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第六章 寒芍薬
懺悔
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黄虎は夜になるのを待ち、黄怜殿から出て白龍殿へと向かった。
「父上、黄虎です」
「黄虎? 入りなさい」
今頃北宮のはずではと黄理は眉をひそめる。
「…掛けなさい」
黄虎は会釈して椅子に腰掛けた。
「こんな遅くにどうしたのだ? 途中からお前だけ引き返してきたのか?」
「母上は…」
「美虎は今黄水室だ、もう直ぐ戻る」
顔を曇らせる黄虎に、何かあったのかと黄理は険しい顔をする。
「父上、お話があります…」
黄虎は十七の時に見聞きした事から、昨日迄起きた全てを話した。黄理は聞きながら、憤怒の眼差しで拳を震わせた。
バンッ!
「嘘を申すでないっ!」
黄理が机を叩いて立ち上がり怒鳴る。
「父上っ嘘ではありませんっ… 私も何度もそう願いました…でもっ、今も実際に起こっているのですっ…」
黄虎の目の縁は赤く染まっていた。
「そのようなっ、そのような恐ろしいことをっ… 母上がするはずっ…」
「このまま怨霊の力が増すと、祖母上では抑えられないと玄枝様はおっしゃっていました… 父上っ、私は祖母上をっ苦しみから救いたいのですっ…」
「美虎も…手を貸したのか?」
「……恐らく母上は、祖母上が黄怜を、こ…殺すとは思わなかったはずです…うううっ… わ…私と同様に何か起こると分かっていて… なっ何もできなかっただけかと…ううっ…」
「自分の母だけ庇うのかっ!」
「違いますっ…ううっ…」
黄虎は顔を横に振る。
「では何故私に言わなかったっ! 二人共その場に居たのならっ、何故私に一言も相談しなかったのだっ!」
バンッ!
黄理が憤りを露わにする。
父黄理はとても温厚で優しく、叱る時ですら声を張り上げて怒鳴ることなど一度もなかった。初めて見る父の姿に、自分の罪の重さを感じた。だからこそ、黄虎は目を逸らさずに言う。
「こ…怖かったのです… ただ…祖母上が恐ろしくて…怖かったのです…ううっ… わ…私が臆病なあまり…誰にも言えなかったのです…ううっ… 黄怜が本当に死んでからは、も…もっと怖くなりました… はっ母上を庇ったりなどいたしません… できません… でっでも、ち…父上は、母上が黄怜の月命日に、必ず祭壇に行かれてるの…ご存じですか…?」
「そっ、それは…真か?」
「私も最初は存じませんでした… 伯母上から聞かされて分かりました… わ…私と共に行けば良いのに… 何故お一人で行かれてると思われますか? 祭壇では毎回泣かれているそうです… 母上が気が小さくお優しいのは…ううっ… 父上が一番ご存じではないのですか…?」
黄理は何も言えず黙って、涙ながら懸命に訴える息子の姿を見つめる。
「私なりに四神家の事を調べました… 黄龍家が望まなくても、勢力争いは起きております…ううっ… 母上は白虎本家の傍系です… そっその期待にただ答えようと…ううっ…」
「だとしてもだっ」
「父上っ! 母上をお責めになるのならっ… き…気付いていて何も言わなかったっ… 私も同罪ですっ…ぐすっ… 罰したければっ、お好きなようにされても構いませんっ…」
「なっ? 何を申しておるのだっ?」
黄虎は席を立って床に手を突き跪く。
「何をするのだ黄虎っ!」
「ただ…ぐすっ… ただお願いがございますっ… こっ事が解決する迄は… ここにいさせて下さいっ、お願いしますっ…」
黄虎は額を床に擦り付けた。
「黄虎っ」
パン!
