勇者パーティーの旅の終わり、その後に裏切者の俺は居ない筈だったのに

スノウマン(ユッキー)

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勇者パーティーの旅の終わり、その後に裏切者の俺は居ない筈だったのに

「アッシュ!」

 俺が魔族で、魔王様が勇者の旅を観賞する為の撮影係として勇者パーティーに潜り込んだこと。それらは魔王様との決戦前に説明していた。そして撮影役としてこの戦いに参戦しないことも明言していた。
 それなのに勇者であるカインは、俺の名を呼ぶ。目の前に魔王様の強靭な爪が迫っているのに、微塵も怯えておらず、それどころか不敵に笑っている。その剣の構えは、完全にカウンターだ。俺達の必勝パターン。俺が結界で攻撃を防ぎ、出来た隙にカインがカウンターを決める。
 こいつは馬鹿なのか? 俺は裏切り者だと告げたはずだ。魔族だと明かしたはずだ。なのに、何故そんな俺に命を預けられる?
 けど馬鹿は俺も同じか。倒れ伏した旅の仲間達を見て、そして一度も振り向かず俺を信じ切った勇者の背を見て、身体が勝手に動いていた。

「じゃあな魔王」

 俺の結界が作った隙を逃さず、カインは魔王様の首を落とす。魔王様は最後に口角を上げていた。戦いに生きた人だった。きっと勇者との死闘は楽しいひと時だったのだろう。

「やりやがったなカイン!」
「カインさん、信じてました!」
「まぁあんたならやり遂げると思っていたわ」

 誰一人欠けていない。完全勝利だ。これで勇者パーティーの旅は終わりだ。そして、俺の終演だ。裏切者の俺には旅の終わりのその後は残されていない。
 戦士のバルド、聖職者のリリア、魔法使いのフィアはボロボロの姿のまま立ち上がり、俺を見て微笑んだ。その笑みの理由が俺には理解できなかった。彼らは俺の身分を明かした時、俺の事を酷く責めていた(カインだけは何も言わず逆に不気味だったが)。だから俺の事を憎んでいるはずだ。なのに何故笑いかけてくるんだ?

「なんだてめぇ、結局俺達側なんじゃねぇか」

 バルドがそう言って俺に近寄ってくる。だが、それを咎めるように、カインは聖剣を構えた。清廉潔白な勇者様が裏切者の魔族を許せる訳がない。
 ずっと前から覚悟はしていた。彼らの仲間として冒険してきたが、彼らの旅が真の意味で終わる時、俺は彼らの傍に居られない。魔を滅ぼす聖剣がきっと俺の事を貫くのだと。
 終わりが来るときなんて言おうか、沢山考えていた。けれど、結局何も口に出来なかった。俺はカインを見つめた。勇者としての重責に潰されそうになりながらも、救えなかった街を見て慟哭して、何度も折れそうになりながらも、立ち上がり続けて最高のエンディングに辿り着いた彼を。
 そしてバルドが俺の肩に触れかけた時、聖剣が振るわれた。



 首が胴体から切り離されて吹き飛ぶ。切断面から血飛沫が上がり、俺の顔を濡らした。

「え?」

 首を切断されたのは裏切り者の俺ではなく、カインの仲間である戦士のバルドだった。救いは一撃だった為、バルドは自分が仲間に殺されたことを理解せずに逝けたことだろうか。訳が分からず、俺は生温かい血が頬を濡らすのを受け入れるしかなかった。

「いやぁああああああああああ!!!!」
「バル……ド? え? 嘘よね……? バルドっ!」

 魔法使いのフィアは涙を零しながらバルドの死体に駆け寄った。彼らは恋仲で旅の終盤に、全てが終わったら結婚すると誓い合っていた。恋人の死に普段は冷静な彼女は何も考えられなかった。バルドに近づくという事は自分から殺戮者に寄っているということを。カインは何も言わず、近寄ってきたフィアの腹に聖剣を突き刺した。

