浅い夜・薔薇編

善奈美

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Ⅱ 月の繭

03 満月

 ゼロスはカイファスを抱えたまま足早で裏口に向かった。

 カイファスを捜しながら長は執事に指示を出していた。裏口に馬車の用意をさせ、ゼロスにそこに向かうよう指示したのだ。

 人気のない廊下を滑るように移動し、かすかに欠けている月を窓から見据えた。

 まだ、夜明までには間があった。

 裏口で待っていた執事が無言で扉を開く。ゼロスは執事に小さく頷き、執事は深々と頭を垂れた。

 夜の空気が肌を掠め、カイファスが身震いしたことに気が付く。御者は二人を認めると馬車の扉を開いた。

 躊躇うことなく馬車に乗り込み、ゼロスはカイファスを席に座らせ自分は向いの席に腰を下ろした。

 小さく息を吐き出し、今見た光景に眉を顰める。

 レイチェルに注意を促されていたにもかかわらず、カイファスは無体を強いられた。右手で髪を掻き揚げ、知らず溜め息が漏れる。

 カイファスは自分の身に起こったことが信じられずにいた。何より、ゼロスに触れたことで躯が目覚め始めていた。

 確かに静まった筈の熱が、再び躯に灯る。静かに顔を上げ、ゼロスを見た。

 微かな振動を伴い、馬車は動き始めた。その振動が、カイファスを突き動かした。

 我慢が出来なかった。疼き始めた躯に、あらがうことが出来なかった。いきなり立ち上がり、ゼロスに襲いかかる。

 ゼロスは不意を付かれ、対応が出来なかった。いきなり塞がれた唇に目を見開く。強く押し当てられた唇に、思考が一時停止した。

 カイファスはゼロスの唇を軽く吸い上げる。

「カイファス……っ」

 こもった声で問い掛けたが開いた唇に、暖かい舌が差し込まれゼロスを犯し始めた。

 歯列をなぞり、口内をカイファスの舌が動き回る。舌を絡み取られ、意識が持って行かれそうになる。

 濡れた水音が響き、ゼロスの中の何かが崩れた。貪られていたゼロスはカイファスを抱き締めると噛みつくように舌を吸い上げた。

 小さな溜め息が漏れ、カイファスは躯をふるわせる。

 二度三度と角度を変え、更に深く絡まりあう。

 カイファスに掛けてあったゼロスの上着はとうに落ち、その胸の突起が露わになっていた。

 深く口付けながら、ゼロスは突起をつまみ上げた。カイファスは躯を弓なりにそらせた。

 名残惜しそうに銀糸が二人の唇にかかり、すぐに切れる。

「……あぁ……っ」

 カイファスを膝の上に座らせ、ゼロスは必要に突起をつまみ上げたり、押したりを繰り返した。硬く赤く色付く頃には荒い息の中に、艶めいた嬌声が漏れ始める。

「……たす……け……」

 ゼロスの肩に顔を埋め、カイファスは懇願した。アレンに受けた行為の残滓に、躯の疼きが止まらない。

「……あつ……っ」

 カイファスは纏まらない思考にどうしていいのか判らなかった。ただ、解放して欲しくて、それ以上にゼロスが欲しくてたまらなかった。

 ゼロスは目を細めると軽くカイファスの首に噛み付く。その刺激にたまらず声が漏れた。

 鎖骨に舌を這わせ、胸の突起を口に含むと強く吸い上げた。カイファスはその感覚に意識が持って行かれそうになるのを必死で耐えた。