戸が開き、美虎が部屋に飛び込み黄虎の側に跪く。
「美虎っ」
「母上っ…」
「黄虎あぁぁっ… ご…ごめんなさいっ…うううっ… ごめんなさいっ… あなたにっ、こっこんな辛い思いさせてっ…ううっ…」
出立前黄虎に、相手を待たせるなと玄華が助言したと知っていた美虎は、自室の前で黄虎の声が聞こえ、旅の途中気が変わって引き返し、早速婚約の話をしに来たのだと、微笑んで戸を開けようとした。突然、机を叩く音と黄理の怒鳴り声で、何事かと聞き耳を立てた。それは、恐ろしくも消せないあの時の話、一気に血の気が引き歯が小刻みに震えだす。だが、母を思う息子の訴えに、美虎は自己保身に走り、息子を追い詰めていたと気付かされた。何と情けない母なのだろうと、泣きながら黄虎の手を取り頭を下げる。
黄虎は美虎の顔を上げさせ、顔を横に振りなが言う。
「母上… 誰も悪くないのです… 誰も…」
「あなたっ、おっお願いです…黄虎だけはっ、ここに置いて下さいっ… 悪いのは私ですっ、うううっ…お願いです…」
泣きじゃくりながら縋る美虎の姿に、黄理は一番何も知らなかった自分を責めた。
二人の元に片膝を突きしゃがんで言う。
「二人共良く聴きなさい、今知った事で直ぐに是非は決められない、私にも考える時間が欲しい… それからお前達は私の大事な家族だ、決して手放したりなどせぬ、特に美虎…不甲斐ない夫ですまなかった。これからは母上の顔色を窺わなくて良い」
優しく見つめる黄理の眼差しは、美虎の心の鎖を解いた。
「あっあなた… ごめんなさいっ…ううっ… わ…私、あっ…あなたに嫌われてしまうと…思って、ごめんなさいっ…」
黄理は美虎の肩をそっと抱き寄せる。
「君も黄虎も黄怜のことで十分苦しんだ… 今度は私の番だ、よいな美虎?」
黄理は美虎に優しく微笑む。
「あっあなたぁぁぁ…うううっ…」
美虎は黄理の胸元にしがみつく。
「お前もだ、黄虎」
「はっ、はい父上っ」
黄理の姿は家族を思う父、一人の女子を愛する男子、神家を背負う宗主としての象徴だった。黄虎は玄枝の言った意味がやっと理解できた。決めつけるのではなく受け入れる、父黄理は正にその通りの人だった。この日、二人を長い呪縛から解放してくれたのは、一番何も知らないと思っていた父黄理だった。
「父上、黄虎です」
「黄虎? 入りなさい」
今頃北宮のはずではと黄理は眉をひそめる。
「…掛けなさい」
黄虎は会釈して椅子に腰掛けた。
「こんな遅くにどうしたのだ? 途中からお前だけ引き返してきたのか?」
「母上は…」
「美虎は今黄水室だ、もう直ぐ戻る」
顔を曇らせる黄虎に、何かあったのかと黄理は険しい顔をする。
「父上、お話があります…」
黄虎は十七の時に見聞きした事から、昨日迄起きた全てを話した。黄理は聞きながら、憤怒の眼差しで拳を震わせた。
バンッ!
「嘘を申すでないっ!」
黄理が机を叩いて立ち上がり怒鳴る。
「父上っ嘘ではありませんっ… 私も何度もそう願いました…でもっ、今も実際に起こっているのですっ…」
黄虎の目の縁は赤く染まっていた。
「そのようなっ、そのような恐ろしいことをっ… 母上がするはずっ…」
「このまま怨霊の力が増すと、祖母上では抑えられないと玄枝様はおっしゃっていました… 父上っ、私は祖母上をっ苦しみから救いたいのですっ…」
「美虎も…手を貸したのか?」
「……恐らく母上は、祖母上が黄怜を、こ…殺すとは思わなかったはずです…うううっ… わ…私と同様に何か起こると分かっていて… なっ何もできなかっただけかと…ううっ…」
「自分の母だけ庇うのかっ!」
「違いますっ…ううっ…」
黄虎は顔を横に振る。
「では何故私に言わなかったっ! 二人共その場に居たのならっ、何故私に一言も相談しなかったのだっ!」
バンッ!
