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第九章 勿忘草
寄せ集めの家族
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「うあああぁぁ…ばぁちゃん… 嫌だっ… もう…苦しい…」
志瑞也は目の前で起きた玄一の悲惨な死を受け入れられず、深い悲しみに陥り心を閉ざした。これ以上は苦しくて耐えられない、もう何も見なくない、全て忘れてあの頃に戻りたいと、強く願った。自分でも引き戻せないぐらい、心の奥深くに閉じ籠ってしまった。辿り着いたそこはとても温かく、懐かしく、体がゆらゆらと揺れ、まるで揺籠のように、居心地が良かった……。
「望ただいま」
「おかえり未来、病院はどうだった?」
「順調よ」
望は逸る気持ちを抑えて言う。
「どっちかわかったのか?」
「えぇ、写真見る?」
未来はわざと焦らしながら机に鞄を置き、写真を一枚取り出し望に渡す。望は微笑んで受け取るも、眉を寄せ口を尖らす。
「これはどう見るんだ?」
見方が分からず、首を傾げる望に未来は微笑んで説明する。
「ここが頭でこれが手と足よ、それでね、このちっちゃいのが…クスクス、可愛いでしょ?」
未来の揶揄う様子に呆れながらも、望は嬉しさを込み上げる。
「おい笑うなよ、お母さんに笑われたってお腹で聞いてるぞハハハ」
望は未来の肩を抱き寄せ、二人は写真を見ながら微笑み合った。
暫くして隣に、武元一枝という五十代の女性が引越して来た。礼儀正しく品もあり、未来は見かけては時々一枝と立ち話をしていた。未来は仕事に行く望を見送った後、朝の散歩に出掛ける。道に出ると、一枝が箒で自宅の前を掃除していた。
「一枝さんおはようございます」
「未来さんおはようございます、お腹目立つようになってきましたね」
一枝が独り身なのは知っていたが、友人や親戚らしき人が訪れている様子もない。微笑んでお腹を見る一枝が、未来からは何処か寂しげに見えた。
「一枝さん、なでてみます?」
「…宜しいのですか?」
「ええ、この子も喜ぶわ」
一枝は未来のお腹を覗き込み、そっとなでながら尋ねる。
「この子のお名前は?」
「まだ決めてない…んで…す… 一枝さんっ」
「はい?」
一枝は顔を上げ未来を見る。
「一枝さんは…何か、霊的な力をお持ちなんですか?」
「未来さん…それは、どういう意味でしょうか?」
一枝は険しい顔をする。
「私この子を妊娠してから、霊が見えたり神様の声が聞こえるんです。一枝さんがお腹に触れた時に〝黄怜様、志瑞様〟と聞こえたんですが…何かこの子と関係があるんですか?」
一枝は戸惑う未来の手を握って言う。
「未来さん、私のお話を聞いていただけますか?」
「はい…」
未来は一枝の自宅に呼ばれ、お腹の子の前世黄怜という少女の話を聞いて、十八で亡くなった出来事に胸を痛めた。
「それなら戻るより、ここに居る方が安全じゃないの?」
「確かにそうですが、その子は神の子です。人間とは生きている時間が違います。神族は青年期が長く、八十になっても見た目は二十代のままです。現に私は百は超えています。神族の存在を知らない人間と暮らすのは、難しいのです…」
「それってここでは、いずれ独りになってしまうのね…」
「申し訳ありません…」
未来は涙を拭い、微笑みながらお腹をなでる。
「いいえ、一枝さんお話してくれてありがとう。やっぱりこの子は特別なのね… 私のこの力はこの子の力で、私と望の子は神様の子だったのね… お嫁さんは向こうで見つけなきゃね…」
「えっ? そっそれはどういうことですか? 女子ではないのですかっ?」
「えぇ、この子は男の子よ?」
一枝が驚いている理由が分からず、未来は首を傾げる。
「れっ霊魂の転生なら性別が同じはずですがっ、何故にそのようなっ…」
困惑する一枝が未来は面白かった。
「ぷっ、アハハハ それが一枝さん本来の喋り方なの?アハハハ」
「あっ…」
「一枝さん、この子の名前は志瑞? でもそれじゃあ女の子みたいだわ」
未来は片眉を上げ顔を横に振り「捻ってみて」と微笑む。
「では…〝也〟を付け加えてはいかがでしょうか?」
「志瑞也…素敵じゃない! ありがとう一枝さんっ、望が帰ってきたら教えなきゃ」
「よっ宜しいのですか?」
「ええ、ぴったりだと思うわ!」
「未来さんっ、ありがとうございます!」
一枝は笑う未来の手を握り頭を下げた。
