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第二章 竜胆
賑やかな家族会議
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「祖父上、本日南宮領域へ発つ前に、志瑞也を連れて参りました」
「入りなさい」
志瑞也の表情が少し強張る。
「案ずるな」
蒼万が横目で志瑞也を見て頷き、扉が観音開きに開く。
「志瑞也さん!」
「あれ? 葵ちゃん?」
「ちゃんですって⁉︎ 葵っあなたそんな呼ばれ方されて、何を笑っているのです!」
蒼万に似て怖い顔の女子が葵を叱った。
「愛藍、それはまた後から」
蒼万に似ていない優しそうな男子が、蒼万に似ている女子を鎮めている。
「……祖父上、これはどういうことですか?」
「ハハハ、出立前にここに呼んでおると葵に話したら、同席したいと申してのう、そしたら蒼凰と愛藍も付いてきただけじゃ、まあ掛けなさい」
「…はい」
二人は同時に椅子に腰掛けたが、当然全員の視線は志瑞也に釘付けになる。予期せぬお披露目に、志瑞也は手に冷や汗が滲みでた。
「志瑞也が怖がっております」
「まぁふふふ、志瑞也さんごめんなさいね」
「祖母上だ」
「蒼万のばぁちゃん?」
蒼万は頷き葵以外を順番に紹介した。
「初めまして、天堂志瑞也です」
姿勢を正して挨拶した後、蒼万を見て言う。
「家族が皆揃ってるって蒼万幸せだな」
「志瑞也…」
「ふふふ葵の申した通り面白い方ね、志瑞也さん、蒼万のお嫁さんになりません?」
以前なら冗談で笑って流せた内容に、志瑞也はドキッとする。
「義母上そっそのようなっ」
「祖母上私もそう考えてますのよ、ふふふ」
「葵っあなたまでっ」
「愛藍、それはまた後から」
「あなたはそればっかりっ」
何て賑やかな家族だ、この家族からこの男にどう繋げてよいものか、志瑞也は横目で蒼万を見るも、やはりこの男は顔色一つ変えない。
「ゴホン! 静かにしないか、話ができぬではないか」
蒼明が話題を終わらせたことに、志瑞也はほっとする。
「お主、怪我の具合はどうじゃ?」
「はい、もう大丈夫です。皆さんにはご心配おかけしました」
志瑞也は頭を下げる。
「よいよい、気にするでない、大事に至らなくてなによりじゃ」
「祖父上、お話があります」
蒼万の言葉に、愛藍が身を乗り出しそうになるのを、両隣に座る蒼凰と葵が微笑みながら押さえた。
「改まってどうしたのじゃ?」
蒼万は志瑞也に目配せして頷く。
「あの…実は俺、眠っていた間に黄怜の記憶を見ました」
蒼明は蒼万に視線を向け、蒼万が頷いたのを見て志瑞也に尋ねる。
「黄怜の記憶とは?」
「黄怜が産まれた時からになります…」
話を聞き終え、蒼万と志瑞也以外の五人が眉をひそめ首を傾げる。
朱子が最初に口を開く。
「やはり勾玉は玄枝が創ったのですね、志瑞也さんが見た黄怜の記憶は、神家子供達の合同講習会前の記憶のようね」
「はい勾玉はもうすぐ完成すると、千玄さんが言っていました。血が妖魔を引き寄せるから怪我をするなとも、ただ完成した勾玉を着けた黄怜の記憶はまだ…」
「当時のことはわしも覚えておる。黄一から直接息子の病気療養のため、蒼龍家の領域である青龍湖近くに殿を建てたいと申してきてのう。丁度北宮領域にも近い心宿に、民の空き家屋があってのう。それで良ければと貸したのじゃ」
志瑞也の中で黄怜の記憶が、夢ではなく現実となった。黄怜の両親の切実な願いに意図は知らずとも、蒼明が協力していた事が何故か嬉しく感じた。
「そうだったんですね、ありがとうございます」
志瑞也の言葉に蒼万が一瞬眉を寄せる。
「あの時は出没する妖魔退治の応援で、私もよく中央宮に出入りしていたのを覚えております。黄一とは長年の友でしたが、私には黄怜が女子とは何も……ただ神獣を抑える装飾を、玄枝様に創らせているとしか……私がもう少し、黄一のことを気にかけていれば…」
そう言って蒼凰は、亡き友を惜しむ様に机の上で拳を握り締める。その姿に、志瑞也は「きっと理由があったはずです、自分を責めないで下さい」と言いたくなる。だが、本当の理由を知らないまま、気休めの言葉はかけられなかった。
少し重くなった雰囲気に蒼万が口を開く。
「私の方でも黄怜の記憶を踏まえ、色々繋ぎ合わせてみました。最近の領域調査で二度、妖魔が災厄を起こしておりました。一度目の日付は志瑞也がここに来た時でまだ勾玉をしておらず、二度目の日付は庭園で青龍に慣れさすために勾玉を外した日でした。そして先日、二度目同様に勾玉を外しましたが、時間が一番長かったと存じます。恐らく今回南宮領域での妖魔もその影響かと、現に東宮領域に近い軫宿、翼宿、張宿で妖魔が出没しております。今のところ明確なのは、勾玉を外すだけでは妖魔は志瑞也を探せず近くで災厄を起こし、流血すると、勾玉を着けていても直接妖魔は引き寄せられます。それと勾玉を着けていても、妖魔は志瑞也の意志に関係無く見えるかもしれません」
志瑞也は〝流血すると〟の部分から鳥肌が立ち、妖魔に掴まれた右腕を握った。
蒼明が険しい顔で言う。
「血には勾玉は効かんということか」
蒼万は頷いて言う。
「恐らく、しかし妖魔が何故、血の味を知っているかは分かっておりません」
「蒼万よ、この者が血を流さず勾玉を外さなければよいのであろう。なら事が解決するまで、この者はここにいた方が危険が少ないのではないか?」
志瑞也は蒼万を見る。
「私が側で守ります」
志瑞也はほっとする。
「約束か?」
「はい」
(ん?)
