三日月の竜騎士

八魔刀

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第2章 竜剣編

第10話

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「何だと? それは確かか?」

 レギアス達が領域内を列車で走行している頃、王都ではイル国王がエルドからの報告を受けていた。執務室で公務をしている時、少し剣呑とした雰囲気を纏ったエルドが入り、とある報告をしたのだった。
 騎士と言えど、騎士学校の教師でしかないエルドが国王の執務室に入れる訳がないのだが、それだけ特別な間柄と言う事が垣間見える。

「はい。何者かによる侵入の痕跡がありました。それもかなり強力な隠蔽魔法と精神干渉の魔法を使用したようです。魔法痕まほうこんの解析を急がせていますが、おそらくかなり前の物だと思われます。私の予想だと侵入者の狙いは――」
「【竜剣】か、【レギアス】か、或いはそのどちらもか……」

 イルは顎に手を当てて考える。エルドも同じ考えなのか頷く。

「エルド、お前は今すぐ騎士団の全騎士の登録IDを洗うのだ。精神干渉で紛れたのならば、必ず何処かで不都合が生まれるはず。大臣や貴族側は別の者にやらせる」
「御意。リーヴィエルらはどうなさいますか?」
「領域内では此処まで通信できん。リーヴィエルに任せるしかない」

 イルは椅子から立ち上がり、執務室の窓へと歩み寄る。窓からは王都が一望できる。
 無くした右腕を探すように左手で右腕の傷痕を摩りながら、イルは嫌な予感がしてならなかった。
 イルの心中を察したのか、エルドも己の右手を見る。彼が思い出すのはアーシェ王妃が戦死したあの戦い。エルドもあの戦いに従軍していたのだった。

「……陛下、一つお伺いしても?」
「何だ?」
「何故、姫君達の同行を許されたのです?」

 王都を眺めていたイルはエルドに振り返った。
 エルドは言葉を続ける。

「領域の危険性は言うまでもなく、いくら竜騎士とは言えリーヴィエル一人ではあまりにも危険。今はドラゴンとの戦いは起きてはいないと言えど、マスティア家が途絶えてしまえば人類の未来は無い。それを承知の上で、何故そんな危険を冒すので?」
「ふん、お前なら分かっているだろう。どの道、いずれは通る道だ。それが少し前倒しになった、それだけだ」
「……」

 エルドはハットを何も無い空間から右手に出現させ、目元を隠すように深く被る。
 イルの答えに返す言葉もなく、執務室から出て行った。

 一人になったイルは軽く溜息を吐き、デスクの上に飾ってある写真立てを手に取る。それは幼きベールとアナト、そして亡き妻であるアーシェと撮った家族写真である。愛しそうに、けれど悲しそうにその写真を見つめる。

「アーシェ……あの子達をどうか、守ってやってくれ」

 イルは願うようにそう呟くと、王の顔に戻って侵入者捜索の指示を部下に出すのだった。



    ★



 領域は、初めから領域というわけではなかった。
 嘗ては人が住んでおり、街が広がっていた。だがドラゴンとの戦いの果てに破壊され、デーマンが溢れ、領域と化してしまったのだ。
 レギアス達が降り立ったこのステーションも、その当時の名残である。領域に犯される前はそこそこ大きな街として人で賑わっていた。それも随分と昔の話で、今では完全な廃墟と化している。デーマンの巣になっていなかった事だけは幸いだ。

 レギアスは生まれて初めて領域の中に立った。普通なら此処で汚染された魔力や空気に気分を害し、すぐにでも立ち去りたいと思うのだろうが、レギアスは違った。
 不思議と心地良い気分を感じたのだ。まるで此処が故郷だったかのように、此処が本来いるべき場所だと言えるような、そんな感想を抱いたのだ。
 それはレギアスが人間ではないと言っているようなものだった。少しでもそんな気持ちになった己に複雑な感情を抱き、唇を噛み締める。

「ベール殿下、アナト殿下、【プロテクター】は確りと機能しておりますね?」

 リーヴィエルが言う【プロテクター】とは、騎士団の制服や甲冑に施されている魔法障壁の事を指す。全身を魔法障壁で多い、領域内の汚染された魔力から身を守るのだ。更に軽い魔法程度なら、【プロテクター】だけで耐えられる様になっている。
 物理的な攻撃には意味を成さないが、それはそれで別の魔法が存在する。今回は魔力を防ぐ障壁だけを使用している。

