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第八章 莢迷
母からの贈り物
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朱翔は南宮に戻り、事の経緯と玄枝からの託けを祖父晟朱に伝えた。父朱能は「辛い酒か」とだけ聞き「だいぶ寝かせ過ぎでした」朱翔は答えた。
黄虎は両親と話した後、事が解決するまではと一人、黄怜殿で過ごしていた。本日子の刻、黄龍殿で集会が開かれる。黄虎は気持ちが落ち着かず、夜に庭園を散策していると、空から大きな鳥が飛んできた。
「あれは、雲雀か?」
庭園にぶわっと着地し、雲雀はツタツタと黄虎に近付き嘴に咥えた文を渡す。黄虎は羽根を持っていない、何事かと急ぎ文を開ける。そこには大きな文字で〝あ・け・ろ〟と書かれていた。「ん?」黄虎は文を逆さにしたり、文字を並び替えたりするも全く意味が分からず、首を傾げながら雲雀に尋ねる。
「これは朱翔が書いたのか?」
「クピッ」
「本当に?」
「クピッ」
「…お前この文字の意味がわかるか?」
「クピッ」
「……」
鳥語が分からず、文を渡そうにも返事を書くことすらできない。仕方なく、帰らない雲雀と一緒に散策することにした。雲雀は黄虎の側に付き添い、黄虎が止まると止まり、歩きだすとまた付いてくる。黄虎が首を傾げると雲雀も「クピッ」首を傾げ、その不可解な行動に黄虎は再度尋ねてみる。
「朱翔は何処だ?」
「クピッ」
ツタツタ歩き出し門の前で止まる。
「クピッ」
黄虎はやっと手紙の内容を理解し、閂を抜きそっと門を開ける。ひょこっと顔だけ出して、暗闇に目を凝らし辺りを見渡すと、通路反対側端っこの影に、小さく縮こまる朱翔がいた。
「おいっ、朱翔っ」
黄虎は小声で呼びかけ手招きする。
「お前っ遅いよっ、どれだけ待たせるんだよっ」
朱翔は小声で不満を飛ばし、屈みながら通路を渡り門に向かう。
「おいっ」
背後からの声に、びくっと肩を跳ね上げ固まる。「まずいっ」黄虎は咄嗟に門を閉じ、朱翔は屈んだまま恐る恐る振り返る。耳と目を研ぎ澄まし複数の鼓動を聞き取るも、全員が乱れて数が分からず、流石に暗闇で重なられては確認もできない。朱翔は緊張から冷や汗を垂らす。その複数の影の中から、一人が徐々に近付いて来た。
「…ん? ひっ柊んーっ!…」
「しっ」
朱翔は思わず声を上げてしまい、柊虎に口を手で塞がれた。全員が朱翔の声にひやっとして、体を低くし声を殺す。柊虎は朱翔の口を手で押さえながら目配せし、朱翔は無言でこくこく頷き口から手を離してもらう。全員が屈みながら塀の壁に沿って一列に並び、朱翔は一緒にいるのは恐らく蒼万達だと気づき、門に向かってぞろぞろ引き連れた。
朱翔が小声で閉じた門の隙間から言う。
「おいっ黄虎っ、開けろっ」
黄虎はそっと門を開けると、一人、二人、三人…次々に中に入る列に何事かと驚く。残りがいないのを確認し、門を閉め閂をかけ振り返った。
「ひっ柊虎? 蒼万? 伯母上に千玄っ、そっ、それにっ、こっ、この者はっ…(まさかっ…)」
黄怜は黄虎に飛びつく。
「黄虎っ、会いたかったわ!」
「きっ…(黄怜っ?)」
黄虎は固まってしまう。
黄怜は久々に感じる黄虎の温もりに目頭が熱くなり、黄虎の頬に両手を添え顔を見ながら話す。
「黄虎…あの日、私を助けてくれて… ありがとう…」
「ほ、本当に…(黄怜…)」
「えぇ、私よ…怖がりや、泣き虫は… 直った?」
「きっ黄怜っ! うあぁぁぁっ…(黄怜っ…)」
黄虎は黄怜を抱きしめる。
「ごめんね黄虎… 本当にごめんなさい… あなたは私の大切な弟、大好きよ…」
「きっ黄怜っ…ううっ… 会ったら言おうと… 姉上と…ううっ…(守れなくて…ごめんよ…)」
黄怜は黄虎の頭をなでながら言う。
「ありがとう黄虎… もう苦しまないで… 成長したあなたに会えて、嬉しいわ…」