蒼凰の問いの〝約束〟が何のことかは分からない。首を傾げ蒼万を見るも、蒼万は蒼凰と目で会話していた。
「まだ不明なことが多い、くれぐれも用心して行きなさい、先に白虎家が着いておるが…分かっておるな?」
「はい、心得ております祖父上」
(白虎家…柊虎のことか?)
「蒼万、朱似にも宜しく伝えてね」
「はい、祖母上」
朱子が尋ねる。
「志瑞也さん、あなたの名はどなたが考えましたの?」
「ばぁちゃ、あっ、祖母が考えました」
「…そう、ふふふ とても素敵な名ね」
「あ…ありがとうございます」
まさかの不意打ちに、志瑞也は目頭が熱くなる。ここに来て、一枝のことを聞く者は誰もいなかった。一枝を褒められた気がして嬉しくなり、涙を堪えながら鼻を啜ると、蒼万が優しく背中を摩った。
……!
それを五人はかっと目を開いて見ていた。一番何か言いたそうな愛藍は、蒼明、朱子の手前何も言えず、口元を引き攣らせた。
お披露目会も無事に終わり、見送りたいという葵も一緒に青龍殿を後にした。向かう時とは違う足取りで、志瑞也は広い東宮を見渡す。とても美しく見たことのない青や緑、紺色の建物、幾つもの龍柱が立ち並び、風が優しく自然に満ち溢れた場所だった。もう一度、この景色を感じることができるのだろうか。色々と不安はあるが、蒼万と一緒にいれる。今はそれだけで十分だと、志瑞也は思った。
「入りなさい」
志瑞也の表情が少し強張る。
「案ずるな」
蒼万が横目で志瑞也を見て頷き、扉が観音開きに開く。
「志瑞也さん!」
「あれ? 葵ちゃん?」
「ちゃんですって⁉︎ 葵っあなたそんな呼ばれ方されて、何を笑っているのです!」
蒼万に似て怖い顔の女子が葵を叱った。
「愛藍、それはまた後から」
蒼万に似ていない優しそうな男子が、蒼万に似ている女子を鎮めている。
「……祖父上、これはどういうことですか?」
「ハハハ、出立前にここに呼んでおると葵に話したら、同席したいと申してのう、そしたら蒼凰と愛藍も付いてきただけじゃ、まあ掛けなさい」
「…はい」
二人は同時に椅子に腰掛けたが、当然全員の視線は志瑞也に釘付けになる。予期せぬお披露目に、志瑞也は手に冷や汗が滲みでた。
「志瑞也が怖がっております」
「まぁふふふ、志瑞也さんごめんなさいね」
「祖母上だ」
「蒼万のばぁちゃん?」
蒼万は頷き葵以外を順番に紹介した。
「初めまして、天堂志瑞也です」
姿勢を正して挨拶した後、蒼万を見て言う。
「家族が皆揃ってるって蒼万幸せだな」
「志瑞也…」
「ふふふ葵の申した通り面白い方ね、志瑞也さん、蒼万のお嫁さんになりません?」
以前なら冗談で笑って流せた内容に、志瑞也はドキッとする。
「義母上そっそのようなっ」
「祖母上私もそう考えてますのよ、ふふふ」
「葵っあなたまでっ」
「愛藍、それはまた後から」
「あなたはそればっかりっ」
何て賑やかな家族だ、この家族からこの男にどう繋げてよいものか、志瑞也は横目で蒼万を見るも、やはりこの男は顔色一つ変えない。
「ゴホン! 静かにしないか、話ができぬではないか」
蒼明が話題を終わらせたことに、志瑞也はほっとする。
「お主、怪我の具合はどうじゃ?」
「はい、もう大丈夫です。皆さんにはご心配おかけしました」
志瑞也は頭を下げる。
「よいよい、気にするでない、大事に至らなくてなによりじゃ」
「祖父上、お話があります」
蒼万の言葉に、愛藍が身を乗り出しそうになるのを、両隣に座る蒼凰と葵が微笑みながら押さえた。
「改まってどうしたのじゃ?」
蒼万は志瑞也に目配せして頷く。
「あの…実は俺、眠っていた間に黄怜の記憶を見ました」
蒼明は蒼万に視線を向け、蒼万が頷いたのを見て志瑞也に尋ねる。
「黄怜の記憶とは?」
「黄怜が産まれた時からになります…」
話を聞き終え、蒼万と志瑞也以外の五人が眉をひそめ首を傾げる。
朱子が最初に口を開く。
「やはり勾玉は玄枝が創ったのですね、志瑞也さんが見た黄怜の記憶は、神家子供達の合同講習会前の記憶のようね」
