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悪役令息に転生した俺は推しの為に舞台から退場する
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「落ちこぼれ風情が俺に触るな!」
そう言って目前の幼子の頬を打とうと手を振り上げた瞬間、前世の記憶を思い出した。そして目の前の幼子を改めて見る。彼はノア・ヴァルグレイン、少年漫画である『氷の英雄は贖罪の旅へ』の主人公だ。そして俺はアレクシス・ヴァルグレイン、主人公を虐める悪役公爵令息だった。
家名が同じなところで察するかもしれないが、俺(12歳)とノア(5歳)は従弟の関係にあたる。だが今は養子として引き取られ義理の兄弟となっている。その理由が胸糞悪く、優秀な弟に家督が譲られることを知った兄、つまり俺の父親がノアの両親を野盗の仕業に見せかけて暗殺したのだ。ノアを生き残らせて養子にしたのは俺にもしも何かあった時のスペアにする為。
だが、ノアは事件の心的ストレスで燃えるような赤髪が白髪になってしまう。ヴァルグレイン家は優秀な炎の魔法使いを輩出してきた家系だ。それ故か、髪も赤色に近いほど尊ばれる。それが白だ、この家ではそれだけでも迫害される理由に足り得る。その上ノアは炎魔法を使えなかった。それどころかこの世界で最弱と呼ばれている氷魔法の使い手だった。スペアにならないと考えた俺の両親はノアを迫害するようになる。当然その息子である俺アレクシスもだ。
これからノアは義理の家族、そしてその屋敷に使える使用人から虐待を受けることになる。必死にそれに耐えるノアはやがてヒロインである王女エリシア・ルミナリアと出会う。互いに一目ぼれした彼らだが、それを快く思わなかったアレクシスはノアの顔半分を訓練中の事故に見せかけて焼き払う。顔がこんな焼けただれてしまえば、ノアから興味が無くなるだろうと考えて。
それまでなんとかアレクシスと家族としてやっていけないかと模索していたノアが、義理の兄から顔を焼かれた際に痛みと絶望で苦しむ姿を大ゴマで描かれて、連載時アレクシスへの批判と、ノアへの同情コメントが大量に湧いていた。
誰もがノアの顔を気持ち悪がる中、「前より男らしくなりましたわね」なんて言いながらエリシアはノアの傍に寄り添った。ノアはその時エリシアの事を好きだと自覚する。そして彼女に相応しいと弛まぬ努力を重ねた結果、王国最強の魔法使いへと成長する。
物語はそこからファンタジー色が強くなり、ノアは魔王討伐の旅に出る。魔王を倒した勇者であれば王女に相応しいだろうと考えてだ。仲間と共に魔王の幹部と戦うノア。だがここでも邪魔をするのがアレクシス、延いてはヴァルグレイン家だ。愚かな事にヴァルグレイン家当主は人間でありながら魔王の協力者になっていたのだ。ヴァルグレイン家の暗躍の所為で多くの無辜の民が犠牲になり、ノア達の旅は難航した。物語の終盤、奔走したノアによってようやく罪が暴かれ、没落したヴァルグレイン家。
だがそれを逆恨みしたアレクシスは孤児院に慰問に訪れていたエリシアを焼き殺すのだ。それも孤児院ごと。ノアが駆け付けた時には全てが遅かった。愛した人の亡骸を抱きしめて、エリシアの身体が灰になって吹き飛んだのを目にして慟哭するノア。その姿を見て、前世の俺はボロボロと泣いたのを覚えている。それでもノアは復讐で動くことはなく、平和を望んでいた彼女の願いを叶える為に魔王討伐へ再び旅立つ。まぁアレクシスもその家族もノアが手を下すまでも無く、協力していたはずの魔王にあっけなく始末されるのだが。
ノアが魔王を討伐すると女神が世界を救った褒美にと1つだけ願いを叶えてくれる。そして再び出会う事が出来たノアとエリシア。だがノアはエリシアと結ばれることは無かった。多くの無辜の民を傷つけたヴァルグレイン家の最後の生き残りとして贖罪の旅に出ることにしたのだ。物語は二人がさよならを口にして幕を閉じる。