黄理が憤りを露わにする。
父黄理はとても温厚で優しく、叱る時ですら声を張り上げて怒鳴ることなど一度もなかった。初めて見る父の姿に、自分の罪の重さを感じた。だからこそ、黄虎は目を逸らさずに言う。
「こ…怖かったのです… ただ…祖母上が恐ろしくて…怖かったのです…ううっ… わ…私が臆病なあまり…誰にも言えなかったのです…ううっ… 黄怜が本当に死んでからは、も…もっと怖くなりました… はっ母上を庇ったりなどいたしません… できません… でっでも、ち…父上は、母上が黄怜の月命日に、必ず祭壇に行かれてるの…ご存じですか…?」
「そっ、それは…真か?」
「私も最初は存じませんでした… 伯母上から聞かされて分かりました… わ…私と共に行けば良いのに… 何故お一人で行かれてると思われますか? 祭壇では毎回泣かれているそうです… 母上が気が小さくお優しいのは…ううっ… 父上が一番ご存じではないのですか…?」
黄理は何も言えず黙って、涙ながら懸命に訴える息子の姿を見つめる。
「私なりに四神家の事を調べました… 黄龍家が望まなくても、勢力争いは起きております…ううっ… 母上は白虎本家の傍系です… そっその期待にただ答えようと…ううっ…」
「だとしてもだっ」
「父上っ! 母上をお責めになるのならっ… き…気付いていて何も言わなかったっ… 私も同罪ですっ…ぐすっ… 罰したければっ、お好きなようにされても構いませんっ…」
「なっ? 何を申しておるのだっ?」
黄虎は席を立って床に手を突き跪く。
「何をするのだ黄虎っ!」
「ただ…ぐすっ… ただお願いがございますっ… こっ事が解決する迄は… ここにいさせて下さいっ、お願いしますっ…」
黄虎は額を床に擦り付けた。
「黄虎っ」
パン!
戸が開き、美虎が部屋に飛び込み黄虎の側に跪く。
「美虎っ」
「母上っ…」
「黄虎あぁぁっ… ご…ごめんなさいっ…うううっ… ごめんなさいっ… あなたにっ、こっこんな辛い思いさせてっ…ううっ…」
出立前黄虎に、相手を待たせるなと玄華が助言したと知っていた美虎は、自室の前で黄虎の声が聞こえ、旅の途中気が変わって引き返し、早速婚約の話をしに来たのだと、微笑んで戸を開けようとした。突然、机を叩く音と黄理の怒鳴り声で、何事かと聞き耳を立てた。それは、恐ろしくも消せないあの時の話、一気に血の気が引き歯が小刻みに震えだす。だが、母を思う息子の訴えに、美虎は自己保身に走り、息子を追い詰めていたと気付かされた。何と情けない母なのだろうと、泣きながら黄虎の手を取り頭を下げる。
黄虎は美虎の顔を上げさせ、顔を横に振りなが言う。
「母上… 誰も悪くないのです… 誰も…」
「あなたっ、おっお願いです…黄虎だけはっ、ここに置いて下さいっ… 悪いのは私ですっ、うううっ…お願いです…」
泣きじゃくりながら縋る美虎の姿に、黄理は一番何も知らなかった自分を責めた。
二人の元に片膝を突きしゃがんで言う。
「二人共良く聴きなさい、今知った事で直ぐに是非は決められない、私にも考える時間が欲しい… それからお前達は私の大事な家族だ、決して手放したりなどせぬ、特に美虎…不甲斐ない夫ですまなかった。これからは母上の顔色を窺わなくて良い」
優しく見つめる黄理の眼差しは、美虎の心の鎖を解いた。
「あっあなた… ごめんなさいっ…ううっ… わ…私、あっ…あなたに嫌われてしまうと…思って、ごめんなさいっ…」
黄理は美虎の肩をそっと抱き寄せる。
「君も黄虎も黄怜のことで十分苦しんだ… 今度は私の番だ、よいな美虎?」
黄理は美虎に優しく微笑む。
「あっあなたぁぁぁ…うううっ…」
美虎は黄理の胸元にしがみつく。
「お前もだ、黄虎」
「はっ、はい父上っ」
黄理の姿は家族を思う父、一人の女子を愛する男子、神家を背負う宗主としての象徴だった。黄虎は玄枝の言った意味がやっと理解できた。決めつけるのではなく受け入れる、父黄理は正にその通りの人だった。この日、二人を長い呪縛から解放してくれたのは、一番何も知らないと思っていた父黄理だった。
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