「ぐふっ……なん……で……?」 

 心底理解できないという表情のまま、フィアは地面に倒れ伏した。だがまだ息はある。すぐさま聖職者であるリリアが彼女に近づいて治療しようとする。だが、それでは二の舞だ。

「来るなリリア!」
「え?」

 金属が弾かれる音が鳴り響く。それはリリアを切り捨てようとして、俺の結界に阻まれた聖剣が奏でたものだった。理解できない、理解したくない。けれど、カインの殺意は間違いなく本物だった。だから全力で結界を張った。だが――。

「流石だねアッシュ。けど君の結界じゃ俺の本気を二度は受け止められないよね?」

 容赦ない二撃目に、バリンと嫌な音をたてながら結界に蜘蛛の巣状のひびが入る。全てを悟ったリリアはカインを見て、そして視線を俺に移す。自分のすぐ先の未来を分かっていながら、彼女の声は穏やかだ。

「あとは……お願いしますね」

 何を託されたのか俺が理解できないまま、結界は破られ、それに守られていたリリアの胴体が真っ二つに切り捨てられた。そして、撒き餌の役目は終わったと言わんばかりに、カインは躊躇いなく死にかけのフィアに止めを刺した。
 少し前まで皆で笑い合っていたのに、仲間達は皆その命を散らした。魔王様ではなくパーティーのリーダーである勇者カインの手によって。

「なん……で? こいつらは……俺と違ってお前の仲間だろ?」
「君と違って、という部分は否定するけどまぁ確かにそうだね」
「じゃあ……なんで殺したんだよ?」
「だってこいつらが生きてたら君が魔族だってばれて処刑されるだろう?  君を守る為には邪魔だから仕方ないじゃないか」

 仲間の血に濡れた手で、カインは俺の頬に触れる。濃厚な血の匂いで吐きそうだ。カインは俺の身体を見て、傷一つない事を確認して安堵している。意味が分からない。どうしてこいつは仲間を殺して、裏切者の俺を心配しているんだ? 終わりが決まっていた俺なんかの。

「俺は……死んで良かったんだ。その覚悟はとうにしていた。なんで……あいつらには未来が、あったじゃないか!」
「うん。でも俺は『君と俺の』未来の方が大事だった。だから、うん必要な犠牲っていうのかな? 仕方ないね」

 カインは笑う。勇者らしい爽やかな笑みで。先程仲間を手にかけたのが嘘みたいな表情だった。だがその頬についている返り血が全てを否定する。裏切者の俺ですら彼らの死に涙が零れ落ちているというのに、カインからは仲間の命を奪った後悔なんて微塵も感じなかった。こいつはおかしい。狂っている。

「君は俺の運命なんだ。だから死んで逃げるなんて許さないよ」

 そう言って俺が手にしていた短剣を叩き落とされた。勇者であるカインを殺せるなんて思ってなかった。だから自死する為の行動だった。こいつに捕まったら終わりだと、魔物としての本能が警鐘を鳴らしていたからだ。けれどそれを許す男では無かった。

「う~ん。準備が出来るまで少し眠ってもらおうか」

 魔族の中では貧弱とはいえ、それでも人間よりは魔法耐性は高い。だがそんなのお構いなしと言わんばかりに、勇者の魔力の高さによるゴリ押しの睡眠魔法で俺の意識は奪われたのだった。



 夢を見ていた。夢だと分かったのは死んだはずの彼らが元気に動き回っていたから。そして、俺達の旅の思い出だったから。
 晩飯の材料が足りないからとバルドとカインが池で魚釣りをしていたら、大型魔魚を釣ってしまいあわや二人共食われかけた事。あわあわしている二人に呆れながら俺が結界で守り、フィアが火炎魔法でちょうどいい具合に焼き魚にしていた。リリアだけはこれを食べるのかと頬を引きつらせていた。そんなリリアも一口食べると、無言で箸を進めていた。油の乗った大型魔魚は高級魚なんかよりも美味いのだ。四人が笑い合いながら食べているのを、少し距離をとって俺は眺めていた。撮影係として? それなら俺の口角が上がっていたのはおかしい。そしてそんな俺の手を引っ張ってカインが輪の中に引き込む。
 