「……ゼロ……ス……っ」

 甘い声がゼロスの聴覚を犯す。冷静だったのは最初だけで、その後は欲望という魔物に屈した。

 馬車の中であるという、不安定な場所はカイファスに別の刺激も与えていた。

 馬車が作り出す振動がゼロスの愛撫と重なり、更なる快感をもたらす。執拗に胸を刺激され、そこは赤く硬く熟れていた。

「ふ……ぅ……」

 身悶え、青白い肌が薄紅色染まっていく。その様は扇情的でゼロスの視覚を犯していく。

 席に膝を立て、カイファスはゼロスに胸を晒し、更なる刺激を求めた。ゼロスは薄く笑うと口で胸を犯しながら、ズボンに手を掛け膝まで引き下ろした。

 露わになった双尻を二つに割り、奥にある蕾を軽く刺激する。そこは既にひくつき、何かを待ちわびているようだった。

「あぁ……」

 カイファスは頭をふるう。もっと刺激が欲しくて、知らず腰が揺らめいた。

 ゼロスは顔を上げカイファスの唇を再び奪う。

 絡み合う舌に集中していたカイファスは、いきなりきた前と後ろの刺激に悲鳴を上げた。

 まだ、達していない場所を刺激され、先走りの蜜を滴らせた卑猥な場所を攻められ、後ろの蕾に指を差し込まれ一瞬、意識が遠のいた。

「……ゼ……っ」

 言葉が続かない。必死にゼロスの首にすがりつき、その快感を受け入れる。

 与えられる刺激を追い、息が更に荒くなる。

 達く寸前の熱が体中を駆け巡る。内部の一番敏感な部分に触れたとき、カイファスは耐えきれずに嬌声を上げ欲望を解き放った。

 視界が霞み力なく沈み込もうとしたがそれは叶わなかった。

「ゼ……ロ……」

 涙目で彼を見たカイファスはその表情に獰猛な獣を見た。

 煽ったのは間違えなくカイファスだ。躯の熱を解放してもらいたくて縋った。

「まだ、これからだろ」

 小さく首を横に振る。膝が立っていられず、倦怠感で躯がだるい。

「自分ばかり、狡いと思わないか」

 睫を震わせ、カイファスはゼロスのベルトに手を伸ばす。ズボンのファスナーを下ろし、熱く猛ったものを取り出した。

 いまだに後ろの蕾に埋まったままのゼロスの指を自ら抜く。その刺激に躯が震えた。

「……ぅん……」

 思わず甘い吐息が漏れる。ゼロスはその痴態に欲望が脈打つのを聞いた。

 改めて見るゼロスの逸物に、カイファスは怖じ気づいた。自分の物とは明らかに質量が違う。狭い場所に何時も打ち込まれている物だとは考えられなかった。

 無理だと訴えるように視線を絡めれば、ゼロスは意地の悪い笑みを見せた。

「何時も喜んで呑み込んでいるじゃないか」

 その言葉に体が熱くなる。恥ずかしさに震え、首を振った。

「で……できな……っ」

 睫を伏せ、小さく震えた。ゼロスは溜め息を吐くと、カイファスの腰を引き寄せる。カイファスは驚き慌ててゼロスの肩にしがみついた。

「何時もやってることだろう」

 昨日も喜びに震えながら呑み込んだじゃないかと言われ、耳まで赤く染まった。

 意を決するようにカイファスは蕾にゼロスの熱い塊を押し当てた。静かに腰を下ろしていくが、あまりの質圧に息が出来なかった。

 いままで自分で受け入れたことのなかったカイファスは眉を顰め息を吐き出しながら沈めていく。

 何とか先を納めると荒い息を吐き出した。

