天地天命【本編完結・外伝作成中】

アマリリス

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第二章 竜胆

淋しい愛情

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〝父上… 上… ううっ…ご んな い…〟

「くっ苦しい……やっやめろ… やめてくれっ!」
 志瑞也しずやは自分の声で目が覚める。
「はぁ…はぁ… はっ…」
 暗闇に目を凝らすと、そこは見慣れない部屋、胸を握り締めた手を緩め、ゆっくりと体を起こす。異世界に来て十四日経つが、毎晩夢で魘されていた。
(また…この夢…)
 反対の端に寝ているのは蒼万そうま。夢で聴こえるのは恐らく黄怜きれんの声、何故両親に謝るのか、誰に会いたいのか、何故自分までもがこんなに苦しいのか、深く溜息を吐き静かに部屋を出た。

 外に出ると辺りは物音一つない。この世界は果てしなく空が広く、夜は灯籠とうろうだけが灯りをともし、風が吹くと火がゆらゆらと波を打つ。夜空は深海のようにどこまでも深い孤独を感じさせ、そこで泳ぐ月や星々は、互いの存在を見失わないよう儚げに瞬いている。志瑞也は魘されては一人庭園を散策し、夜風に当たりながら空を見上げていた。「ばぁちゃん、会いたいよ…」白い寝衣が月明かりで反射し、頬をつたる涙が、志瑞也の顔をより悲しく照らしていた。

 この世界は人間と神族が共存し、神族は人間を妖魔や怨霊が引き起こす災厄から守っている。神族は全部で五神ごしん、東宮に蒼龍家、南宮に朱雀家、西宮に白虎家、北宮に玄武家、中央宮に黄龍家。そして、人間の住む領域は全部で二十八宿しゅく。黄龍家以外の四神家よんしんけはそれぞれ七つの周辺領域を統括し、黄龍家はその四神家を総括している。
 神族には本家と分家があり、本家直系が宗主、本家傍系は各領域の宿の領主、分家は侍女や従者として直系や傍系に仕えている。
 黄怜は黄龍家の者で、父黄一きいちは既に他界し、現宗主黄理こうりの姪だ。黄理には息子が一人いて、名は黄虎こうが、黄怜の一つ下の従弟だ。黄龍家は五神家調和のため、代々嫁は四神家から選ぶ掟となっていた。黄怜の母玄華げんかは玄武家、黄虎の母美虎みこは白虎家の者だ。

「本来黄龍家では男しか生まれなかったのに、何故か黄怜は女で生まれたんだ、黄怜は女である事を隠して暮らしていたけど、ある日妖魔退治の時に、従弟の黄虎を庇って十八歳の時に死んじゃったらしいんだ、でも表面上黄怜は妖魔退治で無理をして、持病が悪化して死んだ事になっているんだ」
「ほう、何故女である事を隠していたんじゃ?」
「ほう、何故死因を隠すんじゃ?」
「それは… 蒼万もまだ分からないんだ…」
「しし志瑞也ぁさんは、そその方のうう生まれ変わりり、ななんですかぁ?」
「うん、そうらしい、蒼万は霊魂がどうのこうの言っていたけど、ここに来てから寝不足で頭に入ってこないんだ」
 多種多様の小会議が、庭園の池の縁で行われていた。
 蒼万は蒼龍家の宗主の孫、婚姻すれば第三宗主となる。志瑞也はそれを知った時、自身を〝高貴〟と云う意味を含め、蒼万の振舞いに納得したのだった。今日その高貴な方は、東宮領域の領主の元へ行っている。ここに来てから日々蒼万の講義を受け、皆とは話す間などなかった。皆も志瑞也に声をかけようとしても、蒼万が側に居て怖くて近付けなかったのだ。
「そうだ傘寿さんじゅ、元の所にいた時、妖怪が見えると人間じゃないとか言っていたよな?」
 ここに来た初日に、志瑞也が〝浮遊霊〟と呼ぶと、蒼万に「その呼び方はやめろ、結界の無い所だと全ての霊が付いて来るぞ」と恐ろしい事を言われ、死んで八十年経っている浮遊霊を〝傘寿〟と名付けた。
「お前、俺がモモ爺達が見えるの前から知っていたよな?」
「だだからら、しし志瑞也ぁさんは、はは初めからら、に人間ではなな」
 …は?
 志瑞也は驚き傘寿とモモ爺達を見て言う。
「おっお前っ、知っていたのかっ? お前達もかっ?」
 モモ爺達が、キョトンとした顔で志瑞也を見る。
「お主知らんかったんか?」
「お主知っとると思っとったわい」
「わしらは見えるお主が珍しかったんじゃないわい、お主が人間に紛れて暮らしているのが珍しかっただけじゃ、シシシッ」
「キャラメルくれるしのう、シシシッ」
「…そっ、そんなのありかよ…」
「そそっそれに、ぼぼ僕、しし志瑞也ぁさんに、ささ触れますからぁ」
 そう言って、傘寿は志瑞也に指でちょんと触れる。
「…どういう意味だ?」
「普通の人間は霊には触れん、シシシッ」
「神獣の髭だから傘寿は捕まったんじゃ、シシシッ」
「……」
 志瑞也はこれ以上言葉が出ず、芝生の上に頭を抱え倒れ込む。
「ふんっそもそも人間ごときに、わしら妖怪が見えるわけがないわいっ」
 志瑞也の肩に一匹のモモ爺が手を置く。
「志瑞也、わしはお主が人間だと思っとったぞ」
 ……。
「二号、お前キャラメルが欲しいだけだろ」
 一枝かずえが鞄に詰めてくれたキャラメルが、本当にお供を連れて来る事になるとは、誰が予想できただろうか。久々に皆と会って話すと、ここ最近の緊張が解れ、志瑞也は少しだけ気持ちが軽くなった。モモ爺達にキャラメルをあげ、自分も一つ口に入れる。
「ばぁちゃん、甘いよ…」
 口の中で溶けていくキャラメルに、志瑞也は泣きそうになった。
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