 景色が切り替わる。温泉街に立ち寄った時の景色だった。俺の身体を見て後衛職の身体つきじゃないだろと、バルドは呆れていた。パーティーで一番ガタイが良かったからな。まぁ人間とは体のつくりが違うのだから当然だ。良い筋肉だな、ってカインは俺の身体をぺたぺたと触っていたか。何故か彼の頬は赤かった。
 そしてバルドが女風呂を覗こうとして、巻き込まれたカインまで女性陣に正座で説教されていた。俺は我関せずで風呂上がりの牛乳を口にしていた。女性陣が監督責任などと俺に言ってきたがそんなものは知らない。バルドとカインが一人涼しげな俺を恨みがましい目で見つめていた。
 そういえばカインは温泉街で終始女性陣ではなく妙に俺の事ばかり見ていた気がする。変な話だ。
 
 また景色が切り替わる。魔王城近辺の平原だ。そこでは大量の大型ドラゴンが空中から火炎弾を俺達めがけて吐き出し、全員で全力疾走で逃げた。流石に数が多すぎて相手するのは無謀だったのだ。途中でカインがリリアを、バルドがフィアを抱きかかえて走り出した。俺は避けきれない火炎弾を空中に結界を張って防いでいた。下手したら魔王城前で命が尽きるというのに、俺以外は笑っていた。とても楽しそうに。カインも十八歳という年相応に無邪気に笑っていた。俺はこいつら正気か? と頭がいかれたのかと疑っていた。でも夢の中の俺の口角は上がっていた。そうか、俺も楽しんでいたのか。

 俺は魔王様の撮影係、裏切者で、傍観者のはずだった。それなのに彼らとの旅が心地よくなっていたのはいつからだろう。この旅がずっと終わらなければ良いと願ってしまったのはいつだろう。旅の終わりの、その先に自分が居ないと分かっていたから。それなのに――。

「…………」 
「…………」 
「…………」 

 また景色が変わる。今度は魔王城だった。そして何も口にしなくなった三つの躯が現れた。首が刎ねられ、腹を貫かれ、胴体を真っ二つにされた、先程までとは変わり果てた『仲間』の姿。そして返り血で赤く染まったまま微笑むカインの姿が見える。確かに、俺は旅の終わりのその後を望んだ。でもそれは決してこんな結末じゃなかった。こんな結末なら欲しくなかった。

「すまない皆……」

 カインの思考は理解不能ではあるが、俺を守る為の行動だということだけは分かっている。それだけは紛れもない真実なのだろう。俺と仲間を天秤にかけ、俺の方に傾いたのだ。なんて歪んだ正義の天秤だ。彼はどこで狂ってしまったのだろう。俺はどこで間違えてしまったのだ。



 目を覚ますと、見知らぬ部屋だった。華美ではないが、シーツや絨毯の素材が高価なのはすぐに分かった。勇者パーティーとしての旅による経験で学んだことだ。魔族である俺には役に立たないはずの知識だった。俺が部屋を見渡していると、ドアが開きカインがやってきた。

「どうした? 涙が零れてるけど、悪夢でも見たのか?」
「ふん、今の状況が悪夢だ」
「ははっ、アッシュも冗談を言うんだな」

 嫌味すら勇者様には通じない。からりと笑うカインから俺は視線を逸らす。彼の事を直視していられなかったのだ。コイツの存在はあまりにおぞましい。それでも、嫌いにはなり切れなかった。旅の記憶が俺を縛る。