 それを意地の悪い笑みを浮かべ見ていたゼロスが一気にカイファスの腰を沈める。

「……っ」

 声すら出ず目を見開き喘ぐように躯を弓なりに反らせ、口から一筋唾液が滴り落ちる。

 完全に納めきるとそれは有り得ないくらい奥まで届き、カイファスは力なく崩れ落ちた。

 ゼロスはカイファスの髪に顔をうずめ、震えている彼を抱き締めた。

「動かして」

 カイファスの耳朶に軽く噛みつき、ゼロスは囁いた。呑み込むだけで精一杯で動くのは無理だと訴える。

 その表情にゼロスは完全に飲まれた。うっすらと涙を浮かべた瞳、薄く開いた唇から絶え間なく発せられる甘い吐息。

 理性を崩壊させるのには十分だった。

「きゃぁ……っ」

 予告もなくいきなり突き上げられ、最奥に与えられた刺激は強すぎた。目の前が霞み、あまりの快感に艶やかな嬌声が絶え間なく漏れる。

「……ゼロ……っ、はげ……しっ」

 体にしがみつき、意識が持って行かれそうになるのを必死で耐える。何時になく感じる刺激が欲望に火をつける。

 ゼロスの肩に頭を預ければ、目に飛び込んでくるのはうっすらと汗ばんだ首筋だった。カイファスはうっとりと首筋に魅入り、我慢が出来なかった。

 絶え間なく与えられる快感と、何時、意識が途切れてもおかしくはない状況で別の欲望が頭を擡げた。ゆっくりと唇を寄せ、舌を這わせる。その感覚にゼロスの動きが止まった。

「頂戴」

 恍惚と呟かれた言葉が何を意味しているのか判っていた。ゼロスは目を細め、カイファスを促す。

「……好き」

 微かに呟き、柔らかい首筋に牙を立てた。鋭い痛みが一瞬走り、その後にきたのは快感だった。

 耳に入ってくるのは何かを飲み込む音。溢れる赤い媚薬はカイファスを満たし、今まであった飢餓感が薄れていく。

 ゼロスは性的な快感とは違う恍惚とした気分になった。そして、長の言葉を思い出す。

「満月」

 知らず口をついた言葉にカイファスは反応した。ゆっくりと突き立てられた牙を抜き、傷口を丁寧に舐める。うっすらと見える二つの傷跡にキスをし、耳元で囁く。

「ご馳走様」

 何時にない艶を帯びた声はゼロスを欲望の波に突き落とす。いきなり始まった突き上げに、カイファスはあらがうことなく受け入れた。

「ふん……んっ……はぁ……あっ」

 しがみつき快楽の波に身を委ねる。

 ゼロスは耳元で甘い鼻にかかった声を聞きながら、夢中で躯を貪った。熱いとさえ思える内部を感じ、絡み付いてくる感覚が彼を追い詰めていく。

 狭い空間に響き渡る卑猥な水音と、肌がぶつかる独特の音、二人の喘ぎ声が更に欲望を駆り立てる。

「ぁぁ……んんっ……」

 カイファスの先走りの透明な蜜が陰茎を伝い蕾に到達すると更に卑猥な音を響かせた。

 限界はとうにきているのに、二人は止められなかった。互いに腰を揺らめかせ、どん欲にむさぼる様は端から見てもその激しさに目を覆いたくなるほど淫靡だった。

 カイファスの体が仰け反り、長い嬌声が迸る。

 その声と共に精を吐き出し、カイファスは快感に打ち震えた。

 カイファスは精を放つと同時に内部を収縮させる。蠢き、絡み付くようにゼロス自身を締め付ける。彼は歯を食いしばり耐えようとしたが、恍惚とした表情を浮かべているカイファスを見た瞬間、彼の体内に熱い迸りを放っていた。

