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第ニ章 桜草

三十六 欲しいもの

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 蒼亞、玄史、玄咊は再び銀龍殿へ探しに向かい、歩きながら蒼亞が尋ねる。
「玄咊は何でわかったんだ?」
 玄史は黙って横目で玄咊を見た。
 玄咊は胸に手を当てて言う。
「ここに、いなかったから」
「そうか…」
 玄咊はこくんと頷いた。
(見ただけでわかるのか?)
 玄武家女子が持つ神通力の種類は、一つ神足通。これは、分家の千玄、玄七、一玄が持っていた。他に知るのは黄怜の他心通、恐らく他人の心を読む力。玄咊は見ただけで彼の事を知り、千玄を見抜いた。そして、兄の事も何かしら知っている。一体何の力なのだろう、他に幾つ種類があるのか。大昔から、神獣付きにも関わらず、玄武家女子が戦いの中心となる事はなかった。何のための力なのか、もしや、他神家が及ばない程の力を本当は持っているのではないか。だとすれば、争いの絶えなかった時代は、拐われて利用される可能性は否めない。そうならないよう、女子は口を閉ざして己の身を守り、男子は女子を守り、同家を守る立場に就いたのかもしれない。蒼龍家が過去に、玄武家に手を出していたとしたら、残虐なことをしていたとしたら、そう思うと、蒼亞はそれ以上問うことはできなかった。
 丁度銀龍殿に到着し、中に入り探し回る。

「ハハハハハ」
「玄華様っ!」
 
 何やら庭園の方から声がし、三人は見合い忍び足で殿壁に沿って近づく。壁の端で玄咊はしゃがみ、その上で蒼亞は屈み、玄史は立ったままそっと覗く。庭園では椅子に腰掛ける玄華の前を、千玄が右に左に歩きながら喚いていた。
 千玄は体を守るように、両手で二の腕を掴み吐きだす。
「どんなに恐ろしかったかわかりますか? しかも瞳を光らせ力を使ったのですよっ!」
 玄華は席を立ち、千玄の震える両肩を摩り宥める。
「怖かったわね千玄… ぷっハハハハハ」
「玄華様っ!」
 お腹を抱えて吹きだす玄華に、千玄は笑い事ではないと怒り、表情豊かに訴える。
「それに蒼万様の何処が可愛いらしいのですかっ? 『恋は盲目』とは何ですかっ!」
 玄華は前屈みに手を叩いて笑い、体を起こし笑い過ぎて出た涙を拭う。
「クククッ 蒼万にも志瑞也にしか見せないところがあるのよ。志瑞也の恋が覚めることはないから、千玄が蒼万を怖いと感じる気持ちは、志瑞也には一生わからないって事よ。志瑞也が幸せならよいではないの?」
 千玄は不満げに口を尖らす。
「そ、それはそうですが…」
 二人は椅子に腰掛け、玄華が茶を一口飲んで言う。
「今日は志瑞也のためにありがとう」
「はぁ…仕方ないです、志瑞也様も頑張っています・・・・・・・から」
「そうね、楽しみ・・・ね」
「はい」
 二人は微笑んで茶を飲んだ。
 隠れて見ていた蒼亞、玄史、玄咊は、彼への重要な手掛かりを掴んだと見合う。

