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壽帝旻 錦候

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PSYCHIC 1

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「はいっ! 本番入りまぁ~す! 五秒前ぇ~。よぉ~ん、さぁ~ん、にぃ~、い~ち……キューッ!」

 都内にある某TV局内。
 ADによる本番の掛け声と共に、スタジオが一気に静まり返る。
 薄気味悪く、不安を誘うような曲が流れ始めた。
 酷く強張った声をした男性のナレーションがそこに加わる。

『人は死ぬと、魂はあの世へ行くという。
 この世とあの世。
 生と死の二つの世界。
 それを結びつけるのは、人の心。
 恨みや、悲しみ。
 呪いや、慈しみ。
 憎しみや、愛おしさ。
 想いが深ければ深いほど、この世に未練として残り続けていく。
 あの世に逝ったはずの者達がこの世に姿を現すとき。
 あなたはきっと、今まで目を背けていた現実を目にすることになるだろう。
 それが、【あなたに見えない世界】』

 オープニングが終わると、スタジオの雰囲気に合わせた控え目な拍手が鳴り響いた。

「今週も始まりました【あなたに見えない世界】。今夜も皆様をこの世とあの世の狭間へと導く恐怖の物語をご用意致しました」

 カーブを描いた長テーブルに、横一列になって座る六人のうち、司会進行役である中央の二人のうち、下手(左側)に座る女性が台本通りの言葉を話す。
 背後には大きなモニター画面と、見ているだけで寒さを感じさせる青や緑、紫といった色をマーブル模様に施した大型バックパネル。
 年に数回、特番なんかの心霊特集のように、ひな壇を作ったり、ど派手なセットを使い、沢山の芸能人を呼んでキャーキャー五月蠅い悲鳴を上げさせて盛り上げるクソみたいなヤラセ番組とは違い、シンプルなセット。
 スタジオの袖からは常にドライアイスで作られた煙が焚かれ、淋しげなBGMと静かな雰囲気が、妙に肌寒さを感じさせる。

《今どき心霊番組なんて流行らない》
《直ぐに飽きられて、ひと夏で打ち切り》

 この番組がスタートした当初は業界内部だけでなく、ツブヤイターやリアルタイムといったSNSでの世間一般の人々からも批判的な意見が多かった。
 けれど、業界きっての堅物アナウンサーである五代 秀雄(ごだい ひでお)と、MANGP(漫才グランプリ:通称マングラ)優勝コンビ『大なり小なり』の二人とのちぐはぐなんだけれども、絶妙なトーク。
 しかも、五代はリアリストであり、自分が見たものしか信用しない真面目な人間なのに対し、ふざけてナンボなお笑いコンビのうち、ひょろりと背の高い『大なり』こと、大野 寿(おおの ひさし)は実は霊感があるらしく、数々の心霊現象を体験してきており、片や『小なり』こと、背が小さく小太りな小野 保志(おの やすし)は全くの鈍感男。
 時には、五代と小野が一緒になって大野を弄ったり、逆に、あまりの鈍感さに小野が出演者全員からツッコミを入れられたりするところが、全体的に暗くどんよりとした雰囲気の番組内での一種のオアシス的な要素にもなっていた。

 番組の魅力は他にもある。

 大手プロダクション売り出し中の新人アイドル日高 愛(ひだか あい)の初々しさ。
 極めつけは、なんといっても長身長髪スレンダーなイケメン陰陽師・賀茂 光明(かもの こうめい)。
 少々ナルシストではあるものの、女性の心を掴んで離さない色香を醸し出しているだけでなく、彼の血筋がこれまた凄い。
 奈良時代に活躍した修験道の開祖・役小角の末裔であると言われ、安倍晴明の師でもある賀茂忠行(かものただゆき)を租とする世襲陰陽家の名門・賀茂家の子孫という大看板を背負っていることも手伝い、いまや、空前の陰陽師ブーム。
 とにもかくにも。
 笑わない鉄仮面アナウンサー。
 自称霊障キャッチャーと、どこでも寝られる鈍感男のお笑いコンビ。
 ブリッコアイドルにナルシスト陰陽師。
 彼らのトークをまとめるドSお姉さんキャラな女子アナ・中山 穂香(なかやま ほのか)といった個性溢れる出演者が老若男女・様々なタイプの人達のハートをガッチリキャッチしただけでなく、昭和に流行った心霊番組のリメイク的な雰囲気が、若い世代には新鮮で、中年以降の世代には懐かしく受け止められたのが功を奏し、毎週高い視聴率を叩きだしていた。

