俺の彼氏

ゆきの(リンドウ)

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俺の彼氏がバースデイ

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 後ろから突然抱きしめられただけでも哲ちゃんからすれば意外過ぎた、しかも人前を嫌がる哲ちゃんにとってみればエラーを起こしたゲームのキャラのようだった、なのに。

「雪…俺、ちょっとやばいかもしれない」
「なに、が?」
「…今すぐお前にキスしたい」
 瞬間、全身が逆撫でられるようにゾクゾクとしたんだ。
 耳元でしかも低く響くいやらしさが込められた声で、そんなことを言われたら誰だってキスしたくなるに決まってる。

 …こんな生々しい話、とてもじゃないが職場の上司に言えるわけがない。

 結局、その夜も記憶に刻み込まれるほどに最高だったんだから。
 思い出そうとすると言葉にできないのは、そのせいでもあった。
 いつかこの思い出を言葉にできる時が来るのだろうか。その時は俺たち、何歳になってるんだろう。

「じゃあ、次なるイベントは雪くんのお誕生日ってことね?」
 菅さんが声高々にそう言った。そうだった、菅さんが易々と黙って引き下がるはずはない。
 まるで自分の家族の誕生日のようにやる気に漲っている。だが一方で、当事者の俺は些か乗り気になれないのは、俺にとっての誕生日とはいわゆるみんなが嬉しいと口角を上げて喜ぶ思い出ではないからだ。

「雪くんの誕生日って9月23日だよね?彼氏さんもその日は休み?」
「役所勤めなので、そうっすね」
「なら良かったじゃない!二人水入らずでイチャイチャできるわよ?」
 二人水入らずで。その言葉に去年の哲ちゃんを思い出す。

『おぉ、雪。おかえり』
『た、ただいま』
『夕飯出来てるぞ』
 もちろん期待など更々していないし、哲ちゃんには直接言ってはいなかったがむしろよくある祝いなんかして欲しくなかった。
 だから、いつもと変わらない素っ気ない態度にいつもはないケーキが用意されている、それが俺にはちょうど良く思ったものだ。

 思えば付き合う前から哲ちゃんはいつもそんな感じだった。
 恋人の誕生日だから、記念日だからと浮かれることもない、榊 哲太の中に流れる時間は常に日常。
 こう言うと大抵は驚かれるが、俺はこう見えてイベント事があまり得意ではない。だから、そういう哲ちゃんの日常が俺は大好きなのだ。
 けれど、菅さんの話を聞けばそういう感覚が稀少であるのだと再認識してしまった。
 だとすれば、もしかして哲ちゃんもそういう感覚なのだろうか。

「お溢れ話、期待してるね!」
 そろそろ戻るか、と菅さんが気怠そうに言う声に俺も慌てて席を立ちあがった。
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