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俺の彼氏へ、バレンタイン
(3)-6
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返す言葉が出なかった。伺う瞳が雪の目の奥、心の奥を覗いているようで落ち着かない。
まさか、言えるはずがない。榊が好きだから、榊が吉井と付き合っていると思い、動揺し落ち込み、けれど好きだという気持ちを諦められず終始、自分の気持ちと戦っていたとは。
何を言えば榊は納得してくれるだろう。必死に頭を働かせ、出た言葉は陳腐なものだった。
「避けるはずないじゃん、榊は俺の友達なのに」
これで納得してくれるなど、思っているわけではない。けれど、この言葉以外に榊に掛ける言葉は見当たらなく、掠れた声でそう言った。
「なんか悩みとか、あるのか?」
「な、悩み?」
「最近の南沢、少し変っていうか、俺の好きなものを聞いたり、いつもは行かないカフェに行ったり、かと思えば今日は俺を避けるような態度だったり」
また、逸らせられない瞳で見つめ、榊は「なんかあるなら聞く」そう言った。
どうしてそんなに気にするんだ。俺のことなんて気にしなくていいのに。
本気でそう思うのに、けれど裏腹に気にかけてくれていたことが嬉しい。
榊の周りにいるただの友人の一人にしか過ぎない。それにもしかしたら榊は、相手がたとえ雪でなくてもこうやって気に掛けたのかもしれない。
けれど、今だけは雪が榊にとって特別だと、そう思いたかった。
感情は矛盾だらけだ。さっきまではどん底にいたというのに、榊が気に掛けてくれる一言で諦めるはずだった心に火をつける。
嬉しいなんて思っても、それは友人であるからだと言い聞かせなければならないのに、それでもその先を望んでしまう。
そんなに気にするなら俺を好きになってよ。俺だけを気に掛けて。
言えない気持ちが雪を黙らせる。すると、榊がまた、紙コップを握る手を白くさせた。
「そんなに俺のこと、信用できないか?」
咄嗟に俯いていた顔を上げた。目に映った榊の瞳は揺れ、どこか泣きそうでもある。
何か言わないと。そうじゃない、悩みなんて本当にないんだって言わないと。なのに、言えない。揺れる瞳が雪の心までをも揺らせているようで、苦しくなる。
だって、嘘なんだ。悩みがないと言えば嘘になるし、悩みがあると言ってしまえば榊はきっと、その訳を聞く。そうすればまた、雪は嘘を一つ重ねることになるから。
その瞳に映る自分は綺麗なままでいたい。嘘一つない姿で映っていたかった。
どうすればいい。わからない。見つめたまま、言葉を失っていると榊の瞳から力が抜けた。
「榊…」
「言いたくなったらいつでも言えよ?」
目尻を下げて口角を少しだけ上げて笑ってそう、言った。帰るか、そう言って立ち上がる。
つられたように雪も立ち上がり、紙コップをゴミ箱へ捨てようと握ると、榊がその手に触れた。
「いいよ、ついでに捨てるから」
…触れた手が熱い。熱くて、切なくて、何かがせり上がってくる。
好きだ、好きだよ、榊。でも、ごめん。多分、好きになったらダメだった。
後ろを向くなよ。今、見られたら今度こそ榊は心配するから。
そう、願って雪は最後の力を振り絞り、せり上がってくる何かを押し込めるように目元に、精いっぱいの力を入れた。
少しも零れないように、一つも零してしまわないように。
まさか、言えるはずがない。榊が好きだから、榊が吉井と付き合っていると思い、動揺し落ち込み、けれど好きだという気持ちを諦められず終始、自分の気持ちと戦っていたとは。
何を言えば榊は納得してくれるだろう。必死に頭を働かせ、出た言葉は陳腐なものだった。
「避けるはずないじゃん、榊は俺の友達なのに」
これで納得してくれるなど、思っているわけではない。けれど、この言葉以外に榊に掛ける言葉は見当たらなく、掠れた声でそう言った。
「なんか悩みとか、あるのか?」
「な、悩み?」
「最近の南沢、少し変っていうか、俺の好きなものを聞いたり、いつもは行かないカフェに行ったり、かと思えば今日は俺を避けるような態度だったり」
また、逸らせられない瞳で見つめ、榊は「なんかあるなら聞く」そう言った。
どうしてそんなに気にするんだ。俺のことなんて気にしなくていいのに。
本気でそう思うのに、けれど裏腹に気にかけてくれていたことが嬉しい。
榊の周りにいるただの友人の一人にしか過ぎない。それにもしかしたら榊は、相手がたとえ雪でなくてもこうやって気に掛けたのかもしれない。
けれど、今だけは雪が榊にとって特別だと、そう思いたかった。
感情は矛盾だらけだ。さっきまではどん底にいたというのに、榊が気に掛けてくれる一言で諦めるはずだった心に火をつける。
嬉しいなんて思っても、それは友人であるからだと言い聞かせなければならないのに、それでもその先を望んでしまう。
そんなに気にするなら俺を好きになってよ。俺だけを気に掛けて。
言えない気持ちが雪を黙らせる。すると、榊がまた、紙コップを握る手を白くさせた。
「そんなに俺のこと、信用できないか?」
咄嗟に俯いていた顔を上げた。目に映った榊の瞳は揺れ、どこか泣きそうでもある。
何か言わないと。そうじゃない、悩みなんて本当にないんだって言わないと。なのに、言えない。揺れる瞳が雪の心までをも揺らせているようで、苦しくなる。
だって、嘘なんだ。悩みがないと言えば嘘になるし、悩みがあると言ってしまえば榊はきっと、その訳を聞く。そうすればまた、雪は嘘を一つ重ねることになるから。
その瞳に映る自分は綺麗なままでいたい。嘘一つない姿で映っていたかった。
どうすればいい。わからない。見つめたまま、言葉を失っていると榊の瞳から力が抜けた。
「榊…」
「言いたくなったらいつでも言えよ?」
目尻を下げて口角を少しだけ上げて笑ってそう、言った。帰るか、そう言って立ち上がる。
つられたように雪も立ち上がり、紙コップをゴミ箱へ捨てようと握ると、榊がその手に触れた。
「いいよ、ついでに捨てるから」
…触れた手が熱い。熱くて、切なくて、何かがせり上がってくる。
好きだ、好きだよ、榊。でも、ごめん。多分、好きになったらダメだった。
後ろを向くなよ。今、見られたら今度こそ榊は心配するから。
そう、願って雪は最後の力を振り絞り、せり上がってくる何かを押し込めるように目元に、精いっぱいの力を入れた。
少しも零れないように、一つも零してしまわないように。
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