そう言って、黄怜は黄虎の両頬におまじないすると、黄虎はあの頃と同じ顔で驚き泣き止む。黄怜は長年の涙の分を含め、沢山おまじないしたい気持ちを抑え微笑む。
やはり黄怜にとって黄虎は、幾つになっても可愛い弟のままなのだろう。絵面に多少の違和感を抱えながらも、朱翔は忠告する気が失せてしまった。ふと思い出し柊虎を見ると、普通に微笑んで二人を見ている。むしろ蒼万の方が前のめりに二人を睨み付け、横にいる柊虎に腕を掴まれ阻まれていた。ここに来るまでに何かあったのか、朱翔は腕を組み怪しげに微笑む。
子の刻まで、七人はここで待機することにした。玄華と千玄は庭園に、黄怜の自室前の廊下に黄虎と朱翔、その下の石段に蒼万と柊虎は腰掛けた。黄怜は二十三年振りに自室に入ると、全ての家具や配置が、あの頃と変わっていないことに驚く。収納棚の引出しを開けると、女子の衣が入っていた。
黄怜は玄華を呼び中に入れ尋ねる。
「母上、これは?」
「あなたのよ黄怜、いつか着せてあげたくて、ずっと用意していたのよ(あなたが十三の頃から集めていたのよ)」
黄怜は目頭が熱くなり、声を震わせながら言う。
「は…母上… 着せてもらえますか?」
「えぇもちろんよ、母が髪も結ってお化粧もしてあげるわ(私が綺麗にしてあげるわ…)」
「母上…」
玄華は黄怜に黄龍家女子の装束を着付けし、髪を櫛で解き後ろで束ね金の紐で結ぶ。向かい合い白粉と頬紅を軽くのせ、唇に紅を塗ってあげた。
「黄怜、綺麗よ…(黄一に…見せてあげたかったわ…)」
黄怜は棚を開け、黄一から貰った飾箱を取り出す。蓋を開け中から金の羽織を手に取り、ふわっと身に纏う。袖も裾も、長さはいうまでもない。
「母上…おかしくありませんか?」
「大丈夫よ黄怜、とても綺麗よ…(本当に、美しいわ…)」
玄華は黄怜の頬をなでる。
「ありがとうございます… 母上…」
玄華は自分の髪飾りを一つ取り黄怜に見せる。金で作られた櫛型の髪飾りには、大中小三匹の龍が細工され、龍の口には緑瑪瑙の玉が埋め込まれていた。
「これは私からよ…(ずっと欲しがっていたでしょ…)」
黄怜の横髪をかき上げ後ろの束に固定した。
「母上…」
黄怜は泣きながら玄華に抱きつく。
「あ…ありがとうございます…」
「ふふふ、折角のお化粧が落ちてしまうわ(黄怜、ありがとう…)」
玄華は黄怜の背中を摩った後、微笑みながら涙を拭ってあげた。
「皆に見せてきます」
「えぇ」
二人は微笑み合った。
黄怜は自室の戸開け、目の前に居た黄虎に抱きつく。
「黄虎!」
「わっ…」
「どう?」
黄怜は黄虎にくるっと一回転して見せるも、黄虎は目を見開いて固まる。
「あっ、ああ…」
「何よそれっ 朱翔っ、どう?」
「へ? うっうん…」
「もうっ、男子に聞いても駄目ね、千玄!」
黄怜は廊下を通り、着なれない衣でゆっくり石段を下りて庭園に向かう。
「千玄どう? 母上が着付けしてくれて、髪飾りもくれたのよ!」
千玄は涙ぐみながら言う。
「黄怜様… とても…とても美しくお似合いです…」
「ありがとうアハハハ」
……。
黄怜が自室を出てきた時から、男子四人は空いた口が塞がらず、目の前を通り庭園に行く姿を目で追っていた。
黄怜を見ながら朱翔が言う。
「…なっなぁ、柊虎」
「…何だ」
「…ちょっと、背丈のある… 女にしか見えないが、あれは… 女装になるのか?」
羽織を振り翳して嬉しそうに笑う黄怜を、柊虎は見つめながら言う。
「…志瑞也は元々男の割には線が細い、だからあの格好でも……綺麗に見えるのだよ」
蒼万がすっと立ち上がり歩きだす。
「蒼万っ!」
瞬時に、柊虎は蒼万の腕を掴んで引き止める。柊虎の腕を振り切ろうとする蒼万の瞳は、何をしようとしているのか一目瞭然だ。柊虎は立ち上がり、蒼万の耳元で小声で言う。
「志瑞也ではない…」
「……」
その言葉に、蒼万はうつむいて黙り、柊虎が手を離すと何処かへ立ち去る。
黄虎が不思議そうに尋ねる。
「柊虎、蒼万はどうしたのだ?」
「何でもないよ…」
