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完結編 福寿草
彼に届ける音色
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準備が終わる頃、黄虎が双子を黄怜殿に連れて来た。志瑞也は三人を連れて行こうにも、腕は二つしかない。二人だけと手を繋ぐ訳にはいかず、仕方なく蒼亞を背負い両手に双子を繋ぎ、黄虎は笑を堪えながら手を振って見送る。途中、立ち止まって休んだりしても、三人は再び手を繋いで背負われるのを待っていた。やっと到着すると、黄龍殿門前広場には、既に神家の子供達が大勢集まっていた。
「志瑞…也? ぷっハハハハハ」
予想通り、朱翔は近付いて直ぐゲラゲラと大笑いだ。
「お前いつ子沢山になったんだ? しかも後ろの小さいの…ぷっハハハハハ 下は、ぷぷっハハハハハ」
三人はむっと朱翔を睨む。
「お前達の師匠だぞ、挨拶するんだ」
取り敢えず三人は頭を下げるも、蒼亞は背中から下りず、双子も手を離そうとしない。流石に五つ三人に掴まれていては、志瑞也は身動きが取れないでいた。
朱翔は腕を組んで言う。
「最初の二ヶ月は私とお前だけだ、お前は黄怜殿に泊まるんだろ? 私も一緒に泊まってもいいか? 笛の話もしたいしな」
笛の話、いわゆる志瑞也の神力の制御法である。蒼万と磨虎の決闘の際、初めて爆発した神力は志瑞也でも制御できず、大変な騒ぎになってしまったのだ。自分の神力がどういうものかは、志瑞也もまだ分からない。感情の起伏で神獣は左右されるが、辰瑞に今までそんな様子は見られなかった。あの時朱翔が止めてくれなければ、勾玉の時のように、大勢を巻き込み傷つけていたかもしれない。蒼万が心を無にした気持ちが、初めて理解できた。だが、志瑞也では対処することはできず、蒼万も色々と調べてみるも、当然見つかるはずがない。再び事を起こすのではと不安になっていた矢先、朱翔からの提案で、いざという時反応し易いよう、日頃から笛の音を聴き慣れていた方が良いと、蒼万を含めて話し合ったのだ。当初は、月に何度か南宮へ出向く予定だったが、今回志瑞也の参加が決まった事で、朱翔はそれならと考えてくれていたのだ。
「わかった、ありがとう」
背中から蒼亞が尋ねる。
「志ぃ兄ちゃんは、師匠と寝るの?」
…へ?
朱翔は目を見開いて顔を引き攣らせた。
「蒼亞違うよ! 朱翔と俺は友達なんだ、部屋も別だし一緒には寝ないよ!」
「愛し合ってはいないんだね、わかった」
そう言って、蒼亞はにっこり微笑む。
蒼亞は時折突拍子もない事を口に出す。話を良く聞いている証拠だが、五つともなると説明も難しくなってくる。そんな蒼亞の成長振りに驚かされながらも、志瑞也は微笑ましく感じていた。
「蒼亞、そろそろ志瑞也から下りるんだ。皆集まって挨拶するからな」
朱翔に背中から引き剥がされ、蒼亞は露骨に不機嫌な顔をする。
朱翔は志瑞也に片眉を上げて耳打ちする。
「お前大丈夫か? 蒼亞の目あいつそっくりだぞ、ぷっハハハハ」
「ったく、俺は朱翔の見張りも黄虎に任されているんだぞ」
「はっ、この私を見張れだと? あいつも偉くなったもんだなハハハハ」