「はい勾玉はもうすぐ完成すると、千玄さんが言っていました。血が妖魔を引き寄せるから怪我をするなとも、ただ完成した勾玉を着けた黄怜の記憶はまだ…」
「当時のことはわしも覚えておる。黄一から直接息子の病気療養のため、蒼龍家の領域である青龍湖近くに殿を建てたいと申してきてのう。丁度北宮領域にも近い心宿に、民の空き家屋があってのう。それで良ければと貸したのじゃ」
志瑞也の中で黄怜の記憶が、夢ではなく現実となった。黄怜の両親の切実な願いに意図は知らずとも、蒼明が協力していた事が何故か嬉しく感じた。
「そうだったんですね、ありがとうございます」
志瑞也の言葉に蒼万が一瞬眉を寄せる。
「あの時は出没する妖魔退治の応援で、私もよく中央宮に出入りしていたのを覚えております。黄一とは長年の友でしたが、私には黄怜が女子とは何も……ただ神獣を抑える装飾を、玄枝様に創らせているとしか……私がもう少し、黄一のことを気にかけていれば…」
そう言って蒼凰は、亡き友を惜しむ様に机の上で拳を握り締める。その姿に、志瑞也は「きっと理由があったはずです、自分を責めないで下さい」と言いたくなる。だが、本当の理由を知らないまま、気休めの言葉はかけられなかった。
少し重くなった雰囲気に蒼万が口を開く。
「私の方でも黄怜の記憶を踏まえ、色々繋ぎ合わせてみました。最近の領域調査で二度、妖魔が災厄を起こしておりました。一度目の日付は志瑞也がここに来た時でまだ勾玉をしておらず、二度目の日付は庭園で青龍に慣れさすために勾玉を外した日でした。そして先日、二度目同様に勾玉を外しましたが、時間が一番長かったと存じます。恐らく今回南宮領域での妖魔もその影響かと、現に東宮領域に近い軫宿、翼宿、張宿で妖魔が出没しております。今のところ明確なのは、勾玉を外すだけでは妖魔は志瑞也を探せず近くで災厄を起こし、流血すると、勾玉を着けていても直接妖魔は引き寄せられます。それと勾玉を着けていても、妖魔は志瑞也の意志に関係無く見えるかもしれません」
志瑞也は〝流血すると〟の部分から鳥肌が立ち、妖魔に掴まれた右腕を握った。
蒼明が険しい顔で言う。
「血には勾玉は効かんということか」
蒼万は頷いて言う。
「恐らく、しかし妖魔が何故、血の味を知っているかは分かっておりません」
「蒼万よ、この者が血を流さず勾玉を外さなければよいのであろう。なら事が解決するまで、この者はここにいた方が危険が少ないのではないか?」
志瑞也は蒼万を見る。
「私が側で守ります」
志瑞也はほっとする。
「約束か?」
「はい」
(ん?)
蒼凰の問いの〝約束〟が何のことかは分からない。首を傾げ蒼万を見るも、蒼万は蒼凰と目で会話していた。
「まだ不明なことが多い、くれぐれも用心して行きなさい、先に白虎家が着いておるが…分かっておるな?」
「はい、心得ております祖父上」
(白虎家…柊虎のことか?)
「蒼万、朱似にも宜しく伝えてね」
「はい、祖母上」
朱子が尋ねる。
「志瑞也さん、あなたの名はどなたが考えましたの?」
「ばぁちゃ、あっ、祖母が考えました」
「…そう、ふふふ とても素敵な名ね」
「あ…ありがとうございます」
まさかの不意打ちに、志瑞也は目頭が熱くなる。ここに来て、一枝のことを聞く者は誰もいなかった。一枝を褒められた気がして嬉しくなり、涙を堪えながら鼻を啜ると、蒼万が優しく背中を摩った。
……!
それを五人はかっと目を開いて見ていた。一番何か言いたそうな愛藍は、蒼明、朱子の手前何も言えず、口元を引き攣らせた。
お披露目会も無事に終わり、見送りたいという葵も一緒に青龍殿を後にした。向かう時とは違う足取りで、志瑞也は広い東宮を見渡す。とても美しく見たことのない青や緑、紺色の建物、幾つもの龍柱が立ち並び、風が優しく自然に満ち溢れた場所だった。もう一度、この景色を感じることができるのだろうか。色々と不安はあるが、蒼万と一緒にいれる。今はそれだけで十分だと、志瑞也は思った。
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