そう言って、柊虎は再び黄怜を見る。蒼万は我を忘れ、思わず志瑞也を抱きしめたくなったのだろう。柊虎もまた、同じ気持ちだった。子の刻まで後一刻。あまりにも緊張感の無い雰囲気に、全員が違和感を感じていた。
黄虎は両親と話した後、事が解決するまではと一人、黄怜殿で過ごしていた。本日子の刻、黄龍殿で集会が開かれる。黄虎は気持ちが落ち着かず、夜に庭園を散策していると、空から大きな鳥が飛んできた。
「あれは、雲雀か?」
庭園にぶわっと着地し、雲雀はツタツタと黄虎に近付き嘴に咥えた文を渡す。黄虎は羽根を持っていない、何事かと急ぎ文を開ける。そこには大きな文字で〝あ・け・ろ〟と書かれていた。「ん?」黄虎は文を逆さにしたり、文字を並び替えたりするも全く意味が分からず、首を傾げながら雲雀に尋ねる。
「これは朱翔が書いたのか?」
「クピッ」
「本当に?」
「クピッ」
「…お前この文字の意味がわかるか?」
「クピッ」
「……」
鳥語が分からず、文を渡そうにも返事を書くことすらできない。仕方なく、帰らない雲雀と一緒に散策することにした。雲雀は黄虎の側に付き添い、黄虎が止まると止まり、歩きだすとまた付いてくる。黄虎が首を傾げると雲雀も「クピッ」首を傾げ、その不可解な行動に黄虎は再度尋ねてみる。
「朱翔は何処だ?」
「クピッ」
ツタツタ歩き出し門の前で止まる。
「クピッ」
黄虎はやっと手紙の内容を理解し、閂を抜きそっと門を開ける。ひょこっと顔だけ出して、暗闇に目を凝らし辺りを見渡すと、通路反対側端っこの影に、小さく縮こまる朱翔がいた。
「おいっ、朱翔っ」
黄虎は小声で呼びかけ手招きする。
「お前っ遅いよっ、どれだけ待たせるんだよっ」
朱翔は小声で不満を飛ばし、屈みながら通路を渡り門に向かう。
「おいっ」
背後からの声に、びくっと肩を跳ね上げ固まる。「まずいっ」黄虎は咄嗟に門を閉じ、朱翔は屈んだまま恐る恐る振り返る。耳と目を研ぎ澄まし複数の鼓動を聞き取るも、全員が乱れて数が分からず、流石に暗闇で重なられては確認もできない。朱翔は緊張から冷や汗を垂らす。その複数の影の中から、一人が徐々に近付いて来た。
「…ん? ひっ柊んーっ!…」
「しっ」
朱翔は思わず声を上げてしまい、柊虎に口を手で塞がれた。全員が朱翔の声にひやっとして、体を低くし声を殺す。柊虎は朱翔の口を手で押さえながら目配せし、朱翔は無言でこくこく頷き口から手を離してもらう。全員が屈みながら塀の壁に沿って一列に並び、朱翔は一緒にいるのは恐らく蒼万達だと気づき、門に向かってぞろぞろ引き連れた。
朱翔が小声で閉じた門の隙間から言う。
「おいっ黄虎っ、開けろっ」
黄虎はそっと門を開けると、一人、二人、三人…次々に中に入る列に何事かと驚く。残りがいないのを確認し、門を閉め閂をかけ振り返った。
「ひっ柊虎? 蒼万? 伯母上に千玄っ、そっ、それにっ、こっ、この者はっ…(まさかっ…)」
黄怜は黄虎に飛びつく。
「黄虎っ、会いたかったわ!」
「きっ…(黄怜っ?)」
黄虎は固まってしまう。
黄怜は久々に感じる黄虎の温もりに目頭が熱くなり、黄虎の頬に両手を添え顔を見ながら話す。
「黄虎…あの日、私を助けてくれて… ありがとう…」
「ほ、本当に…(黄怜…)」
「えぇ、私よ…怖がりや、泣き虫は… 直った?」
「きっ黄怜っ! うあぁぁぁっ…(黄怜っ…)」
黄虎は黄怜を抱きしめる。
「ごめんね黄虎… 本当にごめんなさい… あなたは私の大切な弟、大好きよ…」
「きっ黄怜っ…ううっ… 会ったら言おうと… 姉上と…ううっ…(守れなくて…ごめんよ…)」
黄怜は黄虎の頭をなでながら言う。
「ありがとう黄虎… もう苦しまないで… 成長したあなたに会えて、嬉しいわ…」
そう言って、黄怜は黄虎の両頬におまじないすると、黄虎はあの頃と同じ顔で驚き泣き止む。黄怜は長年の涙の分を含め、沢山おまじないしたい気持ちを抑え微笑む。
