男だって愛されたい!

朝顔

文字の大きさ
14 / 32
第一章 学園

⑬秘密

しおりを挟む
 ピッピッと笛の音が鳴って、運動場に賑やかな声が集まってきた。
 学園の運動の授業は男女に別れて行われる。
 男子は主に剣術と乗馬の訓練。女子はダンスと体操だった。
 数が少ない女子の運動の授業は基本的に一年から三年まで合同で行われる。
 その時間は女子達の高い声が運動場に咲いて華やかになると言われている。
 ……が、レオンにとって運動の授業は地獄の時間だった。

「ついに、二年の先輩からも睨まれるようになったわね、アデル」

 逃げ出したい思いで小さくなっていると、ミレニアがからかうように声をかけて来た。

 シドヴィスに近づくなと脅してきた三年の先輩女子グループの他にも、代表生になったことで、ディオと同じ二年の女子からも冷たい視線を浴びるようになってしまった。
 立っているだけで、両側から凍りつきそうなくらいの寒さを感じるのだ。
 唯一の救いは、レオンのいる一年のクラスの女子は貴族も含め大人しい女子が多く、皆とは比較的仲が良い。代表生になって心配したが、話を聞いてくれないとかは今のところはなく、スムーズに進めることができている。

 教師の笛の音に合わせて、上半身を動かす体操が始まった。
 レオンは体を動かしながら、ぼんやりと考えていた。
 手紙を送ったのだが、家からの返事がなかなか来ない。父が見たのならば飛びついて連絡が来そうなのに、もう一週間は経っていた。
 もしかしたら、届かなかったのかもしれない。仕方がないので、今夜辺りまた書いて出そうかと思い始めていた。

「そういえば、この前、お付き合いについて質問してきたじゃない。あれから恋に進展はあった?」

 簡単な運動を終えて、校庭に座らされて上級生の体操を見る時間に、ミレニアが横からそっと話しかけてきた。

「恋?」

「隠さなくていいわよぉ。あんなこと聞いてくるってことは、良いと思っている方がいるんでしょう!」

「あ…だっ!……べつに…そんな、恋なんて……」

 真っ赤になって慌て出したレオンを見て、ミレニアはやっぱり怪しいと言って笑った。
 今日は諸事情もあってミレニアの目がまともに見られないのだ。

 レオンはお付き合いのレッスンについて思い出していた。シドヴィスとは、放課後に会議室で恋人同士のお付き合いについて教えてもらっている。
 といっても、最初は名前を呼ぶだけだったし、次は軽いボディタッチで、手を繋いだりするくらいで、正直なところこんなものかと思うくらいだ。
 ミレニアとの方が距離も近くて仲良くしているような気がするくらいだ。

 それに、シドヴィスはどこか体が悪いのかもしれない。昨日、手を繋いで名前を呼ぶというレッスンをしたが、シドヴィスは途中苦しそうに前屈みになって一時退室してしまった。
 若いから仕方がないと謎の言葉を残して出ていったが、しばらくしたら、またいつもの落ち着いたシドヴィスになって戻ってきたのだ。
 そういえば店のお客さんで体の弱い人がいて、時々発作が出て困ると言っていたのを思い出した。
 それと同じ症状なのかもしれない。
 確か良い薬があると聞いたので、それを取り寄せようかとレオンはぼんやり考えていた。

「ほら、やっぱり最近、上の空になっていることが多いわよ。誰のことを考えているのかしら?うふふ……」

「うっ…ちがっ…私は何も……!」

 ミレニアに指摘されてレオンの胸はドキリ揺れた。確かにこのところシドヴィスのことばかり考えている。しかも夜中にあの濡れて艶のある瞳を思い出してしまい、久しぶりにあの悩ましい感覚がきてしまったのだ。
 それはレオンが誰にも話せない秘密だ。

