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第一章 学園
⑤校舎裏
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パーティーも終わりに近づいてレオンはやっとミレニア達の所へ戻ることができた。
「アデル!ちょっと、さっき踊っていた素敵な男性は誰なの?」
「会場で一番目立っていたわ。上級生の方?」
早速、囲まれて次々と質問を受けて、レオンはなんと答えていいのか頭を巡らせた。
「三年生の人で今朝たまたま話す機会があって……確か、シドヴィス・ジェラルダンって名前だったと思う」
思い出しながら特に考えずにその名前を口にしたら、囲んでいた女子達が皆凍りついたように固まるのが分かった。
「……え?……なんかまずい人だった……かしら?」
「……アデル、あなた……、その名前といえば……旧三国の一つ、ジェラルダン家の方なのでは……」
旧三国と聞いて、レオンは一気に顔が青ざめた。グランド王国は三つの国が統合されてできた国で、王は旧三国の王家からより優れた者が選ばれることになっている。
それぞれは公爵家であるが、三家の息子達は王族の家系であり、次代の王になる可能性がある。つまりは王子のような存在であった。
レオンが住んでいる町はデェリオン家が統治していた地域なので、デェリオンの名に馴染みはあったが、ジェラルダン家についてはまさかという思いもあってすっかり頭から抜けていたのだ。
「……大丈夫よ。きっと面識があったから、ダンスに誘っていただいたのでは?ね?」
「ダンスくらいなら、ね、無礼にもならないだろうし、大丈夫よ」
彼女達は、口々に大丈夫大丈夫と言いながら蜘蛛の子を散らすように、レオンの側から離れていき、最後はミレニアだけが残っていた。
「皆、もし騒動にでもなったらって怖いのよ。無理やり踊らせたわけではないのにね。ダンスは向こうから申し込まれたんでしょ、そこまで怖がる必要はないわよ」
ミレニアは可愛らしい外見とは違い、意外と度胸があるようで、歯を見せながら快活に笑った。
「そうだ、私達、寮で同室なのよね。よろしくね」
「あ…うん、よろしく」
まさかの大物過ぎる相手と普通に話してしまった自分にレオンはくらくらとしたが、ここで挫けてはいけない。
この際アデルの理想のリストは忘れて、父の要望に当てはまるような相手を探すことが先ずは必要だろうとレオンは考えた。
パーティーはその後大きな混乱もなく、和やかに幕を閉じた。
寮の部屋に戻ったレオンは早速ミレニアから色々と情報を聞くことにした。
「今日のパーティーでミレニアは誰か良さそうな方はいたの?」
これは大事なことだった。協力者であって欲しいのに、ライバルになっては困るのだ。ミレニアの好みを把握しておきたかった。
「ダンスを踊ったのは一曲だけ……。でも貴族の方ではないわ。二年生の幼なじみでロニーって言うんだけど…」
平民の男子でも、厳しい試験をパスすれば学園に入学することは可能だ。多少の入学金が必要になるので、平民でも裕福な家の者でないとなかなか難しい。狭き門ではあるが、目指そうとする者はたくさんいる。ロニーという者はその中を突破してきたのであれば、かなり優秀な男なのだろう。
「実は……内緒よ。家からは貴族に見初められて欲しいって言われているけど、私……本当は……」
「なに?どういうこと?」
顔を赤らめながら話すミレニアを見てもレオンにはピンとこなかった。なにか悩みでもあるのだろうかと心配になって顔を覗きこんでしまった。
「………アデル、ここまで話して分からない?」
「えっ…、全然……」
レオンはこういう女の子の察してみたいなやり取りが苦手だ。ちゃんと口に出してくれないと、何が言いたいのかさっぱり分からないのだ。
「……アデルって、私よりうんと女の子の外見しているくせに、まるで弟のマシューと話しているみたい」