朱翔は志瑞也の頭をなでながら、じっと見ている蒼亞に「ちび蒼万め、こいつは危ない」と思っていた。
「壱黄と黄花も頑張るんだぞ」
「伯父上!」
「伯父上!」
志瑞也は双子を両腕で抱きしめる。
「朱翔、後宜しくな」
「お前は講義の合間にでも様子を見に来てくれ」
「わかった」
笑顔で手を振って見送ると、殿に向かいながら三人はちらちら振り返った。これこそが子を預ける親の気分だ! 志瑞也は後ろ髪を沢山引かれながらも、思わず胸の高さで拳を握る。
急ぎ銀龍殿に行き「お母さん、皆」玄華や千玄、玄七と抱擁を交わす。一号は机の上に行儀悪く座り、二号は玄華の太腿の上で頭をなでられ、玄華の側には必ず傘寿がもじもじと立ち、千玄と玄七も椅子に腰掛けている。相変わらず楽しそうにお茶会をしている姿も、毎度の事ながら苦笑いするしかない。「お母さん、こいつら甘やかさないでよ! 帰ったら我儘になって大変なんだ!」眉を寄せ忠告しても「まあっ、志瑞也に怒られるなんて!」「玄華様っ、良かったですね!」千玄は喜ぶ玄華と手を取り合い「玄華様っ、今日はご馳走を用意します!」玄七に気合を入れさせ、お茶会に花を咲かせるだけだった。
特に一号の楽しそうな姿を見ていると、連れてきて良かったと毎度感じる。「お前達このままお母さんの所で住むか? 俺が時々会いに来るよ」と言うと、一号は「ならその時共に行けば良いだけじゃ、シシシッ」二号は「たまに来るから良いのじゃ、シシシッ」二匹はキャラメルを食べながら笑う。「そっか、そうだなアハハハ」離れたくないと言われているようで、志瑞也は思わず胸が締め付けられてしまう。「ぼぼ僕は、ここっこのままいてもいいですす…」ともじもじしながら言う傘寿の意見は……皆で無視することにした。
黄龍殿に戻り、ひょこっと顔を出して講義室を覗く。志瑞也の役目は特に最年少の子達。八十人中、四つは十人、五つは二十人。最初の七日間は、居眠り、お漏らし、孤立、夜泣きなど様々だ。既に自己紹介が終わり、講義が始まっていた。流石朱翔、成績優秀者だけあって、教える時の顔付きは普段とは全く違う。朱翔がちらっと「そいつ」と目配せすると、視線の先にいる子がもぞもぞしているではないか。志瑞也は頷き、黒衣の様にその子の元に行く。
「どうしたんだ?」
「お…おしっこ…」
微笑んでその子の手を取り厠へ連れて行く。それからも、志瑞也が見つけるよりも先に朱翔が見つける。耳の良さを活かして、講義をしながらそれを聴き分けているのだ。
一日目の講義が終了し、夕餉を一緒に取りながら食べ残しがないかも確認する。体調管理も志瑞也の大事な役目だ。夕餉の後、最年少の子を一緒にお風呂に連れて行ってもらうよう、最年長の子に声をかけていた。志瑞也はぐいぐいと裾を引っ張られ振り向く。
「お前達どうしたんだ?」
「私は志ぃ兄ちゃんと一緒に入りたい」
「私もっ伯父上と一緒に入りたいです!」
「私が一緒に入るのよ!」
三人が揃って見つめてくる姿に、志瑞也は大空を飛び回りたくなる。脳内で一周、いや、三周して羽ばたいてから戻って来た。
「お前達、特別扱いはできないって言わなかったか? それに黄花は女の子で俺は男だ、一緒には入れないよ」
三人がぽかんとした顔をする。
「どうしたんだお前達?」
「志ぃ兄ちゃん…お、男だったの?」
「……」
「……」
しまった!