 健康な成人男子であれば、もちろん定期的にくるものなのでそれ自体はおかしくはない。だが、レオンはもともと欲が薄くてあまりそういう熱が上がることは少なかった。
 生理的にもやもやと体に溜まってきたものを出すというだけの行為だった。

 単純に解放だけを求めるわけではない。ベッドの中でシドヴィスの瞳を思い出したレオンは、まるで自分が見られているような気持ちになって、体の熱が高まってくるのを感じた。
 寝息をたてるミレニアに気づかれないように、布団をかぶって熱に手を伸ばした。
 そして、慌てて大きなタオルも一緒に布団の中に入れた。

 急速に高まっていくそこに手を添えて擦り出したら、すぐにイキそうになってしまう。レオンはいわゆる早漏で感じやすく、膨張状態になったら少しの刺激で達してしまう。布団の中にくちゅくちゅと水音が響いて、レオンは声を殺した。すぐにタオルはびっしょりと濡れてしまった。
 レオンの秘密は、汗かきの体質でもあるし、自慰の際に、感じ始めると、中心であるソコからもドバドバと汁が流れてしまうのだ。
 しかも、今回はシドヴィスの顔が頭に思い浮かんで、なんとそこでレオンは達してしまった。

 終わってから感じるのは、虚しい自己嫌悪だ。ミレニアの寝ているベッド下で最低なことをしてしまったと、ベッドを清めながら泣きたくなったのだ。
 気をつけたつもりだが、やはりベッドは濡れてシミになりそうだったので慌ててシーツを交換した。
 これでは完全にオネショをした子供と一緒で笑えない。

 汗かき体質であることは言えても、体液自体が多すぎるということは誰にも言えない。
 もちろん家族にも、ずっとレオンが秘密にしてきたことだった。

 こんな衝動など無くなってしまえばいいのにと、いつも思ってきた。
 しかし、ただ虚しいだけだった行為に、シドヴィスという存在が加わったことで、不思議と少しだけ満たさせたような気持ちになった。

 しかし、やっぱり、ミレニアの下でいたしたのはまずかったと、レオンは昨日の夜からずっと反省しているのだ。


「やだ私、次の時間の宿題忘れてたんだわ!先に戻ってちょっとやっておくね」

 運動の授業が終わり、宿題を思い出したとミレニアは、先に走って教室へ行ってしまった。

「ねぇ、アデルさん。一年生の代表生さん」

 背中に甘ったるい声をかけられて振り向くと、二年の貴族女子グループが立っていた。どうやら、一人になるところを待っていたらしい。

「代表生でしたら、片付け、やっておいてくれますよね?」

 校庭で使った用具は学年ごとに当番制で片付けが決まっていた。今日は二年生の番だった。

「そっ…それは…、片付けは当番なので…。代表生だからやるというわけでは…」

「私達、今日全員月のモノなの。男の教師に説明できないでしょう。立っているのも辛いのよ、重いものなんて持てないわ」

「つっ…月の……、ぜっ全員がですか?」

 女の子の体のことを言われると、レオンはどう反応していいか分からない。
 そもそも同じタイミングでなるものなのかも不明だったが、確かにアデルはその時体調が悪くなるので、嘘をつくなとは言えなかった。

「じゃ、お願い」

 唖然として立ち尽くしているレオンを見て、クスクスと笑いながら、自分達が片付ける分の仕事を残して、二年の先輩方は歩いて行ってしまった。
 もう周りには人はいなくて、手伝ってくれそうな人に声をかけることもできない。

 レオンは仕方ないと諦めて、運動場に転がっている授業で使用した用具を一人で片付け始めた。
 本来であれば、こんな雑用を貴族様がやるはずないのだが、学園では平民と一緒に学ぶ意味も込めて平等に雑用もやらされるのだ。
 しかしながら、それを自分の仕事ではないと拒否する者が多い。男子はみんなやっているようだが、どの学年も女子は特別生が常に担当している。
 レオンはせっかく代表生になったのだから、こういった現状を変えられないかと思い始めていた。

