炎よ永遠に

朝顔

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XXXIII(END)

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 俺がいないと生きれないというのは、単なる比喩みたいなものだと思っていた。
 アルメンティスはずっと眠り続けて、次の日の朝にやっと目が覚めた。

 こんな所にはいられないとすぐにカリアドのクルーザーを下りて学校へ戻った。
 何日かぶりに満足な睡眠が取れて風呂にも入り、食事もびっくりするくらいの量を食べてアルメンティスはどうにか元の状態に戻った。
 それを見たらこれは比喩とかじゃなく、本格的にそういう事なのではと思い始めた。
 ジェロームがだから言っただろうという目で見てきて、なんとも言えない気持ちになった。

「……とりあえず、俺がいないとダメ人間みたいになるのはやめろ。俺がいなかった頃は不眠症はあっても普通に生活していただろう」

「思い出せないんだよねぇ。どうやって生きていたか……。水の世界から陸に上がった生物になったみたいだよ。レイがいないと呼吸ができないみたいな」

「みたいな、じゃねーよ。もっとしっかりしてくれ」

 はぁいと嬉しそうに言って、アルメンティスが笑った。まるで子供だ。これじゃどっちが神だか分からない。
 再会してからは、アルメンティスは俺にピタリとくっ付いてきて離れない。やっと食事を終えて部屋に戻ったが、ベッドに座ってもずっと俺を抱きかかえたまま離さなかった。




「レイ、俺ね、決めたんだ。自分の好きなように生きるって……。色々と縛られてきたけど全部断ち切って、レイと一緒に生きたい……」

「ああ…」

「自分の資産はそれなりにあるし、個人の会社もあるから、アルガルトからは離れるつもり。色々と揉めるし時間もかかると思うけど……」

「いいのか?本当にそれで……」

「うん。本当はずっと窮屈で苦しかったんだ。でも、レイと出会ってやっと自分の人生を生きていきたいと思えた。もうあそこには戻りたくないんだ」

 アルメンティスは真剣な顔で、自分の気持ちを意思を語ってくれた。俺も逃げていないでちゃんと向き合わないといけない。
胸に熱いものが込み上げてきて、緊張で心臓がドクドクと揺れだした。

「レイは…付いてきてくれる?」

「ああ、お前が側にいて欲しいって言うなら、ずっといる」

「レイ……」

「ただ、聞いて欲しい。俺はお前の側にいることに相応しい男なのか。俺の話を聞いて、それでもいいって言うなら…この手を取ってくれ」

 俺はアルメンティスの腕の中から抜け出して、向き合うように座った。
 ミクラシアン家では、叔父に過去の話を聞かれたことはない。忘れろ、もう思い出すな、そう言われてきたからだ。
 無理矢理蓋をした過去はぐつぐつと煮立つように溢れてきて、悪い事をしたという気持ちで押しつぶされそうだった。
 何も言わずにアルメンティスの側にいることなどできない。
 もしも嫌だと言われたらと思うと、全身が恐怖で冷えていったが、意を決して俺は自分の事を話し始めた。

 赤ん坊の頃に事故に遭って両親を亡くした事、その後は親戚の家を転々として家族の形というものを知らないで育った事。最後に行き着いたオジサンとの生活、そして終わりについて……。

「俺は…、自分の手で火をつけた。あの時は殺意を持って火を……、死んでもいいと思った。殺してやろうと思ったんだ。自分もすぐ死のうと思ったけど…、出来なかった。俺は、罪人なんだ。俺みたいなのがアルメンティスの側にいたら……」

「レイ、よくやったよ」

「え………」

「君は強い人だ。誰の手も借りず、自分の手で道を切り開いたんだ。何も悪くない、罪だなんて思う必要はない。子供を傷つける最低な奴らが受けた当然の罰だ。俺が過去に行けるなら、レイを傷つけたヤツらを全員殺してやる。それができないのが悔しい……」

「アルティ……」

 アルメンティスは肩を震わせていた。瞳の色はあの燃えるような赤に変わり、怒りに震えているのだと分かった。

「もう苦しまなくていいよ…。楽しいことも嬉しいことも全部俺が教えるから…、レイが幸せになれるように、俺がずっと守っていく……」

「ううっ……」

 アルメンティスの言葉に、手に絡みついていた鎖が剥がれて落ちていくような気持ちになった。それは誰でもない、俺が自分自身で付けていたものだった。
 代わりにボタボタと涙の粒が俺の手の上に落ちてきた。

「レイが何をしていても俺は受け入れるつもりだったよ。だってもう俺は、あの時、レイの手を取ったでしょう。離さないって誓ったじゃないか」

 それが船の上で重ねられた手のことを示していることに気がついた。
 そしてもう一つ、アルメンティスの瞳はいまだ赤いままだったが、この目を見るといつも身体中から湧き出てきた衝動が、ピタリとなくなっていた。

