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第一章 稲禾
いつもと違う日
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翌日、志瑞也はいつも通りの時間に目が覚めた。昨夜見た夢の記憶は曖昧だが、胸の切ない痛みだけがわずかに残っている。上半身を起こし、寝ぼけ眼で茫然と天井を眺めた。
(何の夢だったっけ… ま、いいや)
一枝の言う通り、分からない事は考えても仕方がない。志瑞也は寝床から起き上がり、作業着に着替え一階に下りた。
朝飯を食べながら志瑞也は言う。
「ばぁちゃん、昨日の夜俺の部屋から何か聞こえた?」
「…何も聞こえなかったよ、どうしたんだい?」
(一階のばぁちゃんには何も聞こえてないか…)
「ううん、何でもないよ」
仕事用の鞄はいつも台所の食卓に置いてあり、一枝が弁当を入れ用意してくれている。
志瑞也は鞄を持ち上げた。
…おや?
「ばぁちゃんなんか俺の鞄、今日重くない? 弁当以外に何か入れた?」
中を開けて覗くと、鞄一杯にキャラメルの袋が入っていた。
「ばぁちゃんっ、こんなにあいつらにあげたら調子に乗っちゃうよっ」
志瑞也は袋を取り出そうと、鞄の中に片手を入れる。
「いいから持って行きなさい、昨日みたいに必要な時に無かったら困るだろ?」
志瑞也は昨日の取り立て屋を思い出し、鞄に入れた手を戻す。
「はぁ… 物語はきび団子で動物をお供にしたけど、俺はキャラメルで妖怪をお供にするのか? 何処に行くからあんな奴らお共にするんだ?……」
志瑞也は、鞄一杯の袋を見ながら想像してみる。
その昔、志瑞太郎が歩いていると、茂みから二匹の妖怪がひょこひょこ現れる。「お主っ、ここはわしらの縄張りじゃぞっ」「持っている物全て置いていくんじゃ」二匹はギロッと志瑞太郎を睨みつける。まったく怖くはないが、取り敢えず志瑞太郎は物語に乗る。「うっうあっ、お前達っ、さては噂に聞く物取りだなっ」指を差し怯えながらも二匹をきっと睨み返す。「こっこんなことするより、俺と鬼退治に行かないか?」二匹は後ろに引き、露骨に嫌な顔をする。「これあげるからさ」志瑞太郎はキャラメルを二匹に見せる。ほのかに甘い香りが二匹の鼻を突くと、じゅるっと涎を垂らした。「付いてくるなら一日一つあげるよ、どうする?」志瑞太郎は悪戯に二匹を見るが、既に二匹は、左右に動かすキャラメルしか見ていない。志瑞太郎は歩きながらほれほれと、二匹が届かない高さでキャラメルを泳がす。「わしにくれっ」「わしにもくれっ」短い足でピョンピョンと交互に飛び跳ね、二匹は両手を上げ志瑞太郎に付いて行くのだった。
……。
「ぷっアハハハハハ! そんなお供、キャラメルあげてでもお断りだよアハハハハハハ! ばぁちゃん朝から笑わせないでよ、俺今日涙もろいんだからさあ」
志瑞也は食卓をバンバン叩き、足に力が入らなくなるほど腹を抱え大声で笑った。涙を拭い重い鞄を担ぐ。昨日の池ポチャ事件のせいか、いつもは台所で洗い物しながら見送る一枝が、今日は志瑞也の前を歩き振り向きながら言う。
「気をつけて行ってくるんだよ、大城さんに私からのお礼、ちゃんと伝えるんだよ」
「わかっているよ、ばぁちゃんアハハ」
志瑞也は一枝の背中に手を置いて、笑いながら玄関まで押す。玄関を開けると門前の電柱には、昨日と同じ大きな烏がこっちをじっと見ていた。
「ばっばぁちゃん! ほらあいつ、今日も居るよ。俺仕事行くけど、ばぁちゃん一人で大丈夫? 襲ってこないかな?」
そう言いながら、志瑞也は烏を見て腕を組む。
「大丈夫、襲うなら昨日の内に襲っていたはずだよ、気にしないで、ほら遅刻したら大城さんに悪いだろ」
やはり一枝は冷静だ。
志瑞也は一枝に抱きつき、耳元でちゃかすように笑いながら言う。
「ばぁちゃん、大城さんのこと好きなのか? 俺は気にしないよ、姉さん女房は今流行りらしいよアハハ」
「もう! お前は何朝から変なこと言ってるんだい、早く行きなさいっ」
一枝は、顔を赤らめながら志瑞也をあしらう。
「アハハハハハ、ばぁちゃん歳の割には美人だから大丈夫だよ、じゃあ行ってきます」
一枝の驚いた顔を見れて満足し、やり返される前に志瑞也は笑いながら走り去った。
志瑞也の後ろ姿を一枝は見送った後、すっと険しい顔付きになり、体ごと電柱の烏に目を向けた。暫くすると烏はその場から泡のように消え、一枝は再び体を元に戻し遠くを見つめる。
「志瑞也…」
その目には、わずかに光るものが滲んでいた。
(何の夢だったっけ… ま、いいや)
一枝の言う通り、分からない事は考えても仕方がない。志瑞也は寝床から起き上がり、作業着に着替え一階に下りた。
朝飯を食べながら志瑞也は言う。
「ばぁちゃん、昨日の夜俺の部屋から何か聞こえた?」
「…何も聞こえなかったよ、どうしたんだい?」
(一階のばぁちゃんには何も聞こえてないか…)
「ううん、何でもないよ」
仕事用の鞄はいつも台所の食卓に置いてあり、一枝が弁当を入れ用意してくれている。
志瑞也は鞄を持ち上げた。
…おや?
