Ｐａｒａｓｉｔｅ

ｅｐｉｓｏｄｅ ２１

１

　夢中になって手帳を読んでいた俺の耳に、扉をノックする音が聞こえた。
　振り返ると鶴岡さんが、ルームキーで開錠し、丁度、部屋に入って来たところだった。

「読み終わったかい？」
「少し、飛ばした部分もありますが、大まかな内容が掴める程度には読み終わりました」
「そうか……」

　こちらの気持ちを気遣うように、遠慮がちな声で尋ねる彼に、ありのままを答える。
　さっきまでと同じ場所に座ると、視線を下げたまま、俺とは目を合せずに小さな溜息を吐いたまま黙り込んだ。
　手帳の中身については、あまりにも信じられないような内容で、読んでいる最中は、ホラーかＳＦ小説でも読んでいるようにしか思えなかった。
読後すぐの今の俺は、それを現実と擦り合わせ消化しようにも、未だに頭がついていかない。

　いいや。

　この部屋に来る前に、大介から気になる事を聞かされていたお陰で、意外にすんなりと頭に入って来たし、これで全ての辻褄が合うと分かっていながらも、それを信じたくないと言った方が正しい。
　俺じゃなく、洋一郎がこの手帳を読んだとしたら、直ぐに理解し納得した上で、一番正しい対処方法を導き出すだろう。
　アイツは昔から、政治や歴史だけでなく、科学や生物の不思議にも興味があった。
　あれはいつだったか。
　まだ俺達が小学生だったと思う。
　細胞がどうのこうの。
　遺伝子がどうのこうの。
　大人が読むようなサイエンス雑誌を広げて、そんなことにまるで興味のない俺や大介に「凄いよなー。僕も科学者になりたいなー」と洋一郎にしては珍しくテンションが上がっていたのを覚えている。

　今なら、あの時見ていた雑誌の内容も分かる。
　あれは確か、蚕の遺伝子を導入された、遺伝子組み換えの蜘蛛。
　蚕のような糸を出し、更には害虫を駆除する一石二鳥な、今やペット用の蜘蛛だ。
　害虫の被害にあわず、より美味しく、より大きく成長する作物。
　遺伝子組み換えされた植物や生物は身近に溢れている。

　それだけではない。
　今から何十年も前から、世界中の人権保護団体や人道支援団体を含む、多くの人間の反対と批難を受けながらも、デザイナーベビーと呼ばれる受精卵の段階で遺伝子操作を行い、遺伝子的疾患の回避と、親が望む身体的特徴、知力、体力を持たせる確率を上げる研究が行われ、既に一部の富裕層相手にビジネスとして展開されているのだ。

　兄貴は天才と呼ばれる研究者であり、学生時代も遺伝子学の研究をメインにしていたと聞いている。

　既に基盤も道筋もある程度出来上がっているうえに、そこに兄貴の頭脳が合わされば、犬でも鳥でも何でも使って、生物兵器なんていくらでも作れただろうっ！
　それなのに、なんであんなものに手を出して……あろうことか、人体に用いて、人間を生物兵器にしてしまうなんて。

　兄貴――一体、どうしちまったんだよ。

　俺は一点を見つめ、ここに来てから目にしたものと、今、読み終わったばかりの日記の内容とを反芻し、唇をかみしめた。