レオンは衝撃を受けた。ついに中身が男だと言われているような言葉と、4歳下のミレニアの弟というと、もっとお子様と同じだと言われてしまい、ショックでベッドに崩れ落ちた。
「もう!好きなのよ、ロニーのこと!それで追いかけてきたの」
「そっ…そうなの!?それは……すごいね……」
口を開けて驚いているレオンを見て、ミレニアはため息をついた。
「……アデル、あなた…もしかして……、恋したことがないでしょ」
レオンの鈍さをそうだからと判断したらしく、ミレニアは鋭い視線を向けてきた。
20歳を過ぎて恥ずかしい話なのだが、ミレニアの言うとおりであった。
「あ……あうん。実は……」
「大丈夫よ。これから素敵な方とお会いして恋をすればいいのだから。あぁ、早くアデルとも恋する気持ちについて語り合いたいわ」
頬をピンク色に染めて、ミレニアは嬉しそうにロニーについて話してくれた。
商人の家に生まれたが幼い頃から記憶力があり計算に長けて、非常に優秀だったということだった。
ミレニアは妹のようにしか見られていなかったが、パーティーでのダンスでは、会えて嬉しいと言ってもらえたそうだ。
ミレニアの話を聞きながらレオンは複雑な気持ちになった。
ミレニアはアデルと同じ年だ。仲が良ければこういった恋の話をアデルから聞くこともあったかもしれない。
アデルが嬉しそうに好きな人について話すのを、微笑んで見ているような関係であったなら、こんなことにはならなかったのではないかと、レオンは胸が痛むのを感じた。
そして自分自身もまた、誰かを好きになれる日が来るのだろうか。
だが、この状況では自分のことなど後回しだし、元の生活に戻っても今までと変わることはない。このままずっと一人で生きていくのだという、漠然とした不安が押し寄せてきた。
「アデル?どうかした?」
「あっ…勉強についていけるか不安で……」
黙りこんだレオンに心配そうな顔をしていたミレニアは、それは私もそうよと言って笑った。
明日からはレオンにとって男を落とす戦いが始まる。
特別生は早ければ在学中から婚約して、そのまま結婚する者も多くいるという。
女子は貴重であるので、相手方も離しておきたくはないのだろう。話が進むのは早い方がいい。
遊び人のジョアンや、気まぐれな公爵様に時間を取られている場合ではないのだ。
まずは狙いを絞って、話しかけないと意味がない。
はたして自分にそんなことができるのか。
答えは出ないままだが、レオンはやるしかなかったのだった。
□□
「ちょっとよろしいかしら。アデル・アーチホールドさん」
学園の授業初日は学力テストから始まった。
各学年からは代表生と呼ばれる一番優秀な生徒が選ばれて、学園と生徒との間に入って活動する。選ばれるのは名誉なことらしい。
学力テストはそれを決めるものらしい。特に男子は皆、机にかじりついて問題を解いていた。
女子はやる気がなさそうにしている者がほとんどだった。
かつて学園入学を夢見て学問に取り組んだことがあったレオンは、意外とスルスルと問題が解けたのでこんなものかと拍子抜けした。
そういえばレオンの店に持ち込まれた古本に、学園で使用されていた教科書があって、それを暇潰しに読んでいたりしたのだ。
それが、幸いしたのかそれなりに解けて早々にペンを置いた。
思わず真剣にやってしまったが、試験はあくまでついでなのだ。
この際同じ学年でも上級生でもいい。とにかく男爵か子爵クラスの男子を狙って声をかけようと残りの時間は作戦を練っていたのだ。
しかし、声をかけられたのは自分の方だった。
「は…はい、そうですけど」
「ここではなんですから、外へ……よろしいかしら」
テスト終わりの放課後、一年の教室に来たのは三年の貴族の女子グループだった。
先頭に縦ロールがバッチリ決まった気の強そうな女子が立っていて、その後ろに5、6名が続いていた。