前世の俺はその終わり方が受け入れられなかった。ずっと頑張ってきたノアには幸せになって欲しかったのだ。孤独の旅になんて出ないで、エリシアと子供でも作って、幸せに笑っていて欲しかった。物語の結末に絶望しながら俺は休日なしのブラック企業に搾取されて過労死した。今世でもまた絶望しながら死んでいくのだろう。
「いや、待てよ……? 今ならまだ間に合うのでは?」
「……兄様?」
突然長考したと思ったら訳の分からない事を言い出した俺を、不思議そうに見つめるノア。今なら。俺なら彼を救う事ができるはずだ。悪役であるヴァルグレイン家の人間に警戒されない、俺、アレクシスだけがノアを救う事が出来る。とにかくヴァルグレイン家が悪役であるということが世間にバレないようにしなければ。その為にどうすれば良いか? 証拠も証人も全部を焼き払ってしまえば良い。つまりどういうことかって? ヴァルグレイン家本宅を焼き尽くしてしまえば良いのだ。火魔法使いの俺ならそれが可能だ。
両親を手に掛けることに躊躇いは無いかって? いや、だってこいつら後に魔王に協力する救いようのないクズだし。ちなみに使用人達もそれを知って協力していると原作で描写されていた。うーん慈悲をかける必要は無いな。
タイムリミットはヴァルグレイン家が魔王と手を組むまで。だがそれがいつなのかは原作で描写されていなかった。だがアレクシスとしての記憶が、まだ協力関係には至ってないと告げる。手遅れでした、では話にならないし、行動に出るなら早い方が良いな。
「お前は俺達の家族なんかじゃない、家畜だ。家畜は家畜らしく馬小屋で寝ていろ。逆らったら、分かっているな?」
既にヴァルグレイン家、そして俺からの虐待は始まっていたのだろう。ノアは可哀想なほど震えながら頷いた。そしてトボトボと屋敷の外の馬小屋へ向かおうとするノアを俺は呼び留めた。
「さよならノア」
満面の笑みで別れを告げる俺に、ノアは余計に怯えていた。そりゃそうなるか。だが、これが推しと会話できる最後なのだ。これくらい許されるだろう。
そうして俺はその日の夕食の酒に睡眠薬を混ぜ込んだ。勿論使用人達にも睡眠薬入りの酒をふるまう。アレクシスは使用人に対して苛烈だったが気まぐれで施しを与えていた為、不審がられることはなかった。
屋敷の住人が寝静まった深夜、自室で俺は魔力をゆっくりと解き放つ。まだ未熟な俺では繊細なコントロールは出来ない。だから本宅を焼き尽くすなら俺も屋敷の中に居なければならなかった。まぁどうせ生き残っても大量虐殺者として処刑されるだろうから、それならここで消えた方が良い。それなら不審な点はありつつも子供の魔力暴走で片付くだろう。ノアが火魔法を使えない事は周知の事実なので彼が疑われることもない。
「本当は君が幸せになるその瞬間を見届けたかったけど、それは高望みしすぎか。ノア、今度こそ幸せになってね」
部屋中に火が燃え広がっていく。お気に入りだった肖像画も、服も全て灰になっていく。さぁ二度目の終わりだ。勿論恐怖はある。今も両手が、両足が震えている。それでもこれをやり切らないとノアが幸せになれない。だから――。
「誰がこんな幸せなんて望んだ?」
俺しかいなかったはずの部屋に第三者の声が響き渡る。気が付くと部屋の炎は消え、俺以外は凍り付いていた。いや、正確には俺と、そいつ以外はか。そいつはあり得ないはずの存在だった。だって原作終盤の外見、青年となったノアだったのだから。
「な、なんで……」
「さぁ、なんでだろうな。まぁなんだ。さよならなんてさせてやらねーよ」
あの日、見た事ない満面の笑みを浮かべた義兄の表情は俺の脳裏に焼きついた。ただただ、綺麗だと思ったのだ。自分を虐待する相手だというのにも関わらず。よく分からない感情が自分の中で生まれた。それが何か分かる前に彼は俺の前から姿を消した。永遠に。
