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第七章 百日草
不在の友を想う
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座学試験では、七年前と変わらず一位黄怜、二位蒼万だった。三位葵、四位朱翔、五位黄虎、六位柊虎、七位玄弥と磨虎は相変わらず十位以内にも入らない。順位を落とし柊虎が落ち込んでいると思い、黄怜は声をかけたが「今回座学には力を入れていない、まあ見てろ」と笑う。
その言葉通り、実技応用試験では磨虎と柊虎が残り、双子の兄弟対決が大いに盛り上がった。決着がつかず苛ついた磨虎が、また神獣を出しては困ると判断し、二人が一位対ということになった。柊虎なら兄磨虎に譲りそうだったが、いつになく真剣だった。柊虎に「おめでとう、かっこ良かったよ」と言うと、左側に垂れた前髪をかき上げ「惚れたか?」笑いながら汗を拭う。「そういう台詞は女子に言えよっ」片眉を上げて笑うと「そうだな」微笑んだ。その眩しい微笑みに、葵が柊虎に惹かれるのが分かる気がした。
実技基本試験では、やはり蒼万の型と葵いの剣舞は満場一致で、玄弥の型には更に磨きがかかり、抹額の紐の揺れさえも無駄のない動きをしていた。だが一番驚いたのは、朱翔の笛と妹朱夏の琴だった。朱雀家は音に長けていると知ってはいても、あの朱翔が奏でる音色には誰もが心を奪われた。切なさや悲しさを浄化した後、喜びを引き出しその中に愛を感じさせる。黄怜は亡き父黄一を思い出し涙ぐんだ。演奏後に朱翔に駆け寄り「父上を思い出したよ、ありがとう」抱きついた。初めは驚いていた朱翔だが、そっと抱き返し頭をなで「また聞かせてやるよ」と微笑む。本当の朱翔は、情に厚くて優しいのだと黄怜は知った。
全試験終了後、実技選抜者以外は準備の手伝いだ。黄怜が荷物を運んでいると、庭園で何やら揉めている声が聞こえた。
(ん? あの声は磨虎ね、ったくもう、いつも誰かに喧嘩売って…)
黄怜は鼻息をついて声のする方に歩く。
(あれ? 柊虎もいる…朱翔も、何で磨虎を止めないのかしら? 相手は誰?)
黄怜はゆっくり近付く。
磨虎が怒鳴って相手の胸ぐらを掴む。
「蒼万っ、私は本当のことを言っただけだっ、神力が低いから試合ができないのだろっ? 隠さないではっきり言いやがれっ!」
「兄上っおやめ下さいっ」
朱翔が言う。
「蒼万、私達はお前を苛めたい訳じゃない、お前は何も言わないから誤解されるんだ」
「…私に構うな」
「なっ、こいつ!」
磨虎が更に怒る。
「蒼万っ、お前もその態度どうにかしろっ」
珍しく柊虎の口調も強かった。
「……」
朱翔が腰に手をあて鼻息をつく。
「ほらな? 何も言わない、はぁ…二人共行こう」
「こっちが下手に出たらいい気になりやがってっ はっ、私に勝てると思っているのかっ!」
磨虎は胸ぐらを突き放し朱翔と去って行く。
「蒼万、兄上はあの性格だ」
「わかっている」
「わかっているなら、お前も言葉を選べ…」
蒼万は黙りながら崩された衿元を正す。
「一緒にやらないのか?」
「私は一人でする」
「わかった…」
柊虎も鼻息をついて去って行く。
成長した男子同士の喧嘩は以前の時と違い、迫力があり黄怜では止めに入るのは無理だった。黄怜はただ一人残された蒼万を見ていた。何故か蒼万の心を通じてみたくなり、少し近付き力を使う。
(………)
何も通じてこずもう一歩近付く。
カサッ…
「誰だ」
「あっ、そっ蒼万っ、私はたまたま…」
黄怜は蒼万と目が合ってしまった。
「…(黄怜か…)」
ドキン!