「ここは俺とアッシュの家だよ。魔王討伐の報奨金で買ったんだ。ああ、面倒な後処理は俺が全部終わらせておいたから大丈夫だよ。カインは仲間の死と旅の心労で弱っているから、当分出歩けないってことにしているから」
「何故俺を囲うような真似をする」
「なんでってそりゃアッシュの事を愛してるからだよ」
「…………は?」

 こいつは何を言っているんだ? 愛している? 俺を? 勇者が魔族を? それこそ面白い冗談だ。どうやらこいつは勇者よりも芸者の方が向いているようだ。……いや、こいつ真顔だな。は? 本気なのか? どこに好きになる要素があった!?

「なんで心底理解不能って顔するかなぁ。これでも俺分かりやすく接していたつもりだけど。他の皆は察していたみたいだし。バルドとか『男同士で、しかも鈍感相手で大変だろうが頑張れよ!』って応援してくれてたしね」

 どの口でその名前を呼ぶんだ。お前が殺した相手だろう。お前が未来を奪った仲間だろう。なのに、何故そんな楽しげに語れるんだ。

「一応弁明しておくと、俺だって彼らを殺したくなかったよ? けど、君が皆の前で正体を明かしちゃうから仕方ないじゃないか。説得すれば彼らは個人としては君を守ろうと動いてくれるかもしれないけど、外圧が掛かればあっさり君を売るだろう。前科があるしね」

 バルドは母親の命を盾にされ、リリアは魔王という存在が居なくなれば人間同士で争う事になるから勇者を生かしていては危険だと上から指示され、フィアは伯爵令嬢として実家の勢力争いによって、それぞれ一度カインの事を裏切っている。目の前の男はあっさり解決して、笑って許していたが。よく考えればなんで魔族関係無く、パーティーメンバー全員に裏切りイベントが発生してるんだ。人間は本当に愚かだな。
 そんな前例があるから、カインは彼らの事を信じきれなかったのだろう。

「……ちょっと待て、お前の言い方からして俺が話す前から魔族だって気づいていたのか?」
「そりゃ、それだけ丁寧に偽装されていても、身体を重ねたら流石に気づくよ」
「げほっげほっ」

 カインの言い回しに思わずむせる。事実だ。確かに俺とカインは行為に及んだことがある。だがあれは不可抗力であり、色っぽい話ではない。

 四天王の一人との戦いでカインの聖剣は一度折れた。折れたのはカインの心もだった。自暴自棄になり酒に逃げ、くだをまいていた。その様子に三人は最初こそ同情的だったが、流石に半年も引きずっていたら見放した。仲間に見放されたことでカインの精神は更に荒れて、酒の次は色欲に逃げようとしていた。それもパーティーメンバーである女性陣相手に。
 人の心はあまり分からないが、それは流石に大惨事になりパーティーが完全に崩壊するのは分かった。だから俺が代わりに身体を差し出したのだ。元々俺は角が無く魔族として不完全な存在で、魔族内で地位が低く、性欲のはけ口として利用されていたから抵抗は無かった。こんな大男を抱きたいと思うかだけが不安だったが、正常な思考が出来なくなっていたカインにはいらない心配だったようで、ギラギラした目で俺を捕らえた。
 
 酔っ払っている所為で中々勃たず、泣きそうになるカインを宥めながらフェラで下半身の勢いを戻してあげた。童貞のカインは準備もせず突っ込んで流血沙汰になりかけたが、そこは魔物ボディ。痛みはしたが、切れずにカインを受け入れることが出来た。
 初めての快楽に溺れ乱暴に腰を振るだけの行為は、朝まで続いた。そして一眠りして酔いが抜けて目覚めたカインはそれはもう見事な土下座をした。

