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秘書の憂鬱と恋人の戯れ
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彼はとある会社の秘書室長をしていた。この会社は癖の強い社員が多く、更に、役職持ちは更なる癖の強さを持っていた。亜人や獣人など多種に渡る生態を持つ環境からか、更に癖が強い。
秘書である彼は、取締役社長が代替わりする事を予め知っていた。今の社長は高齢であり、子供はいても娘で、後を継がない話は聞き及んでいた。だが、その娘は専務に嫁ぎ、一人息子を設けた話は有名だ。
しかしながら、その息子は姿を見たものがおらず、どのような容姿でどのような能力を持つのか誰も知らないのである。
そう、この時まで誰も知らなかった……。
秘書である彼には恋人がいる。年下であり、官能小説家をしている。シャツの下に縄を縛られるのは最早、どうする事も出来ない事実だ。せめて、会社の人間にだけは知られたくないと、完璧に仕事をこなし、何食わぬ顔でやり過ごす。
その鬼畜の年下の恋人が今、目の前にいる。仕立ての良いスーツを着込み、重厚な机の前にある革張りの椅子に座っている。だらし無く机に両足を投げ出し、椅子の肘掛に肘を付き頬杖を付いていた。その衝撃の大きさはいかがなものだったのか。
「面白い顔をしていたな」
自宅に戻ると既に年下の恋人は部屋に上がり込んでいた。確かに年下の恋人は何処かの社長令息である噂があった。だが、彼本人は何一つ発言しておらず、仮に社長令息であったとしてもその会社自体噂話に上がってはいなかった。
「何故、今まで……」
「ん……、継ぐ気がなかったからな。まあ、爺さんに泣き付かれたら嫌は言えなかった」
取締役社長を爺さん呼ばわりは、流石この男だ。恋人を縄で縛り、小説のネタにする。臨場感を出したいからと、ありとあらゆる玩具を試されたりもした。その恋人が今度は職場にいるのである。この性格からして、官能小説家を辞めるとも思えない。
「今度からは緩んだ縄を縛りなおしてやれるな。それとも、社長室で犯すのもいい経験になる」
この恋人はサラリととんでも無い事を口走りはしなかったか。秘書である彼は体から血の気が引く。シャツの下に紅い縄。それを知られないようにと完璧に完璧を重ねてきたというのに、一つの人事が彼を窮地に追い込む。
「継ぐ気がなかったなら……っ」
「気が変わった。だってさ、あんたがあの会社の秘書室長だろう?」
彼は年下の恋人の瞳を過ぎった光に背筋が粟立った。それは危険信号だ。機嫌が良いように見えるが実は違う。年下の恋人は嫉妬深いのだ。
「あの会社はさ。独特なんだよ。能力は最高の人材を集めてる。ただ、問題がある。癖が強い上、俺のような趣味の奴も確実に紛れてる」
年下の恋人は彼を指一つで呼び付ける。彼はそれには逆らえなかった。有無を言わせない雰囲気は間違えなく、取締役社長と同じ部類のものだ。それは命令する事を慣れている者特有のものだろう。
ネクタイを無造作に掴まれ、強く引かれた。当然、彼は力を入れられるままに年下の恋人の息が掛かる程、近くまで顔を近付ける事になる。
「前々から言ってたと思うけど。あんたは無自覚なんだ。誰彼構わずフェロモンを垂れ流すな」
「そんな事を言うのは貴方だけだ」
「爺さんはあんたを狙ってたみたいだけどね。まあ、しっかりあんたは俺のだって宣言した」
彼は目を見開き、唇が戦慄いた。
「これからは俺の秘書様だ。ちゃんと働けよ」
年下の恋人はネクタイから手を離した。彼はその場に力無く崩れ落ちる。終わった……、そう思った。明日から、無事に毎日を過ごせるのか。同僚に知られてしまうのではないか。いや、それ以前に今日の夜をまともな状態で過ごせるのか。年下の恋人の視線は獰猛な猛獣を思わせる程、鋭い光を宿している。彼は身震いをし、これから起こる事に戦慄するしかなかったのである。