「…(……)」
蒼万は何も言わず去って行く。
こんなにも低く沈んだ声で、自分の名を聞いたことがない。動悸が収まらず、黄怜は激しい胸の痛みに戸惑った。
二日間の天命懇神義も無事に終わり、夜は宴会となっていた。玄武家から日頃手に入らない秘蔵の亀酒が届き、十五以上の若者達は挙って飛びつく。しかし、亀酒は甘く口当たりは良いが、とても強い酒だ。呑み慣れていない者達は次々に酔い潰れ、あちらこちらで蛹の様に寝ている。この機会に仲良くなった男女も多く、二人で庭園に散策に行くのもいれば、手を握り合って座っている者達もいる。黄虎も虎春と一緒に仲良く座り、玄弥は相変わらず葵を追いかけていた。そんな光景を見渡しながら、黄怜は無意識に誰かを探していた。
隣に座る柊虎に話しかける。
「柊虎あのさ、ちょっと、聞きたいことがあるんだけど…」
「どうした黄怜?」
「同じ人をよく目で追うようになるのは……何でかな?」
「黄怜…どういうことだ?」
柊虎が険しい顔で黄怜を見る。
「あっ、いやっ、最近さ、前はそんなに目に入らなかったのに、よく見るなって思ってたら、じっ自分が探しているって、気付いて…」
「それは…誰なのだ?」
「あっ、いやっ、その…」
黄怜は目を泳がせた。
「黄怜っやっとだな!」
「朱翔わかるのかっ? これは一体何だ?」
向かいに座る朱翔が、怪しげな笑を浮かべながら言う。
「それはな、恋だ!」
「…え?」
「お前はその人のことが気になって気になって仕方がなくて、無意識に目で追って探してしまうんだっ、で、誰なんだ? 何処の女だ? ここに居るのか? それとも昨日今日で来てた神家の女か?ハハハハ 教えろよ黄怜!」
朱翔はとても楽しそうに絡んでくる。
黄怜は動揺で口がカラカラになり、お茶を一気に飲み干す。
「…なっ何だこのお茶っ、あ、いや、違う、違うんだっ」
朱翔は片眉を上げる。
「違う? その顔は嘘だなハハハハ 教えろよお黄怜!」
「わ、私の勘違いだっ ごっごめんっ、ちょと荷物片付けてくるっ」
黄怜は慌てて席を立って出て行く。
「今から何の荷物を片付けるんだ?ハハハ 黄怜の奴あんな顔真っ赤にして、好きな人ができましたって、言っているようなもんじゃないかハハハハ、初恋か?ハハハ」
朱翔は笑いながら酒を呑んだ。
「……」
柊虎は黙って机の下で拳を握りしめた。
黄怜は話の途中から動悸が激しくなり、のぼせそうになっていた。顔を冷そうと殿の出入口で夜風に当たりながらも、ぐるぐると考えだす。
(恋? 私が? 蒼万を? 好き?)
「通れない」
ドキン!
背後から低く沈むような声がした。
恐る恐る振り返る。
「そっ…蒼万っ」
「……」
「あ、ご、ごめんっ」
黄怜は横に避けて通路を開けると、目の前を蒼万が横切る。ふわっと蒼万から甘い香りがしたと同時に、鼓動が速くなり顔がまた熱くなりだした。
蒼万は振り返ることなく去って行く。
黄怜は目眩がした。
(私、蒼万が… 好き…なの…?)
