天地天命【本編完結・外伝作成中】

アマリリス

文字の大きさ
29 / 164
第二章 竜胆

賑やかな家族会議

しおりを挟む
「祖父上、本日南宮領域へ発つ前に、志瑞也を連れて参りました」
「入りなさい」
 志瑞也の表情が少し強張る。
「案ずるな」
 蒼万が横目で志瑞也を見て頷き、扉が観音開きに開く。
「志瑞也さん!」
「あれ? 葵ちゃん?」
「ちゃんですって⁉︎ 葵っあなたそんな呼ばれ方されて、何を笑っているのです!」
 蒼万に似て怖い顔の女子が葵を叱った。
「愛藍、それはまた後から」
 蒼万に似ていない優しそうな男子が、蒼万に似ている女子を鎮めている。
「……祖父上、これはどういうことですか?」
「ハハハ、出立前にここに呼んでおると葵に話したら、同席したいと申してのう、そしたら蒼凰と愛藍も付いてきただけじゃ、まあ掛けなさい」
「…はい」
 二人は同時に椅子に腰掛けたが、当然全員の視線は志瑞也に釘付けになる。予期せぬお披露目に、志瑞也は手に冷や汗が滲みでた。
「志瑞也が怖がっております」
「まぁふふふ、志瑞也さんごめんなさいね」
「祖母上だ」 
「蒼万のばぁちゃん?」
 蒼万は頷き葵以外を順番に紹介した。

「初めまして、天堂志瑞也です」
 姿勢を正して挨拶した後、蒼万を見て言う。
「家族が皆揃ってるって蒼万幸せだな」
「志瑞也…」
「ふふふ葵の申した通り面白い方ね、志瑞也さん、蒼万のお嫁さんになりません?」
 以前なら冗談で笑って流せた内容に、志瑞也はドキッとする。
「義母上そっそのようなっ」
「祖母上私もそう考えてますのよ、ふふふ」
「葵っあなたまでっ」
「愛藍、それはまた後から」
「あなたはそればっかりっ」
 何て賑やかな家族だ、この家族からこの男にどう繋げてよいものか、志瑞也は横目で蒼万を見るも、やはりこの男は顔色一つ変えない。
「ゴホン! 静かにしないか、話ができぬではないか」
 蒼明が話題を終わらせたことに、志瑞也はほっとする。
「お主、怪我の具合はどうじゃ?」
「はい、もう大丈夫です。皆さんにはご心配おかけしました」
 志瑞也は頭を下げる。
「よいよい、気にするでない、大事に至らなくてなによりじゃ」
「祖父上、お話があります」
 蒼万の言葉に、愛藍が身を乗り出しそうになるのを、両隣に座る蒼凰と葵が微笑みながら押さえた。
「改まってどうしたのじゃ?」
 蒼万は志瑞也に目配せして頷く。
「あの…実は俺、眠っていた間に黄怜の記憶を見ました」
 蒼明は蒼万に視線を向け、蒼万が頷いたのを見て志瑞也に尋ねる。
「黄怜の記憶とは?」
「黄怜が産まれた時からになります…」