翌日ヴァルグレイン家本宅は焼失してしまったのだ、あの美しい笑顔の彼と共に。子供によくみられる魔力暴走によるものだろうということで事件は片づけられた。幸いヴァルグレイン家は本宅を失ったところでさほど痛くないくらいには財があった。幼くして当主となった俺は、義父によって追放されていた実父に仕えてくれていた使用人達の協力もあり、なんとか領地を運営することが出来た。忙しかったが、虐待されていた日々に比べたら幸せだった。そのはずだ。だけどぽっかりと心に大きな穴が開いていた。
何度も何度も、あの日の彼の笑顔を思い出す。何故彼はあの日俺に向けて笑ったのだろう。嘲るものではなかった。あれは本当に純粋な笑みだった。執務の合間に彼の足跡を追うが、どれだけ経っても彼の真意は分からないままだった。
そうこうしている内に魔王の活動が活発になり、魔法使いとしても名を馳せていた俺は討伐の旅に出ることになった。魔物との全面戦争だ、当然苦しい旅だった。だが、幸い俺達討伐隊は誰一人失わずに魔王を倒すことが出来た。俺達が喜びあっていると、天から女神が降り立ち、世界を救った報酬として願いを一つだけ叶えてあげると言ってきた。
ずっと、あの日の彼の真意は気になっていた。けれども魔王の被害にあった人々を差し置いてそれを願うつもりは無かった。そんな俺を見て女神は嗤った。彼のそれとは違う明確に悪意を含んだものだった。
「あのね、願いを叶えてあげる前に面白い話をしてあげる。自己犠牲で他人を救えると思った哀れな人間の話を」
女神は語った。義兄の、アレクシスの真意を。彼は俺に幸せになって欲しかったらしい。その為に障害になる全てを焼き尽くした。自分ごと。俺を虐めていたアレクシスがそんな事するはずないと否定したくて、けれどあの日の彼の笑顔がその言葉を奪う。あれは全てを分かっていた笑みだ。覚悟を決めた者の顔だ。そして俺は、そんな彼に見惚れたのだ。あの日生まれた感情は、単純だ。ガキの青臭い恋心だ。
「くははっ、なんだそりゃ。ずっと悩んでた理由がそれかよ」
思わず笑ってしまう。嗤ってしまう。女神がアレクシスを哀れと言った理由がようやく分かった。だって彼は俺を幸せにしたいと思いながら、自分の手でその道を閉ざしたのだ。彼が居ないこの世界で俺が幸せになれるはずがない。それくらいアレクシスは俺の中で特別な存在になっていたのだ。
「願いは決まったかしら?」
「ああ。俺をあの日に連れていけ。あいつの命が燃え尽きる前に」
女神はまた嗤った。けれど俺の願いを否定することは無かった。
そして気が付くと、目の前には彼が居た。あの日のままの彼が。
「本当は君が幸せになるその瞬間を見届けたかったけど、それは高望みしすぎか。ノア、今度こそ幸せになってね」
彼の言葉に俺は嗤った。そのあまりに滑稽な願いを。俺の事を1ミリも理解してない愚かな少年の哀れな姿を。
「誰がこんな幸せなんて望んだ?」
俺の姿に驚く彼も愛おしく思いながらも、彼に害が及ぶ前に燃えている彼の部屋を凍らせる。ここまで来て失ってしまっては堪らない。彼は、アレクシスは俺の、俺だけのものだから。俺の幸せを望むのだから当然だよな? クツクツと笑い声が漏れる。ああ、やっと手に入る。俺の初恋。
「な、なんで……」
「さぁ、なんでだろうな。まぁなんだ。さよならなんてさせてやらねーよ」
余計な行動をしないように当て身をして気絶させて抱き上げる。屋敷の外に出ると、俺は屋敷を丸ごと氷漬けにした。女神の話からするとこの家をこのままにしておくとろくな事にならないようだからな。本当は過去の自分も始末しておきたかった。多分俺の邪魔をする最大の敵になるだろうから。でもそれをすると二度とアレクシスが俺に笑いかけてくれなくなるのが分かり切っていたので、仕方なく見逃した。それでも俺の幸せを邪魔しに来たらその時こそ、『排除』すれば良い。過去の俺と今の俺は既に全くの別物なのだ。だから俺自身だろうとアレクシスに近づくのは許せない。
アイテムボックスを確認すると大量のモンスターの素材があった。これらを売り払ってしまえば、しばらくは問題無く暮らしていけるだろう。勿論、アレクシスと二人きりで。俺に幸せになって欲しいだもんな? お前の望み通りだろ? なぁアレクシス。