「ごめんアッシュ! 俺アッシュに酷いことした……!」
「男所帯ならこういう事はよくあることだ。俺は何度も経験しているから、今更減るもんじゃない。気にするな」

 そう声をかけてやると、何故かカインから殺気が漏れた。童貞らしく処女を欲していたのだろうか? 申し訳ないが、処女相手だったら大惨事になっていたからやはり相手が俺で良かったと思う。特にフィアだったらバルドとの関係が大層複雑なものになって、最悪殺し合いに発展していたかもしれないからな、俺が最適だった。

「それって……やっぱり魔族は滅ぼさなきゃ」
「何か言ったか?」
「いや、なんでもないよ。アッシュ、俺を見捨てないでくれてありがとう。残ってくれたのは君だけだ。君だけがずっと裏切らずに俺の傍に居て支えてくれた」
「まぁ……そういうことになるが……」

 撮影役が撮影対象から離れるわけにはいかないからな。他の連中とは事情が違い過ぎる。そして俺は最初から裏切り者だ。流石に口には出来ないので黙ってその言葉を受け入れたが。
 そして他の連中も完全に見捨てていたならもうこの街から離れてるはずだから、なんだかんだ言いながらもこの街に滞在している以上彼らはカインの事を見捨て切ってはいなかったはずだ。まぁ、今回の件が明らかになったら見捨てられただろうが、俺が黙っていれば大丈夫だろう。



 その後ドワーフの鍛冶師の力を借りて聖剣を打ち直し、カインは四天王にリベンジを果たした。それ以来カインから俺へのスキンシップが増えたが、特に気にしてなかった。が、今考えるとそういう事だったのか? 自分で言うのもあれだが色恋事には疎いのだ。仕方あるまい。
 魔族は人間と違って長寿の為、繁殖の必要性が薄く色恋の感情があまり無いのだ。まぁ例外も中にはいるが。

 行為の最中に俺が魔族だとカインは気づいたらしい。あれは旅の中盤だったはずだ。それからずっと誰にも俺の正体を口にしなかったのか? ……馬鹿なのか? 魔族が勇者のパーティーメンバーにいるとか明らかに裏切者だって分かるだろうに。なぜ放置しているんだ。それどころか愛しているだと? 本当に理解不能だ。

「アッシュ、ずっと俺と一緒に居て。結婚してください!」
「……お前は何を言っているんだ?」
「あ、やっぱりもっとムードとか必要だったよね」
「そういう話ではない。俺は魔族で、お前は勇者だ。そこをきちんと理解しているか?」
「理解しているから、彼らを処理したんだよ?」

 頭が痛い。会話が成り立っているようで成り立っていない。仲間殺しを処理という単語で片づけるな! そして何故魔族である俺にプロポーズしているんだこの馬鹿は。しれっと左手の薬指に指輪をはめているんじゃない! どっから取り出した! 何故俺の指にピッタリはまるんだ! 行為後に測っていた? は? あの時から既にプロポーズする気でいたのか? 人間の感覚は良く分からないが、普通なのか? 少々、いやかなり重たく感じるが。

「返事を聞いても良いかな?」
「断る、と言ったら?」
「別に良いけど、アッシュに俺以外に居場所あるの? 魔族としては裏切り者だから古巣には帰れないし、人間の国にもいつ正体がばれるか分からないし当然居られないよね?」

 それはそうだ。裏切者の魔族である俺にはこいつの傍以外、居場所はないだろう。一つでもあるだけマシと思うべきか、よりによってこいつの傍かと嫌がるべきか。判断が難しい所だ。

「ここがどこかは知らんが、人間の国だろう?」
「勇者の家はどの国にも属さないからね! 誰も手出しできないよ! まぁ手出しして来たら始末するけど」
「なんだそれは。お前なら国王を脅迫して本当にしてそうだな……おい本当にしてないだろうな? 何故目を逸らす!」
「俺は勇者だからね!」