「何をしてらっしゃるのですか?」

 背後からの声に、三人はしまったと肩を跳ね上げる。恐る恐る振り向くと、中腰で首を傾げる玄七と、後方で大荷物を抱える侍女が立っていた。三人は直ぐに姿勢を戻し、誤魔化しようがなく苦笑いする。
 玄七が背後に立つ侍女に言う。
「お前は先に行きなさい」
 侍女はうつむいたまま、くるっと背を向け殿内へ駆けて行った。
 玄史が眉をぴくっと動かして尋ねる。
「玄七、玄華様の使いに出ていたのではないのか?」
 玄七は一度会釈して微笑んで答える。
「先程戻りました、皆様は志瑞也様をお探しにですか?」
 玄史は腕を組み眉を寄せる。
「そうだ。ここにはいないようだから他を探しに出るところだが、今の侍女は私達に顔も見せないどころか挨拶もしないのか?」
 礼儀作法に厳しい玄武家らしい注意だ。年齢関係なく言葉遣いを含め、本家が分家に頭を下げることはない。逆に分家は本家に対し、礼儀は常に守らなければならないのだ。蒼亞も気づいていたが、指摘するほどのことではないと思っていた。彼は自ら分家の者に声をかけ、挨拶をして色々手伝う。だが、こうして本来の立場に直面すると、彼からの影響が強いのだと蒼亞は感じた。
 玄七は深々と頭を下げる。
「皆様無礼をお許し下さい。あの者は口が利けぬ故、仕える先がなかなか見つからず、玄華様がならば銀龍殿にと先程迎えに行っていたのです。中央宮での作法等含め今後はこのような失礼がないよう、私が責任を持って教育いたします」
 玄史は頷き優しい口調で言う。
「そうか、きつい言い方をしてすまなかった。あの者を叱らないでくれ」
「わかりました、お心遣い感謝いたします」
 玄七は顔を上げ微笑む。
「それと…」
「はい」
「あの者が慣れた頃で構わない、紹介してくれ」
 は?
 何を言い出すと思いきや、やはりこいつは変態だ。日頃は玄華達や彼と明るく接しているが、本来、玄七の表情は常に読めない。元は亡き玄枝付き侍女、口の堅さや忠誠心は揺るぎなく、滅多なことでは動じないのだ。そんな玄七が余程驚いたのか、珍しく微笑んだまま固まった。
 蒼亞は玄史を肘で小突く。
「お前何言ってるんだよっ」
「なんか後姿に惹かれてしまってなハハハ」
「お前も磨虎様と同じか? 玄咊の前で恥ずかしくないのか?」
 玄咊は微笑みながら言う。
「兄上はお目が高いわ、クスッ」
「お前もそう思うか?ハハハ」
「……」
 蒼亞は呆れ白目を剥く。
 玄七は微笑みながらも眉をひそめて言う。
「玄史様、残念ながらあの者は既に婚姻しております」
「はぁ…良い女は直ぐに取られてしまうな」
 玄史はとても残念そうに溜息を吐いた。
「兄上はまだ十五です、焦らないで下さい、クスッ」
「そうだな」
 兄妹は微笑み合い、蒼亞は分が悪そうに言う。
「玄七、先程兄上が千玄を怖がらせたんだ、私からすまなかったと伝えといてくれないか?」
「わかりました」
 玄七は微笑んで頷く。
「ありがとう、じゃあ行くか」
「ああ」
「ちょっと待って」
 蒼亞と玄史は何かあるのかと玄咊を見る。
「玄七、私お団子が食べたいわ、クスッ」
「…わかりました」
 二人は微笑み合うも、蒼亞と玄史は見合って首を傾げる。
「行きましょう」
「あ、あぁ…」
「うん…」
 その後も三人で黒龍殿、白龍殿、銀白龍殿、侍女や従者の中殿を探すも彼は見当たらず、玄華と千玄から得た手掛かりは惜しくも無となる。仕方なく、夕餉時になり黄龍殿へと戻った。門前広場では探し回り疲れ切ったのか、朱濂と朱虎は石段に寝転がって眠り、珍しく朱囉は朱翔が抱えて寝ていた。海虎は腕の中で眠る妹を愛しそうに見つめ、黄花と釵黄も沢山話ができたのか、満足そうに戻ってきた。だが、兄がどす黒い渦を身に纏って戻り、義兄に抱えられ寝ていた十玄は、目を覚ますなり直ぐに寝たふりに徹する。壱黄は黄虎、柊虎、磨虎と一緒にいたが、蒼亞達が戻ると合流し、互いに探した場所を確認し合った。
 壱黄が不思議そうに言う。
「本当に中央宮にいるのかな?」
「いるわよ」
 え?
 蒼亞、壱黄、玄史は耳を疑う。
 玄史は朱翔との距離を確認してから小声で尋ねる。
「玄咊っ、みっ見つけていたのか?」
「ええ、クスッ」
「何故言わないのだ?」
 玄史の問いは最もだと、蒼亞と壱黄もこくこく頷く。
「だって、志瑞也さんが頑張っているからよ」
「……」
「……」
「……」
 玄咊の微笑みに、三人は言葉を失くす。

