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16.細雨

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部室に向えば

「おう、立花」

と背後から声をかけられ目を輝かせながら振り向く。
あの陰気な男子生徒に呼ばれたと分かった瞬間、すっと影が下りたが。

「一瞬だれかと思った」

男子生徒はぽかんとした顔だった。
先程の嫌悪感はなく、パグ犬のような愛嬌があった。

「そう?」

豊高は眉間に皺を寄せる。

「なんか、思ったより普通なんだな」

男子生徒はぽつりと呟いた。豊高はむっとした。
侮辱されたと感じたのだ。
沈黙に喋り声が混じり始め、他の部員たちが集まってきた。
2人はそれに倣い部室に入っていく。別々の席に座った。知らぬ間に、部員たちは自分の席を決め自然とそこに着席するようになっていたためだ。
豊高も自分の定位置に座る。前から3列目の席で、石蕗と初めて一緒に座ったところだった。
だが、石蕗の定位置は1列目であり、豊高は時折テキストから顔を上げて広い背中を見つめるのが常だった。そしてそこに抱きつけたら、と妄想するのだ。
今日は抱き締められたことを思い出し、表情筋に力を込め、ニヤつくのを抑える。

部活が終わると、ずっとあの男子生徒がこちらを見ていることに、気味の悪さを通り越し呆れた。
何がそんなに面白いのか。豊高は冷たく一瞥をした。男子生徒はそれでも視線で追ってきたが。
耐え切れず豊高は

「なあっ、」

と声を出した。
男子生徒は途端に目をそらし、それが豊高を苛つかせた。

「言いたい事あったら言えよ。気持ち悪いんだよ」

ほとんど聞くことのない豊高の声に、物珍しげな視線を投げつける者もいた。男子生徒は何処かおどおどしながらブツブツと言った。

「・・・・・なんでもない」
「は?ならじろじろ見るのやめてくんない」
「ごめん・・・・・」

男子生徒は俯き、豊高は自分が弱いものいじめしているような気分に陥った。豊高もバツが悪くなり、むっつり黙り込む。

「じろじろ見るの、やめてくれればいいから」

そう言って、逃げるように部室を出た。

「お疲れ」

入り口で、石蕗がドアに手をかけ立っていた。そうして部員たちに声をかけるのがいつもの光景だが、豊高はさっと目を逸らし部室を出る。
石蕗が、怪訝な表情をしたのには、気づかなかった。

豊高は、帰る場所を迷った。
家に帰れば無断で外泊したことを咎められるだろう。
楓の家には、行き辛かった。
あの、触れたい時に触れられ、離れたい時に離れられるような距離感が心地よかった。しかし、あの夜に、楓との距離は近づきすぎてしまった。単純に、どんな顔をして会いに行けばいいのか分からない。
憂鬱な気持ちを引きずりながら、帰路に着くしかなかった。

自宅の玄関には鍵がかけられていた。どうやら両親は共に帰っていないようだった。豊高は合鍵で鍵を開け、ほっとしていた。
中から、話し声が聞こえるまでは。
豊高は半分ドアを開けたまま凍りつき、耳をそば立てた。空き巣が入ったのか、それともーーー

豊高はなるべく音を立てぬようドアを閉め、廊下を踏みしめる。
進むたびに、呼吸が深くなり鼓動が早くなる。
話し声が近づき、男女の声が重なり合っていると分かった。早口で涙混じりの女声と、静かな男声だった。
やがて、不意にリビングの扉が開く。豊高は咄嗟に隠れなければ、と感じたが身を隠す所などなかった。
父親と対面することとなった。豊高の頭の中で警鐘が鳴る。