 体内でとき放たれた欲望にカイファスの背筋がぞくりと震えた。

 長い溜め息を吐き出し、意識が遠のいていく。躯をゼロスに預け、カイファスは夢の国に旅立っていった。

 ゼロスはそんなカイファスを強く抱き締める。

 夜が明けまた、月が支配する夜の帳が降りれば魔の時間が始まる。全ての始まりが……。

      †††
 

 カイファスは重たい瞼を開けた。辺りを見渡し、昨日の出来事が思い出される。

 少しずつ蘇ってくる。長に呼ばれ話を聞き、ゼロスと別れ広間に向かった。

 いきなり飛び起きると躯を確認した。何一つ身に付けていないことに慌てる。顔から血の気が引いていく。ゼロスの忠告を真剣に聞かなかった為に窮地に陥った。

 アレンに襲われ、その後の記憶が朧気だった。自身を抱き締め震えた。もしかして、という不安が消えない。最後までやられてしまったのかとの考えが消えない。

 肌に残る鬱血の痕は真新しく、その考えを肯定しているようだった。

「起きたのか」

 横から聞こえてきた声は聞き覚えのある声だった。ゆっくりと視線を向ける。

「ゼロス」

 何故、ゼロスが同じベットにいるのかが不思議だった。昨日は集まりだった筈だ。本来なら、長の館で次の日を迎える予定だった。

「大丈夫か。呆けているようだが」

 身を起こしたゼロスにいきなり縋り付いた。

「昨日……っ」

 その後が続かなかった。記憶が曖昧すぎて、気分がすっきりとしない。

「あれだけ激しくしたら、躯がおかしくもなるか」

 ゼロスの言葉に驚愕し、唇が戦慄いた。

「勘違いしてないか」

 ゼロスは呆れたように言った。

「勘違い」
「昨日のことを、覚えてないのか」

 その問いかけに力なく頷いた。

「まあ、確かにお前らしくなかったからな」

 仕方がないとゼロスは続けた。

「私は本当に……っ」
「アレンとは何もなかったぞ」

 まあ、完全にではないがと顔を歪めて言う。カイファスは両手を握り締め、己の不甲斐なさを呪った。

 あまりに非力であったと、認めないわけにはいかない状況になったことまでは鮮明に思い出せた。

 では、その後は。

 ゼロスは意地の悪い笑みを浮かべた。そして、いきなりカイファスの唇を奪う。

 最初は軽く触れあうように、徐々に深く激しいものに変わる。

 深い口付けはカイファスの意識を奪うのに十分な力を持っていた。躯から力が抜け、甘い吐息が漏れた。

「誘ってるのか」

 うっとりと潤んだ瞳を見せるカイファスにゼロスは苦笑した。抱く度にカイファスは艶が増していく。一つ一つの動きに色気が増し、無意識に襲いたくなるときがあった。

 だが、ゼロスはもう一度軽く唇を合わせると、ベットから降りた。

「ゼロス」

 何時もならこのまま押し倒される筈であるのに、中途半端で放り出されたような気分になった。

 カイファスの気配にそれを察したゼロスは髪を掻き上げた。

「今日は何の日だ」

 その問いにカイファスは息を飲む。

 満月。

 夜の住人が最も待ち望んでいる瞬間。魔力に満ちた淡い光が地上に降り注ぐ。
 
「思い出したか」

 目を見開き息を飲む。何時もなら絶対に会わない。会ってはいけない。

 ゼロスは着替えを済ますと、カイファスの元に戻ってきた。驚愕に震え、声すら出せずにいる彼に口付ける。

 血の気の引いた唇は冷えきっていた。

「嫌……こな……」

 戦慄き、掠れた声で拒絶する。ゼロスは眉を顰めた。

「とりあえず、服を着ろ」

 そう言うと用意されていた服を手渡した。

 室内は薄暗い。窓にはカーテンがひかれたままだった。震える手で何とか身支度を整える。

「行くぞ」

 俯き、躊躇っているカイファスに歩み寄り無理矢理、顔を上向かせた。その瞳には既に涙が溢れていた。

 婚約したのだ。隠し事はいけないことであるのは判っている。だが、秘密を知られ、離れていくのではないかと不安がよぎった。

「……で」

 カイファスの唇が微かに震えていた。紡ぎ出された言葉は空気に吸収されてしまったかのように聞き取れない。

「カイファス」