未来はその後も、一枝の不思議な世界の話に胸を躍らせた。できることなら、望も含めた三人で行きたい。だが、例え一緒にいれなくても、我が子が孤独にならないで済むならと、自宅に戻り望の帰りを待った。
「未来、ただいま」
「望っ、聞いて聞いて!」
帰宅するなり興奮した未来に、望は何かあったのかと構える。
「ど、どうしたんだ?」
未来は目を輝かせ今日の事を望に話した。だが望には、未来が夢物語を話しているようにしか思えない。当然、名も他人に決めさせることに疑問を感じ、取り敢えず、膨れる未来を宥めてその日は終わらせた。
しかし、未来の力はお腹の子の成長と共に強くなり「ねぇ望、あの人息子さん亡くされみたい」とか「この間会った望の上司の金城さん、浮気しているわよ」や言う事全てが的中していた。決め手は「望今回の取引先、ここはやめた方がいいわ」暫くしてそこは脱税問題で摘発され、新聞一面を飾り騒がれた。望はさすがに夢物語ではなくなり、もし一枝の話が事実ならとある決意をする。
「未来、僕も一度、一枝さんと会ってみようと思う、この子の名前はそれから決めてもいいか?」
「望っ!」
未来は望に抱きついて喜ぶ。
後日、一枝の自宅で三人で会うことになった。
客間で望と未来は並び、一枝と向かい合い正座した。
「一枝と申します、以後お見知り置きを」
そう言って、深々と望に頭を下げる。
「ぷっ望、一枝さん喋り方面白いのよ」
「未来は少し黙って」
まったく緊張感のない未来をよそに、望は真剣な眼差しで思いを告げる。
「一枝さん、未来から話は伺っています。単刀直入に言わせてもらいますが、僕達は施設育ちで身寄りがいません。僕達に何かあった時は、この子を引き取ってもらえますか?」
「望…」
未来の顔から一瞬で笑みが消えた。だが、それは事実だ。望は先を見越して断るようなら、この話は茶番だと考えていた。
「勿論です! どのような事があってもっ、命と引き換えにしてでも御守りいたしますっ」
一枝が畳に額を付ける。
……。
「あ、いや、いっ命までとは… こっ困ったな…ハハ」
望は予想を上回る一枝の言葉に焦る。望の予定では、一枝が「今はそんなことは言わないで下さい」や「子供は親が一番ですよ」など、ありきたりなことを言うと思っていた。その時は「僕達には大切なことなんだっ、無責任に僕の未来を振り回さないでくれっ」と男らしく決め「望素敵っ!」惚れ直す未来を連れて帰るつもりだったのだ。まだ一枝に対し半信半疑だが、人柄を考慮して、望は様子を見ることにした。
「なら一枝さんは、志瑞也のおばぁちゃんになってもらいましょうよ!」
「おばぁちゃん…ですか? それは祖母ということでは?」
「未来それはいいな!って、もう名前は確定なのか?」
望は口を尖らし未来の肩を小突き、未来も望の肩を小突きながら言い返す。
「望だって、本当は初めから良い名前だと思っていたでしょ?アハハ」
「バレていたかハハハ」
二人は楽しそうに笑い合う。
「なりません! 志瑞也様の祖母は玄枝様というっ」
「こっちの世界では一枝さんがおばぁちゃんよ! 志瑞也におばぁちゃんがいなくて、寂しい思いをさせていいの?」
未来はわざとらしく悲しげな顔で、お腹をなでながら一枝をちらっと見る。
「そ、それは…」
返事に戸惑う一枝に、望は微笑んで言う。
「一枝さん、あまり固く考えないで下さい、志瑞也にもおばぁちゃんがいた方が喜ぶし、周りにも僕の母として思わせとけば、何かあっても怪しまれません。それにお互いを知る良い方法です」
未来と違って、慎重な性格の望の言葉を一枝は理解した。それに応えようと、一枝は真剣な眼差しで言う。
「承知いたしました!」
……。
「しゃ喋り方はゆっくりでいいか、おっお母さんハハハ」
一枝の気迫に押されながらも、望は照れるように笑う。
未来は嬉しくなり早速提案する。
「なら今日は、お義母さんも一緒に家族皆で夕食を取りましょう!」
「流石未来だな、そうしよう。お母さん何が食べたいですか? 未来が作るので何でも言って下さいハハハ」
「そっそのようなっ」
「お義母さんかあ、ふふふ」
未来は望の腕に抱きつき、満面の笑みを溢す。家族とは不思議な縁で繋がり、お腹の子が引き合わせてくれている気がして、望は目頭を熱くさせる。
「志瑞也にはおばぁちゃんで、僕達にはお母さんができたな」
一枝は二人の人柄に胸が熱くなる。
