男だって愛されたい!

朝顔

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第一章 学園

①手紙

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 この学園は今年16歳になる教養のある女性であれば身分を問わず、希望すれば入学することができる。美しく才能溢れた淑女を求めている。
 入学希望の場合は、事務局まで書類を持参すること。

 以上

 エロイーズ王立学園
 女子特別待遇生募集のお知らせ



「………読みましたけど」

「読むだけではだめだ。熟読してくれ」

 日が沈み夜の帳はとっくに下りた。暗闇の中、小さなランプの灯りでぼんやりと部屋は照らされていた。
 わざわざこんな暗い照明にするから手紙は読みにくいし、熟読するほどの内容でもない。いかにも雰囲気作りが好きなこの人らしいと、レオンはため息をついた。

「これは、アデルに届いた手紙でしょう。なぜ俺が熟読する必要があるのですか?」

 忙しいところをわざわざ呼び出されて、遊びに付き合わされる趣味はないと、レオンは手紙を机の上に置こうとした。

「お前に関係ある……と言ったら?」

 暗闇の中から灯りの下にぬっと顔が出てきたので、レオンは驚いて声を上げそうになった。

「いい加減にしてください、父さん。今日の分の帳簿のチェックがまだ終わっていないんです。倉庫の整理だってあるし……」

「……レオン、私は今まで生きてきて、商才はさっぱりなかったが、自分でもこんな思いつきができる才能があったのかと驚いている」

 相変わらず、人の話はちっとも聞かない人だ。だから、騙されて店の金を持ち逃げされて、そのこともしばらく気がつかないというありさまだった。

「アーチホールド家は祖父の代で男爵位を授かり、一度は貴族として栄華を極めた時代もあった。しかし父の代からの下り坂。私の代で多大な借金を負って今は火の車状態。ただの平民として細々と小売り物の店などやっているが、借金ばかりが増えて、ちっとも生活は豊かにならない!……こんなこと!こんな屈辱に私は耐えられない!」

 怒り半分悲しみ半分で震えた涙声になっている父を見て、レオンはまたかとうんざりした。月に一度はこの状態になる。ここから浮上するのに半月かかるのだ。
 その間まったく父は使い物にならないので、レオンが父の分も働くことになる。
 つまり、休みは期待できそうにない。

「レオン、お前に頼みがある。……いや、頼みではない。これは命令だ」

 こんな、悲壮感のある演出をされて、嫌な予感しかない。
 いつも父が言うことは、想像を超えて明後日の方向へ行ってしまう。
 今度はどんなことを言い出すのかと、レオンは頭痛を覚えて頭を抱えたのだった。



 □□



 レオンが15歳の時に母親が家を出た。
 もともと頭が固い父とは気が合わず、いつも喧嘩ばかりだったが、ついに我慢が限界だったのか、母は荷物をまとめてさよならも言わず出ていってしまった。
 すぐに再婚したところから見れば、その頃には母は別の人生を選択する準備ができていたのかもしれない。
 レオンはそのことをあまり考えないようにしている。
 当時は多感な時期であった。5歳下の妹とは違い、母親を求めるような歳ではなかったが、それでも寂しさと裏切られたという気持ちがあった。
 長男として母に代わり家のことをやって、父の仕事を覚えて、これまでの人生はレオンとってただただ忙しく、あっという間に過ぎていたものだった。
 気がつけば母が家を出てから5年が経っていて、レオンは20歳になっていた。

 祖父の代から細々とやっている雑貨店はそれなりに客もついて毎日賑わっている。
 わずかだが収益を上げているのにいっこうに借金が減らないのは、父が道楽でお金を使ってしまうのが原因だった。

 ガタンと音がして、玄関の扉が開いた。
 すっかり夜も更けたこんな時間に帰宅するのは一人しかいない。
 そして、今日も酒の臭いが漂ってくる。

「アデル…お帰り」

「……なんだ、アニキ起きてたの?ちっ、嫌な顔見ちまったぜ」

 まるで男のような乱暴な言葉遣いでアデルは顔を歪ませながらレオンを見てきた。

 シルバーブロンドの長い髪に、藍色の瞳、小ぶりな鼻と口、肌は透けるように白く月明かりに照らされて輝いて見える。
 濡れたような大きな藍色の瞳を、アデルはこれでもかとつり上げてレオンを睨んでいた。

 まるで鏡を見ているようだ。
 アデルの目には自分はどう映っているのだろうかとレオンはいつも思う。
 レオンもアデルも母親によく似ていた。
 5歳離れているが、二人の顔の作りはほぼ一緒で、幼い頃は気にしなかったが、アデルの歳が上がってくると周りからも驚かれるくらいレオンとアデルは瓜二つのように似てしまった。
 アデルは女子にしては身長が高く、レオンは男子の中では低い。
 二人並んで違うところは、髪の長さとレオンの方が若干背が高いこと。そしてレオンは左目の下にほくろがあるということだけ。
 母親は右目の下にほくろがあった。
 だからなのか、アデルはよけいに気に入らないようで、いつもレオンを睨んでくる。

 母が出ていってしまい、レオンは忙しさで気を紛らわせたが、アデルはその影響をもろに受けてしまった。
 父は頼りにならなかったし、レオンも手一杯で構ってあげられる時間がなかった。
 アデルは町の悪い連中と行動するようになり、16歳になった今では、酒を飲んで深夜や朝帰りなんて普通になってしまった。