 ゼロスは訝しんだ。青冷めた顔は恐怖に歪み、瞳は涙が溢れ、体は小刻みに震えていた。

「……ねがい、嫌わないで」

 嗚咽混じりに呟かれた言葉が胸を締め付けた。カイファスはゼロスの服を強く握り締める。

「……べつしないで……」

 声はか細く、聞き取るのは困難すぎた。

 カイファスは満月を恐れている。前は満月になればよく遊び歩いた。しかし、賭に負け肌を重ね何時しか満月の日は引きこもるようになっていた。

 カイファスの身に何が起こったのか。長は見た方が判ると言っていた。つまり、口で説明するよりも、目にした方が確実に理解出来ると言うことだ。

「大丈夫だ。心配しなくていい」

 ゼロスの言葉にもカイファスは首を振った。あからさまな拒絶。

 昨日、館に帰ってきた時、ゼロスはアジルとレイチェルに手紙を渡した。二人のあからさまな姿に二人は目を見開いた。

 だが、ゼロスの首筋にある二つの痣に口を噤んだ。

 次いで渡した手紙をその場で開封し中身を確認していた。

 その後に言われた言葉は、目が覚めたら居間に来るようにと、カイファスを絶対に月明かりに晒さないように釘を差された。

 アジルが更に明日、全てが判るとゼロスに告げた。

 今日、全ての謎が解かれる。カイファスの身に起こった全てが理解出来る。

「カイファス」

 カイファスは体を震わせ、ようやくゼロスに視点を定めた。

「絶対に嫌うことはない。お前が俺を嫌いになったとしてもな」

 それはあからさまな独占欲に他ならない。ゼロスは優しくカイファスを抱き締めた。

      †††
 

 二人は指定された居間に足を運んだ。その間、カイファスは一言も声を出さず、ただ、ゼロスの服の裾を握り締めていた。

 扉をノックする。

 何時もなら無礼ではないかと思える程、ゼロスはその様な行動は取らない。

 だが、空気がいつもと違った。人の気配が一人や二人ではないことが感じ取れた。

「入りなさい」

 返ってきた声にゼロスは息をのんだ。その声は吸血族の長だったからだ。

 静かに扉を開いた。そこにいた顔ぶれに目を細める。アジルとレイチェルは理解出来た。吸血族の長と銀狼族の長。そして、アレンの存在にゼロスは表情を無くした。

 動かずある一点に視線を向けているゼロスに訝しみ、カイファスはそちらを見た。

 視界に入った人物にカイファスは体が震えた。更にゼロスの服をきつく握り締める。

 ゼロスはそれに気が付いたのかカイファスを見た。

「カイファス、窓際に行きなさい」

 吸血族の長の言葉にカイファスは更に顔色が悪くなる。拒絶の表情をうつし、首を横に振った。

「これは必要なことですよ。判っている筈でしょう」

 諭されてもカイファスは動かなかった。足が床に貼り付いたように動けなかった。

「ゼロス」

 吸血族の長は溜め息と共にゼロスに視線を向けた。瞳が語っている。

「判った」

 諦めを含んだ声音でゼロスはカイファスを促した。

 カイファスはまるで死刑台に上がる罪人のように青冷めゼロスを見上げたが、諦めて彼について行った。

 ゼロスに聞こえる声量でぽつりと呟く。

「……一人にしないで……」

 悲し気に呟く声に、ゼロスは頭に接吻を落とした。カイファスは微かに震え、更に強く服を握り締める。

 まるで縋るように。

 窓際にはアジルとレイチェルがおり、二人は駆け寄ってきた。

 情けない程憔悴し、泣いた跡のあるカイファスの瞳を見るやレイチェルは彼をかき抱いた。

「母上」

 涙声で母親に縋り付いた。

「レイチェル」

 レイチェルは吸血族の長に顔を向けた。憂いを帯びた表情で頷くと、カイファスをゼロスに託した。

「ゼロス、しっかりと見るのです。何故、婚約出来たのか判りますよ」

 吸血族の長はしっかりとした口調で言い切った。

 ゼロスは振り返り目を細める。今、腕の中にいるカイファスは小刻みに震えながら縋るような視線をゼロスに向けていた。

 二人はカイファスに視線を向けた。労るように見詰めた後、一気にカーテンを開けた。