やはり黄怜にとって黄虎は、幾つになっても可愛い弟のままなのだろう。絵面に多少の違和感を抱えながらも、朱翔は忠告する気が失せてしまった。ふと思い出し柊虎を見ると、普通に微笑んで二人を見ている。むしろ蒼万の方が前のめりに二人を睨み付け、横にいる柊虎に腕を掴まれ阻まれていた。ここに来るまでに何かあったのか、朱翔は腕を組み怪しげに微笑む。
子の刻まで、七人はここで待機することにした。玄華と千玄は庭園に、黄怜の自室前の廊下に黄虎と朱翔、その下の石段に蒼万と柊虎は腰掛けた。黄怜は二十三年振りに自室に入ると、全ての家具や配置が、あの頃と変わっていないことに驚く。収納棚の引出しを開けると、女子の衣が入っていた。
黄怜は玄華を呼び中に入れ尋ねる。
「母上、これは?」
「あなたのよ黄怜、いつか着せてあげたくて、ずっと用意していたのよ(あなたが十三の頃から集めていたのよ)」
黄怜は目頭が熱くなり、声を震わせながら言う。
「は…母上… 着せてもらえますか?」
「えぇもちろんよ、母が髪も結ってお化粧もしてあげるわ(私が綺麗にしてあげるわ…)」
「母上…」
玄華は黄怜に黄龍家女子の装束を着付けし、髪を櫛で解き後ろで束ね金の紐で結ぶ。向かい合い白粉と頬紅を軽くのせ、唇に紅を塗ってあげた。
「黄怜、綺麗よ…(黄一に…見せてあげたかったわ…)」
黄怜は棚を開け、黄一から貰った飾箱を取り出す。蓋を開け中から金の羽織を手に取り、ふわっと身に纏う。袖も裾も、長さはいうまでもない。
「母上…おかしくありませんか?」
「大丈夫よ黄怜、とても綺麗よ…(本当に、美しいわ…)」
玄華は黄怜の頬をなでる。
「ありがとうございます… 母上…」
玄華は自分の髪飾りを一つ取り黄怜に見せる。金で作られた櫛型の髪飾りには、大中小三匹の龍が細工され、龍の口には緑瑪瑙の玉が埋め込まれていた。
「これは私からよ…(ずっと欲しがっていたでしょ…)」
黄怜の横髪をかき上げ後ろの束に固定した。
「母上…」
黄怜は泣きながら玄華に抱きつく。
「あ…ありがとうございます…」
「ふふふ、折角のお化粧が落ちてしまうわ(黄怜、ありがとう…)」
玄華は黄怜の背中を摩った後、微笑みながら涙を拭ってあげた。
「皆に見せてきます」
「えぇ」
二人は微笑み合った。
黄怜は自室の戸開け、目の前に居た黄虎に抱きつく。
「黄虎!」
「わっ…」
「どう?」
黄怜は黄虎にくるっと一回転して見せるも、黄虎は目を見開いて固まる。
「あっ、ああ…」
「何よそれっ 朱翔っ、どう?」
「へ? うっうん…」
「もうっ、男子に聞いても駄目ね、千玄!」
黄怜は廊下を通り、着なれない衣でゆっくり石段を下りて庭園に向かう。
「千玄どう? 母上が着付けしてくれて、髪飾りもくれたのよ!」
千玄は涙ぐみながら言う。
「黄怜様… とても…とても美しくお似合いです…」
「ありがとうアハハハ」
……。
黄怜が自室を出てきた時から、男子四人は空いた口が塞がらず、目の前を通り庭園に行く姿を目で追っていた。
黄怜を見ながら朱翔が言う。
「…なっなぁ、柊虎」
「…何だ」
「…ちょっと、背丈のある… 女にしか見えないが、あれは… 女装になるのか?」
羽織を振り翳して嬉しそうに笑う黄怜を、柊虎は見つめながら言う。
「…志瑞也は元々男の割には線が細い、だからあの格好でも……綺麗に見えるのだよ」
蒼万がすっと立ち上がり歩きだす。
「蒼万っ!」
瞬時に、柊虎は蒼万の腕を掴んで引き止める。柊虎の腕を振り切ろうとする蒼万の瞳は、何をしようとしているのか一目瞭然だ。柊虎は立ち上がり、蒼万の耳元で小声で言う。
「志瑞也ではない…」
「……」
その言葉に、蒼万はうつむいて黙り、柊虎が手を離すと何処かへ立ち去る。
黄虎が不思議そうに尋ねる。
「柊虎、蒼万はどうしたのだ?」
「何でもないよ…」
そう言って、柊虎は再び黄怜を見る。蒼万は我を忘れ、思わず志瑞也を抱きしめたくなったのだろう。柊虎もまた、同じ気持ちだった。子の刻まで後一刻。あまりにも緊張感の無い雰囲気に、全員が違和感を感じていた。
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