思い返せば、右腕の傷を見て怖がらせるかと、誰とも風呂に入ったことがなかった。
「お前達っ、今まで俺のこと…おっ、女だと思っていたのか⁉︎」
三人は目を点にして頷く。
「ほら三人共、風呂に置いていかれるぞ、さっさと行ってくるんだ」
横から朱翔が助け舟をだし、三人は少し戸惑いながら風呂へと向かうも、蒼亞は一度振り返ってからとぼとぼと向かう。
「ぷっハハハハハ まあ髪も長くなったし、顔も化粧したら女に見えるかもな」
朱翔は楽しそうに腹を抱えて笑う。
「俺そんなに女っぽいかな? 昔かっこ良くなったって言われたんだけどな…」
腕を組みぼそっと呟くも、朱翔の耳は最大限にそれを拾い直ぐに問う。
「誰に言われたんだ?」
「初恋の…」
まずい。
「朱翔っ、今の蒼万には内緒だからな!」
餌を与えてはいけない相手に放り投げてしまったと、志瑞也は慌てふためく。
「わかったからちゃんと教えろよ、じゃないと漏らすぞ」
そう言って、朱翔は怪しげに笑う。
子供達が風呂から出て来るまでの間、志瑞也は花絵のことを話した。
「そうか、お前も向こうの世界で、ちゃんと甘酸っぱい思い出があるんだなハハハ」
「まぁ、それはもう俺しか覚えてないけどなアハハ」
「…それも、辛いな」
朱翔は時々誰よりも感情を汲み取る。予期せぬ不意打ちに、志瑞也は泣きそうになる。こんな時の朱翔は決して揶揄ったりはせず、微笑んで優しく頭をなでてくれるのだ。
「朱翔、ありがとう…」
「いいや、こういうのはどうせ蒼万には話せないんだろ? 話せるのは私か柊虎だ、当たりか?」
「アハハハ、本当っ敵わないな」
「思い出は閉じ込めるよりも共有した方がいい、そしたらここではお前しか覚えていない記憶も皆が覚えている。そう思わないか?ハハハ」
「朱翔!」
思わず朱翔に抱きつくと、朱翔は優しく背中を摩る。
「お前蒼万がいないからって、その癖気をつけろよハハハ」
志瑞也は朱翔から離れて言う。
「俺元々ばぁちゃんによく抱きついていたからあんまり抵抗がないんだ、へへ それに黄怜と記憶を共有してからは皆にも抱きつきたくなるんだアハハハ」
「ったく…おっ、出てきたぞ」
子供達は風呂から上がると、男女分かれて部屋に行く。朱翔は男子部屋、志瑞也は女子部屋に向かい、全員が寝れば今日は終了だ。慣れてくれば、消灯までの間は自由時間となるのだ。
志瑞也はしゃがんで黄花の頭をなでる。
「黄花、お姉さん達と仲良くな」
「伯父上、私を伯父上のお嫁さんにしてくれますか?」
…何と?
ここに来て初めて、とても素敵な婚姻を申込まれた。花が咲く前に摘み取るのは心苦しいが、咲かない花と分かって待たせることはできない。志瑞也は心で泣きながら告げる。
「黄花、俺は男でも黄花とは夫婦にはなれないんだよ。黄花の父上と俺は兄弟だ、近い家族同士で結婚はできないんだ、ごめんよ」
「私は、伯父上が好きです…」
「俺も黄花が大好きだよ、家族は一生繋がっているんだ、だから悲しまないで… 黄花が泣いちゃうと、お…俺も悲しいよ…」
黄花が志瑞也におまじないする。
「泣いているのは伯父上ですわ、ふふふ」
「黄花ありがとう」
志瑞也は黄花を抱きしめおまじないする。
「また明日な、お休み」
女子の成長は早いと思いながら黄怜殿へ戻るも、朱翔はまだ戻ってきていなかった。先に風呂に入り縁側で座って待っていると、頭を掻きむしりながら朱翔が入ってきた。
「朱翔遅かったな、どうしたんだ?」
「どうしたもこうしたもないっ、蒼亞と壱黄だっ! 来たのがお前じゃないって壱黄は泣き出すわ、蒼亞は膨れて大変だったんだ!」
言いながら、朱翔は志瑞也の側にどすんと座る。
「そんなに?」
志瑞也からしてみれば、二人はとても聞き分けが良い。朱翔と相性が合わないのだろうか。仮に蒼亞は置いといて、壱黄は直ぐに懐くと思っていた。
朱翔は溜息混じりに言う。
「お前、蒼亞には気をつけろよ」
「何で?」
朱翔はこの似たような流れに覚えがある。そう、彼は黄虎の兄で、霊魂の持ち主は黄虎を甘々にした者だ。今回、共に過ごす時間も多く話す事も増える。またずれた感覚で振り回されないよう、警戒することにした。