 窓の外に見えるのは綺麗な魔力に満ちた淡い光を落とす月。その光は大地に降り注ぎ、幻想的ですらあった。

 ゼロスの腕の中でカイファスは体が跳ね上がった。

 月の光がカイファスを優しく包み、その魔力が彼の体に変化を与える。

 カイファスは俯き、きつく瞼を閉じるとゼロスの腕にしがみついた。体が熱を持ち、口からは喘ぎ声が漏れる。

 最初、顕著に変化をしたのは癖一つない黒髪だった。短かった髪がいきなり背を流れるように伸び、その光景は神秘的で幻想的だった。

 体つきも明らかに変化していた。ゼロスに縋り付く手も筋張ったものから滑らかなものに変わり、一回り小さくなったような気がした。

 荒い息を吐き出し、カイファスは顔を上げた。

 ゼロスを見上げたその顔は確かにカイファスだったが、今までと明らかに違っていた。

 女性的であったカイファスだがそれは明らかに女性とは違っていたことが判った。

 目の前の女性は確かにカイファスだが、薄かった胸にある二つの膨らみは今までの彼ではないと知らしめているようだった。

 思わず頬に手を添える。その柔らかさに、ゼロスは驚いていた。

「これが婚約出来た理由ですよ」

 吸血族の長は静かに言った。

「本来なら許される筈のないこと。けれど、カイファスはお前を想い変化しました」

 ゼロスは目を見開いた。

「カイファスは先祖帰りをしたのです。我々、吸血族の中に流れる血の中の微かな記憶を呼び起こしたのです」

 そこにいた全ての者が息を飲んだ。

 遠い昔、吸血族が滅びに瀕したときその変化が起きた。

 吸血族の女性は全て人間の間に蔓延した病にかかり、永遠に近い命をもちながら息絶えていく。

 他種族と交わり子をなしても結果は同じだった。

 そんな中で一族の爪弾きにあっていた者の中に満月の光を浴びると女性化する者が現れた。

 元々、同性のみにしか興味がなく隠れるように生活していた彼等はあまりの事実に驚いた。普通であれば長に会うこともない彼等が慌てたように会いに来た。

「彼等は互いの血を摂取していました。本来、私達種族は奪いはするけれど与えることは皆無に等しかったのです」

 その言葉に、皆が沈黙した。

「パートナーとなる者の血を摂取し、尚且つ、互いを必要とする強い想いが必要だったようです」

 吸血族の長はそこまで言い、溜め息を付いた。彼が見つけ出した資料は余りに古く、所々が欠落していた。

 正確に記載されている可能性は高くはないだろう。しかし、過去にその事実があったことだけは間違えなかった。

「一度変化した者は満月になると女性化し子孫を残せるようになります」

 彼等がいたおかげで吸血族は救われ、現在までその種を存続させるに至った。

 では、何故、カイファスは変化したのだろうか。

「今、ここで過去を語ったとしても現実は変わりません」

 吸血族の長は軽く頭を振った。

「アレン」

 吸血族の長はアレンに視線を向けた。驚愕し驚きを隠せなかったアレンは呼ばれたことにすぐ、反応することが出来なかった。

 この場所で一番異質な存在であるアレンに対し、ゼロスの視線はどこまでも冷たい。

「お前は罪を犯しました。何故、ここに連れてこられたのか判りますか」

 その問いに、皆が息を飲んだ。アレンの意志でくる筈がない。ましてや、アジルとレイチェルがこの日に、招き入れるとは考えにくい。

「本来、一族で主立った者達に結婚したことを知らせるのは決まり事ですが、今回の場合あまりにも特殊です」

 確かにそうだ。今、目の前で行われた光景を見てさえにわかに信じられない。

「ゼロスとカイファス、お前達は婚姻の儀の前に報告に旅だってもらいますが、アレン、お前も同行するのです」

 アレンは息を飲んだ。勿論、ゼロスとカイファスは目を見開き、今の言葉を疑った。

 ただ一人、納得したように頷いたのは銀狼族の長だ。

 アジルとレイチェルはただ、溜め息を吐く。

「カイファスは満月期にならなければ女性化しない。本来ならば満月の日に報告に行けばよい。だが、婚約から結婚までは一年と期間が短い上、満月は一ヶ月に一度しか訪れません」