「・・・・・どうした?」

父親が低い声で唸る。

「なんで、鍵掛けてんの?」
「帰っていなかったのか?」

不機嫌そうに軋む表情と声に口を滑らせたことに気づいた。

「おい、どういうことだ」

リビングの扉が乱暴に開けられ、机に突っ伏す母親の背中が見えた。泣き腫らした顔が挙げられた。
体の下には、緑色の文字が並ぶ真新しい紙が、ポツポツと涙で濡れていた。
それが何なのか容易に想像がついてしまった。
父親が何やら怒鳴り、母親がわめき散らしていたが、無声映画を見ているように一切耳に入らなかった。
遂にこの時が来たか、と思ったが本当に来るとは思わなかった、という衝撃があった。
楓との関係の変化、不気味なクラスメイトの存在、家庭の崩壊の影。
緩やかに何もかも壊れていく予感がし、漠然とした不安に襲われる。
争う両親を無視し、自室に篭った。無断で外泊したことには触れられなかった。
1人になれたことや慣れ親しんだ匂いに少し落ち着く。しかし、両親の存在や、自宅であるが故、ここ以外に戻る場所がないことの閉塞感に息が詰まりそうだった。
一人暮らししたい。
豊高はふと思った。
だが、どう部屋を探せばいいのか、1人で家事をしながら学校に通えるのか、両親の了解は得られるのかとぐるぐる考えていると、それだけで徒労を感じ考えるのを辞めた。
頭の回転がよく常に思考が溢れかえるほどだったが、疑問を感じると頭の中だけで合理的な考えを見つけ自己解決し、また、行動として表に出さないのが豊高の悪い癖であった 。
気怠くなりベッドに仰向けになった。課題はあったが手を伸ばす気になれない。しかし、背中にじりじりと焦燥感や危機感が這い寄り、どうにもじっとしていられなくなった。
のそりと体を起こし鞄を漁る。
ノートを引っ張り出すと少し端の折れた情報処理検定の申込用紙が出てきた。検定の料金は小遣いから捻出するには痛い出費であった。
豊高は母親の様子を見に行った。
台所からは水音が聞こえる。洗い物をしているようだ。申込用紙を手に台所に入ると、やはりエプロン姿の母親が皿や茶碗の泡を洗い流しているところだった。

「あのさ、」

水音に消されない程度の声で、母親に話しかける。すると、不思議そうに振り向いた。

「なぁに?」

眉間にシワを寄せ、何処かビクビクしていた。いつもの姿だ。

「さっき、」
「何でもないの」

虚ろな目で、唇を閉ざした。豊高は子ども扱いされているようで苛ついた。

「俺には関係ないっての?」

強い口調に母親の肩は小さく跳ねた。

「・・・・・覚悟、しておいてね」

ぼそぼそと呟いた声は思いの外重く、背中がぞくりとした。

「うん」

なるべく平静を装い、頷いた。

「それ、なに?」

母親の視線が豊高の手にした紙に吸い寄せられる。豊高は迷ったが、検定の申し込み用紙を無言で渡した。
母親はへえ、と呟きながら顔を近づかせ目を通す。タオルで手を拭き、椅子に置いた鞄から財布を取り出す。豊高は振込だからいい、と止めた。

「自分で払うの?」
「当たり前じゃん」

豊高は強がりを言った。

「ダメ」

珍しく、咎めるような口調だった。

「なんで?」
「お父さんに怒られるから」

豊高は目を見開く。

「学生の内は財布を出させるな、だって」

豊高にとって意外すぎる事実であり、信じられなかった。父親に、憎まれているものだとばかり思っていた。

「豊高には、昔から甘かったものね」

懐かしそうに目を細めながら、乾いた声で言った。幸せな頃を思い出しながらも、現状に絶望している様子が滲み出ていた。しかしすぐに、少し明るい声色に変わる。

「えらいわね、検定なんて。えっと」
「情報処理検定」
「えっ?なに?」

母親は表情を曇らせる。

「なんか、コンピュータ関連の」
「へぇ、授業で?」
「いや、部活で」
「部活って?」
「コンピュータ部」
「へえぇ」

母親は感心したように目を見開いた。
豊高は苛つき始めた。母親のくせに、何も知らないと。

「お父さんにも、言っておくわね。頑張ってね」

母親は微かに口元を緩めていた。豊高は仏頂面で頷いた。親子らしい会話がむず痒かった。
母親は洗い物を始めた。
心なしか機嫌がいいような気がする。
母親に嫌悪するものの、都合がいい時頼ることがたまらなく汚い行為に思え、後味が悪かった。
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