「皆ーっ、食堂に行くぞーっ!」

 朱翔が朱囉、朱濂、朱虎を起こして、全員に呼び掛けた。
「行きましょう」
 一人さっさと歩いて行く玄咊を見ながら、蒼亞は眉を寄せて言う。
「玄史、お前玄咊を怖いと思ったことないか?」
「…今だ」
「そうか…」
 壱黄が言う。
「とっ、取り敢えず私達も食堂に行こう」
 三人は急ぎ玄咊の後を追った。

 食堂には不思議な香りが漂い、机には見たことのない黄色い料理が、一人分ずつ皿に盛られ席に並べられていた。各机の真ん中には土鍋が置かれ、腹の虫を鳴らしながら全員が席に着く。兄は仲間達といつもの席に着くが、向かいに座る朱翔を絞め殺しそうな勢いで睨んでいた。黄虎、柊虎、磨虎、義兄は苦笑いし、飯を食べれる雰囲気とはとても思えない。席が別で良かったと、四人は安堵する。
 朱翔が号令をかける。
「いいか皆、しっかり味わって食べるんだぞ!」
「はーい」
 鍋の蓋を開け、知っている料理から摘んで口に入れる。大根や卵、厚揚げ、蒟蒻が出汁に煮込まれ柔らかく、とても優しい味だ。
 壱黄が頬張りながら言う。
「このおでん…美味しいっ」
 海虎は黄色い料理を箸で調べながら言う。
「この上に被せているのは薄い卵焼きだな、中はご飯が入っているが白くないぞ? 玄史、食べてみろよ」
「ふっ、いつもお前が先だからな、わかった」
 玄史は添えられた匙で掬い口に入れる。
「玉葱と人参、それと肉を炒めているが、大蒜が効いて凄く美味いぞっ」
 玄史が一気に食べだし、皆も取り憑かれたように口にかき込む。ちびっ子達も目を丸くして喜び、兄の仲間達も頷きながら味わう。ふと見ると、兄からは怒りの渦が消え、黙々と食しているではないか。礼儀正しい兄の事、食べる気がなければ出て行っているはずだ。兄は責務で忙しかったり機嫌が悪いと、よく食事を抜き彼を心配させてしまう。蒼亞は安堵して、目の前の料理を頬張った。机には指導会最終日のご馳走らしく、次々に皿が運ばれる。食べ慣れない料理だからか、ちびっ子達は口の周りを汚して食べ屑を床に散らかし、一人の侍女が屈んで床の米粒を拾っていた。掃除は食後だが知らないのだろうか、蒼亞はもしやと気づく。
「玄史、あの侍女銀龍殿にいた侍女じゃないか?」
「ふっ、相手がいる女に興味はない」
 玄史は鼻で笑い、確認することなく夢中で食べる。
「そうだなハハハ」
 潔いのも、玄史らしいと蒼亞は笑う。力を使った特訓はしていなくても、腹は減るものだ。重ねられる皿を見て、釵黄は「お、お前達っ、こんなに食べるのかっ?」引き気味に驚く。
 海虎が帯を緩めて言う。
「今日はそんなに動いていないから少ない方さハハハ」
 頷く四人に、釵黄も負けずと腹にかき込む。