そんな訳が無いと分かっていながら、俺は思わず腕の中のアレクシスを見つめて笑みを浮かべる。人生で一番幸せを実感しながら。嗤ったのだった。
そう言って目前の幼子の頬を打とうと手を振り上げた瞬間、前世の記憶を思い出した。そして目の前の幼子を改めて見る。彼はノア・ヴァルグレイン、少年漫画である『氷の英雄は贖罪の旅へ』の主人公だ。そして俺はアレクシス・ヴァルグレイン、主人公を虐める悪役公爵令息だった。
家名が同じなところで察するかもしれないが、俺(12歳)とノア(5歳)は従弟の関係にあたる。だが今は養子として引き取られ義理の兄弟となっている。その理由が胸糞悪く、優秀な弟に家督が譲られることを知った兄、つまり俺の父親がノアの両親を野盗の仕業に見せかけて暗殺したのだ。ノアを生き残らせて養子にしたのは俺にもしも何かあった時のスペアにする為。
だが、ノアは事件の心的ストレスで燃えるような赤髪が白髪になってしまう。ヴァルグレイン家は優秀な炎の魔法使いを輩出してきた家系だ。それ故か、髪も赤色に近いほど尊ばれる。それが白だ、この家ではそれだけでも迫害される理由に足り得る。その上ノアは炎魔法を使えなかった。それどころかこの世界で最弱と呼ばれている氷魔法の使い手だった。スペアにならないと考えた俺の両親はノアを迫害するようになる。当然その息子である俺アレクシスもだ。
これからノアは義理の家族、そしてその屋敷に使える使用人から虐待を受けることになる。必死にそれに耐えるノアはやがてヒロインである王女エリシア・ルミナリアと出会う。互いに一目ぼれした彼らだが、それを快く思わなかったアレクシスはノアの顔半分を訓練中の事故に見せかけて焼き払う。顔がこんな焼けただれてしまえば、ノアから興味が無くなるだろうと考えて。
それまでなんとかアレクシスと家族としてやっていけないかと模索していたノアが、義理の兄から顔を焼かれた際に痛みと絶望で苦しむ姿を大ゴマで描かれて、連載時アレクシスへの批判と、ノアへの同情コメントが大量に湧いていた。
誰もがノアの顔を気持ち悪がる中、「前より男らしくなりましたわね」なんて言いながらエリシアはノアの傍に寄り添った。ノアはその時エリシアの事を好きだと自覚する。そして彼女に相応しいと弛まぬ努力を重ねた結果、王国最強の魔法使いへと成長する。
物語はそこからファンタジー色が強くなり、ノアは魔王討伐の旅に出る。魔王を倒した勇者であれば王女に相応しいだろうと考えてだ。仲間と共に魔王の幹部と戦うノア。だがここでも邪魔をするのがアレクシス、延いてはヴァルグレイン家だ。愚かな事にヴァルグレイン家当主は人間でありながら魔王の協力者になっていたのだ。ヴァルグレイン家の暗躍の所為で多くの無辜の民が犠牲になり、ノア達の旅は難航した。物語の終盤、奔走したノアによってようやく罪が暴かれ、没落したヴァルグレイン家。
だがそれを逆恨みしたアレクシスは孤児院に慰問に訪れていたエリシアを焼き殺すのだ。それも孤児院ごと。ノアが駆け付けた時には全てが遅かった。愛した人の亡骸を抱きしめて、エリシアの身体が灰になって吹き飛んだのを目にして慟哭するノア。その姿を見て、前世の俺はボロボロと泣いたのを覚えている。それでもノアは復讐で動くことはなく、平和を望んでいた彼女の願いを叶える為に魔王討伐へ再び旅立つ。まぁアレクシスもその家族もノアが手を下すまでも無く、協力していたはずの魔王にあっけなく始末されるのだが。
ノアが魔王を討伐すると女神が世界を救った褒美にと1つだけ願いを叶えてくれる。そして再び出会う事が出来たノアとエリシア。だがノアはエリシアと結ばれることは無かった。多くの無辜の民を傷つけたヴァルグレイン家の最後の生き残りとして贖罪の旅に出ることにしたのだ。物語は二人がさよならを口にして幕を閉じる。
