Changeling

SF

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第一章

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天から今にもこぼれ落ちそうな銀の雫。
今宵の月はそんな印象を抱かせた。

深い森の奥。
月明かりの中の泉は青のインクを流し込んだようで、その中に佇む白い背中は眩しかった。私も彼同様に裸になって、泉の中で身体を抱き合わせる。
オパールのように虹色を帯びた白い髪を掻き分け、揚羽蝶の羽を思わせる尖った耳を指の腹で擦ると、彼はくすぐったそうに肩をすくめた。
そしてエメラルドの瞳で私の顔を映す。
私の顔は情けないことに、涙を流していた。



ーーーーーーーーーー
私がこの村に来たのは、夏がもう終わりかけた頃だった。
この村は森を拓いてできた為針葉樹の樹々に囲まれており、ガス灯も水道も未だに普及していない厳しい土地だ。
乾燥した気候の為、木を寝かせるとよい木材が出来、それを家具の材料や薪として他の街や都市部に売りに出ていた。

私はその業者に頼み、村に連れて行ってもらった。荷馬車に揺られながら針葉樹の森を抜けると、緑の畑に白や紫の小さな花達が咲いていた。
痩せた土地でも育つ芋やソバを育てているのだろう。

村に着くと、まず手紙を出しておいた村長宅へ挨拶に向かった。
村長は朴訥とした老人で、貧しさ故に農夫と変わらない生活を余儀なくされている不満が眉間に深く刻まれた皺に現れているようだった。
たんに余所者の、それも架空生物の研究をしているという私が気に入らないだけかもしれないが。
しかし、それでも滞在とフィールドワークを認められたのは私の勤める大学の威光と、手土産の酒や飴菓子のおかげだ。

滞在先は、村の隅にある小さな家だ。村長の持ち物で馬小屋とたいして変わらないが、家の中には毛布があったし、すぐ近くには井戸があった。本当に与えられたのは住まいだけのようだ。
それでも森の奥でする野宿よりは遥かにましだ。
それに食器や火を起こす材料や簡素な食料はフィールドワークに出るときはいつも持ち歩いている。

まずは村の中の探索からだ。
どこに何があるのか把握したいし、また、村の住人に顔を覚えてもらう意味もある。
物珍しそうに集まってくる子ども達に都会にしかないカラフルな飴菓子を渡せば、声を上げて喜んだ。

私は一緒に菓子を食べながら、珍しい動物や生き物を見なかったか子ども達に尋ねた。
子ども達の方が感受性が鋭く"隣人達"と遭遇することが多いのだ。

庭でジャガイモ頭の小人を見ただの、暖炉の火の中で蜥蜴らしきものが光っていただの、まだこの辺りでは"隣人達"をよく見られるようだ。それから、宵の森には怪物が出るから入ってはいけないとも。特徴を聞けば古い神と似ていた。
厄介だ。ソレは人間が見るだけで許されない存在なのだ。
私はその場所の詳細を聞き、鉛筆でメモをとる。この調子で話を聞き、聞いた場所で"隣人達"の痕跡を集めていく。そして大学に戻り、文献と照らし合わせ、痕跡と文献の内容が一致することを証明して、実在をほめのかす論文をいつも通り書くはずだった。

この話を聞くまでは。

木材を街に卸しているトラフィーという家で、時折侍女がこっそり小屋に食べ物を運んでいるという。
しかし、子ども達が見に行っても誰もいない。しかし、何人かが目の端に光るものが横切ったと言い張っている。
案内を頼んだが断られた。
なんと、その家の主人の妻は村長の娘だと言うではないか。子ども達は村長を恐れる親達にその家に行ってはいけないときつく言い含められている。私は家の場所だけ聞いておいた。

私は心が震えた。求めていた情報が手に入った。
私の推測が正しければ、それはおそらくーーーー
"取り替え子"かもしれない。

取り替え子とは、"隣人達"が親が知らぬ間に赤ん坊と自分の子を取り替えて、人間に育てさせる子の事だ。
もし取り替え子が本当にいるのなら、もう一度"隣人"をこの目で見る事が叶うかもしれない。
大人になってから見られなくなってしまった"隣人達"を。
上手くいけば、"かの世界"への入り口を見つけられるかもしれない。
そうすれば、もしかしたらーーーー