「さっき廊下でお前が私に抱きついていたのあいつ見ていたんだっ、ったく蒼万そっくりだ!」
「アハハハ、何て言われたんだ?」
朱翔は口調や顔を真似しながら言う。
「『志ぃ兄ちゃんは兄上のものです。何故あのような振舞いをされるんですか?』って、私からしてない!」
志瑞也は目を丸くする。
「そっ蒼亞がそんなこと言ったのか? 蒼亞はもっと可愛い喋り方だよ⁉︎」
「はっ、お前の前と他であいつ大分違うぞ。だからそっくりって言ったんだっ、でお前の方は?」
志瑞也ははにかんで言う。
「男って黄花が分かって、結婚を申込まれた」
「ぷっハハハハハ そっちの方に私は行きたかったよ、で?」
「断ったら泣きそうな顔してさ、説得してたら俺が泣きそうになって、ちゅってアハハハ」
言いながら、志瑞也は頬を小突く。
「……」
それは危険な要素が多くて朱翔は笑えなかった。
「とにかく慣れるまで笛の話は無理だ、待たせたのにすまないな、私は疲れたから風呂に入ったら寝るよ」
朱翔は気怠そうに立ち上がる。
「わかった、俺も寝るよ。あ、朱翔っ…」
「何だ?」
「俺寝言うみたいでさ、その…朱翔耳良いだろ? 聞こえても無視してほしんだ…」
「ん? あぁ、わかった」
朱翔は寝言ぐらい気にするまでもないと、首を傾げながら黄水室に向かう。
志瑞也は自室に入り、久々に寝床で独り横になる。しかし、ごろごろ動いてもなかなか寝付けない。本当に独り寝ができない身体になってしまったのか、蒼万は今頃何をしているのだろうか。落ち着かないのと肌寒いのが重なり、長いこともぞもぞしてから、ようやく眠りについた。
「…、…」
…何だ?
朱翔は夜中に目が覚める。もしやこれが志瑞也の寝言か、耳を澄まして聴いてみる。
「…万、…いで、蒼万…」
まさか、これを毎晩聞かされるのか? 柊虎から以前、黄怜の記憶で魘されていたと聞いたことはあるが、これは黄怜ではなく志瑞也のだ。朱翔は志瑞也の初恋の話を思い返す。ここで志瑞也の過去を知る者は、妖怪化した二匹と霊一体、それと玄七ぐらいだ。だが、誰も一緒に暮らしてはいなかった。自分だけが覚えていて相手が全て忘れているとは、一体どんな気持ちなのだろう。日頃は良く笑っているが、時折遠い目をする。そんな時、必ず蒼万が側に寄り添っている。極度に怯えたあの暴走も、蒼万を失うと思ったからだろう。恐らく、志瑞也は独りになるのをとても怖がっている。だから無意識の内に、夢で蒼万を探すのだ。
朱翔は上半身を起こし笛を取り出す。せめて本人がいない間、夢で会えるよう奏でた。優しく愛しい者へ導けるように。
「志瑞…也? ぷっハハハハハ」
予想通り、朱翔は近付いて直ぐゲラゲラと大笑いだ。
「お前いつ子沢山になったんだ? しかも後ろの小さいの…ぷっハハハハハ 下は、ぷぷっハハハハハ」
三人はむっと朱翔を睨む。
「お前達の師匠だぞ、挨拶するんだ」
取り敢えず三人は頭を下げるも、蒼亞は背中から下りず、双子も手を離そうとしない。流石に五つ三人に掴まれていては、志瑞也は身動きが取れないでいた。
朱翔は腕を組んで言う。
「最初の二ヶ月は私とお前だけだ、お前は黄怜殿に泊まるんだろ? 私も一緒に泊まってもいいか? 笛の話もしたいしな」
笛の話、いわゆる志瑞也の神力の制御法である。蒼万と磨虎の決闘の際、初めて爆発した神力は志瑞也でも制御できず、大変な騒ぎになってしまったのだ。自分の神力がどういうものかは、志瑞也もまだ分からない。感情の起伏で神獣は左右されるが、辰瑞に今までそんな様子は見られなかった。あの時朱翔が止めてくれなければ、勾玉の時のように、大勢を巻き込み傷つけていたかもしれない。蒼万が心を無にした気持ちが、初めて理解できた。だが、志瑞也では対処することはできず、蒼万も色々と調べてみるも、当然見つかるはずがない。再び事を起こすのではと不安になっていた矢先、朱翔からの提案で、いざという時反応し易いよう、日頃から笛の音を聴き慣れていた方が良いと、蒼万を含めて話し合ったのだ。当初は、月に何度か南宮へ出向く予定だったが、今回志瑞也の参加が決まった事で、朱翔はそれならと考えてくれていたのだ。
「わかった、ありがとう」
背中から蒼亞が尋ねる。
「志ぃ兄ちゃんは、師匠と寝るの?」
…へ?
