俺の彼氏

リンドウ(友乃)

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俺の彼氏のお友達

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 それは唐突だった。文化祭準備も残すところ、数日と数えた方が早い日のこと。
 クラスのカフェ準備は、男女比で言えば少ない男子が委員長を始めとする女子に尻を蹴られる形で滞りなく進み、漫画研究会の方もキャラクターの色塗りが後一息というところだった。
 その日も俺は、早くも暗くなった空を見ながら南沢と帰り道を歩いていた。

「漫研の方も順調だな?」
「あぁ。南沢の方こそ、どうなんだ?」
「俺の方は~まあまあかな?強いて言えば有志のバンドが心配だわ」
 と言いつつも、南沢はバンド発表を楽しみにしている。何故ならその瞳がキラキラと輝いている。

「あんなに練習してるんだから、大丈夫だろう?」
「どうかな?俺、ラグビーばっかで音楽とか全くだったから正直、自信ないよ?」
「そうなのか?でもこの前、歌ってくれた歌、結構上手かったぞ?」
「ばっか!それ言うんじゃねーよ!」
 南沢の慌てる声を聞きながら、俺は先日のカラオケを思い出していた。

 俺たちの週末は何パターンかに分かれる。
 南沢が好きなボーリングか俺の好きな映画、どちらでもない場合は互いの家でゲーム。そのパターンに新たに加わったのが、カラオケだ。
「これ、使ってみる?」と言って割引券を目の前でひらひらさせる、悪戯っ子ぽい顔に絆され、行ったカラオケは俺に初めてをたくさん教えてくれた。

 まず、通された部屋が洒落ていることに驚いた。
 多分、4人か5人程度が入る部屋は少々、煙草の臭いが消し切れてはいなかったが、革張りのソファに大きなテーブル、大きすぎるモニターに大人びた壁紙にと、まるで友人の部屋に遊びに来たかのような錯覚を起こさせた。
 何しろ、物心ついてからの俺の家庭はカラオケなんて行くような環境ではなかった。
 父親も母親も表面上は仲が良かったが、俺が寝ついた後、一言も会話していないことを知っていた。離婚すると聞いた時は正直、やっとかと安堵すら抱いたものだ。
 だからしばらくというより、最後にいつ行ったか覚えていないカラオケは、とにかく新鮮だった。
 そして何より驚いたのは、南沢の歌の上手さだ。
 まっすぐ透き通るような声、歌詞に合わせて抑揚がつく声量。
 高校生になってテレビくらい見ろと言う叔父が見せた、歌番組の歌手のようだったのだ。

「なんで否定する」
 だから思わず、そう聞いていた。

「そ、それゃあ、て、照れるじゃん?そんなストレートに言われたら」
 街灯の下、南沢が顔を赤く染めて言う。その顔を見ながら俺は、あることに気がつく。
 そうか、彼は極度に照れ屋なのだ、と。
 思えば以前もそういったことがあった。出先で食べたアイスが溢れた時にティッシュをさり気なく渡してくれたことがある。
 あの時も俺が礼を言うと、南沢はこのくらい何でもねえよと言っていた。
 明るくて人の輪の中心で、けれどどこか自分に自信がない。知れば知るほど魅力的な男である。

「あ、そうだ!榊さ、文化祭の日、誰かと回る約束しちゃった?」
 ふと、常々してしまう自分の世界に思考を飛ばしていると、問いかけられた。

「文化祭って、誰かと回るものなのか?」
「え、そう!そうだよ、榊!ってことはまだ誰とも約束してない?」
 食い気味に言われ、驚きながらもうなずく。気味に言われ、驚きながらもうなずく。
「じゃ、じゃあさ、俺と回らない?榊さえ良ければ、だけど」
「南沢と。俺はいいけど、お前結構忙しくなかったか?」
 と言うのは、南沢の係分担が多岐に渡っているためである。
 クラスのカフェの売り子、ラグビー部の出し物、それから有志バンド。

「俺も漫研の方、当番あるけど」
「いいよ、大丈夫!空いてる時間だけでいいから!」
「なら、決まりな?あとで予定表、擦り合わせよう」
 そう言うと嬉しそうに南沢が口角を上げた。
 あ、と気が付いた時には遅かった。

「な、何すんだよ、榊!」
「あ、すまん。つい?」
「つい、ってなんのついだよ!」

「えっと、多分、南沢が可愛かった、から?」
 恋愛ドラマを見ていた叔父がよく、「出来心ってのは良くも悪くも突然やってくるんだよなぁ。」と言っていた言葉が身に沁みる。
 南沢の頭を撫でてしまった手が行き場を失い、宙ぶらりんとなっていた。
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