それからは頻繁に三人で食事を取るようになり、誰が見ても、これから産まれてくる子を待ち侘びている、仲の良い家族にしか見えなかった。
志瑞也は目の前で起きた玄一の悲惨な死を受け入れられず、深い悲しみに陥り心を閉ざした。これ以上は苦しくて耐えられない、もう何も見なくない、全て忘れてあの頃に戻りたいと、強く願った。自分でも引き戻せないぐらい、心の奥深くに閉じ籠ってしまった。辿り着いたそこはとても温かく、懐かしく、体がゆらゆらと揺れ、まるで揺籠のように、居心地が良かった……。
「望ただいま」
「おかえり未来、病院はどうだった?」
「順調よ」
望は逸る気持ちを抑えて言う。
「どっちかわかったのか?」
「えぇ、写真見る?」
未来はわざと焦らしながら机に鞄を置き、写真を一枚取り出し望に渡す。望は微笑んで受け取るも、眉を寄せ口を尖らす。
「これはどう見るんだ?」
見方が分からず、首を傾げる望に未来は微笑んで説明する。
「ここが頭でこれが手と足よ、それでね、このちっちゃいのが…クスクス、可愛いでしょ?」
未来の揶揄う様子に呆れながらも、望は嬉しさを込み上げる。
「おい笑うなよ、お母さんに笑われたってお腹で聞いてるぞハハハ」
望は未来の肩を抱き寄せ、二人は写真を見ながら微笑み合った。
暫くして隣に、武元一枝という五十代の女性が引越して来た。礼儀正しく品もあり、未来は見かけては時々一枝と立ち話をしていた。未来は仕事に行く望を見送った後、朝の散歩に出掛ける。道に出ると、一枝が箒で自宅の前を掃除していた。
「一枝さんおはようございます」
「未来さんおはようございます、お腹目立つようになってきましたね」
一枝が独り身なのは知っていたが、友人や親戚らしき人が訪れている様子もない。微笑んでお腹を見る一枝が、未来からは何処か寂しげに見えた。
「一枝さん、なでてみます?」
「…宜しいのですか?」
「ええ、この子も喜ぶわ」
一枝は未来のお腹を覗き込み、そっとなでながら尋ねる。
「この子のお名前は?」
「まだ決めてない…んで…す… 一枝さんっ」
「はい?」
一枝は顔を上げ未来を見る。
「一枝さんは…何か、霊的な力をお持ちなんですか?」
「未来さん…それは、どういう意味でしょうか?」
一枝は険しい顔をする。
「私この子を妊娠してから、霊が見えたり神様の声が聞こえるんです。一枝さんがお腹に触れた時に〝黄怜様、志瑞様〟と聞こえたんですが…何かこの子と関係があるんですか?」
一枝は戸惑う未来の手を握って言う。
「未来さん、私のお話を聞いていただけますか?」
「はい…」
未来は一枝の自宅に呼ばれ、お腹の子の前世黄怜という少女の話を聞いて、十八で亡くなった出来事に胸を痛めた。
「それなら戻るより、ここに居る方が安全じゃないの?」
「確かにそうですが、その子は神の子です。人間とは生きている時間が違います。神族は青年期が長く、八十になっても見た目は二十代のままです。現に私は百は超えています。神族の存在を知らない人間と暮らすのは、難しいのです…」
「それってここでは、いずれ独りになってしまうのね…」
「申し訳ありません…」
未来は涙を拭い、微笑みながらお腹をなでる。
「いいえ、一枝さんお話してくれてありがとう。やっぱりこの子は特別なのね… 私のこの力はこの子の力で、私と望の子は神様の子だったのね… お嫁さんは向こうで見つけなきゃね…」
「えっ? そっそれはどういうことですか? 女子ではないのですかっ?」
「えぇ、この子は男の子よ?」
一枝が驚いている理由が分からず、未来は首を傾げる。
「れっ霊魂の転生なら性別が同じはずですがっ、何故にそのようなっ…」
困惑する一枝が未来は面白かった。
「ぷっ、アハハハ それが一枝さん本来の喋り方なの?アハハハ」
「あっ…」
「一枝さん、この子の名前は志瑞? でもそれじゃあ女の子みたいだわ」
未来は片眉を上げ顔を横に振り「捻ってみて」と微笑む。
「では…〝也〟を付け加えてはいかがでしょうか?」
「志瑞也…素敵じゃない! ありがとう一枝さんっ、望が帰ってきたら教えなきゃ」
「よっ宜しいのですか?」
「ええ、ぴったりだと思うわ!」
「未来さんっ、ありがとうございます!」
一枝は笑う未来の手を握り頭を下げた。
未来はその後も、一枝の不思議な世界の話に胸を躍らせた。できることなら、望も含めた三人で行きたい。だが、例え一緒にいれなくても、我が子が孤独にならないで済むならと、自宅に戻り望の帰りを待った。