「アデル、こんな時間まで外を歩くのは危ないよ。誰かに襲われたら……」

「うっせーな!男のくせして母親面かよ!あいつと同じ顔して注意してくんなよ!キモいんだよ!」

 レオンから逃げるようにアデルは自分の部屋に入ってドアを閉めてしまった。バタンと大きな音が静まり返った家に響き渡った。

 レオンは閉められたドアを見つめながら、先ほど父親が言い出したとんでもない話を思い出していた。



 一日の仕事が終わり店を閉めている途中で父親から話があると呼ばれた。
 父の部屋に入ったら、カーテンは閉められて、真っ暗な中に小さなランプが一つ置いてあった。
 こういう訳の分からない演出をするときは、たいていやっかいな事を考えているときで、レオンはいつも振り回される役目だ。

 これを読めと言われてアデル宛に来た手紙を渡されて読まされた。それは、王立学園の女子入学者募集のお知らせだった。


 レオンが住む国、グランド王国は、古い歴史がある大国だ。古い歴史では何度も戦いが行われ、三つの国が合わさって一つの国になった。それ以来、小さな反乱や暴動はあるが、大きな戦いは終わり平和は続いている。

 レオンの曾祖父は町の上役をしていて、暴動を抑えた功績を称えられて男爵位を授かった。一代限りのものだが、その頃アーチホールド家は栄えたそうだ。しかし、その栄光はかつてのもので、今は王都のエロイーズの城下町で小さな雑貨店を営んで細々と暮らしている平民だ。

 エロイーズには、男女が通う王立の学校がある。
 学園は王族や貴族の子息が入学しているが、平民でも厳しい試験を突破できれば入学の可能性はあった。
 16歳の頃、レオンも勉強が好きだったので、憧れたものだったが、それは家の実情を考えれば無理なものだった。
 父の仕事を手伝い、家に帰れば母の代わりにやらなければいけない事はたくさんあった。
 そんな状態で学問の道など行けるはずがなかった。

 この世界は女性が生まれる確率が極端に低い。そのため、平民であっても女性というだけで貴重とされることがあるのは知っている。
 実際のところ、アデルを将来嫁にもらいたいという話はまだ幼い頃からたくさん来ていた。
 一時期は貴族からもそんな話があったと父は自慢しているが、本当のところは分からない。

 男女で結婚する方が、色々とスムーズであるし、指向として女性を好む男の方が多いので、女性はどこへ行っても尊ばれるのだ。
 一方で男同士の結婚も認められていて、神の祝福を受ければ子供を儲けることもできる。

 いずれにしても、色恋など考える暇もなく生きてきたレオンには学業と同じく遠い話であった。

 アデルに入学のお知らせが来たのは驚いたが、確かに女性であるアデルにはありえない話ではなかった。
 貴族の中では家同士で婚姻を結ぶような古い風習も残っているが、今はわりと自分で相手を選ぶ者も多くなっていると聞いた。
 特に学園は同じ時間を過ごす場所なので、そういった交流の機会があり、そこで相手を求めることも多いのだろう。
 貴重な女子であるアデルにその機会が与えられたのは考えられないことではない。

「アデルは金の卵だ」

 父は薄明かりに体を浮かばせながら、そう言ってニヤリと笑った。

「貴族に見初められて結婚することが出来れば、うちは縁続きになれる。片方だけ平民では格好がつかないから、特別に一番下だが爵位をもらえる可能性が高い。これはアーチホールド家にとって使命とも言える大きな賭けなんだよ」

「……アデルはそんなこと……。学園に入学するのは別としても、家のために相手を選ぶなんて嫌がると思いますよ。その…恋人もいるみたいですし」

 そうだ、それなんだと父は机を叩いて怒りを表した。
 アデルにはどうやら恋人がいるらしい。町で働いていれば、嫌でも話が耳に入ってくる。今まで少なくとも5人くらいだろうか。同性であれば気兼ねなく聞けるのかもしれないが、兄としてその辺のことを聞くのはどうしていいか分からなくて困っていたのだ。

「はっきり言おう、入学は無理なんだ!」

「……わざわざお知らせが届いたのに……ですか?もしかして、金銭的な問題でも……」

 その辺は大丈夫だの父は鼻で笑った。確か特別待遇生は授業料も無料で学力試験も必要なかったはずである。
 他に何があるのかと考えたが、レオンには思い付かなかった。

「女子の特別生が入学するには、処女でないといけないのだ!」

 部屋の中が沈黙で包まれた。なんとも言えないこの空気が耐えられなくて、レオンは逃げ出したかった。

「……それは……、本人に聞いてみないと……その……そこはちゃんと守って……」

「もう聞いたさ。経験済みだと言われた」

 レオンはガーンと頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。素直に聞いてしまう父にも、幼いと思っていたアデルが階段を上っていたことにも、色々とショックでフラフラとしてきた。

「入学時には処女検査がある。昔からの風習だ。司祭が神木であるヤトリの枝を令嬢にかざして枝が光ったら清らかな証となる。これをクリアしないと入学は認められない!」

「それなら、諦めるしか……」

「バカもん!!こんなチャンスを!目の前にあるのに…諦められるものか!」

 父がいっそう激しく机を叩くので、レオンはますます嫌な予感がして体が震えた。

「……もうお前しかいない!レオン!お前が行くんだ」

「は!?えっええええ!!なっ…うっ…嘘でしょう……」

 信じられない発言に後退りしたレオンは、壁に体をぶつけて派手な音を立てたが、痛みよりも恐ろしさの方が勝った。

 やはり、父の言うことは明後日の方向へ飛んで行く。
 そして、ついに飛ばされるのは自分だと、レオンは流れていく汗を感じてますます震えたのだった。



 □□□
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