「兄上っ」

 柊虎の声で、何事かと全員が一斉に振り返る。座っていたはずの磨虎が、米粒を拾っていた侍女に近づき、あろうことかお尻に触れているではないか。あの侍女は口が利けず、叫び声すら上げられないのだ。ましてや、分家の者では逆らうわけがない。磨虎は事情を知らないとはいえ、無礼な振舞いだと蒼亞は眉間に皺を寄せる。突然の事に当然侍女は固まり、磨虎に嫌悪の視線が集まった。
 朱虎が匙を握りしめて怒鳴る。
「父上っ!」
 磨虎はしまったと慌てて手を離す。
「あっ、すまんっ…ついっ」

「お前っ!」
 いきなり、兄が憤怒の勢いで机を真っ二つに叩き割り、椅子をひっくり返して立ち上がった。義兄はすかさず机を下から支え、柊虎と黄虎も土鍋や大皿掴み、湯呑みを指に挟んで持ち上げる。兄は睨みながら一歩ずつ磨虎に向かい、拳に血管を浮き出たせた。しかし、磨虎は兄に怒られる筋合いはないと睨み返し、ちびっ子達は側で兄の殺気に動けず強張る。ちびっ子達の前で兄から喧嘩を仕掛けるとは思えないが、万が一に備え蒼亞達は玄史を先頭に結界を張ろうとした、とその時、朱翔が五枚の皿を両手に抱えて叫ぶ。
「志瑞也っ蒼万を止めろっ!」

 え?
 