「黄怜?」
「柊虎っ」
「今こっちに蒼万来なかったか?」
「あ、あ、あっちっ、あっちへ行ったっ」
黄怜は慌てて指を差し、柊虎が宿屋の方を見ながら言う。
「ったく、あいつ玄武家からの亀酒を全部呑み干したのだ……どうした黄怜?」
柊虎が黄怜の額に触れる。
「黄怜顔が熱いが、大丈夫か?」
「だっ大丈…夫……」
「黄怜っ!」
黄怜は起きたら自殿の自室だった。あの後黄怜はそのまま倒れ、慌てた黄虎が急ぎ千玄を呼び、最終日だからとそのまま黄怜殿に連れてきたのだ。柊虎が怪しいと思い朱翔を問い詰めると、お茶に亀酒を混ぜたと白状した。黄虎から話を聞いて、朱翔ならやりかねないと、苦笑いするしかなかった。だが、玄華にその話を聞かれ、何も悪くない黄虎も一緒に叱られてしまった。余程玄華が怖かったのか、泣きべそをかく黄虎に、黄怜はおまじないしてあげた。
皆とお別れができず泣きそうになったが、本当は最後にもう一度、蒼万に会いたかったのかもしれない。蒼万を思い出すとあの声に触れたくなる。蒼万を慕っているのだと、黄怜はやっと気付いたのだった。
その言葉通り、実技応用試験では磨虎と柊虎が残り、双子の兄弟対決が大いに盛り上がった。決着がつかず苛ついた磨虎が、また神獣を出しては困ると判断し、二人が一位対ということになった。柊虎なら兄磨虎に譲りそうだったが、いつになく真剣だった。柊虎に「おめでとう、かっこ良かったよ」と言うと、左側に垂れた前髪をかき上げ「惚れたか?」笑いながら汗を拭う。「そういう台詞は女子に言えよっ」片眉を上げて笑うと「そうだな」微笑んだ。その眩しい微笑みに、葵が柊虎に惹かれるのが分かる気がした。
実技基本試験では、やはり蒼万の型と葵いの剣舞は満場一致で、玄弥の型には更に磨きがかかり、抹額の紐の揺れさえも無駄のない動きをしていた。だが一番驚いたのは、朱翔の笛と妹朱夏の琴だった。朱雀家は音に長けていると知ってはいても、あの朱翔が奏でる音色には誰もが心を奪われた。切なさや悲しさを浄化した後、喜びを引き出しその中に愛を感じさせる。黄怜は亡き父黄一を思い出し涙ぐんだ。演奏後に朱翔に駆け寄り「父上を思い出したよ、ありがとう」抱きついた。初めは驚いていた朱翔だが、そっと抱き返し頭をなで「また聞かせてやるよ」と微笑む。本当の朱翔は、情に厚くて優しいのだと黄怜は知った。
全試験終了後、実技選抜者以外は準備の手伝いだ。黄怜が荷物を運んでいると、庭園で何やら揉めている声が聞こえた。
(ん? あの声は磨虎ね、ったくもう、いつも誰かに喧嘩売って…)
黄怜は鼻息をついて声のする方に歩く。
(あれ? 柊虎もいる…朱翔も、何で磨虎を止めないのかしら? 相手は誰?)
黄怜はゆっくり近付く。
磨虎が怒鳴って相手の胸ぐらを掴む。
「蒼万っ、私は本当のことを言っただけだっ、神力が低いから試合ができないのだろっ? 隠さないではっきり言いやがれっ!」
「兄上っおやめ下さいっ」
朱翔が言う。
「蒼万、私達はお前を苛めたい訳じゃない、お前は何も言わないから誤解されるんだ」
「…私に構うな」
「なっ、こいつ!」
磨虎が更に怒る。
「蒼万っ、お前もその態度どうにかしろっ」
珍しく柊虎の口調も強かった。
「……」
朱翔が腰に手をあて鼻息をつく。
「ほらな? 何も言わない、はぁ…二人共行こう」
「こっちが下手に出たらいい気になりやがってっ はっ、私に勝てると思っているのかっ!」
磨虎は胸ぐらを突き放し朱翔と去って行く。
「蒼万、兄上はあの性格だ」
「わかっている」
「わかっているなら、お前も言葉を選べ…」
蒼万は黙りながら崩された衿元を正す。
「一緒にやらないのか?」
「私は一人でする」
「わかった…」
柊虎も鼻息をついて去って行く。
成長した男子同士の喧嘩は以前の時と違い、迫力があり黄怜では止めに入るのは無理だった。黄怜はただ一人残された蒼万を見ていた。何故か蒼万の心を通じてみたくなり、少し近付き力を使う。
(………)
何も通じてこずもう一歩近付く。
カサッ…
「誰だ」
「あっ、そっ蒼万っ、私はたまたま…」
黄怜は蒼万と目が合ってしまった。
「…(黄怜か…)」
ドキン!