 こいつ勇者は何をしても良いと勘違いしてないか? いや、既に大概無法を働いているか。

「……はぁ……」
「そんなあからさまにため息つかないでくれよ」
「ため息の一つでもつかねばやってられるか。言いたいことは色々あるが、どうせ言っても無駄だろう」
「アッシュの言葉ならちゃんと聞くよ?」
「聞いても反省する気が無ければ意味がないだろうが」
「う~ん、何か反省することがあったかな?」

 こいつは本当に……。呆れよりも、最早諦めが大きい。もう何を言っても無駄だろう。こいつはとっくに狂っている。認めたくないがきっかけは俺らしい。いや、本当に意味が分からないが。拗らせた童貞はこれだから……。

「お前の言う通り俺には行き場がない。だから消去法ではあるが、お前の提案を受け入れてやる」
「つまりアッシュも俺の事を愛しているって事だね!」
「お前の耳は飾りか?」

 何を聞いていたんだこいつは。お前に対する愛情なんてミリも無いわたわけ。

「じゃあさっそく初夜を行おうか。アッシュが寝ている間に魔族の集落を滅ぼして、拷問して聞き出したんだけどさ。魔族って強い魔力を込めて精液を注ぎ込めば男でも妊娠できるんだろ?」
「は? お前は何を言っているんだ?」
「ん? 何か間違っている所があったか?」

 全部だ全部! 初夜発言も突っ込みたいが、何しれっと魔族の集落を滅ぼしているんだこいつは。しかも拷問だ? 頭おかしいんじゃないか? あとその妊娠方法は上位魔族でも届かない莫大な魔力があって初めて成立する……こいつ曲がりなりにも勇者だったな。

「安心してくれ俺の魔力ならアッシュを確実に妊娠させられる!」
「安心できる要素がないが!?」
「俺はちゃんと子育てに参加する夫になるから大丈夫だぞ?」
「心配しているのはそこじゃない!」
「アッシュは何を気にしているんだ?」
「逆にお前は何故気にしない。お前は結婚を誓っていたバルドとフィアの未来を奪ったんだぞ!」
「? それがどうしたんだ? もういない人間のことを気にしても無駄だろ」

 本当に理解できないという表情でカインは告げる。仲間の未来を奪っておいて、そこに罪悪感が一切無い。それどころか、もういない存在と切り捨てている。価値観があまりに歪みすぎている。魔族の俺よりも勇者の方が魔族らしいなんてどんな皮肉だ。



「なぁなぁ俺達この旅が終わったら結婚するんだ。アッシュも面倒くさがらずちゃんと参加しろよ?」
「ちょっと、それはまだ内緒のはずでしょ! もうバルドは勝手なんだから。でもアッシュ、聞いたからにはちゃんと来なさいよ」
「……暇だったらな」

 旅が終わったら、その先の未来に俺は居ない。だから俺は言葉を濁した。旅が終わる前なら参加したんだがな。きっと幸せそうに笑うバルドとフィアの顔を見られないのを少し残念に思う。

「縛り付けてでも参加させるから覚悟しなさい!」
「はは、俺の未来の奥さんは怖いなぁ」
「そんな奥さんにメロメロの男が何を言っているんだか」
「カインにもそのうち俺の気持ちが分かるさ」
「大丈夫、もう分かっている」
「あっ……うん、そうか。まぁ……頑張れ」

 よく分からないが、どうやらカインにも思いを寄せている女性がいるようだ。俺が知る限りカインと交流が深い女性はフィアとリリアだけ。フィアということはないだろうから、リリアか。ふむ、パーティーメンバーでカップルが二つできるのか。祝福すべきだろうか?

