WALKMAN Xmas特別編

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Underneath the Tree 後編

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「今日は飯奢ってやるよ」

アリサとバーを出て並んで歩く。やっぱり落ち込んでいるみたいで足は重い。俺の方が少し先に進んでいた。

「予約した店どこ?」

振り返って聞くと、アリサは俯いたまま呟いた。

「いい。行きたいところがあるの」

今度は俺がアリサに着いていく番だった。
アリサは繁華街の方に向かっている。なんか嫌な予感がした。見覚えのある道だ。確か、八田と一緒にーー
予感は的中した。アリサはラブホの前で足を止めた。

「お前何考えてんだよ」

勝手に入ろうとするから手を引っ張ってしまった。

「好きなんでしょ、セックス 」

アリサは皮肉たっぷりに返す。

「女とは無理だよ、知ってんだろ」
「ヤッてみないとわかんないじゃん」
「お前ホント・・・どうしちまったんだよ」
「好きになっちゃったの!!」

アリサは弾けるように叫んだ。一瞬、時間が止まった気がした。沈黙が広がる。
好きにっ、て、まさか、いやいや

「・・・誰を?」
「アンタに決まってるでしょ?!」

え、ちょ、マジで? 

「俺、ゲイなんだけど」
「知ってるわよ。でも、しょうがないじゃん、好きになっちゃったんだから!」

アリサの顔はわからなかったけど、耳も頸も湯気が立ちそうなほど真っ赤になっていた。

「だからっていきなりホテルはねえだろ」
「アンタがそれ言う?!他の人とはホイホイ行くくせに。ユウジさんも、いるくせに。あんな、あんな楽しそうに演奏しちゃってさ」

アリサの肩が震える。

「私、アンタの気を引く為には歌しかないって思ってた。だから、頑張って練習して・・・」
「お前な、俺の為だけに歌やってきたわけじゃねえだろ。プロになるんだろ」
「どうだろうね、バンドの子たち、私以外みんなデビューしたり引き抜かれて行っちゃったしね」

さすがに言葉に詰まった。全然知らなかった。いや、でも、毎日のように来ていたから、バンドはどうしたんだろう、とちらっと思ったことはあったけど。

「もう、私にはアンタと歌しかなかったの。でも、今日の演奏見てわかっちゃった」

アリサはいまだにこちらを見ようとしない。

「私、ユウジさんには敵いっこないみたいだね。アンタのあんな顔見たことないもん。あんなに練習したのに・・・」
「ユウジに勝つも何もねえだろ。こっちも勝ち目なんてねえよ」

ようやく出てきたのはいつもみてえな減らず口だった。

「そうだね、絶対振り向いてくれない相手を好きになっちゃうって苦しいよね、よく分かるよ」

また俺は何も言えなくなった。

「ホントに、私じゃ駄目なの?」

もう声だけで涙を溜めているのがわかった。

「・・・ごめん」

いや、だって、他に何が言えるっていうんだ。
アリサはゆっくり振り向く。黒目が不安定に揺らいでいる。長い睫毛で瞬きをするたびに細かな飛沫が舞っていた。

「これでも、なんとも思わない?」

アリサの身体が傾く。両腕を捕まれた。アリサの目線まで引き摺り下ろされて、黒目いっぱいに俺が映って、吐息の香りが分かるくらい顔が近づいていく。
嘘だろ、と思った時には、アリサの唇が俺のそれに押し付けられていた。
女とキスなんかしたことないけど、アリサのそれは男とは比べ物にならないくらい柔らかくて、むせかえる程甘い匂いが皮膚や髪から立ち昇ってくる。舌が唇を割って入ろうとしてきたから慌てて肩を掴んで引き剥がした。
俺の掌に収まるくらい小さな肩だった。それを更に小さく縮こめて、上目遣いで俺の様子を伺っている。

「悪いけど、やっぱ女は無理だ」

際限のない柔らかさや嗅いだことのない香りにびっくりはしたけど、心は全く動かなかった。下世話な話だけど勃ちもしなかったし。

「ホントに?」

アリサはまた唇を奪おうとしてきた。肩に置く手に力を入れて止める。
ちょっと乱暴かなと思ったけど、アリサの顔を両手で包むようにして俺の顔の方を向かせる。その顔の中でくしゃりと眉間が寄せられて、頬と口元が引きつる。

「やだ、聞きたくない・・・」

アリサは微かに首を振る。怒られる前のカホみてえな顔をするもんだから気が引けた。
それでも、アリサの目を真っ直ぐ見て言った。

「アリサ、俺がノンケでも、お前を抱く気はねえよ」

アリサは声を上げて、その場で泣き崩れた。
うん、確かにもっと言い方ってもんがあったよな。
泣かせちまったな。ユウジに女泣かせんなって言われてたのにな。
ガキみてえにわんわん泣きじゃくるアリサを見下ろしながら、こんな時でもユウジのこと考えている俺は、やっぱり最低なヤツなんだと思う。

アリサが声を上げるのをやめて、小さくしゃくり上げるだけになったころ、俺はアリサに手を貸し立ち上がらせ、なんとか通りまで連れて行ってタクシーを拾った。運転手に足りるかわからないけどタクシー代をいくらか渡した。

「アリサ、悪かったよ」

タクシーのシートに座りかけたアリサはまだ涙を拭っている。化粧が落ちて目の周りも指先も真っ黒だった。

「あと、」

アリサは淀んだ目で俺をじっと見る。
いや、そんな何かを、期待するような顔はやめてほしい。今から言うことはただのワガママだ。

「あのさ、歌、やめんなよ」

アリサの目に光が咲く。

「前にも言ったけど、俺はお前の歌嫌いじゃねえんだ」
「馬鹿!」

という言葉と同時に張り手を食らわされた。顔の向きが変わるくらい強烈なヤツを。

「ホント最悪・・・!私、アンタのそういうところ大っ嫌い!」

アリサはさっさとタクシーに乗り込み、扉が閉まるまで俺を睨みつけていた。発車するとアリサは鼻を鳴らしてツンと前を向く。
それを見てなんだか少しだけ安心した。
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