終わり。
秘書である彼は、取締役社長が代替わりする事を予め知っていた。今の社長は高齢であり、子供はいても娘で、後を継がない話は聞き及んでいた。だが、その娘は専務に嫁ぎ、一人息子を設けた話は有名だ。
しかしながら、その息子は姿を見たものがおらず、どのような容姿でどのような能力を持つのか誰も知らないのである。
そう、この時まで誰も知らなかった……。
秘書である彼には恋人がいる。年下であり、官能小説家をしている。シャツの下に縄を縛られるのは最早、どうする事も出来ない事実だ。せめて、会社の人間にだけは知られたくないと、完璧に仕事をこなし、何食わぬ顔でやり過ごす。
その鬼畜の年下の恋人が今、目の前にいる。仕立ての良いスーツを着込み、重厚な机の前にある革張りの椅子に座っている。だらし無く机に両足を投げ出し、椅子の肘掛に肘を付き頬杖を付いていた。その衝撃の大きさはいかがなものだったのか。
「面白い顔をしていたな」
自宅に戻ると既に年下の恋人は部屋に上がり込んでいた。確かに年下の恋人は何処かの社長令息である噂があった。だが、彼本人は何一つ発言しておらず、仮に社長令息であったとしてもその会社自体噂話に上がってはいなかった。
「何故、今まで……」
「ん……、継ぐ気がなかったからな。まあ、爺さんに泣き付かれたら嫌は言えなかった」
取締役社長を爺さん呼ばわりは、流石この男だ。恋人を縄で縛り、小説のネタにする。臨場感を出したいからと、ありとあらゆる玩具を試されたりもした。その恋人が今度は職場にいるのである。この性格からして、官能小説家を辞めるとも思えない。
「今度からは緩んだ縄を縛りなおしてやれるな。それとも、社長室で犯すのもいい経験になる」
この恋人はサラリととんでも無い事を口走りはしなかったか。秘書である彼は体から血の気が引く。シャツの下に紅い縄。それを知られないようにと完璧に完璧を重ねてきたというのに、一つの人事が彼を窮地に追い込む。
「継ぐ気がなかったなら……っ」
「気が変わった。だってさ、あんたがあの会社の秘書室長だろう?」
彼は年下の恋人の瞳を過ぎった光に背筋が粟立った。それは危険信号だ。機嫌が良いように見えるが実は違う。年下の恋人は嫉妬深いのだ。
「あの会社はさ。独特なんだよ。能力は最高の人材を集めてる。ただ、問題がある。癖が強い上、俺のような趣味の奴も確実に紛れてる」
年下の恋人は彼を指一つで呼び付ける。彼はそれには逆らえなかった。有無を言わせない雰囲気は間違えなく、取締役社長と同じ部類のものだ。それは命令する事を慣れている者特有のものだろう。
ネクタイを無造作に掴まれ、強く引かれた。当然、彼は力を入れられるままに年下の恋人の息が掛かる程、近くまで顔を近付ける事になる。
「前々から言ってたと思うけど。あんたは無自覚なんだ。誰彼構わずフェロモンを垂れ流すな」
「そんな事を言うのは貴方だけだ」
「爺さんはあんたを狙ってたみたいだけどね。まあ、しっかりあんたは俺のだって宣言した」
彼は目を見開き、唇が戦慄いた。
「これからは俺の秘書様だ。ちゃんと働けよ」
年下の恋人はネクタイから手を離した。彼はその場に力無く崩れ落ちる。終わった……、そう思った。明日から、無事に毎日を過ごせるのか。同僚に知られてしまうのではないか。いや、それ以前に今日の夜をまともな状態で過ごせるのか。年下の恋人の視線は獰猛な猛獣を思わせる程、鋭い光を宿している。彼は身震いをし、これから起こる事に戦慄するしかなかったのである。
終わり。
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