 用具倉庫の前まで荷物を運んで、扉を押さえながら次々と片付けた。一人でやるにはかなりの量だった。
 きっといつも片付けを担当している二年の特別生は、貴族女子達が先に帰らせたのだろう。仕事を残してわざわざ、レオンに嫌がらせをするために。

 ミレニアから聞いた話だと、ディオもまた女子達の間では相当な人気があるらしい。
 ディオは女性嫌いを公言しているので、仲良くしたいけどできないのにという女子達が、代表生として一緒にいることが多いレオンに嫉妬の気持ちを抱くのは想像できた。

 分厚いマットは両手に抱えないといけないので、ドアは箒で押さえながら、重たいマットを抱えて中に運んだ。用具倉庫の中は構造的な問題なのか熱かった。窓もないので換気もできなくて埃っぽい。
 早く出ようと考えて、背中に視線を感じたレオンがぱっと振り向くとドアのところに人が立っていた。
 太陽を背にして立っているのは、歓迎パーティーのときに声をかけてきたあの男だった。

「やぁ、パーティー以来だね。最近は楽しそうだね。代表生にも選ばれて充実しているじゃないか」

「ええと……、ジョアン様……」

 すっかり忘れていたので、辛うじて名前が出てきたくらいだった。
 こんなにタイミング良く倉庫に来るとは思えない。誰かの策略を感じてレオンは身構えた。

「あれ?どうしてそんなにビクビクしているの?ちょっと君と遊びたいだけなんだよ」

「私は用はないです。一人で勝手に遊んでください」

「ふっ…少し前まで、子爵や男爵家の息子相手に、話しかけまくってたくせに、何言ってんだよ。君、純情そうなふりして遊びたいんだろ?」

 結婚相手探しに奔走していたのは確かだ。しかし、ジョアンのお遊びに付き合うなんてごめんだとレオンはジョアンをぎりりと睨みつけた。

「いい目をするね……。ゾクゾクしてきちゃった」

 途端に興奮したような顔になったジョアンは後ろ手に入口のドアを閉めた。
 パタンという音が倉庫内に響いた。

 レオンの額から汗が流れ落ちてきた。ジリジリと後ろに下がりながら、レオンは逃げることを考えながら頭を必死で働かせたのだった。




 □□□
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】冷酷騎士団長を助けたら口移しでしか薬を飲まなくなりました

ざっしゅ
BL
異世界に転移してから一年、透(トオル)は、ゲームの知識を活かし、薬師としてのんびり暮らしていた。ある日、突然現れた洞窟を覗いてみると、そこにいたのは冷酷と噂される騎士団長・グレイド。毒に侵された彼を透は助けたが、その毒は、キスをしたり体を重ねないと完全に解毒できないらしい。 タイトルに※印がついている話はR描写が含まれています。

姉が結婚式から逃げ出したので、身代わりにヤクザの嫁になりました

拓海のり
BL
芳原暖斗(はると)は学校の文化祭の都合で姉の結婚式に遅れた。会場に行ってみると姉も両親もいなくて相手の男が身代わりになれと言う。とても断れる雰囲気ではなくて結婚式を挙げた暖斗だったがそのまま男の家に引き摺られて──。 昔書いたお話です。殆んど直していません。やくざ、カップル続々がダメな方はブラウザバックお願いします。やおいファンタジーなので細かい事はお許しください。よろしくお願いします。 タイトルを変えてみました。

