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風花 八
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花也は無事、裳着の儀式を終え、ありとあらゆる作法。香、楽などが身に付いているかを試された。
内裏では多くの行事が行われ、教養が身に付いていなくては本人だけではなく一族そのものが疑われる。
花也は栞から厳しく躾を受けており、全てが滞りなく身に付いていた。吉日を待ち、花也は帝の元に入内し、部屋を賜ることになる。
花也は格子から外に視線を向けた。
外はまだ薄暗く、かすかに庭が見える程度だった。だが、左大臣邸は慌ただしさの中にあった。
今日、花也は入内する。
ありとあらゆる物が用意され、新しくしつらえられた物もあった。尼寺にいたときには想像すら出来なかった慌ただしさと、物珍しさ。この一ヶ月は花也にとって、驚きの連続だった。
裳着を期に、外に出ることは禁止された。
本来ならそこまで厳しくはない。ただ、花也は帝に入内する身であり、他の異性に姿を見られる訳にはいかなかった。
朝餉を取り、華やかな衣装に袖を通す。
裳着の時にも身に着けた十二単はかなりの重さではあったが、晴れ着であるだけでなく帝に伺候するときには必ず着用しなくてはならない。
「姫様、お似合いでございますよ」
花也付きの女房の一人が、うっとりとした表情で言った。
花也は複雑だった。今日、入内だと言われても実感がわかない。今までが夢物語のような気がしてならなかった。
「姫様」
女房が怪訝な表情で花也を見ていた。花也は小さく首を振った。
「何でもありません」
何もなかったかのように言うしかなかった。この日を迎え、複雑な気持ちはどうすることも出来なかった。
帝は約束を守ってくれた。毎日、訪れる手紙は待ち遠しく、楽しみだった。
「姫様、お手紙が届いております」
花也の背後で別の女房が手紙を差し出した。花也はそれを受け取り、中を改める。手紙の内容は歌ではなかった。今日の日を待ち、訪れるのを心待ちにしているという内容だった。
花也は破顔する。まるで、心を読んだかのように届いた手紙は花也を安心させるのに十分な内容だった。
「花也」
名を呼ばれ、花也は振り返った。そこにいたのは栞だ。心配気に花也を見ている。
「よく似合っています。用意は出来ましたね」
花也は頷いた。
「用意は出来ていますよ。さあ、参りましょう」
栞に促され、花也は歩き出した。御車に乗り込むとき、空を見上げた。晴れ渡った青く澄み切った空が、美しかった。
「雪が」
女房の一人が呟いた。雲一つない空に雪が舞っていた。白い使者は優しく大地に降りてくる。
「風花」
花也は呟いた。
これから何が起こるか判らない。だが、この、白い雪が花也を祝福しているようだった。
花也は小さく笑った。そして、覚悟を決め、御車に乗り込む。静かに舞い降りる雪に見送られ、花也は新たなる一歩を踏み出した。
-終-
内裏では多くの行事が行われ、教養が身に付いていなくては本人だけではなく一族そのものが疑われる。
花也は栞から厳しく躾を受けており、全てが滞りなく身に付いていた。吉日を待ち、花也は帝の元に入内し、部屋を賜ることになる。
花也は格子から外に視線を向けた。
外はまだ薄暗く、かすかに庭が見える程度だった。だが、左大臣邸は慌ただしさの中にあった。
今日、花也は入内する。
ありとあらゆる物が用意され、新しくしつらえられた物もあった。尼寺にいたときには想像すら出来なかった慌ただしさと、物珍しさ。この一ヶ月は花也にとって、驚きの連続だった。
裳着を期に、外に出ることは禁止された。
本来ならそこまで厳しくはない。ただ、花也は帝に入内する身であり、他の異性に姿を見られる訳にはいかなかった。
朝餉を取り、華やかな衣装に袖を通す。
裳着の時にも身に着けた十二単はかなりの重さではあったが、晴れ着であるだけでなく帝に伺候するときには必ず着用しなくてはならない。
「姫様、お似合いでございますよ」
花也付きの女房の一人が、うっとりとした表情で言った。
花也は複雑だった。今日、入内だと言われても実感がわかない。今までが夢物語のような気がしてならなかった。
「姫様」
女房が怪訝な表情で花也を見ていた。花也は小さく首を振った。
「何でもありません」
何もなかったかのように言うしかなかった。この日を迎え、複雑な気持ちはどうすることも出来なかった。
帝は約束を守ってくれた。毎日、訪れる手紙は待ち遠しく、楽しみだった。
「姫様、お手紙が届いております」
花也の背後で別の女房が手紙を差し出した。花也はそれを受け取り、中を改める。手紙の内容は歌ではなかった。今日の日を待ち、訪れるのを心待ちにしているという内容だった。
花也は破顔する。まるで、心を読んだかのように届いた手紙は花也を安心させるのに十分な内容だった。
「花也」
名を呼ばれ、花也は振り返った。そこにいたのは栞だ。心配気に花也を見ている。
「よく似合っています。用意は出来ましたね」
花也は頷いた。
「用意は出来ていますよ。さあ、参りましょう」
栞に促され、花也は歩き出した。御車に乗り込むとき、空を見上げた。晴れ渡った青く澄み切った空が、美しかった。
「雪が」
女房の一人が呟いた。雲一つない空に雪が舞っていた。白い使者は優しく大地に降りてくる。
「風花」
花也は呟いた。
これから何が起こるか判らない。だが、この、白い雪が花也を祝福しているようだった。
花也は小さく笑った。そして、覚悟を決め、御車に乗り込む。静かに舞い降りる雪に見送られ、花也は新たなる一歩を踏み出した。
-終-
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