 番組の構成は、出演者達の簡単なトーク、視聴者から寄せられた恐怖体験を元に撮影された再現VTR、出演者それぞれの感想、陰陽師・賀茂光明による解説とコメント。
 彼が必要と感じた場合には、陰陽術や式神を使っての浄霊や除霊が行われる。
 視聴者を飽きさせない為に、心霊写真鑑定や、一般素人さんをお招きして直接口頭にて体験談を話して貰うといった場合もあり、最後は出演者による話の評価やコメントで締めくくられるといったものが大まかなパターン。
 時々スタジオで起こる怪奇現象も見どころで、今では「ウキウキ生放送」といったリアルタイムで配信される映像を視聴しながら、ユーザーたちが思い思いのコメントを書き込んで楽しむネットライブサービスなんかでも盛り上がりを見せているほど。

 そんな人気番組の収録の真っ最中。

 デレクターは勿論のこと、カメラマンもADも照明係も、皆が緊張感を持って真剣な表情で撮影に挑んでいる中、約一名だけこの場にそぐわない人物がいた。
 パイプ椅子の向きを交互にし、頭と肩、腰とお尻、ふくらはぎの三点を支えるような間隔でセットした上で、仰向けに寝っ転がって爆睡している男。
 仕事もせずに堂々とサボっているようにしか見えない彼に対して、誰も何も言わない。
 それよりも、皆、触らぬ神に祟りなしとでもいった様子で、安眠を妨げないよう彼の傍を通る時には、なるべく音を立てないよう配慮する始末。
 一体何者なのかと思うが、服装はそこら辺にいるスタッフ同様、Tシャツにデニム。
 当然、ブランド物ではなく、安っぽいノーブランドの小汚い格好。
 ここにいる出演者かディレクターやプロデューサーのドラ息子が我儘を言ってスタジオ見学をしているのかといえば、そうでもない。
 その証拠に、大きな鼾(いびき)をかいた時、「カァーーーーット!」という大きな声と共に、ディレクター自らが彼の傍へ行き、遠慮がちに肩を揺すって起こした。

「あのぉ。寝られるのは問題ないのですが。鼾だけは……」

 寝ぼけ眼をこすりながら、「あぁん?」と不機嫌そうな声を出して体を起こす彼に、へこへこと頭を下げて小声でお願いをする。
 スタジオ内は単一指向性のマイクを使っているので、一定の方向からの音しか拾わない。
 当然、マイクよりも後方にいた彼の鼾は収録されてはいないのだから、寝ていた彼としては、【何言ってるんだよコイツ】的な気持ちなのだろう。
 けれど、その鼾のあまりの大きさにスタッフだけでなく、出演者までもが驚いたような表情をしてしまったのだ。
 スタッフがビクリと肩を揺らしたって撮影には問題はないし、カメラが一瞬ブレたって、そこは編集でなんとかなる。
 だが、流石に、出演者全員が何もないところでトークを止めて、同じ方向を見てしまえば撮影を中断するしかない。
 普通に考えれば、ザボっているは、鼾はかくはで、迷惑どころか邪魔でしかない存在に対して叱り付けることはあっても、気を使うなんてことはあってはならないこと。
 そのあってはならないことをしているのが、スタッフどころか、現場の責任者でもあるディレクター。
 それどころか、誰がどう見たって目上の人間であるディレクターに横柄な態度を取る若造に対して、番組の顔だと言っても過言ではない賀茂光明のフラストレーションはマックスとなった。