 つまり、満月以外の日に本人達が説明したところで、誰一人納得する者はいない。第三者の説明が必要なのだ。

「これはお前が犯した罪の償いだと思いなさい」

 鋭く睨み付けられ、アレンは頷くしかなかった。今ここで犯した罪を白日の下に曝されたなら、自分の身に起こることは想像出来た。

「ゼロス、これは決定事項です。拒否は認めません」

 ゼロスが口を開く前に釘を差す。

「アレン、後の詳しい話は私の館で話します。よいですね」

 アレンは頷き、吸血族の長と共に姿を消した。アジルとレイチェルも後を追う。

 銀狼族の長はそんな四人を見送った後、二人に歩み寄った。ゼロスの目が細められる。

「ゼロス、言っておくことがある」

 銀狼族の長はそう、切り出した。

「本来、お前は俺の跡取りだが、吸血族と婚約した以上、認められない」

 判っているなと言われ、ゼロスは頷いた。カイファスは驚き息を飲む。

 そんな話は聞いたことがなかったのだ。否、ゼロスは自身についてあまり多くは語らなかった。

「ただ、息子の幸せを願うなら問題ないが、俺達の家系が普通の銀狼族と違うことは理解しているな」
「判ってる」

 銀狼族の長は頷いた。ゼロスは愚かではない。判っていたにも関わらず、カイファスに執着したのだ。

「俺の跡取りをバルドに定める」

 ゼロスは納得したように頷いた。カイファスは不安になった。知らない何かが目の前で決まったような気がした。

「気にする必要はない」

 いきなり話をふられ、カイファスは驚き銀狼族の長を見る。

「こいつが勝手なのは今に始まったことじゃない。お前が女性化する前から、一緒になるとほざきやかった」

 苦笑混じりに言われ、カイファスはゼロスを仰ぎ見る。それは、ある意味許されない。

「お互い立場もある。誰一人認める者はいないと諭したが、さらってでも手に入れると言いやがった」

 ゼロスは眉を寄せ、カイファスを抱く腕に力を込めた。

「我が息子ながら、そこまで執着するとは」

 おかしいのか喉の奥で笑う。それに、不快感を表したのはゼロスだった。かなり、面白くないようだ。

 銀狼族の長は肩を振るわせながら、扉に向かい何かを思い出したように振り返る。

 実の父親に冷たい視線を向けていたゼロスは振り返った彼に更に冷ややかな視線を投げかけた。

「忘れるところだった」

 呟き、ついで出た言葉にカイファスは赤面することになる。

「女性化したカイファスはまだ抱くなよ。これは吸血族の長殿の命令だ」
「どうしてだ」

 ゼロスは面白くないのか、不機嫌なまま問う。

「妊娠されたら大変だからだ」

 妊娠などすぐする筈もない。確かに大事をとることは大切であろうが、ゼロスには意味がなかった。

 性別が変わろうとカイファスであることにかわりはない。

「何故、満月にだけ女性化すると思う。妊娠する可能性が一月に一度しかないということは、体がすぐに妊娠出来るように月の魔力を使って変化している筈だ」

 息を飲んだのはカイファスだった。普段、男性体であり女性化するのは満月の一日だけだ。

 確実に子孫を残すために変化するのなら、否定できない。

「まあ、楽しむなら満月の日以外にしろ」

 捨て台詞ともとれる言葉を残し、銀狼族の長は姿を消した。

「狸親父が」

 苦々しげにゼロスは絞り出すように言った。

「ゼロス」

 カイファスは上目使いにゼロスを見上げる。その仕草にゼロスは息を飲んだ。思わず理性が飛びそうになるのを踏みとどまる。

「お前は何とも思わないのか」

 カイファスは不安気に呟いた。満月の光を浴びると変化するなど、吸血族の中では特異以外の何者でもない。

「カイファスはカイファスだろう。姿が変わろうが、性別が変わろうが関係ない」

 ゼロスはきっぱりと言い切った。カイファスはその言葉に嬉しくなり、思わずゼロスに抱きついた。

 何時もと違う感触にゼロスは慌てる。カイファスのことは大切であり何者にも代え難いが、この感触はやばすぎた。

 ゼロスはカイファスが好きなのであって女性が嫌いなわけではない。触れられれば素直に反応してしまうのは仕方のないことだ。

 カイファスはその反応に悪戯心が生まれる。

 わざと体をすり寄せ、妖艶な笑みを見せた。その姿は男性のときと微妙に異なる。

 少し厚みの増した唇は更に赤く誘うように舌が蠢いている。

「お前、遊んでるだろう」

 ゼロスが手が出せないと判っていてカイファスは大胆に振る舞う。

「遊んでない。反応が可愛すぎる」

 カイファスに言われ、ゼロスは肩を落とした。今日一日は下手に手出しは出来ない。

「明日、覚えていろよ」

 低く唸ると、カイファスは首に腕を絡めてきた。

「滅茶苦茶にして」

 耳元で囁き更に煽りたてた。

「絶対に後悔させてやる」

 カイファスは切な気に溜め息を吐いた。思わず想像し、背筋が震える。

「後悔なんてしない」

 視線を絡め、唇を寄せた。

「キスは平気だよな」

 カイファスは言うなり唇を重ねてきた。最初は触れるだけであったものが、大胆に深くなっていく。

 ゼロスは慌てて体を離し、息を整えた。今、その気になるわけにはいかない。

「本当に、可愛すぎる」

 カイファスは唇を舐めた。互いの唾液で怪しく光る唇に釘付けになる。

 そして、ゼロスは悟った。女性化したカイファスにはかなわないということが。

「絶対に明日、啼かせてやる」

 強く心に誓い、今日一日は堪えるしかないのだと、諦めにも似た思いでカイファスを見詰め溜め息を吐いた。


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