俺、転生したら社畜メンタルのまま超絶イケメンになってた件~転生したのに、恋愛難易度はなぜかハードモード

中岡 始
BL
ブラック企業の激務で過労死した40歳の社畜・藤堂悠真。 目を覚ますと、高校2年生の自分に転生していた。 しかも、鏡に映ったのは芸能人レベルの超絶イケメン。 転入初日から女子たちに囲まれ、学園中の話題の的に。 だが、社畜思考が抜けず**「これはマーケティング施策か?」**と疑うばかり。 そして、モテすぎて業務過多状態に陥る。 弁当争奪戦、放課後のデート攻勢…悠真の平穏は完全に崩壊。 そんな中、唯一冷静な男・藤崎颯斗の存在に救われる。 颯斗はやたらと落ち着いていて、悠真をさりげなくフォローする。 「お前といると、楽だ」 次第に悠真の中で、彼の存在が大きくなっていき――。 「お前、俺から逃げるな」 颯斗の言葉に、悠真の心は大きく揺れ動く。 転生×学園ラブコメ×じわじわ迫る恋。 これは、悠真が「本当に選ぶべきもの」を見つける物語。 続編『元社畜の俺、大学生になってまたモテすぎてるけど、今度は恋人がいるので無理です』 かつてブラック企業で心を擦り減らし、過労死した元社畜の男・藤堂悠真は、 転生した高校時代を経て、無事に大学生になった―― 恋人である藤崎颯斗と共に。 だが、大学という“自由すぎる”世界は、ふたりの関係を少しずつ揺らがせていく。 「付き合ってるけど、誰にも言っていない」 その選択が、予想以上のすれ違いを生んでいった。 モテ地獄の再来、空気を読み続ける日々、 そして自分で自分を苦しめていた“頑張る癖”。 甘えたくても甘えられない―― そんな悠真の隣で、颯斗はずっと静かに手を差し伸べ続ける。 過去に縛られていた悠真が、未来を見つめ直すまでの じれ甘・再構築・すれ違いと回復のキャンパス・ラブストーリー。 今度こそ、言葉にする。 「好きだよ」って、ちゃんと。

陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。

陽七 葵
BL
 主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。  しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。  蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。  だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。  そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。  そこから物語は始まるのだが——。  実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。  素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪

一夜限りで終わらない

ジャム
BL
ある会社員が会社の飲み会で酔っ払った帰りに行きずりでホテルに行ってしまった相手は温厚で優しい白熊獣人 でも、その正体は・・・

大魔法使いに生まれ変わったので森に引きこもります

かとらり。
BL
 前世でやっていたRPGの中ボスの大魔法使いに生まれ変わった僕。  勇者に倒されるのは嫌なので、大人しくアイテムを渡して帰ってもらい、塔に引きこもってセカンドライフを楽しむことにした。  風の噂で勇者が魔王を倒したことを聞いて安心していたら、森の中に小さな男の子が転がり込んでくる。  どうやらその子どもは勇者の子供らしく…

【本編完結】転生先で断罪された僕は冷酷な騎士団長に囚われる

ゆうきぼし/優輝星
BL
断罪された直後に前世の記憶がよみがえった主人公が、世界を無双するお話。 ・冤罪で断罪された元侯爵子息のルーン・ヴァルトゼーレは、処刑直前に、前世が日本のゲームプログラマーだった相沢唯人(あいざわゆいと)だったことを思い出す。ルーンは魔力を持たない「ノンコード」として家族や貴族社会から虐げられてきた。実は彼の魔力は覚醒前の「コードゼロ」で、世界を書き換えるほどの潜在能力を持つが、転生前の記憶が封印されていたため発現してなかったのだ。 ・間一髪のところで魔力を発動させ騎士団長に救い出される。実は騎士団長は呪われた第三王子だった。ルーンは冤罪を晴らし、騎士団長の呪いを解くために奮闘することを決める。 ・惹かれあう二人。互いの魔力の相性が良いことがわかり、抱き合う事で魔力が循環し活性化されることがわかるが……。

【完結】顔だけと言われた騎士は大成を誓う

凪瀬夜霧
BL
「顔だけだ」と笑われても、俺は本気で騎士になりたかった。 傷だらけの努力の末にたどり着いた第三騎士団。 そこで出会った団長・ルークは、初めて“顔以外の俺”を見てくれた人だった。 不器用に愛を拒む騎士と、そんな彼を優しく包む団長。 甘くてまっすぐな、異世界騎士BLファンタジー。

処理中です...