「チッ。何なんだよ、アイツ。初めて見る顏だけど、一体何様のつもりだ?」

 出演者は台本通り、きちんとトークをし、誰一人としてNGを出すことなく順調に収録を進めていただけに、怒りを露わにしてわざと大きな声で厭味を言う。
 機嫌を損ねると面倒臭い相手なだけに、スタジオ内には緊張が走り、共演者達は賀茂の顔色を窺いつつも、彼に同調するように頷く。
 そんな中、まるっきり周りの空気を読まずに気怠そうに首をゆっくり回し、「だりぃ~なぁ~」とボヤく収録中断の元凶である若者。
真っ黒な髪でボサボサ頭。
 目が隠れるほど伸びた前髪のお陰で、顔の造りも表情もよく分からないが、形の整った薄い唇が知的さと上品さを持ち合わせていた。
 けれど、頭をボリボリと掻きながら、大きな欠伸をする彼の仕草からは、育ちの良さが全く感じられない。
 ピリピリとした雰囲気が漂う中であっても、謎の青年は、自分に向かって放たれた怒りの言葉など全く気にすることなく、マイペースな声を上げた。

「ちょいちょい。たぐっちゃん。早川ッピにも事前にフィルムや心霊写真のチェックをした結果を伝えておいたけどさぁ。今日はなぁんも出ないって。オレ、疲れてるし。もう、帰っていい?」
「お前! 田口さんに対して、なんちゅう口の利き方しとるんやっ!」
「つか、ふざけんなや。なんや、その態度は。何しにここにおんのやっ」

 皆が真面目に取り組んで番組作りをしている中で、仕事の妨げをした張本人が全員の注目を浴びているところで帰りたいと訴えるだけでなく、現場のトップや番組責任者である人達のことを愛称で呼んだことにより、上下関係の厳しいお笑い界でのし上がって来た『大なり小なり』の二人が立ち上がって吠えかかった。
 ADやマネージャーが慌てて彼らに駆け寄り宥(なだ)めるのを、長い前髪の隙間からチラリと覗き見ると、小馬鹿にしたように口端の片方だけを上げて、田口の方に向き直った。

「で。アイツら、いくら貰ってんの?」

 肩越しに親指で彼らを指差してぶっきらぼうな言い方で尋ねる。

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと、そ、そ、それは勘弁してくださいよぉ~」
「あ、その顔。たぐっちゃん、嘘つけないよねぇ~……。そーかそーか。アホなトークをするだけで、あっちの方がギャラがいいんだ。あ、別に怒ってないよ? オレ、なんもしてないし。むしろ、役立たずだし?」
「そ、そんなこと言わないでくださいよ」

 拗ねたような感じの意味に取れるような言葉とは違い、おどけたような、それでいて、からかい混じりの意地悪な口調にオロオロする田口は、自分よりも一回り以上も年下の男の両手をとって懇願する。

「もしもの時に困るんですよぉ。ここに居てくださるだけでいいんで。頼みます」
「そう思ってるのは、たぐっちゃんだけだって。ホラ。アソコに鎮座しておられる高名な陰陽師様がいらっさるわけだし? オレ、いらないって」

 真っ黒な髪で顔面の殆どを覆いつくされているお陰で表情を読み取ることは出来ないが、口角が微かに上がっているところから、いじめっ子が相手を困らせて楽しんでいるようにも見える。
 周りのスタッフ達は、彼のことを知っているのか知らないのかは分からないが、収録の邪魔をしたとはいえども、現場責任者がここまで引き留めるのだから、重要な人物であると肌で感じ取り、注意することも怒鳴ることもしない。
 かといって、出演者達の不機嫌さと怒りの空気がスタジオ中に充満しているので、彼を宥めるようなこともせず、関わり合いになりたくないといった感じで、静観を決め込んでいた。

「ほらほら。スタッフさん達も否定しないし? オレよりも、あちらさん達のご機嫌を伺わなきゃ。いつまでたっても収録はおわんないよ」

 握られた両手をやんわりと外されると、「あぁぁぁぁ……い、行かないでぇぇぇ」と眉を八の字に下げて情けない声を出す田口の耳元に口を寄せてボソボソと短く何かを呟くと、スッと体を離した。