朱翔は目を見開いて顔を引き攣らせた。
「蒼亞違うよ! 朱翔と俺は友達なんだ、部屋も別だし一緒には寝ないよ!」
「愛し合ってはいないんだね、わかった」
そう言って、蒼亞はにっこり微笑む。
蒼亞は時折突拍子もない事を口に出す。話を良く聞いている証拠だが、五つともなると説明も難しくなってくる。そんな蒼亞の成長振りに驚かされながらも、志瑞也は微笑ましく感じていた。
「蒼亞、そろそろ志瑞也から下りるんだ。皆集まって挨拶するからな」
朱翔に背中から引き剥がされ、蒼亞は露骨に不機嫌な顔をする。
朱翔は志瑞也に片眉を上げて耳打ちする。
「お前大丈夫か? 蒼亞の目あいつそっくりだぞ、ぷっハハハハ」
「ったく、俺は朱翔の見張りも黄虎に任されているんだぞ」
「はっ、この私を見張れだと? あいつも偉くなったもんだなハハハハ」
朱翔は志瑞也の頭をなでながら、じっと見ている蒼亞に「ちび蒼万め、こいつは危ない」と思っていた。
「壱黄と黄花も頑張るんだぞ」
「伯父上!」
「伯父上!」
志瑞也は双子を両腕で抱きしめる。
「朱翔、後宜しくな」
「お前は講義の合間にでも様子を見に来てくれ」
「わかった」
笑顔で手を振って見送ると、殿に向かいながら三人はちらちら振り返った。これこそが子を預ける親の気分だ! 志瑞也は後ろ髪を沢山引かれながらも、思わず胸の高さで拳を握る。
急ぎ銀龍殿に行き「お母さん、皆」玄華や千玄、玄七と抱擁を交わす。一号は机の上に行儀悪く座り、二号は玄華の太腿の上で頭をなでられ、玄華の側には必ず傘寿がもじもじと立ち、千玄と玄七も椅子に腰掛けている。相変わらず楽しそうにお茶会をしている姿も、毎度の事ながら苦笑いするしかない。「お母さん、こいつら甘やかさないでよ! 帰ったら我儘になって大変なんだ!」眉を寄せ忠告しても「まあっ、志瑞也に怒られるなんて!」「玄華様っ、良かったですね!」千玄は喜ぶ玄華と手を取り合い「玄華様っ、今日はご馳走を用意します!」玄七に気合を入れさせ、お茶会に花を咲かせるだけだった。
特に一号の楽しそうな姿を見ていると、連れてきて良かったと毎度感じる。「お前達このままお母さんの所で住むか? 俺が時々会いに来るよ」と言うと、一号は「ならその時共に行けば良いだけじゃ、シシシッ」二号は「たまに来るから良いのじゃ、シシシッ」二匹はキャラメルを食べながら笑う。「そっか、そうだなアハハハ」離れたくないと言われているようで、志瑞也は思わず胸が締め付けられてしまう。「ぼぼ僕は、ここっこのままいてもいいですす…」ともじもじしながら言う傘寿の意見は……皆で無視することにした。
黄龍殿に戻り、ひょこっと顔を出して講義室を覗く。志瑞也の役目は特に最年少の子達。八十人中、四つは十人、五つは二十人。最初の七日間は、居眠り、お漏らし、孤立、夜泣きなど様々だ。既に自己紹介が終わり、講義が始まっていた。流石朱翔、成績優秀者だけあって、教える時の顔付きは普段とは全く違う。朱翔がちらっと「そいつ」と目配せすると、視線の先にいる子がもぞもぞしているではないか。志瑞也は頷き、黒衣の様にその子の元に行く。
「どうしたんだ?」
「お…おしっこ…」
微笑んでその子の手を取り厠へ連れて行く。それからも、志瑞也が見つけるよりも先に朱翔が見つける。耳の良さを活かして、講義をしながらそれを聴き分けているのだ。