 話を聞き終え、蒼万と志瑞也以外の五人が眉をひそめ首を傾げる。
 朱子が最初に口を開く。
「やはり勾玉は玄枝が創ったのですね、志瑞也さんが見た黄怜の記憶は、神家子供達の合同講習会前の記憶のようね」
「はい勾玉はもうすぐ完成すると、千玄さんが言っていました。血が妖魔を引き寄せるから怪我をするなとも、ただ完成した勾玉を着けた黄怜の記憶はまだ…」
「当時のことはわしも覚えておる。黄一から直接息子の病気療養のため、蒼龍家の領域である青龍湖近くに殿を建てたいと申してきてのう。丁度北宮領域にも近い心宿しんしゅくに、民の空き家屋があってのう。それで良ければと貸したのじゃ」
 志瑞也の中で黄怜の記憶が、夢ではなく現実となった。黄怜の両親の切実な願いに意図は知らずとも、蒼明が協力していた事が何故か嬉しく感じた。
「そうだったんですね、ありがとうございます」
 志瑞也の言葉に蒼万が一瞬眉を寄せる。
「あの時は出没する妖魔退治の応援で、私もよく中央宮に出入りしていたのを覚えております。黄一とは長年の友でしたが、私には黄怜が女子とは何も……ただ神獣を抑える装飾を、玄枝様に創らせているとしか……私がもう少し、黄一のことを気にかけていれば…」
 そう言って蒼凰は、亡き友を惜しむ様に机の上で拳を握り締める。その姿に、志瑞也は「きっと理由があったはずです、自分を責めないで下さい」と言いたくなる。だが、本当の理由を知らないまま、気休めの言葉はかけられなかった。
 少し重くなった雰囲気に蒼万が口を開く。
「私の方でも黄怜の記憶を踏まえ、色々繋ぎ合わせてみました。最近の領域調査で二度、妖魔が災厄を起こしておりました。一度目の日付は志瑞也がここに来た時でまだ勾玉をしておらず、二度目の日付は庭園で青龍に慣れさすために勾玉を外した日でした。そして先日、二度目同様に勾玉を外しましたが、時間が一番長かったと存じます。恐らく今回南宮領域での妖魔もその影響かと、現に東宮領域に近い軫宿しんしゅく翼宿よくしゅく張宿ちょうしゅくで妖魔が出没しております。今のところ明確なのは、勾玉を外すだけでは妖魔は志瑞也を探せず近くで災厄を起こし、流血すると、勾玉を着けていても直接妖魔は引き寄せられます。それと勾玉を着けていても、妖魔は志瑞也の意志に関係無く見えるかもしれません」
 志瑞也は〝流血すると〟の部分から鳥肌が立ち、妖魔に掴まれた右腕を握った。
 蒼明が険しい顔で言う。
「血には勾玉は効かんということか」
 蒼万は頷いて言う。
「恐らく、しかし妖魔が何故、血の味を知っているかは分かっておりません」
「蒼万よ、この者が血を流さず勾玉を外さなければよいのであろう。なら事が解決するまで、この者はここにいた方が危険が少ないのではないか?」
 志瑞也は蒼万を見る。
「私が側で守ります」
 志瑞也はほっとする。
「約束か?」
「はい」
(ん?)
 蒼凰の問いの〝約束〟が何のことかは分からない。首を傾げ蒼万を見るも、蒼万は蒼凰と目で会話していた。
「まだ不明なことが多い、くれぐれも用心して行きなさい、先に白虎家が着いておるが…分かっておるな?」
「はい、心得ております祖父上」
(白虎家…柊虎のことか?)
「蒼万、朱似すいにも宜しく伝えてね」
「はい、祖母上」
 朱子が尋ねる。
「志瑞也さん、あなたの名はどなたが考えましたの?」
「ばぁちゃ、あっ、祖母が考えました」
「…そう、ふふふ とても素敵な名ね」
「あ…ありがとうございます」
 まさかの不意打ちに、志瑞也は目頭が熱くなる。ここに来て、一枝のことを聞く者は誰もいなかった。一枝を褒められた気がして嬉しくなり、涙を堪えながら鼻を啜ると、蒼万が優しく背中を摩った。
 ……!
 それを五人はかっと目を開いて見ていた。一番何か言いたそうな愛藍は、蒼明、朱子の手前何も言えず、口元を引き攣らせた。

 お披露目会も無事に終わり、見送りたいという葵も一緒に青龍殿を後にした。向かう時とは違う足取りで、志瑞也は広い東宮を見渡す。とても美しく見たことのない青や緑、紺色の建物、幾つもの龍柱が立ち並び、風が優しく自然に満ち溢れた場所だった。もう一度、この景色を感じることができるのだろうか。色々と不安はあるが、蒼万と一緒にいれる。今はそれだけで十分だと、志瑞也は思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか

BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。 ……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、 気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。 「僕は、あなたを守ると決めたのです」 いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。 けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――? 身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。 “王子”である俺は、彼に恋をした。 だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。 これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、 彼だけを見つめ続けた騎士の、 世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。