前世の俺はその終わり方が受け入れられなかった。ずっと頑張ってきたノアには幸せになって欲しかったのだ。孤独の旅になんて出ないで、エリシアと子供でも作って、幸せに笑っていて欲しかった。物語の結末に絶望しながら俺は休日なしのブラック企業に搾取されて過労死した。今世でもまた絶望しながら死んでいくのだろう。
「いや、待てよ……? 今ならまだ間に合うのでは?」
「……兄様?」
突然長考したと思ったら訳の分からない事を言い出した俺を、不思議そうに見つめるノア。今なら。俺なら彼を救う事ができるはずだ。悪役であるヴァルグレイン家の人間に警戒されない、俺、アレクシスだけがノアを救う事が出来る。とにかくヴァルグレイン家が悪役であるということが世間にバレないようにしなければ。その為にどうすれば良いか? 証拠も証人も全部を焼き払ってしまえば良い。つまりどういうことかって? ヴァルグレイン家本宅を焼き尽くしてしまえば良いのだ。火魔法使いの俺ならそれが可能だ。
両親を手に掛けることに躊躇いは無いかって? いや、だってこいつら後に魔王に協力する救いようのないクズだし。ちなみに使用人達もそれを知って協力していると原作で描写されていた。うーん慈悲をかける必要は無いな。
タイムリミットはヴァルグレイン家が魔王と手を組むまで。だがそれがいつなのかは原作で描写されていなかった。だがアレクシスとしての記憶が、まだ協力関係には至ってないと告げる。手遅れでした、では話にならないし、行動に出るなら早い方が良いな。
「お前は俺達の家族なんかじゃない、家畜だ。家畜は家畜らしく馬小屋で寝ていろ。逆らったら、分かっているな?」
既にヴァルグレイン家、そして俺からの虐待は始まっていたのだろう。ノアは可哀想なほど震えながら頷いた。そしてトボトボと屋敷の外の馬小屋へ向かおうとするノアを俺は呼び留めた。
「さよならノア」
満面の笑みで別れを告げる俺に、ノアは余計に怯えていた。そりゃそうなるか。だが、これが推しと会話できる最後なのだ。これくらい許されるだろう。
そうして俺はその日の夕食の酒に睡眠薬を混ぜ込んだ。勿論使用人達にも睡眠薬入りの酒をふるまう。アレクシスは使用人に対して苛烈だったが気まぐれで施しを与えていた為、不審がられることはなかった。
屋敷の住人が寝静まった深夜、自室で俺は魔力をゆっくりと解き放つ。まだ未熟な俺では繊細なコントロールは出来ない。だから本宅を焼き尽くすなら俺も屋敷の中に居なければならなかった。まぁどうせ生き残っても大量虐殺者として処刑されるだろうから、それならここで消えた方が良い。それなら不審な点はありつつも子供の魔力暴走で片付くだろう。ノアが火魔法を使えない事は周知の事実なので彼が疑われることもない。
「本当は君が幸せになるその瞬間を見届けたかったけど、それは高望みしすぎか。ノア、今度こそ幸せになってね」
部屋中に火が燃え広がっていく。お気に入りだった肖像画も、服も全て灰になっていく。さぁ二度目の終わりだ。勿論恐怖はある。今も両手が、両足が震えている。それでもこれをやり切らないとノアが幸せになれない。だから――。
「誰がこんな幸せなんて望んだ?」
俺しかいなかったはずの部屋に第三者の声が響き渡る。気が付くと部屋の炎は消え、俺以外は凍り付いていた。いや、正確には俺と、そいつ以外はか。そいつはあり得ないはずの存在だった。だって原作終盤の外見、青年となったノアだったのだから。
「な、なんで……」
「さぁ、なんでだろうな。まぁなんだ。さよならなんてさせてやらねーよ」
あの日、見た事ない満面の笑みを浮かべた義兄の表情は俺の脳裏に焼きついた。ただただ、綺麗だと思ったのだ。自分を虐待する相手だというのにも関わらず。よく分からない感情が自分の中で生まれた。それが何か分かる前に彼は俺の前から姿を消した。永遠に。
翌日ヴァルグレイン家本宅は焼失してしまったのだ、あの美しい笑顔の彼と共に。子供によくみられる魔力暴走によるものだろうということで事件は片づけられた。幸いヴァルグレイン家は本宅を失ったところでさほど痛くないくらいには財があった。幼くして当主となった俺は、義父によって追放されていた実父に仕えてくれていた使用人達の協力もあり、なんとか領地を運営することが出来た。忙しかったが、虐待されていた日々に比べたら幸せだった。そのはずだ。だけどぽっかりと心に大きな穴が開いていた。