私ははやる心臓の鼓動を押さえつけるように、上着の合わせを寄せて握り締めた。
トラフィー家は下手をすれば村長の家より立派かもしれない。
村長の家は他の家より大きいがすべて木造で、トラフィーの家も木造だが漆喰も使ってあり頑丈そうだ。

きちんと挨拶してから、と思ったが、子ども達の言っていた小屋らしきものが見当たらないのに気づいた。
周りに目を凝らすと、家の裏にある森の奥に、ぼんやりと黒い小さな影が見えた。

あそこなら、見つからずに行けるかもしれない。

そんな考えが鎌首をもたげ、私の足を止めた。いや、家人に見つかれば無いに等しい信用を失い顔さえ合わせてもらえないかもしれない。それに、村長の娘だと言うのなら、不興を買い村にさえいられなくなるかもしれない。そう考えつつも、私の足は森の中へ向かっていた。

針葉樹のチクチクする感触を、革手袋越しに感じながら枝を掻き分けていく。時折しなって跳ね返った枝に眼鏡を落とされそうになり慌てた。
小屋は私の滞在しているところより酷かった。掃除すらされていないようで、窓からのぞいた室内は蜘蛛の巣が張り埃が堆積している。人間どころか動物さえ居なさそうだ。無駄足だった。見つかる前に離れよう。

その時、視界の端に光るものが横切った。

子ども達の話を思い出す。
心臓が強く脈打つ。胸が熱くなってくる。
光るものは、小屋の後ろに消えて行った。
私はなるべく音を立てぬよう、ブーツをそろりそろりと草の上に落としながらそこを目指した。
小屋の裏は、誰も居なかった。

逃げられてしまったのか。
もしくは、私に見えていないだけなのか。
そう考えると、とても悲しい気持ちになった。子どもの時の私は、確かに彼らとともに在ったのに。
注意深く足元や木の上を観察しても、痕跡が見つかることはなかった。私の目に、あの微かな光の軌跡が焼き付いているだけだ。
私はとぼとぼと元来た道を戻った。枝を皮手袋で悪戯に跳ね返してみる。

『ーーッ』

空から声が降ってきた。
見上げれば、一瞬白孔雀が羽を閉じて木に留まっているように見えた。眼鏡の蔓を持ち上げ確認する。
ソレは白い刷毛で履いたような残像を残し、また私の前から姿を消そうとする。

『待ってくれ!』

つい母国語で叫んでしまった。
すると、白い何かは静止しようやく像を結ぶ。
息を呑んだ。
黒い針葉樹の森に、白い彫像が立っているように見えた。肌も、身につけているローブのような服も、背中まである髪も真っ白だ。その中で、アーモンド型のエメラルドの双眸だけが色を持っていた。瞳の中に映る私は、そこにしばし閉じ込められていた。目が逸らせなかった。青年とも少女ともつかぬ美しい姿に。そして、白い髪から飛び出した蝶の翅のように尖った耳に。

『・・・エルフだ』

そう呟いた途端、エルフは白い彗星のように軌跡を残して消えていた。

「そこで何をしているんですか!」

私の背後から鋭い女性の声が耳を貫く。
木綿のワンピースにエプロンを身につけた中年の女性だ。この女性がトラフィー家の侍女だろうか。
私はこの村に来た研究者であること、村長から滞在と探索の許可をもらっていることを伝えると、

「ああ、村長様の・・・」

と納得したようだった。閉鎖的な集落によくあることだが、この話はすでに村中に伝わっていると思われる。

「ですが、ここは旦那様の私有地です。勝手に入らないでくださいまし」

尤もだ。いい歳をして好奇心に負けてしまった。素直に謝罪すれば解放して貰えたが、

「あの、ところでそれは?」

侍女の持つ、布の掛かったバスケットを指差すと

「2度目はありませんよ。旦那様に見つかったら私も叱られてしまいます。早く!」

と追い出された。侍女は森の中へ入っていく。そして小屋の前にバスケットを置くと、辺りを見回す。一瞬、彼女の目の輝きが変わった。
巨匠ラファエロの描く女性を思い起こさせる、慈愛に満ちた眼差し。彼女の口元が動いた気がした。何と言っているのだろうか。耳を澄ませているうちに、逃げるようにこちらに駆けてきた。
私も慌てて、その場を後にした。

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