一日目の講義が終了し、夕餉を一緒に取りながら食べ残しがないかも確認する。体調管理も志瑞也の大事な役目だ。夕餉の後、最年少の子を一緒にお風呂に連れて行ってもらうよう、最年長の子に声をかけていた。志瑞也はぐいぐいと裾を引っ張られ振り向く。
「お前達どうしたんだ?」
「私は志ぃ兄ちゃんと一緒に入りたい」
「私もっ伯父上と一緒に入りたいです!」
「私が一緒に入るのよ!」
三人が揃って見つめてくる姿に、志瑞也は大空を飛び回りたくなる。脳内で一周、いや、三周して羽ばたいてから戻って来た。
「お前達、特別扱いはできないって言わなかったか? それに黄花は女の子で俺は男だ、一緒には入れないよ」
三人がぽかんとした顔をする。
「どうしたんだお前達?」
「志ぃ兄ちゃん…お、男だったの?」
「……」
「……」
しまった!
思い返せば、右腕の傷を見て怖がらせるかと、誰とも風呂に入ったことがなかった。
「お前達っ、今まで俺のこと…おっ、女だと思っていたのか⁉︎」
三人は目を点にして頷く。
「ほら三人共、風呂に置いていかれるぞ、さっさと行ってくるんだ」
横から朱翔が助け舟をだし、三人は少し戸惑いながら風呂へと向かうも、蒼亞は一度振り返ってからとぼとぼと向かう。
「ぷっハハハハハ まあ髪も長くなったし、顔も化粧したら女に見えるかもな」
朱翔は楽しそうに腹を抱えて笑う。
「俺そんなに女っぽいかな? 昔かっこ良くなったって言われたんだけどな…」
腕を組みぼそっと呟くも、朱翔の耳は最大限にそれを拾い直ぐに問う。
「誰に言われたんだ?」
「初恋の…」
まずい。
「朱翔っ、今の蒼万には内緒だからな!」
餌を与えてはいけない相手に放り投げてしまったと、志瑞也は慌てふためく。
「わかったからちゃんと教えろよ、じゃないと漏らすぞ」
そう言って、朱翔は怪しげに笑う。
子供達が風呂から出て来るまでの間、志瑞也は花絵のことを話した。
「そうか、お前も向こうの世界で、ちゃんと甘酸っぱい思い出があるんだなハハハ」
「まぁ、それはもう俺しか覚えてないけどなアハハ」
「…それも、辛いな」
朱翔は時々誰よりも感情を汲み取る。予期せぬ不意打ちに、志瑞也は泣きそうになる。こんな時の朱翔は決して揶揄ったりはせず、微笑んで優しく頭をなでてくれるのだ。
「朱翔、ありがとう…」
「いいや、こういうのはどうせ蒼万には話せないんだろ? 話せるのは私か柊虎だ、当たりか?」
「アハハハ、本当っ敵わないな」
「思い出は閉じ込めるよりも共有した方がいい、そしたらここではお前しか覚えていない記憶も皆が覚えている。そう思わないか?ハハハ」
「朱翔!」
思わず朱翔に抱きつくと、朱翔は優しく背中を摩る。
「お前蒼万がいないからって、その癖気をつけろよハハハ」
志瑞也は朱翔から離れて言う。
「俺元々ばぁちゃんによく抱きついていたからあんまり抵抗がないんだ、へへ それに黄怜と記憶を共有してからは皆にも抱きつきたくなるんだアハハハ」
「ったく…おっ、出てきたぞ」
子供達は風呂から上がると、男女分かれて部屋に行く。朱翔は男子部屋、志瑞也は女子部屋に向かい、全員が寝れば今日は終了だ。慣れてくれば、消灯までの間は自由時間となるのだ。
志瑞也はしゃがんで黄花の頭をなでる。
「黄花、お姉さん達と仲良くな」
「伯父上、私を伯父上のお嫁さんにしてくれますか?」
…何と?