何度も何度も、あの日の彼の笑顔を思い出す。何故彼はあの日俺に向けて笑ったのだろう。嘲るものではなかった。あれは本当に純粋な笑みだった。執務の合間に彼の足跡を追うが、どれだけ経っても彼の真意は分からないままだった。
そうこうしている内に魔王の活動が活発になり、魔法使いとしても名を馳せていた俺は討伐の旅に出ることになった。魔物との全面戦争だ、当然苦しい旅だった。だが、幸い俺達討伐隊は誰一人失わずに魔王を倒すことが出来た。俺達が喜びあっていると、天から女神が降り立ち、世界を救った報酬として願いを一つだけ叶えてあげると言ってきた。
ずっと、あの日の彼の真意は気になっていた。けれども魔王の被害にあった人々を差し置いてそれを願うつもりは無かった。そんな俺を見て女神は嗤った。彼のそれとは違う明確に悪意を含んだものだった。
「あのね、願いを叶えてあげる前に面白い話をしてあげる。自己犠牲で他人を救えると思った哀れな人間の話を」
女神は語った。義兄の、アレクシスの真意を。彼は俺に幸せになって欲しかったらしい。その為に障害になる全てを焼き尽くした。自分ごと。俺を虐めていたアレクシスがそんな事するはずないと否定したくて、けれどあの日の彼の笑顔がその言葉を奪う。あれは全てを分かっていた笑みだ。覚悟を決めた者の顔だ。そして俺は、そんな彼に見惚れたのだ。あの日生まれた感情は、単純だ。ガキの青臭い恋心だ。
「くははっ、なんだそりゃ。ずっと悩んでた理由がそれかよ」
思わず笑ってしまう。嗤ってしまう。女神がアレクシスを哀れと言った理由がようやく分かった。だって彼は俺を幸せにしたいと思いながら、自分の手でその道を閉ざしたのだ。彼が居ないこの世界で俺が幸せになれるはずがない。それくらいアレクシスは俺の中で特別な存在になっていたのだ。
「願いは決まったかしら?」
「ああ。俺をあの日に連れていけ。あいつの命が燃え尽きる前に」
女神はまた嗤った。けれど俺の願いを否定することは無かった。
そして気が付くと、目の前には彼が居た。あの日のままの彼が。
「本当は君が幸せになるその瞬間を見届けたかったけど、それは高望みしすぎか。ノア、今度こそ幸せになってね」
彼の言葉に俺は嗤った。そのあまりに滑稽な願いを。俺の事を1ミリも理解してない愚かな少年の哀れな姿を。
「誰がこんな幸せなんて望んだ?」
俺の姿に驚く彼も愛おしく思いながらも、彼に害が及ぶ前に燃えている彼の部屋を凍らせる。ここまで来て失ってしまっては堪らない。彼は、アレクシスは俺の、俺だけのものだから。俺の幸せを望むのだから当然だよな? クツクツと笑い声が漏れる。ああ、やっと手に入る。俺の初恋。
「な、なんで……」
「さぁ、なんでだろうな。まぁなんだ。さよならなんてさせてやらねーよ」
余計な行動をしないように当て身をして気絶させて抱き上げる。屋敷の外に出ると、俺は屋敷を丸ごと氷漬けにした。女神の話からするとこの家をこのままにしておくとろくな事にならないようだからな。本当は過去の自分も始末しておきたかった。多分俺の邪魔をする最大の敵になるだろうから。でもそれをすると二度とアレクシスが俺に笑いかけてくれなくなるのが分かり切っていたので、仕方なく見逃した。それでも俺の幸せを邪魔しに来たらその時こそ、『排除』すれば良い。過去の俺と今の俺は既に全くの別物なのだ。だから俺自身だろうとアレクシスに近づくのは許せない。
アイテムボックスを確認すると大量のモンスターの素材があった。これらを売り払ってしまえば、しばらくは問題無く暮らしていけるだろう。勿論、アレクシスと二人きりで。俺に幸せになって欲しいだもんな? お前の望み通りだろ? なぁアレクシス。
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