逃がさないというように前後を囲まれて、校舎裏へと連れてこられたレオンは、これから何が行われるのか、恐ろしくて逃げたい気持ちしかなかった。
□□□
「アデル!ちょっと、さっき踊っていた素敵な男性は誰なの?」
「会場で一番目立っていたわ。上級生の方?」
早速、囲まれて次々と質問を受けて、レオンはなんと答えていいのか頭を巡らせた。
「三年生の人で今朝たまたま話す機会があって……確か、シドヴィス・ジェラルダンって名前だったと思う」
思い出しながら特に考えずにその名前を口にしたら、囲んでいた女子達が皆凍りついたように固まるのが分かった。
「……え?……なんかまずい人だった……かしら?」
「……アデル、あなた……、その名前といえば……旧三国の一つ、ジェラルダン家の方なのでは……」
旧三国と聞いて、レオンは一気に顔が青ざめた。グランド王国は三つの国が統合されてできた国で、王は旧三国の王家からより優れた者が選ばれることになっている。
それぞれは公爵家であるが、三家の息子達は王族の家系であり、次代の王になる可能性がある。つまりは王子のような存在であった。
レオンが住んでいる町はデェリオン家が統治していた地域なので、デェリオンの名に馴染みはあったが、ジェラルダン家についてはまさかという思いもあってすっかり頭から抜けていたのだ。
「……大丈夫よ。きっと面識があったから、ダンスに誘っていただいたのでは?ね?」
「ダンスくらいなら、ね、無礼にもならないだろうし、大丈夫よ」
彼女達は、口々に大丈夫大丈夫と言いながら蜘蛛の子を散らすように、レオンの側から離れていき、最後はミレニアだけが残っていた。
「皆、もし騒動にでもなったらって怖いのよ。無理やり踊らせたわけではないのにね。ダンスは向こうから申し込まれたんでしょ、そこまで怖がる必要はないわよ」
ミレニアは可愛らしい外見とは違い、意外と度胸があるようで、歯を見せながら快活に笑った。
「そうだ、私達、寮で同室なのよね。よろしくね」
「あ…うん、よろしく」
まさかの大物過ぎる相手と普通に話してしまった自分にレオンはくらくらとしたが、ここで挫けてはいけない。
この際アデルの理想のリストは忘れて、父の要望に当てはまるような相手を探すことが先ずは必要だろうとレオンは考えた。
パーティーはその後大きな混乱もなく、和やかに幕を閉じた。
寮の部屋に戻ったレオンは早速ミレニアから色々と情報を聞くことにした。
「今日のパーティーでミレニアは誰か良さそうな方はいたの?」
これは大事なことだった。協力者であって欲しいのに、ライバルになっては困るのだ。ミレニアの好みを把握しておきたかった。
「ダンスを踊ったのは一曲だけ……。でも貴族の方ではないわ。二年生の幼なじみでロニーって言うんだけど…」
平民の男子でも、厳しい試験をパスすれば学園に入学することは可能だ。多少の入学金が必要になるので、平民でも裕福な家の者でないとなかなか難しい。狭き門ではあるが、目指そうとする者はたくさんいる。ロニーという者はその中を突破してきたのであれば、かなり優秀な男なのだろう。
「実は……内緒よ。家からは貴族に見初められて欲しいって言われているけど、私……本当は……」
「なに?どういうこと?」
顔を赤らめながら話すミレニアを見てもレオンにはピンとこなかった。なにか悩みでもあるのだろうかと心配になって顔を覗きこんでしまった。
「………アデル、ここまで話して分からない?」
「えっ…、全然……」
レオンはこういう女の子の察してみたいなやり取りが苦手だ。ちゃんと口に出してくれないと、何が言いたいのかさっぱり分からないのだ。
「……アデルって、私よりうんと女の子の外見しているくせに、まるで弟のマシューと話しているみたい」
レオンは衝撃を受けた。ついに中身が男だと言われているような言葉と、4歳下のミレニアの弟というと、もっとお子様と同じだと言われてしまい、ショックでベッドに崩れ落ちた。