「蒼万怒っちゃ駄目だっ!」

 全員の目が点になる。
 お尻を触られた侍女が、磨虎を押し退け兄に抱きついたではないか。頭巾を被った後姿で顔が見えないが、明らかに声は彼だ。
「蒼万、磨虎は後から俺が叱っとくから怒るなよ」
 彼が兄の頬に口づけすると、なんとか熱風が収まる。兄は彼を強く抱きしめ、すかさずお尻を掴んだ。
「蒼万っ、何するんだよっ」
 彼に手を振り払われるも、兄は抱き寄せ見つめて言う。
「会いたかったぞ」
 やっと光に触れ、兄は穏やかな表情をする。
「俺もだよ」
「ふっ料理できたのか?」
「玄七さんに手伝ってもらったんだ、無い材料もあるから同じ味は出せないけど、ばぁちゃんが作った中でも俺が好きだったおでんとオムライスだよ、へへへ」
「美味かった」
 彼が兄の鼻を小突いて言う。
「良かった、ったく千玄さん泣かすなよな」
「すまない、明日詫びを入れに行く」
 言いながらも兄の悪戯な手は、彼の割烹着の後ろの裾を握りしめていた。
「それはもう大丈夫だよ」
 そう言って、彼は蒼亞を見て目で笑う。
「ふっわかった」
 兄は彼を抱きしめ微笑んだ。はて、難は乗り越えたが、磨虎にこの場を収められる頭はない。触った相手が彼だとわかり、兄に怒られる理由ができてしまい、どうしらよいものかと苦い顔で弟柊虎に目で訴えるが、柊虎は手が塞がりそれどろではない。喜びに浸っている兄は、周りの状況などお構いなしだ。
 朱翔がうんざりしたように言う。
「お前達っ、早くこっち手伝えよっ!」
「あ、ごめん朱翔っ」
 彼は急ぎ皿を受け取って隣の机に置き、兄も手伝いながら磨虎を睨む。仲間達は隣の机に移動して座り、磨虎は朱虎に睨まれながら席に戻った。十玄は黄花にしがみつき、妹は動じることなく食べ続け、免疫のない釵黄は険しい顔で兄夫婦を見た。まさか、彼が侍女に扮していたとは。侍女の頭巾は頭をすっぽり覆い、深く被ってうつむくと上手い具合に顔が隠れる。食堂の調理場で作業しているとは誰も思わず、見かけても他の侍女達に紛れ誰も気づかない。座った位置やちびっ子達が見上げれば顔は見えたはずだが、皆食べるのに夢中で見向きもしなかった。彼からすれば、それもまた微笑ましかったのだろう。
 彼は腰に手をあて満面の笑みで言う。
「皆美味しいか?」
「うん!」
 ちびっ子達が元気に頷き、蒼亞達も微笑んで頷く。
「後からデザートもあるからな」
 朱濂と朱囉がすかさず問う。
「でざーと?」
「それは何?」
 彼は二人の頭をなでながら言う。
「甘いものだぞ」
 ちびっ子達は待ち遠しいと体を揺らし、彼は一人ずつ頭をなで、黄花や玄咊とも会話して回った。
 彼が蒼亞達の席に近づく。
「お前達味はどうだ? 口に合うかわからないけど、皆に食べてもらいたかったんだ」
「志ぃ兄ちゃんとっても美味しいよ、ありがとう」
「良かった」
 玄史が苦い顔で尋ねる。
「志瑞也さん、もしや銀龍殿で玄七の後ろにいましたか?」
「うん、あの時はびっくりしたよ。玄七さんがなんとか誤魔化してくれたんだアハハ」
 だとすると、玄史は彼に惹かれたことになる。蒼亞が疑惑の眼差しを向けると、玄史はやってしまったと目を瞑り鼻息をついた。
 彼が口元に手を翳しぼそっと言う。
「銀龍殿に材料取りに行く時にさ、磨虎に追っかけられて走って逃げたんだ」
「ぷっ、ハハハハハ」
 彼と四人は爆笑するも、やはり釵黄だけは首を傾げた。
「じゃあ俺まだ準備あるから、ゆっくり食べるんだぞ」
 彼が調理場へ向かい、皆は再び賑やかに食べだした。
 義兄が大根を食べながら尋ねる。
「朱翔さん、これはどういう事ですか?」
「本当はな、別の特訓を考えていたんだが、志瑞也が昨夜の一件から玄一の事を『もっと皆に気軽に話せるようになりたい』て言ってな、あいつも私達があまり話題に出さないの気づいてたんだ」
 黄虎は箸を置き腕を組む。
「確かに玄一の事を話す時、志瑞也は寂しそうな顔をするからなぁ…」
 朱翔は頷く。
「玄華様にも確認したんだが、話題に出して笑った後は遠い目をするらしい、志瑞也に一番恋しいのは何か聞いたらな、元の所での飯だそうだ」
 義兄は微笑む。
「それで玄七に頼んだのですね」
「そうだ。あいつにとって故郷の味は玄一の手料理だからな、これを作れるのは元の所を知っている玄七しかいないだろ? 本当は『トマトケチャップ』て物で米を赤くするらしいがなハハハ」
 そう言って、朱翔は食べかけのオムライスを見た。
 兄が言う。
「何故隠す必要がある」
 夫婦でも時に言えない事もあるのだと、融通の利かない友に朱翔は明かす。
「作りながら思い出して泣いてる姿、見られたくないんだとさ」
 そして、指を差す。
「一番はお前にだ、蒼万」
「何故」
「あいつが泣いたらお前が抱きしめるだろ? そしたら料理できなくなるじゃないか『甘えるのは後からでもできるから頑張りたい・・・・・』て言ったんだ」
 兄は彼を見ながら呟く。
「そうか…」
「そこで私が変装を提案したんだ、だから『協力しろ』て言っただろ?」
 兄は納得して頷く。
「ふっ悪かった」
「ったく、お前達は…」
 朱翔は兄を睨みながら、手が掛かる夫婦だと頭を掻いた。やはり、朱翔は彼のことをいつも考え、飴と鞭を使い分け世話を焼き、誰よりも心を汲んでいた。確かに、兄は泣いている彼を放っておけない。彼は向き合おうと、一生懸命なのだ。蒼亞は手掛かりの意味を理解し、彼が育ってきた料理の味を噛みしめた。
 柊虎がにこやかに尋ねる。
「朱翔、志瑞也を最初に見つけた者に褒美でもあったのか?」
 蒼亞は耳を済ます。
「まあ一応な、見つけた者が欲しい物を一つ、私からあげようと考えてはいたぞ」
 磨虎が食いつく。
「では私ではないのか?ハハハ 銀龍殿近くで見かけた侍女と尻が同じ形していたのだっ、それで思わっ」
「兄上っ」
「あっ…」
 弟柊虎に遮られ、磨虎は兄の視線に気づき黙る。
「私は志瑞也を探せって言ったんだ、同じ尻を探してこいとは言ってないだろ、ったく蒼万も直ぐ怒るなっ、志瑞也の尻はお前のせいなんだからなっ」
 言いながら、朱翔は磨虎と兄を匙で差した。
 朱翔は正論だが、何とも聞き流しにくい会話だ。恐らく、最初に彼を見つけ認識したのは玄咊だ。蒼亞と玄史は知っているが、当の本人に名乗りでるつもりはないのか、隣に座る黄花と楽しそうに飯を食べていた。
 朱翔は匙を置き腕を組んで言う。
「蒼万はいつから気づいていたんだ?」
「この料理が運ばれた時だ、前に玄一の作った『オムライスが食べたい』と言っていた」
「それで運んでいる侍女の中から顔を見てみつけたのか?」
 兄は怪しげに笑って言う。
「顔は見なくてもわかる」
「…はぁー、お前も磨虎と変わらんな」
 朱翔は呆れ果て椅子の背に凭れた。
「何か貰えるのか?」
 あれだけ騒いどいて図々しい奴だと、朱翔は片方の口角を上げる。
「ふっ、言ってみろよ」
あれ・・を一式欲しい」
 我儘な兄に、蒼亞達四人は固まる。
 朱翔はもう慣れたのか、普通に食べながら言う。
「あれは黄龍家の侍女の衣だ、黄虎に聞け」
 何も知らない黄虎が尋ねる。
「ん、蒼万は侍女の衣が欲しいのか? 何に使うのだ?」
「…また志瑞也に料理を作ってもらう」
 嘘ではないはずだが、一瞬の兄の躊躇いが、蒼亞には偽りに聞こえてならなかった。
「構わないよ、志瑞也も似合っているではないかハハハ」
 周りの仲間達は黙々と食べだす。
「ふっ、お前は兄思いの良い弟だ」
「そんなの当然ではないかハハハ」
 兄と黄虎以外、笑ってはいなかった。