ここに来て初めて、とても素敵な婚姻を申込まれた。花が咲く前に摘み取るのは心苦しいが、咲かない花と分かって待たせることはできない。志瑞也は心で泣きながら告げる。
「黄花、俺は男でも黄花とは夫婦にはなれないんだよ。黄花の父上と俺は兄弟だ、近い家族同士で結婚はできないんだ、ごめんよ」
「私は、伯父上が好きです…」
「俺も黄花が大好きだよ、家族は一生繋がっているんだ、だから悲しまないで… 黄花が泣いちゃうと、お…俺も悲しいよ…」
黄花が志瑞也におまじないする。
「泣いているのは伯父上ですわ、ふふふ」
「黄花ありがとう」
志瑞也は黄花を抱きしめおまじないする。
「また明日な、お休み」
女子の成長は早いと思いながら黄怜殿へ戻るも、朱翔はまだ戻ってきていなかった。先に風呂に入り縁側で座って待っていると、頭を掻きむしりながら朱翔が入ってきた。
「朱翔遅かったな、どうしたんだ?」
「どうしたもこうしたもないっ、蒼亞と壱黄だっ! 来たのがお前じゃないって壱黄は泣き出すわ、蒼亞は膨れて大変だったんだ!」
言いながら、朱翔は志瑞也の側にどすんと座る。
「そんなに?」
志瑞也からしてみれば、二人はとても聞き分けが良い。朱翔と相性が合わないのだろうか。仮に蒼亞は置いといて、壱黄は直ぐに懐くと思っていた。
朱翔は溜息混じりに言う。
「お前、蒼亞には気をつけろよ」
「何で?」
朱翔はこの似たような流れに覚えがある。そう、彼は黄虎の兄で、霊魂の持ち主は黄虎を甘々にした者だ。今回、共に過ごす時間も多く話す事も増える。またずれた感覚で振り回されないよう、警戒することにした。
「さっき廊下でお前が私に抱きついていたのあいつ見ていたんだっ、ったく蒼万そっくりだ!」
「アハハハ、何て言われたんだ?」
朱翔は口調や顔を真似しながら言う。
「『志ぃ兄ちゃんは兄上のものです。何故あのような振舞いをされるんですか?』って、私からしてない!」
志瑞也は目を丸くする。
「そっ蒼亞がそんなこと言ったのか? 蒼亞はもっと可愛い喋り方だよ⁉︎」
「はっ、お前の前と他であいつ大分違うぞ。だからそっくりって言ったんだっ、でお前の方は?」
志瑞也ははにかんで言う。
「男って黄花が分かって、結婚を申込まれた」
「ぷっハハハハハ そっちの方に私は行きたかったよ、で?」
「断ったら泣きそうな顔してさ、説得してたら俺が泣きそうになって、ちゅってアハハハ」
言いながら、志瑞也は頬を小突く。
「……」
それは危険な要素が多くて朱翔は笑えなかった。
「とにかく慣れるまで笛の話は無理だ、待たせたのにすまないな、私は疲れたから風呂に入ったら寝るよ」
朱翔は気怠そうに立ち上がる。
「わかった、俺も寝るよ。あ、朱翔っ…」
「何だ?」
「俺寝言うみたいでさ、その…朱翔耳良いだろ? 聞こえても無視してほしんだ…」
「ん? あぁ、わかった」
朱翔は寝言ぐらい気にするまでもないと、首を傾げながら黄水室に向かう。
志瑞也は自室に入り、久々に寝床で独り横になる。しかし、ごろごろ動いてもなかなか寝付けない。本当に独り寝ができない身体になってしまったのか、蒼万は今頃何をしているのだろうか。落ち着かないのと肌寒いのが重なり、長いこともぞもぞしてから、ようやく眠りについた。
「…、…」
…何だ?