「…(……)」
蒼万は何も言わず去って行く。
こんなにも低く沈んだ声で、自分の名を聞いたことがない。動悸が収まらず、黄怜は激しい胸の痛みに戸惑った。
二日間の天命懇神義も無事に終わり、夜は宴会となっていた。玄武家から日頃手に入らない秘蔵の亀酒が届き、十五以上の若者達は挙って飛びつく。しかし、亀酒は甘く口当たりは良いが、とても強い酒だ。呑み慣れていない者達は次々に酔い潰れ、あちらこちらで蛹の様に寝ている。この機会に仲良くなった男女も多く、二人で庭園に散策に行くのもいれば、手を握り合って座っている者達もいる。黄虎も虎春と一緒に仲良く座り、玄弥は相変わらず葵を追いかけていた。そんな光景を見渡しながら、黄怜は無意識に誰かを探していた。
隣に座る柊虎に話しかける。
「柊虎あのさ、ちょっと、聞きたいことがあるんだけど…」
「どうした黄怜?」
「同じ人をよく目で追うようになるのは……何でかな?」
「黄怜…どういうことだ?」
柊虎が険しい顔で黄怜を見る。
「あっ、いやっ、最近さ、前はそんなに目に入らなかったのに、よく見るなって思ってたら、じっ自分が探しているって、気付いて…」
「それは…誰なのだ?」
「あっ、いやっ、その…」
黄怜は目を泳がせた。
「黄怜っやっとだな!」
「朱翔わかるのかっ? これは一体何だ?」
向かいに座る朱翔が、怪しげな笑を浮かべながら言う。
「それはな、恋だ!」
「…え?」
「お前はその人のことが気になって気になって仕方がなくて、無意識に目で追って探してしまうんだっ、で、誰なんだ? 何処の女だ? ここに居るのか? それとも昨日今日で来てた神家の女か?ハハハハ 教えろよ黄怜!」
朱翔はとても楽しそうに絡んでくる。
黄怜は動揺で口がカラカラになり、お茶を一気に飲み干す。
「…なっ何だこのお茶っ、あ、いや、違う、違うんだっ」
朱翔は片眉を上げる。
「違う? その顔は嘘だなハハハハ 教えろよお黄怜!」
「わ、私の勘違いだっ ごっごめんっ、ちょと荷物片付けてくるっ」
黄怜は慌てて席を立って出て行く。
「今から何の荷物を片付けるんだ?ハハハ 黄怜の奴あんな顔真っ赤にして、好きな人ができましたって、言っているようなもんじゃないかハハハハ、初恋か?ハハハ」
朱翔は笑いながら酒を呑んだ。
「……」
柊虎は黙って机の下で拳を握りしめた。
黄怜は話の途中から動悸が激しくなり、のぼせそうになっていた。顔を冷そうと殿の出入口で夜風に当たりながらも、ぐるぐると考えだす。
(恋? 私が? 蒼万を? 好き?)
「通れない」
ドキン!
背後から低く沈むような声がした。
恐る恐る振り返る。
「そっ…蒼万っ」
「……」
「あ、ご、ごめんっ」
黄怜は横に避けて通路を開けると、目の前を蒼万が横切る。ふわっと蒼万から甘い香りがしたと同時に、鼓動が速くなり顔がまた熱くなりだした。
蒼万は振り返ることなく去って行く。
黄怜は目眩がした。
(私、蒼万が… 好き…なの…?)
「黄怜?」
「柊虎っ」
「今こっちに蒼万来なかったか?」
「あ、あ、あっちっ、あっちへ行ったっ」
黄怜は慌てて指を差し、柊虎が宿屋の方を見ながら言う。
「ったく、あいつ玄武家からの亀酒を全部呑み干したのだ……どうした黄怜?」
柊虎が黄怜の額に触れる。
「黄怜顔が熱いが、大丈夫か?」
「だっ大丈…夫……」
「黄怜っ!」
黄怜は起きたら自殿の自室だった。あの後黄怜はそのまま倒れ、慌てた黄虎が急ぎ千玄を呼び、最終日だからとそのまま黄怜殿に連れてきたのだ。柊虎が怪しいと思い朱翔を問い詰めると、お茶に亀酒を混ぜたと白状した。黄虎から話を聞いて、朱翔ならやりかねないと、苦笑いするしかなかった。だが、玄華にその話を聞かれ、何も悪くない黄虎も一緒に叱られてしまった。余程玄華が怖かったのか、泣きべそをかく黄虎に、黄怜はおまじないしてあげた。
皆とお別れができず泣きそうになったが、本当は最後にもう一度、蒼万に会いたかったのかもしれない。蒼万を思い出すとあの声に触れたくなる。蒼万を慕っているのだと、黄怜はやっと気付いたのだった。
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