「もう!好きなのよ、ロニーのこと!それで追いかけてきたの」
「そっ…そうなの!?それは……すごいね……」
口を開けて驚いているレオンを見て、ミレニアはため息をついた。
「……アデル、あなた…もしかして……、恋したことがないでしょ」
レオンの鈍さをそうだからと判断したらしく、ミレニアは鋭い視線を向けてきた。
20歳を過ぎて恥ずかしい話なのだが、ミレニアの言うとおりであった。
「あ……あうん。実は……」
「大丈夫よ。これから素敵な方とお会いして恋をすればいいのだから。あぁ、早くアデルとも恋する気持ちについて語り合いたいわ」
頬をピンク色に染めて、ミレニアは嬉しそうにロニーについて話してくれた。
商人の家に生まれたが幼い頃から記憶力があり計算に長けて、非常に優秀だったということだった。
ミレニアは妹のようにしか見られていなかったが、パーティーでのダンスでは、会えて嬉しいと言ってもらえたそうだ。
ミレニアの話を聞きながらレオンは複雑な気持ちになった。
ミレニアはアデルと同じ年だ。仲が良ければこういった恋の話をアデルから聞くこともあったかもしれない。
アデルが嬉しそうに好きな人について話すのを、微笑んで見ているような関係であったなら、こんなことにはならなかったのではないかと、レオンは胸が痛むのを感じた。
そして自分自身もまた、誰かを好きになれる日が来るのだろうか。
だが、この状況では自分のことなど後回しだし、元の生活に戻っても今までと変わることはない。このままずっと一人で生きていくのだという、漠然とした不安が押し寄せてきた。
「アデル?どうかした?」
「あっ…勉強についていけるか不安で……」
黙りこんだレオンに心配そうな顔をしていたミレニアは、それは私もそうよと言って笑った。
明日からはレオンにとって男を落とす戦いが始まる。
特別生は早ければ在学中から婚約して、そのまま結婚する者も多くいるという。
女子は貴重であるので、相手方も離しておきたくはないのだろう。話が進むのは早い方がいい。
遊び人のジョアンや、気まぐれな公爵様に時間を取られている場合ではないのだ。
まずは狙いを絞って、話しかけないと意味がない。
はたして自分にそんなことができるのか。
答えは出ないままだが、レオンはやるしかなかったのだった。
□□
「ちょっとよろしいかしら。アデル・アーチホールドさん」
学園の授業初日は学力テストから始まった。
各学年からは代表生と呼ばれる一番優秀な生徒が選ばれて、学園と生徒との間に入って活動する。選ばれるのは名誉なことらしい。
学力テストはそれを決めるものらしい。特に男子は皆、机にかじりついて問題を解いていた。
女子はやる気がなさそうにしている者がほとんどだった。
かつて学園入学を夢見て学問に取り組んだことがあったレオンは、意外とスルスルと問題が解けたのでこんなものかと拍子抜けした。
そういえばレオンの店に持ち込まれた古本に、学園で使用されていた教科書があって、それを暇潰しに読んでいたりしたのだ。
それが、幸いしたのかそれなりに解けて早々にペンを置いた。
思わず真剣にやってしまったが、試験はあくまでついでなのだ。
この際同じ学年でも上級生でもいい。とにかく男爵か子爵クラスの男子を狙って声をかけようと残りの時間は作戦を練っていたのだ。
しかし、声をかけられたのは自分の方だった。
「は…はい、そうですけど」
「ここではなんですから、外へ……よろしいかしら」
テスト終わりの放課後、一年の教室に来たのは三年の貴族の女子グループだった。
先頭に縦ロールがバッチリ決まった気の強そうな女子が立っていて、その後ろに5、6名が続いていた。
逃がさないというように前後を囲まれて、校舎裏へと連れてこられたレオンは、これから何が行われるのか、恐ろしくて逃げたい気持ちしかなかった。
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