ほめ言葉、口にした結果

たくみん

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ほめ言葉、口にした結果

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「壁きれいですね、ありがとうございます。」
それは地獄の門を開く、合言葉だった...

異変に気付いたのは、五分後。
(あれ?もしかして水口さん、帰れなくなってない?)

ここは都内のコンビニ。僕はそこで働く竹井拓磨
(たけいたくま)23歳。
夢もなく学校にも行かず
(ちょっと言い方は悪いけど)フラフラしている
いわゆるフリーターってやつだ。

店内弁当も作っている
この店には厨房がある。油で酷く汚れた壁を
水口さんが磨いてくれていた。

水口さん、パートのおばちゃん。といっても
おばちゃんに片足を突っ込んだ位の人。
まだお姉さんでも通用するその人は
退勤時間の五分前から壁を磨いてくれていたのだ。

ほんの五分のつもりだったかもしれないのに、
僕がその言葉を口にしたばっかりに、
(もっとキレイにしなきゃ!)って追い込んでいたら
どうしよう。
壁きれいですね、ありがとうございます。
ああ、言った時の自分を呪いたい衝動に駆られる。
本当にうかつだった。

品出しをしつつ
チラッと厨房を覗く。
あら竹井くん、
なんて気づかれない程度に本当にチラ。て
さっきより道具増えてる?!
最初の激落ちくんに加え、
今度は油用洗剤に
名前も分からない高性能っぽい布。
もしかして、水口さん楽しんでない?なら良かった。
て安心しかけた途端、いややはり、と思い直す。

ケース①
今は気付いてないパターン
少し天然な所のある水口さんは、
時間のことなど全く気付かず、
終わった頃には一時間経過で、
(あん時アイツが褒めてきたから
止められなくなった!
家に帰ってやりたいことあったのに!)
なんて根に持つかもしれない。
どうしよう、

ケース②
仕方なくやってるパターン
これも困った。

褒められる→もっとキレイにしなきゃ!と追い込まれる→
でも汚れ落ちない→仕方なく道具増やす→
帰れずやっている。

うーむ充分ありうる構図。
ハァ胃が痛む。今からでも
"すいません、時間ヤバかったらあがって下さい,,
とでも言おうか、けどそんなこと言ったら、
"最初から褒めるなよ,,とか思われないかな?
もしくは仮に水口さんが楽しんでいた場合、
集中切らさないでよ!って思われるかも?
僕のその一言を聞くあいだ、水口さんの耳を
借りなきゃいけない。手を止めさせてしまう。
この間に作業が進むのに!なんて実際に
言われてしまうかもしれない。

と、ここで新たなアイデア。
後でLINEしようか!なんて?
"すいません、帰り遅くなってしまいましたか?
壁きれいです。ありがとうございました!,,
いやダメだ...。水口さんからすると
"後で言わないでよ!,,だろうし、
仮に何とも思ってなかった場合ただただ
"??,,だろうし、何より読む時間と
返信(あったらだけど)のメッセージを考える為の
時間を奪ってしまい帰宅後も迷惑をかけてしまう。

悩みながら僕は
お菓子やカップ麺の品出しをしていく。
相変わらず胃が痛む。

と、ふと四年前のある日を思い出す。
まだ19歳だった。下北沢駅の改札を出てすぐの所に
占い屋があった。アニメやコントなんかでよく見る
あの形。机の上に水晶玉がのっているあのスタイル。
(水晶玉なかったけど)
白髪のおじさんがやっていたそれに
友人のお笑いライブ帰りの僕は立ち止まった。
一回千円。19歳には決して安くない額だったが、
面白そう!の好奇心で、その占い屋の椅子に
腰掛けていた。

おじさんには生年月日、血液型、を聞かれた。
更に、分かればでいいんだけど、と
出生時間も聞かれた。
出生時間?そんなの知るわけない、とその時、
ある記憶がよみがえる。

実家の押し入れにあった、
僕が生まれた時のアルバム。
元保育士だった叔母が作ってくれた写真の他に
切り絵、イラストがついていたかわいいアルバム。
本当によくできていた。でそれの最初のページの
丸い紙にあったメッセージ。


"竹井たくまくん!
◯年◯月◯日14時に生まれました!,,


ハ!14時だ!記憶の回線繋がり、
14時ですと応える。
おじさん「ハイ。」

細かく教えてくれて助かったよ、の
「ハイ」だったのを覚えている。
記憶を引き出せたのと、気分の良い返事、
嬉しかった。

占いの細かい内容は忘れたけど
一つだけハッキリ覚えていることがある。
今でも忘れない、
「ちょっと喋り過ぎちゃうとこ、ある?
余計な一言言っちゃった~みたいなさ、」

図星だった。当時、おしゃべり病に感染していた私は
とにかく沈黙を埋めたくて必死だった。
で言った一言で友人などから
"さっきも言ったけどー,,や
"何言ってるか分かんないー,,と
相手を困らせ良くない空気を
生んでしまうのであった。

占い屋に行くという、
人生初のイベントに、内心ドキドキしていた私は
特に喋りすぎたという記憶はない。(というより喋れなかったが正しいか。)だからこそ、見抜かれた時の
驚きといったらなかった。

で23歳の今に戻る。
あの当時、19歳の頃と比べ、
沈黙に耐えられるようになった僕は
ほとんど口を開かなくなった。
余計なことを言わなくて済むようにはなったが、
同時にあまりに無口過ぎて
気味悪がられることが増えた。
無愛想になったと誤解されているのでは?
と心配事も増えたので、良いことばかりでは
ないのだがあの時の悩みを克服できたと
前向きに捉えている。
で、久々に自分から言った一言でこうなってしまっている。普段喋りなれていないせいで言葉を操るのが難しくなっているようだ。僕は沈黙に耐える力を手に入れたのと引き換えに、口下手になってしまったのか。
どうするか、壁はピカピカ心はモヤモヤ。
そんなラップになっているようないないようなことを思い浮かべる。てそんな
のんきに構えている場合ではない。
このままでは人間関係を悪くしてしまう。
ハァ、せっかく築いた関係をこんなことでダメにしてしまうのか?と心配する。自分を追い詰めていると、
いつの間にそばに水口さんが!
私服にカバン
完全帰宅武装といった所を見ると
退勤ボタンを押した後らしい。

水口さん「帰りますけど、なんか疲れてない?」

ぼくは今までのことを全て話した。
元来口下手なのでとても勇気のいることだった。
僕が褒めて帰れなくしたのではないか、
ずっと言おうか迷ったけどやっぱり言えずに
ここまで来てしまったこと。など
言い終わる頃には心臓がバクバクしていた。

まさか"告白,,以外でこんなシチュエーションが
あるなんて。
と考えていると
水口さん「なーに?そんな心配してたの?」と
笑っている。楽しかったし時間のことなんか
全然忘れてたんだそうだ。なーんだ。
心配してくれたんだねとなんと缶コーヒーまで
おごってくれた!嬉しい!

するとレジが混んできた!
よーし今日もお仕事頑張るぞー!
「お待たせしましたぁ!」


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