「ええ、大丈夫よ」
「私もだ」
「結構。ですがご用心を。【プロテクター】の稼働時間は保って三日。また魔法による攻撃を防いだ場合、その分の魔力を消費します。万が一、【プロテクター】の魔力が尽きればご自身の魔力を其方に回す事になります」
「分かってるわよ」

 ベールはリーヴィエルの警告にウンザリした様子で頷く。先程からリーヴィエルによる同じような内容の話を此処に来るまで何度も聞かされているのだ。普段真面目なベールも、何度も何度も同じ話をされれば、それが例え自分の身を案じたものであっても溜息が出るようだ。
 だがリーヴィエルも嫌味で繰り返し言っているのではなく、竜騎士として王女二人を何としてでも守り通さなければならない使命を背負っているのだ。
 それが分かっているから、ベールもアナトも堪えているのだ。

「レ~ギアスっ」
「っ、どうした先輩?」

 予備の支給ジャケットを纏い、自分の【プロテクター】が機能しているかどうかを確認していると、クレイセリアがレギアスの前に立った。

「別に~、ちょっとレギアスが辛気くさい顔してたから」
「……何でもないさ。それより、列車の警護は任せたからな」

 クレイセリアは同行しない。この場に残って列車の警護に当たるのだ。
 レギアスはクレイセリアの実力を知らないが、学生騎士となっているからには相応の力を持っているはずだ。だがそれでも心配は拭えない。
 クレイセリアはニコッと笑う。

「うん、任せて! あの時は何もできなかったけど、こう見えて魔法には自身があるから!」
「頼もしいな。さっきも魔法で落ち着かせてくれたんだろ?」
「さーて、何の事かなー?」
「……気を付けろよ」
「レギアスもね」

 二人はハイタッチして別れた。
 レギアスはベール達が集まっている所に足を運び、オルガの隣に立つ。
 その時、ベールからの視線に気付くが、レギアスはそれに気付かないフリをする。
 時間が惜しいのか、リーヴィエルは出発を急ぐ。

「急ぎましょう。列車がデーマンの群れに襲われる前に全てを終わらせて戻らなければなりません」
「そう言えば、移動手段を聞いてなかったわね。徒歩なのかしら?」

 ベールが思い出したようにそう尋ねると、リーヴィエルは列車の最後尾車両を指した。
 車両の大きな扉が開くと、一台の軍用車両が降ろされる。車両の後ろには一台のバイクまで取り付けられている。黒塗りのそれら二つは魔力ではなく電力で動き、戦場を駆け回るためだけにカスタマイズされた代物である。

「アレで行きます。騎士オルガ、運転できますね?」
「お任せあれ」

 オルガは嬉しそうに運転席へと乗り込むと、意気揚々とエンジンをかける。ご機嫌にエンジン音を鳴らす車両にご満悦の表情を浮かべ、準備万端とサムズアップまでする。
 ベールとアナトは後部座席に乗り込み、レギアスは助手席に乗り込む。

「それでは、私が先導しますので着いて来てください」
「先導? 後ろのバイクで行くのか?」
「いいえ――」

 リーヴィエルは軽く微笑むと、何とその場から身体が浮き上がる。浮き上がるというよりは、飛んでいると行ったほうが正しいだろう。

「私は飛べますので」
「――」

 レギアスは言葉を失い、驚愕に満ちた表情で運転席に座るオルガへギギギッと振り向き、「アレは本当に起きている出来事なのか」と言いたげにリーヴィエルを指さす。その気持ちは分かると、オルガはうんうんと頷くのだった。

 車両の通信機からリーヴィエルの声が聞こえる。

『では、出発します。私を見失わないように、私の指示に従って発進してください』

 まるで蝶のように飛んで移動するリーヴィエルの後ろを、レギアス達を乗せた車両は追いかける。



「……」

 離れていく車両を、クレイセリアはステーションから見つめる。その顔には表情が無く、まるで人形のようだった。

「おい、クレイセリア。こっち手伝ってくれ」

 騎士に呼ばれたクレイセリアは振り返る。
 その両手に紅い魔力を灯して――。


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