「未来、ただいま」
「望っ、聞いて聞いて!」
帰宅するなり興奮した未来に、望は何かあったのかと構える。
「ど、どうしたんだ?」
未来は目を輝かせ今日の事を望に話した。だが望には、未来が夢物語を話しているようにしか思えない。当然、名も他人に決めさせることに疑問を感じ、取り敢えず、膨れる未来を宥めてその日は終わらせた。
しかし、未来の力はお腹の子の成長と共に強くなり「ねぇ望、あの人息子さん亡くされみたい」とか「この間会った望の上司の金城さん、浮気しているわよ」や言う事全てが的中していた。決め手は「望今回の取引先、ここはやめた方がいいわ」暫くしてそこは脱税問題で摘発され、新聞一面を飾り騒がれた。望はさすがに夢物語ではなくなり、もし一枝の話が事実ならとある決意をする。
「未来、僕も一度、一枝さんと会ってみようと思う、この子の名前はそれから決めてもいいか?」
「望っ!」
未来は望に抱きついて喜ぶ。
後日、一枝の自宅で三人で会うことになった。
客間で望と未来は並び、一枝と向かい合い正座した。
「一枝と申します、以後お見知り置きを」
そう言って、深々と望に頭を下げる。
「ぷっ望、一枝さん喋り方面白いのよ」
「未来は少し黙って」
まったく緊張感のない未来をよそに、望は真剣な眼差しで思いを告げる。
「一枝さん、未来から話は伺っています。単刀直入に言わせてもらいますが、僕達は施設育ちで身寄りがいません。僕達に何かあった時は、この子を引き取ってもらえますか?」
「望…」
未来の顔から一瞬で笑みが消えた。だが、それは事実だ。望は先を見越して断るようなら、この話は茶番だと考えていた。
「勿論です! どのような事があってもっ、命と引き換えにしてでも御守りいたしますっ」
一枝が畳に額を付ける。
……。
「あ、いや、いっ命までとは… こっ困ったな…ハハ」
望は予想を上回る一枝の言葉に焦る。望の予定では、一枝が「今はそんなことは言わないで下さい」や「子供は親が一番ですよ」など、ありきたりなことを言うと思っていた。その時は「僕達には大切なことなんだっ、無責任に僕の未来を振り回さないでくれっ」と男らしく決め「望素敵っ!」惚れ直す未来を連れて帰るつもりだったのだ。まだ一枝に対し半信半疑だが、人柄を考慮して、望は様子を見ることにした。
「なら一枝さんは、志瑞也のおばぁちゃんになってもらいましょうよ!」
「おばぁちゃん…ですか? それは祖母ということでは?」
「未来それはいいな!って、もう名前は確定なのか?」
望は口を尖らし未来の肩を小突き、未来も望の肩を小突きながら言い返す。
「望だって、本当は初めから良い名前だと思っていたでしょ?アハハ」
「バレていたかハハハ」
二人は楽しそうに笑い合う。
「なりません! 志瑞也様の祖母は玄枝様というっ」
「こっちの世界では一枝さんがおばぁちゃんよ! 志瑞也におばぁちゃんがいなくて、寂しい思いをさせていいの?」
未来はわざとらしく悲しげな顔で、お腹をなでながら一枝をちらっと見る。
「そ、それは…」
返事に戸惑う一枝に、望は微笑んで言う。
「一枝さん、あまり固く考えないで下さい、志瑞也にもおばぁちゃんがいた方が喜ぶし、周りにも僕の母として思わせとけば、何かあっても怪しまれません。それにお互いを知る良い方法です」
未来と違って、慎重な性格の望の言葉を一枝は理解した。それに応えようと、一枝は真剣な眼差しで言う。
「承知いたしました!」
……。
「しゃ喋り方はゆっくりでいいか、おっお母さんハハハ」
一枝の気迫に押されながらも、望は照れるように笑う。
未来は嬉しくなり早速提案する。
「なら今日は、お義母さんも一緒に家族皆で夕食を取りましょう!」
「流石未来だな、そうしよう。お母さん何が食べたいですか? 未来が作るので何でも言って下さいハハハ」
「そっそのようなっ」
「お義母さんかあ、ふふふ」
未来は望の腕に抱きつき、満面の笑みを溢す。家族とは不思議な縁で繋がり、お腹の子が引き合わせてくれている気がして、望は目頭を熱くさせる。
「志瑞也にはおばぁちゃんで、僕達にはお母さんができたな」
一枝は二人の人柄に胸が熱くなる。
それからは頻繁に三人で食事を取るようになり、誰が見ても、これから産まれてくる子を待ち侘びている、仲の良い家族にしか見えなかった。
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