男だって愛されたい!

朝顔

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第一章 学園

⑧適任者

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「失礼します」

 校長室のドアを開けるとそこには、白髪頭でたっぷりとしたお腹の人の良さそうな顔の校長と、シドヴィスと、間違いなくあのディオの姿があった。
 やはりそうだったかと、レオンは気づかれないように項垂れて小さくため息をついた。

「アデルくん、よく来てくれた。この度は代表生として元気に活動してくれるのを期待しているよ」

 開口一番、キラキラした目で校長に手を掴まれて握手されてしまった。
 こんな輝きを見せられて、どうやって荷が重い話を切り出そうか胃が痛くなってきた。

「あの……まだ、信じられなくて……、私が学力テストで一番だったって……、それは本当なんですか?」

 もちろん解けた問題は多かったが、分からなくて適当に選んだ問題もある。ちゃんと勉強していた人達を押し退けてというのは、信じられなかった。

「実は、アデルくんが一番というわけではない。上に何人かいるのは確かだよ。しかし、代表生は学力だけではない。これからの開かれた学園を象徴するような人材を選びたかった。そこで貴族ではなく、女性である君に決められたんだ。そこにいる三年の代表でもあるシドヴィスくんの推薦もあってね」

 シドヴィスは目を細めながらにこやかに笑っていた。レオンは平静を保った顔をしながら、心の中でシドヴィスにお前か!とツっこんだ。
 そういえば前回会ったときに、意味ありげにこれから会う機会が増えるとかなんとか言っていた。まさかそのときにはと、レオンは呆然とした気持ちになった。

「やっぱり……私には……、身に余るお話でして……」

「アデル!あなたような聡明な女性が、一年生を引っ張っていけると私は信じています。これからよろしくお願いします」

 断りの体勢に入ろうかと思ったところで、シドヴィスがずいっと出てきて、勝手に手を掴んで大袈裟に握手をしてきた。
 すっかり勢いを封じられて、レオンはパクパクと声にならない声を出した。
 仲良しごっこでもしているような構図になってしまった。

「なんだ!すっかり打ち解けているじゃないか!良かった良かった!じゃ、私はこれから会議だから、シドヴィスくん、この部屋を使って色々と説明してくれ」

「え!あ…あの…こうちょ……」

「分かりました。お任せください」

 キラキラした瞳のまま、校長は若いっていいねと言いながら部屋から出ていってしまった。

「そんなーーー!無理だよぉぉ」

「……アデル、やっぱり断ろうとしていましたね」

 情けない声を上げたレオンに、シドヴィスは物言いたげな視線を向けてきた。

「当たり前ですよ、私が代表なんて!推薦なんか困ります!みんな話を聞いてくれるはずないじゃないですか!!ただでさえ、貴族のご令嬢方に冷たい視線を浴びているのに!絶対ごちゃごちゃに揉めます!」

「大丈夫ですよ。揉めるようなときは言ってください。一緒に対応しますから。それに言い訳させてもらうと、校長はテストの順位が一番高い女子でほぼ決めておられて、どうかなと聞かれたのではいと答えただけなのです。これを推薦と呼ばれると困ってしまいますね」

 レオンはがっくりと項垂れた、結局はばか正直に挑んでしまった自分のせいなのだ。
 こんなことで忙しくしていたら、ますます男に戻る日が遠のいてしまう。

「あの狸親父は、あぁ見えてキレ者だからなぁ。女子だと断られる可能性が高いと思ってシドの名前を出したんだろ。断るとやっかいな事になるから、なるべくなら引き受けた方がいい。まっ、そう暗くなるなよ。大してやることねーし」

 ディオにまで慰められてしまい、レオンはますます肩を落とした。
 引き受けるも断るも地獄のような思いだった。

「基本的には生徒達の声を集めて学園に伝える橋渡し的な役割ですね。定例会議で声を集めて提出します。学園からは生徒の生活についての要望が来るので、それを論議して規則を消したり増やしたり、というのもありますね。後はイベントの時などに、準備から当日の仕事、終了後の片付け、来年度に向けた課題の話し合いや……」

「……けっこう、やることあるじゃないですか……」

「まぁ…シドは優秀だからさ、任せますって言っときゃそれで終わりだから」

「ディオ、後輩にまでその適当さを教えないでください。こちらとしては、ちゃんと参加して欲しいんですよ」

 シドヴィスとディオが賑やかに言い合っている中、レオンはアデルのことを考えていた。
 こんな大役を引き受けて、アデルと交代した日には、ふざけんなアニキと怒鳴られて、絶対ボコボコにされるとしか思えなかった。