「辛い思い出が君の奥底にあったとしても、それを消し去って、もういいよって言うくらい、レイを幸せで包んであげたい」

「あ…アル……ティ……」

「遠回りしちゃってごめん。愛してるよ、レイ」

「うっ…うん…お…れ……も……」

 泣きすぎて声が裏返り、変な掠れた声しか出なかった。
 それでもアルメンティスは俺の返事を聞いて嬉しそうに笑って抱きしめてくれた。

 俺がアルメンティスの瞳、そして赤い色に惹かれたのは、罰して欲しかったのだ。父と母を連れていき、オジサンと女を燃やした赤い炎に……俺は焼かれて消えてなくなりたかった。
 それが、救われる道だと思ってきたから……。

 でもアルメンティスが罪ではないと言ってくれた。俺の手を取ってくれる人がこの世界にいる。それに気が付いたから、もう赤色を見ても衝動に駆られることはなくなった。

 まだ明るい日差しが溢れる部屋で、アルメンティスと二人だけ、いつまでも抱き合った。
 軽く触れ合うものから、深く繋がるものまで、隙間がないくらい、長い長い時間をかけて抱き合って愛を確かめ合った。

 身を焦がして消し去る炎ではなく、愛しい人の瞳に宿る炎のような強さ、それこそが俺が求めていたもの。
 永遠だと思える愛の色だった。







「レイ、まだ終わっていませんよ」

 ジェロームから手が止まっていますと言われて、考え事ばかりでほとんど進んでいない事に気が付いた。

「今日中に輪っかを全て糊付けしないと、間に合いませんからね」

「はいはい、分かったって。ったく、なんで俺が飾り担当なんだ。会場の設営係の方が向いていると思うが……」

「本気で仰ってますか?パイプ椅子1500個、テーブル50個、その他にも大量に移動するものもありますし、片付けも率先してやっていただけますか?」

「……すまない、勘違いだった」

 アルメンティスと心を通わせて愛を交わし、俺はアルメンティスの天使であるが、本当の恋人になった。
 あのドタバタのバカンスから連休は終わり、学校は通常通り再開した。
 俺はまた火の棟に戻り、天使としての仕事を割り振られて、以前と変わらぬ生活に戻った。
 アルメンティスと一緒に寝て、朝は起こされて学校へ行き、天使の仕事もやりながら、また夜は抱き合って眠る。
 なんとも忙しいが、アルメンティスの側にいられるだけで幸せな生活だった。

 そして今は明日にアルメンティスの誕生日会を控えて、学校中の生徒がその準備に追われていた。
 毎年盛大にやるらしいが、今年は最後の年ということもあり、海外の来賓から、人気のアーティストまで大勢呼ばれて豪華な誕生日会が予定されている。

 俺はなぜか手先が不器用なのに、飾りの制作担当に任命されて、部屋にこもって紙を使って花や輪っかを作っている。
 こんなに作らされて疑問しかないのだが、絢爛豪華な会場のどこに、この手作り感満載な飾りを飾るスペースがあるのか謎だ。

 俺は三日前からどう考えても歪んでいる輪っかをずっと作っている。色々言いたいことはあるのだが、他の生徒たちもそれぞれ担当があってみんな頑張っているので、仕方なく飲み込んで、輪っか作りを再開した。

 しかし、ついつい時計が気になって目をやってしまうのが止められない。
 なぜなら、今日はアルメンティスが帰ってくる予定の日だからだ。

 アルメンティスは父親に会いに行った。
 病床にあり長くないと言われているが、自分の今後について最後にきちんと話してくるつもりだと言っていた。
 アルメンティスはアルガルトの家督を引き継ぐ権利を放棄して、家を出るつもりでいる。
 すでに自分名義の投資会社を何社も抱えていて、それはアルガルトからの繋がりはなく、離れても問題ないものだった。
 その他にも、個人財産は多く所有しているというから、さすがにこの件は俺が口出しをできる問題ではなかった。
 後継者として期待されていたのだから、一筋縄ではいかないだろうというのは予想できる。
 もしかしたら、説得のために家から出れないように監禁されるのではと、そんな想像ばかりが出てきてしまい、この三日は生きた心地がしなかった。

「…水の神があんな事になりましたから…、人手が足りないのです。臨時で増やしておくべきでしたね」

 コンテストの時に起こった妨害の件で、アルメンティスはカリアドと一緒に証拠を集めて学校に提出した。
 やはり、水の神がアレクセイに命じて、ミスリルの衣装を盗み、俺を閉じ込めたらしい。
 目的は自分の天使に賭けて大金を儲けようとしたこと。そして個人的な恨みもあるらしく、カリアドとアルメンティスに恥をかかせようとしたというものらしい。

 水の神ガイラと、天使アレクセイは二人とも退学処分になった。
 これほど不名誉なことはないらしく、どちらの家もこれからかなり窮地に陥ることになるだろうと言われた。

 という事で、神の座が空いて協力者が減った事で人手がかなり限られてしまった。
 外部の業者が主体となって動いてはいるが、やはり細かいところは自分たちでやらなくてはいけなくて、こういう時が天使の腕の見せ所らしく、ジェロームは冷静に見えるがここ数日バタバタと走り回っていた。