「あ~あ、フィアさんってば幸せそう~。私も良い人見つけないとですね」
「? カインがいるだろ」
「うわぁ、自覚してないんですか? ……ご愁傷様です」
「何故祈る」
「いつかきっと分かりますよ」

 リリアはそう言って微笑んでいた。その言葉の意味を、今ようやく理解した。理解してしまった。もうあの時にはカインは俺に執着していたのだ。そしてそれを皆理解していた。俺だけが分かっていなかった。
 もしカインの狂気を、想いを俺がもっと早くに理解していれば、何か変わったのだろうか? 俺が正体を明かさず、魔王様との戦いにきちんと参加していれば彼らの結末は今と違うものだったのだろうか? 
 なんて不毛な事を考えてしまう。



「アッシュ、なんで泣いてるんだ? 俺が君を傷つけてしまったのか?」
「…………」
「ごめんアッシュ。謝るから、泣かないで」

 カインは俺が何故泣いてるのかきっと永遠に理解できないのだろう。もう彼にとってバルドもフィアもリリアも過去の存在でしかないのだから。それが酷く寂しくて、辛かった。

『あとは……お願いしますね』

 リリアの声が脳内でリフレインする。彼女はどこまで分かっていたのだろう。カインの狂気を。人間性の欠如を。もう知る術はない。けれど、彼女は俺に託した。殺されると分かっていながら、それでも自分の命を奪う相手であるカインの事を俺に託したのだ。きっと強くなる代償として人間性を失ってしまった大切な仲間を。だから俺は――。

「約束しろ。お前は絶対に幸せになれ。それを約束するならお前の要望はなんだって受け入れてやる。子供が作りたいなら作ってやる。だから、お前は奪った三人の人生の分幸せになれ!」
「アッシュが俺の傍に居てくれるなら、俺は幸せだよ?」
「そうか、なら良い。俺には愛は分からん。だがお前の全部を受け入れてやる。それが託された俺の役目だから」

 リリア、これで良いか? バルド・フィア。お前らが迎えるはずだった幸せをこの馬鹿に与えてやってもいいだろうか? お前らは怒るだろうか? それとも苦笑いしながら、受け入れてくれるだろうか。なんとなく後者な気がするのは、あの旅の日々を俺がどこか神聖視している所為だろうか? 
 お前らの未来の分だけ、いやそれ以上に俺は、カインは生きる。それが俺達が出来る唯一の償いだと思うから。

「アッシュ、愛しているよ。君が同じ気持ちを返してくれるのをずっと待っている」
「俺も――」

 愛している、そう口にしようとした俺の口を、カインは自分の口で塞いだ。それは俺達にとって初めてのキスだった。

「偽りの言葉は言わなくて良いよ。それは本当の意味で君が口にしたくなる時まで取っておいて」
「さっきのが最初で最後の機会だったかもしれんぞ?」
「ははっ、言うなぁ。よし、身体から攻略していこう!」
「童貞が何か言っているな」
「もう童貞じゃないけど!? 君が筆おろしした癖に!」
「あれを俺とお前との初めてにカウントしていいのか?」

 あの散々なセックスを初めて扱いしていいのか? と笑ってやるとカインは一際慌てた。

「あ、無し! やっぱ無しでお願いします! 俺童貞で良いです!」
「ふむ、201歳のお兄さんが筆おろししてやろう」
「え、アッシュってそんな年上だったの!?」
「まぁ、魔族は基本長寿だからな。年寄り過ぎて嫌になったか?」
「俺の愛はそんな薄っぺらくないから! どんなアッシュだって大好きだよ」
「そうか、俺は好きじゃないがな」
「そこは好きって言うところじゃない!?」
「まだ口にしたいときじゃないからな」

 まるで恋人同士のような会話を繰り広げる俺達。もしかしたら本当にそんな関係になる日も近いかもしれない。コイツの子供を孕み、産み、育て。その頃には俺の気持ちも変わっているかもな。変わっていると良いな。愛を知れたら良いな。そうじゃないと彼らが報われない。彼らの、大切な『仲間』の犠牲の上に俺達は生きているのだから。

「カイン、幸せか?」
「勿論!」
「そうか、なら良い」

 勇者パーティーの旅は終わった。その後の話は語る必要も無いだろう。どこにでもある勇者と魔族の恋愛の話なのだから。
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