「じゃぁね~ん」

 大きく目を見開き、彼の顔をまじまじと見つめる田口は、もうそれ以上は縋りつくようなことはしなかった。
 呆然と立ち尽くしている田口に背を向け、ヒラヒラと片手を振って、スタジオから出て行く彼に向かって大野と小野は罵声を浴びせる。
 それに乗っかるように、あちこちから舌打ちや不満げな言葉が飛び交う。

「何、あのコ。偉そうに……。田口さんも田口さんよ。常識を知らない子供を甘やかすようなことしないでくださる?」
「それよりぃ~。アタシ。次のスケジュールが詰まっているんですけどぉ~。ちゃっちゃと収録終わらせましょうよぉ」

 呆れたような口調で田口を咎める中山と、頬を膨らませ、口を尖らせても愛らしい顔をした新人アイドルの言葉を受けて次に口を開いたのは言われている本人ではなく、賀茂であった。

「田口さん。誰の縁故関係か知りませんが、子守りでも頼まれたんですか? それにしたって、あんな無礼な若者をスタジオ見学に連れて来られては困りますよ。彼一人のせいでスタジオの雰囲気も悪くなってしまいますし」

 さきほどの口と態度の悪さはどこへやら。
 スッと立ち上がると、両手を広げ、聖人君子のような表情で辺り全体を見渡し、全員に自分の意見に対し肯定を促すよう演説じみた言い方をする。
 彼の思惑通り、堅物である五代がいち早く頷き、それを見た中山や大なり小なり、そして日高と首を縦に振り、波が広がっていくようにスタジオ中が賀茂の言葉に賛成していく。
 その様子を見て満足気に目を伏せ、頷く賀茂は、柏手(かしわで)を打つように両手を広げて一度だけ乾いた音を響かせた。
 騒めきだしたスタジオ内が一気に静まり返る。

「澱んだ空気を払いましたよ。さぁ、邪魔者もいなくなったことですし、皆さん、気持ちを切り替えて今週もいい番組にしましょう」

 掠れのないよく通る声。
 自信に満ちた張りのある彼の声は、見た目の美しさとの相乗効果によってカリスマ的な魅力を持ち、ディレクターの田口よりも、賀茂の言葉にその場にいた全ての人達が即座に反応し、てきぱきとした動作で持ちにつき、スタンバイする。
 勿論、出演者達は皆、背筋を伸ばし、いつでも撮影その他の進行の合図が入ってもいいように顔を作る。
 たった数秒前の何とも言えない空気が一瞬にして変わり、何事もなかったかのように、本番前の緊張感だけが漂う。
 流石はプロといったところだ。

「さ。田口さん。始めてください。ここに残っている皆さんとなら、あっという間に終わらせられますから」

 謎めいた青年が出て行った扉の方をジッと見つめていた田口は、グッと拳を握りしめると、表情を引き締めた。

「みんなっ! 中断して悪かった」

 潔く頭を下げる現場責任者の姿に文句を言う者は誰一人おらず、それよりも彼の一声を今か今かと待ちわびるように、息を顰め、耳と目に神経を集中させる。
 賀茂がゆっくりと席に着席し、穏やかな笑みを口元に浮かべたと同時にカウントが始まった。
 その頃。
 ボサボサ頭の若者は、さっさと帰ったわけではなく、スタジオの前の廊下で壁に背をつけて座り込んでいた。
 気怠そうにしていながらも、彼の周りを取り囲む空気はピリピリとしている。
 常に中の様子を気にかけ、周囲の気配に細心の注意を払っていた。
 彼の前を通り過ぎるテレビ局の人間や、業界関係者は訝しげな視線や、奇妙なものでも見るような視線をぶしつけに投げつけてくる癖に、声をかける人間は一人も居ない。
 居心地の悪さや、人の目など気にする様子もなく、収録が終わるまでの二時間や三時間といった長い間、彼はそこを一歩も動くことはなかった。
 
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