 その時、ガタンと玄関ホールのドアが開いた音がして、俺は持っていた輪っかをぐしゃりとつぶしてしまった。

「レイ、続きはやっておきますので、迎えに出てあげてください」

「いや…でもこれ、ひどいことに…」

「いいです。ご苦労様でした。レイしかできない仕事が待っているでしょう」

 俺が壊した輪っかをサクッと直しながら、ジェロームが口の端を上げて微笑んだ。
 どうやら気を使ってもらったらしい。お礼を言いながら俺は部屋を出た。

 走り出したい気持ちを抑えながら、玄関に着くと、待ち侘びた人の姿があった。

「レイ!ただいま!」

 頬を赤くして嬉しそうな顔のアルメンティスが立っていた。心配したような暗さはなく、ホッとしながら近寄っていくとガバッと覆い被さるように抱きしめられた。

「ん…おかえり…、ははっちょっ…ちょっと、くすぐったい」

 まるで大型犬のように俺を玄関の固い床に押し倒して、顔中にキスの雨を降らせていく、くすぐったいと照れながら嬉しくてたまらなかった。

「レイ、卒業したら完全に家を離れる事で話がついたよ。会社を何個か手放す事になったけど、これでうるさく言われないなら安いものだ。父に言ってやったんだ、俺の人生を愛する人と好きなように生きるって」

「そうか、なんて返されたんだ?」

「意外なほどアッサリと引き下がったよ。好きなようにしろって。父はもしかしたら、俺と同じようにしたくて、できなかったのかもしれない。アルガルトはたぶん、従兄弟が継ぐ事になると思う。アイツは消えていたからね」

「アイツって…、義理の兄か?」

「ああ、金だけ持って姿を消したらしい。若い恋人がいるとかなんとか。まあ、知らないけど…、社内の反対派にハメられたみたいで多額の損失を出した。それでアルガルトを手に入れるのが難しいと感じて、他の道を選んだんだろう。父は最後に捨てられたんだ。仕方ない、父が選択した道だからね」

 アルメンティスの手がゆっくりと下に這っていき、俺のアソコの上でうねうねと動き出した。

「んっ……はぁ……。ばっ…ばか、こんな…ところで…」

「レイ、ずっと側にいてくれるんでしょう。嬉しいよ。レイは…俺の初恋なんだ」

 前にも聞いたその言葉が俄かに信じ難くて、僅かに眉をひそめたら、アルメンティスはクスリと笑って頬にキスをしてきた。

「初めてレイを見た時は、今とはかなり外見が違うけど、一瞬で目を奪われた。いや、目だけじゃない心も体も…その時はもう……」

「は?外見が違う?どういう事だ?あの聖堂の芝生で寝ていたからか?」

「ふふふっ…、まだ内緒。今度ゆっくり話してあげる。とりあえず一回しよう、三日もお預けだったんだ。我慢できない!」

「はっ…?ちょっと…待て…話がぁ!…んっぐっ……んっはっ……っっ」

 俺の話を遮ってアルメンティスは深く口付けてきた。舌で歯列をなぞって、唇を噛み俺の舌ごと吸い尽くしてしまうみたいに責めてくる。
 ずるい…。こんなキスをされると、頭はトロンとしてしまい、何も考えられなくなってしまう。
 これでは玄関に迎え入れてすぐ始めてしまう恋人同士そのもので、軽い抵抗をしながらも喜んで溺れてしまう自分に呆れてしまう。

 アルガルトの家については、どうやら一旦は落ち着いたようたが、俺とアルメンティスの前にはまだまだ困難な道が待ち構えているだろう。
 時々弱気になって、過去に囚われてしまうかもしれない。
 それでも俺は全てを受け入れようと決めた。
 過去の辛い記憶も、これからアルメンティスと作る未来も。
 過去の恐怖や未来の不安、そんなものに囚われない。今、目に映る幸せをしっかりと見て、生きていこうと決めたのだ。

 唇が軽い音を立てて離れて、アルメンティスが間近で俺の目を見つめてきた。
 脳みそまで熱いキスでトロけてしまったけれど、俺もアルメンティスの目を見つめ返した。

「レイも赤い目になったみたいだ」

 アルメンティスが見る俺の目にはきっと、映り込んだ自分の赤い瞳が映っているだろう。

「ああ、お前と同じ…炎の色だ」

 そうだ、アルメンティスの強さが俺にも宿ったなら、もう何も怖くない。
 ねっとりと手を伸ばして首に腕を絡ませた。頭を持ち上げ今度は俺から口を寄せた。

 アルメンティスがもう参ったというくらい、たくさんしてやろう。
 玄関の冷たい床も溶かしてしまうくらい熱いキスを。











 □完□
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