「失礼いたします!」

 食堂の扉を開け玄七が入ってきた。
「志瑞也様、お持ちしました」
 風呂敷に包んだ膳を、よいしょと机に置き結びを解く。
「玄七さんありがとう」
 彼は調理場から小皿を持って駆け寄り、取り分けて全員に配る。小皿には白、蓬、桜の三色団子と、丸い煎餅のようなものが二枚乗せられていた。
「皆、これはクッキーていうお菓子だよ」
 そう言って、彼は齧り付き、懐かしむように玄七と微笑んだ。
 鼻に近づけると、牛乳や砂糖の甘い香りがし、口に入れると香ばしさも広がる。煎餅とは違い柔らかく、さくさくとした食感も楽しめ、皆が初めて口にするお菓子に感激する中、蒼亞は団子を見つめ考える。玄咊は褒美のことを知っていたのか、玄七へは口止め料のつもりだったのか、はたまた、彼が見つからないと分かっていたのか。いずれにせよ、玄咊は褒美を手に入れたには違いない。玄咊は蒼亞と目が合うと、にっこり微笑んで団子を口に入れた。彼の口から玄一の話は聞いたことがなかったが、今後は色々話せるようになるのだろう。目元を潤ませてお菓子を食べる彼を、兄は微笑んで眺める。しかし、色々知ってしまった蒼亞の瞳には、兄が今日、彼をどう食すかを考えているようにしか見えなかった。そして、彼も兄と楽しんで遊ぶ・・はずだ。蒼亞は感情を無にして、純粋に団子を味わったのだった。

─ 第二章 終 ─
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