【完結】禁断の忠誠

海野雫
BL
王太子暗殺を阻止したのは、ひとりの宦官だった――。 蒼嶺国――龍の血を継ぐ王家が治めるこの国は、今まさに権力の渦中にあった。 病に伏す国王、その隙を狙う宰相派の野心。玉座をめぐる見えぬ刃は、王太子・景耀の命を狙っていた。 そんな宮廷に、一人の宦官・凌雪が送り込まれる。 幼い頃に売られ、冷たい石造りの宮殿で静かに生きてきた彼は、ひっそりとその才覚を磨き続けてきた。 ある夜、王太子を狙った毒杯の罠をいち早く見破り、自ら命を賭してそれを阻止する。 その行動をきっかけに、二人の運命の歯車が大きく動き始める――。 宰相派の陰謀、王家に渦巻く疑念と忠誠、そして宮廷の奥深くに潜む暗殺の影。 互いを信じきれないまま始まった二人の主従関係は、やがて禁じられた想いと忠誠のはざまで揺れ動いていく。 己を捨てて殿下を守ろうとする凌雪と、玉座を背負う者として冷徹であろうとする景耀。 宮廷を覆う陰謀の嵐の中で、二人が交わした契約は――果たして主従のものか、それとも……。

後宮に咲く美しき寵后

不来方しい
BL
フィリの故郷であるルロ国では、真っ白な肌に金色の髪を持つ人間は魔女の生まれ変わりだと伝えられていた。生まれた者は民衆の前で焚刑に処し、こうして人々の安心を得る一方、犠牲を当たり前のように受け入れている国だった。 フィリもまた雪のような肌と金髪を持って生まれ、来るべきときに備え、地下の部屋で閉じ込められて生活をしていた。第四王子として生まれても、処刑への道は免れられなかった。 そんなフィリの元に、縁談の話が舞い込んでくる。 縁談の相手はファルーハ王国の第三王子であるヴァシリス。顔も名前も知らない王子との結婚の話は、同性婚に偏見があるルロ国にとって、フィリはさらに肩身の狭い思いをする。 ファルーハ王国は砂漠地帯にある王国であり、雪国であるルロ国とは真逆だ。縁談などフィリ信じず、ついにそのときが来たと諦めの境地に至った。 情報がほとんどないファルーハ王国へ向かうと、国を上げて祝福する民衆に触れ、処刑場へ向かうものだとばかり思っていたフィリは困惑する。 狼狽するフィリの元へ現れたのは、浅黒い肌と黒髪、サファイア色の瞳を持つヴァシリスだった。彼はまだ成人にはあと二年早い子供であり、未成年と婚姻の儀を行うのかと不意を突かれた。 縁談の持ち込みから婚儀までが早く、しかも相手は未成年。そこには第二王子であるジャミルの思惑が隠されていて──。

あなたの隣で初めての恋を知る

彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

ざこてん〜初期雑魚モンスターに転生した俺は、勇者にテイムしてもらう〜

キノア9g
BL
「俺の血を啜るとは……それほど俺を愛しているのか?」 (いえ、ただの生存戦略です!!) 【元社畜の雑魚モンスター(うさぎ)】×【勘違い独占欲勇者】 生き残るために媚びを売ったら、最強の勇者に溺愛されました。 ブラック企業で過労死した俺が転生したのは、RPGの最弱モンスター『ダーク・ラビット(黒うさぎ)』だった。 のんびり草を食んでいたある日、目の前に現れたのはゲーム最強の勇者・アレクセイ。 「経験値」として狩られる!と焦った俺は、生き残るために咄嗟の機転で彼と『従魔契約』を結ぶことに成功する。 「殺さないでくれ!」という一心で、傷口を舐めて契約しただけなのに……。 「魔物の分際で、俺にこれほど情熱的な求愛をするとは」 なぜか勇者様、俺のことを「自分に惚れ込んでいる健気な相棒」だと盛大に勘違い!? 勘違いされたまま、勇者の膝の上で可愛がられる日々。 捨てられないために必死で「有能なペット」を演じていたら、勇者の魔力を受けすぎて、なんと人間の姿に進化してしまい――!? 「もう使い魔の枠には収まらない。俺のすべてはお前のものだ」 ま、待ってください勇者様、愛が重すぎます! 元社畜の生存本能が生んだ、すれ違いと溺愛の異世界BLファンタジー!

処理中です...