「ばぁちゃんなんか俺の鞄、今日重くない? 弁当以外に何か入れた?」
中を開けて覗くと、鞄一杯にキャラメルの袋が入っていた。
「ばぁちゃんっ、こんなにあいつらにあげたら調子に乗っちゃうよっ」
志瑞也は袋を取り出そうと、鞄の中に片手を入れる。
「いいから持って行きなさい、昨日みたいに必要な時に無かったら困るだろ?」
志瑞也は昨日の取り立て屋を思い出し、鞄に入れた手を戻す。
「はぁ… 物語はきび団子で動物をお供にしたけど、俺はキャラメルで妖怪をお供にするのか? 何処に行くからあんな奴らお共にするんだ?……」
志瑞也は、鞄一杯の袋を見ながら想像してみる。
その昔、志瑞太郎が歩いていると、茂みから二匹の妖怪がひょこひょこ現れる。「お主っ、ここはわしらの縄張りじゃぞっ」「持っている物全て置いていくんじゃ」二匹はギロッと志瑞太郎を睨みつける。まったく怖くはないが、取り敢えず志瑞太郎は物語に乗る。「うっうあっ、お前達っ、さては噂に聞く物取りだなっ」指を差し怯えながらも二匹をきっと睨み返す。「こっこんなことするより、俺と鬼退治に行かないか?」二匹は後ろに引き、露骨に嫌な顔をする。「これあげるからさ」志瑞太郎はキャラメルを二匹に見せる。ほのかに甘い香りが二匹の鼻を突くと、じゅるっと涎を垂らした。「付いてくるなら一日一つあげるよ、どうする?」志瑞太郎は悪戯に二匹を見るが、既に二匹は、左右に動かすキャラメルしか見ていない。志瑞太郎は歩きながらほれほれと、二匹が届かない高さでキャラメルを泳がす。「わしにくれっ」「わしにもくれっ」短い足でピョンピョンと交互に飛び跳ね、二匹は両手を上げ志瑞太郎に付いて行くのだった。
……。
「ぷっアハハハハハ! そんなお供、キャラメルあげてでもお断りだよアハハハハハハ! ばぁちゃん朝から笑わせないでよ、俺今日涙もろいんだからさあ」
志瑞也は食卓をバンバン叩き、足に力が入らなくなるほど腹を抱え大声で笑った。涙を拭い重い鞄を担ぐ。昨日の池ポチャ事件のせいか、いつもは台所で洗い物しながら見送る一枝が、今日は志瑞也の前を歩き振り向きながら言う。
「気をつけて行ってくるんだよ、大城さんに私からのお礼、ちゃんと伝えるんだよ」
「わかっているよ、ばぁちゃんアハハ」
志瑞也は一枝の背中に手を置いて、笑いながら玄関まで押す。玄関を開けると門前の電柱には、昨日と同じ大きな烏がこっちをじっと見ていた。
「ばっばぁちゃん! ほらあいつ、今日も居るよ。俺仕事行くけど、ばぁちゃん一人で大丈夫? 襲ってこないかな?」
そう言いながら、志瑞也は烏を見て腕を組む。
「大丈夫、襲うなら昨日の内に襲っていたはずだよ、気にしないで、ほら遅刻したら大城さんに悪いだろ」
やはり一枝は冷静だ。
志瑞也は一枝に抱きつき、耳元でちゃかすように笑いながら言う。
「ばぁちゃん、大城さんのこと好きなのか? 俺は気にしないよ、姉さん女房は今流行りらしいよアハハ」
「もう! お前は何朝から変なこと言ってるんだい、早く行きなさいっ」
一枝は、顔を赤らめながら志瑞也をあしらう。
「アハハハハハ、ばぁちゃん歳の割には美人だから大丈夫だよ、じゃあ行ってきます」
一枝の驚いた顔を見れて満足し、やり返される前に志瑞也は笑いながら走り去った。
志瑞也の後ろ姿を一枝は見送った後、すっと険しい顔付きになり、体ごと電柱の烏に目を向けた。暫くすると烏はその場から泡のように消え、一枝は再び体を元に戻し遠くを見つめる。
「志瑞也…」
その目には、わずかに光るものが滲んでいた。
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