳を結んで手の震えを止めた。もう、どうにでもなればいい。
「セックスの何が悪いんだよ」
「ちょっとどういうこと」
姉ちゃんが優二から携帯を奪って、画面を見る。息を飲むのが分かった。
ああもう最悪だ。最悪だ。最悪だ。
「テメエらもセックスしまくって果穂が出来たんだろうが。何が悪いんだよ」
瞬間、破裂音が響き渡った。頬にピリッとした痛みが走って、それからじんじんと熱を持ち始める。
「もう一回、由香里や果穂の前で言ってみろ。今度はぶん殴るぞ」
殺気立つユウジが俺を見下ろす。
もう殴ってんじゃねえか。カッとなって優二の胸倉を掴んで拳を振りかぶった。
「やめて!!」
果穂が泣き出すのにも構わず、姉ちゃんが叫んだ。俺もユウジもストップモーションみたいに動きを止める。
姉ちゃんは果穂をあやしながら俯いていた。
「女の子に興味ないのかなって、前から思ってたけど・・・」
姉ちゃんは唇を噛む。
それから、
「肇ちゃん、男の人が好きなの?」
とズバリ聞いてきやがった。もうヤケクソでそうだよ、と答えた。
姉ちゃんは俺に近づいてきて、それから手を伸ばした。一瞬体が震えて、姉ちゃんはそれを宥めるように頭を撫でてきた。
「肇ちゃん、ごめん。知られたくないこと、無理矢理聞き出したりして。本当にごめんね」
姉ちゃんは眉を下げて、口の端を上げて、泣いてるような笑ってるような表情を作った。
全身から力が抜けていった。糸が切れたみたいに椅子に腰掛けると、大きなため息が出た。
「優二。優二も謝って」
姉ちゃんの声に棘が混じる。え、と優二の間抜けな声が聞こえた。
「やり過ぎ。謝って」
優二はうっと声を詰まらせて、それからごめん、とバツが悪そうに言った。姉ちゃんはよし、と頷く。
「ちょっと肇ちゃんと2人で話させて」
優二に果穂を抱かせて、リビングから締め出した。優二が寝室の扉を閉めたのを確認した後、姉ちゃんは俺に向き合う。
「肇ちゃん、」
俺はまだ姉ちゃんの顔を見られないでいた。
「どうして、こんな事したの?」
少しだけ、姉ちゃんの口調が和らぐ。
「・・・そんなに、私達といるの、嫌だった?」
弱々しい声にドキリとする。
「ごめん。果穂の事に手一杯でさ、肇ちゃんに気を遣ってあげられなかった。多分優二もそう。許してあげて」
なんで姉ちゃんがそんな事言うんだ。
てか普通に考えりゃ想像つくよ。気を使うとか、ガキじゃねえんだから。
次から次へと言葉は浮かぶのに、どれを言ったらいいか分からずずっと黙ってた。
姉ちゃんもしばらく押し黙った後、ふーっと息を吐く。
あ、ヤバイ、と思った。姉ちゃんを怒らせて説教に入る前の癖が出た。
「あのね、私個人の意見としては、肇ちゃんの好きにすれば良いと思ってる」
思わず目だけで姉ちゃんを見る。でも、姉ちゃんの顔は怒ったままだ。
「あくまで私の意見。そういうことに興味あるだろうし、男の子だし」
そういう事でしかどうにもできない気持ちもあるし、と目を伏せる。姉ちゃんにもなんかあったんだろうか。
「でも、大人の意見としては、」
姉ちゃんの顔と声が前に向き直る。俺がそっぽを向いたまま黙っていると
「セックスはまだ早い!」
なんて言ってテーブルをぶっ叩くもんだから、ギョッとして姉ちゃんの方を見ざるを得なかった。
「そういうことは、自分で責任とれるようになってからにしなさい」
真っ直ぐな姉ちゃんの目が俺を捕らえる。目を逸せない。
「ちゃんとしてないと、アイツはゲイだから、なんて言われるよ。私も会社でアイツは女だから、なんて未だに言われることあるんだから。
学校の事も、仕事も、家の事もちゃんとやって。
そうすれば、肇ちゃんに口出しする資格なんてもう誰にもない。
ゲイだからって、誰にも文句言わせんな」
言ってることはめちゃくちゃだったけど、姉ちゃんは最後まで俺を真っ直ぐに見ていた。
「まずは、もっと早く家に帰ってきて。わかった?」
黙っていると、返事!とまた机を叩くもんだからわかった、と応えた。姉ちゃんはよし、とニッコリした。
「私、果穂と横になってくる。優二と代わってあげなきゃ」
姉ちゃんは寝室に向かった。
「姉ちゃん」
気がついたら、声をかけていた。
「俺ここに居ていいの?」
「当たり前でしょ。手伝って欲しいこといっぱいあるんだから」
頭ん中がふっと軽くなった。あ、なんだ。こんな簡単な事だったのか。
それから姉ちゃんはニヤッとして、
「変なビョーキ貰ってこないでよね。後避妊しなよ」
呆れて笑えてきた。男同士でガキができるわけねえだろ馬鹿か。
しばらくして、姉ちゃんと入れ違いに優二が寝室から出てきた。
「悪い、俺にはやっぱ理解できない」
気分が沈んでいくのが分かった。優二は寝室の方を見る。姉ちゃんになんか言われたんだろうか。
「・・・由香里や果穂を巻き込むような事だけはするなよ」
優二はもう何も言わずに、背広を脱ぎながら風呂場に向かっていった。
もっとなんか言われると思ってたけど、拍子抜けしてしまった。
わかって貰おうなんてハナから思っちゃいない。
でも、2人とも頭ごなしにヤメロなんて言って来なかった。絶対気色悪いとか言われると思った。
安心して、にやけてきて、それから少し泣きそうになった。
それから姉ちゃんは、どうせほっつき歩くなら夜泣きする果穂をおんぶしていけ、だのオムツやミルクを買ってこい、だの俺をコキ使うようになった。
それこそセックスする暇が無くなるくらい。
優二に礼を言われたり褒められたりするのも気分が良かった。
単純なもんで、俺は少しずつ家にいる時間が長くなっていった。
だからアイツの事なんか俺も忘れてた。
まさか今になって、ジョンとセックスすることになるなんて思わなかった。
end
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