朱翔は夜中に目が覚める。もしやこれが志瑞也の寝言か、耳を澄まして聴いてみる。
「…万、…いで、蒼万…」
まさか、これを毎晩聞かされるのか? 柊虎から以前、黄怜の記憶で魘されていたと聞いたことはあるが、これは黄怜ではなく志瑞也のだ。朱翔は志瑞也の初恋の話を思い返す。ここで志瑞也の過去を知る者は、妖怪化した二匹と霊一体、それと玄七ぐらいだ。だが、誰も一緒に暮らしてはいなかった。自分だけが覚えていて相手が全て忘れているとは、一体どんな気持ちなのだろう。日頃は良く笑っているが、時折遠い目をする。そんな時、必ず蒼万が側に寄り添っている。極度に怯えたあの暴走も、蒼万を失うと思ったからだろう。恐らく、志瑞也は独りになるのをとても怖がっている。だから無意識の内に、夢で蒼万を探すのだ。
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フィリの故郷であるルロ国では、真っ白な肌に金色の髪を持つ人間は魔女の生まれ変わりだと伝えられていた。生まれた者は民衆の前で焚刑に処し、こうして人々の安心を得る一方、犠牲を当たり前のように受け入れている国だった。
フィリもまた雪のような肌と金髪を持って生まれ、来るべきときに備え、地下の部屋で閉じ込められて生活をしていた。第四王子として生まれても、処刑への道は免れられなかった。
そんなフィリの元に、縁談の話が舞い込んでくる。
縁談の相手はファルーハ王国の第三王子であるヴァシリス。顔も名前も知らない王子との結婚の話は、同性婚に偏見があるルロ国にとって、フィリはさらに肩身の狭い思いをする。
ファルーハ王国は砂漠地帯にある王国であり、雪国であるルロ国とは真逆だ。縁談などフィリ信じず、ついにそのときが来たと諦めの境地に至った。
情報がほとんどないファルーハ王国へ向かうと、国を上げて祝福する民衆に触れ、処刑場へ向かうものだとばかり思っていたフィリは困惑する。
狼狽するフィリの元へ現れたのは、浅黒い肌と黒髪、サファイア色の瞳を持つヴァシリスだった。彼はまだ成人にはあと二年早い子供であり、未成年と婚姻の儀を行うのかと不意を突かれた。
縁談の持ち込みから婚儀までが早く、しかも相手は未成年。そこには第二王子であるジャミルの思惑が隠されていて──。
あなたの隣で初めての恋を知る
彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
ざこてん〜初期雑魚モンスターに転生した俺は、勇者にテイムしてもらう〜
キノア9g
BL
「俺の血を啜るとは……それほど俺を愛しているのか?」
(いえ、ただの生存戦略です!!)
【元社畜の雑魚モンスター(うさぎ)】×【勘違い独占欲勇者】
生き残るために媚びを売ったら、最強の勇者に溺愛されました。
ブラック企業で過労死した俺が転生したのは、RPGの最弱モンスター『ダーク・ラビット(黒うさぎ)』だった。
のんびり草を食んでいたある日、目の前に現れたのはゲーム最強の勇者・アレクセイ。
「経験値」として狩られる!と焦った俺は、生き残るために咄嗟の機転で彼と『従魔契約』を結ぶことに成功する。
「殺さないでくれ!」という一心で、傷口を舐めて契約しただけなのに……。
「魔物の分際で、俺にこれほど情熱的な求愛をするとは」
なぜか勇者様、俺のことを「自分に惚れ込んでいる健気な相棒」だと盛大に勘違い!?
勘違いされたまま、勇者の膝の上で可愛がられる日々。
捨てられないために必死で「有能なペット」を演じていたら、勇者の魔力を受けすぎて、なんと人間の姿に進化してしまい――!?
「もう使い魔の枠には収まらない。俺のすべてはお前のものだ」
ま、待ってください勇者様、愛が重すぎます!
元社畜の生存本能が生んだ、すれ違いと溺愛の異世界BLファンタジー!
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