「大丈夫ですか?アデル、何か心配なことでも……」

 青くなって顔を押さえているレオンを心配そうにシドヴィスが覗きこんだ。

「心配……って……、心配ですよ。結婚が……どんどん遠くに……」

「ああ、アデル、まだそれ言ってんのかよ」

 こっちは軽い気持ちじゃないんだと、レオンはディオをキっとにらんだ。

「結婚?そういえば、お二人はいつの間にお知り合いになったのでしょうか?」

 レオンは自分でぽろっと結婚の話をこぼしてしまったので、今さら隠しても仕方がないと思って、ディオと偶然出会って結婚相手探しを手伝ってもらったことを話した。

「なんだ……、どうして早く言ってくださらなかったのですか?」

「は?えっ…なんで?」

「ぴったりの相手がいるじゃないですか!」

 爽やかな笑顔で近づいてきたシドヴィスは、流れるような仕草でレオンの手を取って甲にキスをした。

「へ!?もしかして……」

「ええ、私です。貴族の男子で、健康、見た目も性格もそこそこ良い方だと思うのですが……」

「いや……だって……」

「ああ!SMプレイに関してはご希望があれば喜んで協力しますが、強制はしません!」

「そこはいいです!その話題に触れないでください!」

 シドヴィスは女性であれば、うっとりしてしまいそうな、甘い雰囲気を漂わせながら、色気たっぷりにレオンを見つめてきた。

「アデル……、私と結婚を前提にお付き合いしませんか?」

「………大変光栄なことですが、お断りします」

「光栄そうな顔には見えませんね」

 明らかに渋い顔をしたレオンを見て、ジドヴィスは残念そうにそうこぼした。

「ジドヴィス様、私知ってますよ。同級生に恋人がいらっしゃるんでしょう。気まぐれに遊ぶのはやめてください!」

「……アデル!嬉しい!私のことを調べてくれたのですか!?」

「いや…そういうことではなくて……」

「それについては、色々事情がありまして、ぜひ私の話を聞いて欲しいのですが……」

「おい!」

 ずっと放っておかれたからだろう。ディオが腹立たしそうに声を上げた。レオンとシドヴィスは二人揃ってディオの方に目を向けた。

「悪いけどそういうのは他所でやってくんね。ここでアデルを口説くとかナシね」

「相変わらずの女性嫌いですね。よくそんな考えでアデルの相手探しを名乗り出ましたね」

「……なんか、バカそうだったからさ、からかっただけだよ」

 ディオは気まずそうに目をそらした。確かにその件で少しもめた。自分も頭に血が上って責めてしまったが、レオンから見てディオは本気でバカにしてからかっていたようには思えなかった。

 黙りこんでしまったディオを庇うように、ジドヴィスが、仕方ないですねと話し始めた。

「ディオと私は幼なじみでして、家族間の交流も深いのです。ディオの上には姉が二人いるのですが、それはもう強烈な方々で、子供の頃からさんざん苛められて、ディオはすっかり女性嫌いになってしまったのです。なにか失礼があったかもしれませんが、一緒に代表生をするわけですから、その辺りのことは………」

「………そうなんですね。分かりました。苦手なことは誰にでもありますから、私にはそっちの方が多いくらいです」

 得意なことより、苦手なこと恐いことの方が幾らでも思いつく。
 高貴な家に生まれ不自由なく生きていたように見える男にもそういった一面があるのかと、レオンは逆に親近感がわいた。

「ディオ様、結婚相手探しの件、興奮して苛立ってしまって申し訳ございません。そもそも私の説明が悪かったのが原因ですから、違ったとか言うのはよくなかったと反省しています」

「いや……俺も……ちゃんと聞いていなかったし……」

「まずは人任せにせず、ちゃんと自分で探してみて……」

「ですから、それには私がぴったりだと!」

 せっかく流れていた話を、ジドヴィスが元に戻してしまい、レオンはズッコケそうになった。

「……ジドヴィス様、この際はっきり申し上げますが、ジドヴィス様のご厚意はありがたいのですが、公爵家の男子ではうちには巨大勢力過ぎるのです!」

「……つり合わないとかは言わないでください。今の時代そう言った考えは古いもので、平民の女性であっても私の家はまったく構いません」

「父には、男爵か子爵家から探すようにと言われているのです。今後のことを考えても、ジドヴィス様の相手はうちのアデルでは荷が重すぎて……」

「うちのアデルって、なんで他人事なんだよ……」

 ディオの冷静なツッコミで、レオンはしまったと青くなった。
 完全に言い方を間違えてしまった。

「う………うちの家族は自分のことをそれぞれ……名前で呼んでいまして……そのクセが………つい、お恥ずかしいです」

 非常に苦しすぎる言い方でレオンは汗だくになっていたが、ディオは子供かよとまたツッコんでくれて、なんとかごまかせたようだった。

「………そうですか。では、こうしましょう!もし、相手が見つからなかったら、私にするというのはいかがですか?」

「は?そんなの無理に……」

「相手を決めればいいんだろ。めんどくさいから頷いておけよアデル、こいつ言い出したらしつこいぞ」

 確かに笑顔のまま、地の果てまで追いかけてきそうな迫力を感じて、レオンは後ろに下がって壁に背中が当たってしまった。

「……ぃった」

「そうですか!分かったですか!良かった良かったです」

「えっ!!ちが……」

 レオンの否定の声は全く聞き入れず、派手に握手をした後、それではまたと言ってシドヴィスはキラキラとした嬉しそうな顔をして校長室から出ていってしまった。

「………お前って、変なことに巻き込まれる運命だな」

 ディオの言葉には激しく同意したかったが、認めたくなくてレオンは絶対に見つけてやると心に決めたのだった。




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